ゑ/圓堂
2026-03-28 22:00:00
5853文字
Public 月詠サーバー(満月本丸)
 

【刀剣乱舞】笹さに♂Twitterログ03【笹貫×創作男審神者】

Twitterに文庫ページメーカーで上げた小話まとめ笹みち編。今年に入ってから今日までに上げたものをまとめました。
凍える冬の少しおセンチな小話『とける』
伸びすぎた髪を切りたいみちさんの小話『煩わしさも恋のうち』
相互の雪路さんと生み出した創作軍艦キャラ・昇平丸( プロフ→https://x.com/yukizi0v0/status/2028012875789602925 )にまつわる旅行小話『友愛は永遠の波間に』
の三本立てです。


【友愛は永遠の波間に】

風が、強い。濃い潮の香りさえ吹き千切れていきそうなほどに。

海に馴染みのない僕からすれば、あまねく海岸は全て同じように見える。ここもまた例外ではない。
それでもこの地が、本州から離れた異郷であることを強く感じさせるのは、初夏の昼下がりであるにもかかわらず春先のような冷気をはらんでいるからだろう——ジャケットの前を少しばかり掻き合わせて、僕はうっすらと思考を巡らせる。






「ねぇ、みちさん。オレ、行きたいところがある」

現世への旅行の話を持ちかけるや否や、笹貫がいつになく真剣な眼差しを遠くに向けながら放った一言が、僕らを北の大地——北海道へと向かわせた。
僕が北海道に最後に訪れたのは、案の定教員時代の修学旅行の引率である。プライベートで訪れたのは恐らく今回が初めてだ。
この度はメインの目的地に合わせて東京から飛行機で函館へと到り、一泊滞在した。そして今朝、宿から寄り道も含めてゆるりとレンタカーを走らせること三時間弱でこの地へ辿り着き、今に至る。審神者になってから暫く自動車の運転とは無縁の生活を送っていたが、笹貫と現世にて遠出する機会が増えると共に再びハンドルを握るようになり、そのおかげで今回の長距離運転も安定して走ることが出来たように思う。




僕はそこで思考を中断して、うす青と群青のコントラストから今自分が立っている場所へと目を転じた。
海沿いの国道脇、風力発電のための風車が乱立する敷地の中に、史跡を案内する立て看板がある。僕はその前に立っている。

更に振り向くように上体を捻ると、白くそびえる一本の碑の前に佇む笹貫の姿があった。彼はもう数十分ほど、そこから動かずにいる。
強い海風に煽られる前髪の合間から見える横顔からは、上手くその表情を読み取ることが出来ない。しかし、彼が珍しく憂愁に沈んでいるような雰囲気を醸し出しているのは、何んとなしに察せられる。だから僕は、暫くそっとしておくことにした。笹貫の気が済むまで、独りにしておきたかったのだ。

僕は再び立て看板へと向き直る。
白地のパネルに『昇平丸史略』の文字がくっきりと記されている。

昇平丸——薩摩藩が幕末に日本で初めて建造に着工した洋式軍艦の名だという。あくまでも『建造が着工』されたことが日本初なのであり、実際に竣工されたのは鳳凰丸という別の軍艦なのだそうだが、それでもあの時代に先んじて西洋技術を取り入れて建造されたことというのは、後世に語り継がれるべき偉業と言えよう。僕は教員時代に日本史を担当していたとはいえ、あらゆる時代の細かな歴史まで網羅しているわけではない。故に、このふねについても旅程を組む際に笹貫に教えられ、初めて知ったのだった。
戦国時代から薩摩藩と縁深い彼と懇ろになってから、随分とその辺りの歴史に詳しくなったように思う。それは今でも学びを趣味の一つとする僕にとって、また彼を愛しく想いより深く彼をりたいと欲している僕にとっても、喜ばしいことであった。

昇平丸という艦と笹貫は、ほんの少しだけ『面識があった』のだという。詳細に語られなかったため僕の想像になるが、その当時から彼らには付喪神としての『魂のかたち』のようなものがあり、人の姿をとって存在していたということになるだろうか——ともあれ、笹貫は度々当時身を置いていた樺山家の屋敷を抜け出し、一度自身が捨てられた海へと訪れているうちに、その艦と出会ったのだそうだ。
メチャクチャな奴だった——と笹貫は評していた。僕からすれば笹貫も随分とメチャクチャに思えるので、相当破天荒な性格をしていたようだ。しかし、昇平丸をそう語る笹貫の瞳の色が、優しい懐古を宿していたのが印象的で、僕の記憶に強く残っている。

昇平丸という軍艦は、薩摩藩から江戸幕府へと献上された後、結局のところ軍艦として海戦に使用されることは無く、時代が明治へと進んでからは新政府のもとで北海道開拓のための物資輸送船として使われたらしい。しかし第二の艦生が始まったのも束の間、この北の海で座礁し没したのだそうだ。進水から僅か十数年——儚い生涯である。

笹貫は——『彼』に何を想うのだろうか。
鎌倉時代から数百年経った現在も尚、刀身も拵も現存する日本刀である彼は、溢れんばかりの威信と期待を込めて造られたにもかかわらず、満足に活躍出来ぬまま異郷に散ったかつての同胞に、どんな心で向き合っているのだろうか。僕などには、それを計り知ることなど到底出来ない。僅かに胸の奥底がじくりと痛んだ。




——行こっか」

妙に晴れやかな笹貫の声が唐突に背後から降って来て、僕は大仰おおげさに振り返った。
声とは裏腹に、笹貫の表情にはまだ憂いの残り香が感じられる。僕には判る。

「もういいの?海岸の方下りてみなくていい?」
「ん、今はいいや。宿、すぐそこだし、行きたくなったら散歩するって感じで」

笹貫はうんと伸びをしながら、僕の提案をやんわりと断った。僕は彼の返答に応じ、傍に停めていたレンタカーへと脚を向ける。
向かい風が追い風になり、髪が乱暴にかき混ぜられる。首筋に冷えた空気が突き刺さる。

「みちさん、」
「え?」

ごうごうと吹き付ける強風の中、おもむろに名を呼ばれ、僕はやや語気を強めて返事をした。返事をすると同時に振り返る。潮風が目に沁みて、思わず目を瞬く。
狭い視界の中に、遣る瀬無い顔をした笹貫が立っていた。黒々とした髪が澄んだ青空に翻り、鴉が舞っているかのようだ。
紺碧の海は、やはり彼によく似合う——僕は刹那のうちに思いを馳せる。

笹貫が、柔らかに微笑わらった。



「ありがと。連れて来てくれて」

来れて良かった——潮騒と風を纏った彼の心が、僕の鼓膜と鼓動を震わせる。
僕は——思わず彼に早足で駆け寄った。僕が腕を伸ばすよりも早く、笹貫は僕を抱き寄せた。

そうして僕らは、北の大地の片隅で、暫く互いの鼓動に耳を傾けた。
今を生きているということを、確かめ合うために。