5年目の若桜

MHRウ教×ハ♀。
相思相愛。

MHR5周年記念。桜の花。



光風の中、陽射しを受けて春告鳥はるつげどりと同じ色となった髪を揺らしながら、ウツシは娘に向けて何より温かく、笑いじわを深めながら柔らかに微笑んで。

「五年前の、今日──キミは正式に、ハンターとして認められた。五年前の、この日から、キミはハンターとしての一歩を踏み出したんだよ」

穏やかなウツシの低声は、娘の中に驚嘆と追想の風を吹かせた。

…………!」

思わず、ぽつりと声が出た娘の心身を、風が優しく撫でていく。
ウツシを見つめたまま、小さく目を見開いた彼女の中で、次々と、極彩色の思い出が灯った。

五年前の今日──修行中の見習いではなく、初めて、里からもギルドからも認められたハンターとして、カムラノよそおいを身に纏った。

念願叶ってハンターとなったこと、里の家族たちに祝福してもらったこと──特に、目の前にいる師であるウツシの祝福と見守りがとても温かかったことを、娘は昨今の状況も交えて改めて実感していた。

ウツシは彼女がハンターとなった最初の瞬間も『復習』という形で狩場に付き添い、ハンターとしての基礎と共に、狩場で生きるために大切なことを改めて伝える時間を設けた。

それからも彼はずっと、里であろうと王国であろうと場所を問わず、誰よりも熱く、優しく──今もなお、娘のことを見守り続けている。

彼女の活躍とその無事をいち早く聞きつけ、そのたびに我が事のように、否、それ以上に大いに歓喜してきたウツシ。
もちろん、それは今も続いている。

そんな彼こそが、里中で最初に娘のことを『猛き炎』と呼んだ者だ。彼女の中に眠る潜在的な英雄としての強さを、器を見抜いていたからこそであろう。

そんな彼だからこそ、今日という日のことを、その尊さと共に本人よりもよく覚えていたのかもしれない。

目を見開いたままの娘に、ウツシが改めて、娘のこれまでの努力をしみじみと振り返っているような温和な笑顔で笑いかける。

桜たちはまだ風に揺れ、さわさわと、たおやかに澄んだ音を奏でていた。

「花をつけられるようになった、その若い桜の木はね……五年前の今日、俺がそこに植えたんだよ」
……ウツシ教官が、桜を? だから分かっていたんですか? この桜が、五年目のものだって……
「うん、そういうこと!」

娘に向けて微笑んだまま、明快に、軽快に頷いたウツシが、ゆらりと、自身の植えた桜の木を見上げる。


「そろそろ、キミと共に育った桜が、花をつける頃だなぁと思って──こうして、見に来たんだ。大正解だったみたい」

桜を見て、娘を見て──金色の瞳に陽射しの煌めきをたたえたウツシは、幸せそうに「ふふふっ」と吐息混じりの満ち足りた笑声しょうせいを溢す。

桜の馥郁ふくいくたる香りの中にその吐息が溶け込むと、彼の横顔を見つめ続けていた娘は、不意に自身の胸の奥が、正確にはそこから全身が熱くなっていくのを感じていた。

溢れんばかりの喜びのような、感謝のような、こそばゆさのような、愛おしさのような──言葉では正確に形容しがたいが、向き合って、いつまでも大切に抱きしめ続けたいウツシへの想い。それは滾々こんこんと溢れて、止まることを知らない。

「ウツシ教官、あの」
「ん? 何だい、愛弟子」
……わ、たし」

最愛の人が植えたのだという桜を一瞥してから、娘はまた、ウツシを見やる。

声をかけた故だろう、彼は律儀にまた、真っ直ぐ娘の方を見つめていて、その眼差しは相手を想うが故の不安も帯びて絡み合った。

何よりも誰よりも柔和でありながら、花も実もある強者ツワモノらしい貫禄。
堂々とした風格を纏いながらもおごらず、人を想いいつくしみ、それを守り続ける力を併せ持つ、金色の、全てを見透かすようなウツシの眼差しを受けて、偽りを口にできる者がいるのだろうか。

そんな感服にも似た感覚と、人としての器の大きさに圧倒されながら、娘は意を決したように口を開く。

「教官、わたし……わたしも」
「うん?」
「わたしも……ちょっとは成長できましたか? 教官の植えた、この桜みたいに……わたしも……
「──愛弟子」

低いが、とても穏やかなウツシの声が、不安ごと娘の問いも含めた言葉を包み込む。

彼の声を合図とするように、また吹き抜けた風は少し強まり桜たちを揺らして飛花ひかを誘い、周囲は花吹雪となった。

その中でもウツシの金色の瞳は不動の確信に満ち、光を浴びる湖面のように花の中の娘を映したまま。

「我が愛弟子よ。俺は、キミほど──これほど美しく咲いた大輪の花を、他に知らない」

陽射しの中で煌めく幻想の花びらの中、娘が小さく目を見開く。

眼差しを絡め合う間、娘自身もウツシも、まるで時と現実から隔離された空間に佇んでいるような感覚に心地良く惑う。

はっとしたように、ウツシが頬を林檎色に染め、照れた様子で目を泳がせた。

「お、俺……ちょっと、気障きざ、だった?」

ひっくり返った声で尋ねてくるウツシの様子に、現実に引き戻った娘。

小さく見開いたままの双眸そうぼうを、ぱち、と大きくまたたかせ、一呼吸置いてから吐息混じりの笑声を溢すと「ちょっと?」と花散らしの笑顔を浮かべる。

その笑顔に向けて、無意識のうちに一歩、娘と距離を詰めたウツシは、ゆっくりと彼女に手を伸ばした。

「愛、弟子……。本当、に……本当に、キミはすごいよ……! 本当に、立派になった……!」

優しく囁きながら、ウツシは娘の頭を片手でゆっくり撫でた後、その手を彼女の柔らかな頬へ滑らせる。

頬を今のウツシと同じ林檎色に染めてはにかみながら、娘はその手に自身の片手を重ねて「えへへ……」と微笑んだ。

5年という歳月は、里の希望たる炎の種火が大いに猛り、小さな花蕾からいが凛と開くだけではなく、深い故にもどかしさに溢れていた2人の想いを通わせ、優しく繋ぐにも十分過ぎる時間だった。

無意識のうちに引き寄せ合うように、ウツシも娘も顔を近づけて見つめ合う。彼の片手は、娘の頬に添えられたまま。

「この5年で、俺の中のキミへの想いもますます大きくなったけど……まだまだ、その成長は止まりそうもないなあ」
「ふふふっ……それは、私もですよ? あなたへの気持ちはずっとずっと……大きくなり続けます」

いつの間にか、また花風が吹いて──人の視線を遮らんとするほど花吹雪の中に立っていたことに気付いた2人は「ふふっ」と同時に、言葉がなくとも同じ期待を通じ合わせて笑い合う。

おもむろに、娘が両手でウツシの口元を覆う鎖帷子くさりかたびらをゆっくりと下げ「大好きです」と甘やかに囁いた。
桜の成長と同じように、人の想いも育ち、色付き、深くなる。

元々この時間の居住区に人通りは少ないが、花びらの幕は2人をますます安堵させた。

「──俺も、大好きだよ……愛弟子」

花びらの舞う陽射しに包まれた郷里、ほんの一頻ひとしきり、目を閉じた娘とウツシは唇を重ね合った。
花も巻き込んだ柔らかな口付けは華やかな香りに満ちて、夢心地の柔らかさの中に沈むよう。

最愛の人の甘い熱に包まれる娘の中に、また次々と、今度はウツシとの思い出が灯る。


──とうとう、努力が実ったね……


そう言いながら、ハンターとしての道を歩み始めたことを誰よりも喜び、そしてそれからも見守り続けてくれたウツシ。
彼と共に里の最後の災厄たる嵐龍に挑み、互いに満身創痍となりながら、嵐の過ぎ去った虹の麓で受け取った彼の万感ばんかんの眼差しと、温かな言葉。

それらは全て、彼女にとって生の希望になり得る極上の思い出。


──キミは、俺の誇りだよ……愛弟子……


そのまま、くすぶり続けていた想いを通わせ合えたあの日のことを、娘は生涯忘れないだろうと確信していた。
何があろうと、揺るぎない確信。

百竜夜行と怨虎竜の再来、神の名を冠する双竜の邂逅、隣国の危機、不倶戴天ふぐたいてんの嵐龍の襲来──数々の里存亡の危機を乗り越えた日々。

ようやく安寧を取り戻してからは、なお里のため、そしてハンターとしての高みを目指して奔走し続けた日々。
5年という、長いような短いような、思い返せば疾風はやてのような、夢幻ゆめまぼろしのような不思議な時間。

娘もウツシも同じ里に生まれ育ち、共に笑い、共に戦い、苦楽を共にし、互いに何度も救われてきた。互いに互いへ抱く敬意や感謝は五年という歳月を経てますます、里のたたら火のように燃え上がり、花のように咲きこぼれる愛慕の情は色鮮やかに、日々を一段と彩り続けるばかり。

やがて花風が静まり始めた頃、ゆっくりと顔を離し、娘の頬からもゆっくりと手を下ろしたウツシと彼女は、陽射しの中でふわりと眩く微笑み合う。 

……ね、ウツシ教官」
「うん?」
「次の5年後も……あなたと一緒に、この桜を見に来たいです」

娘の言葉にほんの一瞬、面食らったように目を見開いたウツシだが、すぐにその表情は、期待を含んだ幸せにとろりと蕩けて。

「もちろん、必ず来ようね。その時は……里の最強師弟でもあり、里で1番のおしどり夫婦にもなれているかな……?」
「!」

たちまち目を見開いた娘の瞳は、どきんと震えた胸から溢れる温かなウツシへの想いと共に、彼と同じようにとろりと蕩けて「きっと」と、大きく頷いた。

「あ、でもウツシ教官。おしどり夫婦と言えば、里ではセンナリさんとスズカリさんですよ?」
「ははは、確かにそうだね! ライバルは手強いなあ」

楽しげに笑いながら、ウツシが改めて伸ばした手を娘の肩に優しく添え、自身の方に抱き寄せる。
抵抗などなく、彼女は嬉々として、ウツシの方に自らも身を寄せた。

守り抜いた郷里の安寧、その花の中で、互いに互いの大切な人を想うほど、今も、未来も、ますます愛おしい。

花を見上げながら、ウツシが「ふふっ」と、口元を覆う鎖帷子くさりかたびらの中で吐息を溢す。

……嬉しいなあ。来週の祝言は、例年以上にお花がいっぱいの、素晴らしい日になりそうだね」
「はい! とっても楽しみです!」

桜を見やり、最愛の人を見やり、娘とウツシは顔を改めて顔を見合わせる。

「これからもよろしくお願いします、ウツシ教官」
「うん! こちらこそ! これからも、末永くよろしくね?」

笑い合った刹那、一際ひときわ猛った風が吹き抜け、花吹雪が周囲を彩った。

五枚の花びらをもつ夢見草が一斉にそれを宙へ放ち、鮮やかに優しく2人を包み込む。その精神美も門出かどでも祝い、平穏を象徴する幻想の景色。

花風の音色に包まれた里の中、現実から隔離されたような花の中で、もう1度だけ、2人は唇を重ね合う。

重なり合った唇の狭間、桜の花びらがふわりと舞い降りて──清々しくもほんのり甘い、5年目の春の味がした。



@acadine