5年目の若桜

MHRウ教×ハ♀。
相思相愛。

MHR5周年記念。桜の花。

今年の里桜は特に、とても華やかに、とても多く咲き誇っていた。

碧天へきてんの下を軽やかに吹き抜ける、澄み渡った清風。
桜と煙の香りが混じり合い、花びらが人々の間を優雅に流れていく。

その景色を優しい陽射しが包み込む様は、まさに平穏そのもの。

慣れ親しんだカムラの里の香風こうふうをいっぱいに吸い込んで全身を満たすのは、里の英雄『猛き炎』たる娘。

夜通しの採取任務を終えて早朝に帰還した彼女は、住み暮らす水車小屋にて仮眠をとり、どきになった今、起きてのんびりと里中を散歩中。

凛と狩場に赴く強者ツワモノから、居住区の観桜かんおうを楽しむ桜人さくらびととなった娘の表情は、桜を照らすように降り注ぐ春陽しゅんようのように和らぎ、心もすっかりほぐれていた。

「ふああ……いいお天気……! ここの桜も、今年はいっぱい咲いてる……小さい木についてるお花もキレイだなあ……

多くは大木の桜が目立っているが、今年はその近くに小木、花をつけるようになったばかりの若桜も多く見られる。
天高く空を飾るだけでなく、軽く見上げれば人に近しい場所にも花は溢れ、里を例年以上にかぐわしく、壮麗にしていた。

娘は普段たたら場周辺、集会所周辺の桜をよく見ているという理由で、今日の花見は居住区付近。

この時間の居住区は人気が少ないので、ゆったりと桜を楽しめる。

ついついあくびが出てしまったのは、仮眠を終えたばかりという理由もあるが、それだけでもなかった。里中を流れる穏やかな安寧の空気は、春眠を誘う。

(以前のことが……夜行のことが、王国でのことが、アマツマガツチのことが、夢みたい)

里を襲った百竜夜行、王国の危機、嵐龍の災厄──里の家族たちと、王国の仲間たちと共に全てを乗り越えて英雄と呼ばれるまでに成長した娘。
彼女の活躍は現在も続き、最近は里周辺のモンスターのたちの脅威やその動向が落ち着きを取り戻しつつあった。

里は商人たちや外部ハンターたちの拠点として、そして観光地としても活気に満ち、ここ数年で安定して里に行き来できるようになってきていた──が、娘のところに狩猟依頼、捜索依頼、採取依頼等が途絶えることはないので、まだまだ油断は禁物だが。

(以前と比べたら最近は……のんびりできる時間が増えてきたかも……)

桜は里の象徴、里内あらゆる場所に多く植えられている。
里守の1人であり植物に精通したハナモリが管理しているため、どの場所の桜も花の量が多く、花びらの形は美しく整い、太い幹はどっしりとした圧巻の迫力が、大木に比べればまだ短い若木には、瑞々しさとしなやかな美しさがある。

多忙でまともに花見もできなかった日のことを、娘はもはや懐かしく感じていた。

静穏せいおんに満ちた桜の木の下、ゆったりと花を眺めつつ、落花の中を進んで行く。

……あ」

思わず足を止めた娘の視界の先は、居住区の中でもちょうど建物が途切れ、大小問わず桜の木が集う、小さな広場のような場所。

里に生まれた幼子たちが生まれて初めて、安全に花に親しむ場所でもあり、稀に小規模なはなえんが開催される場所でもある其処に、彼女は桜人となっている人影を見つけた。
どんなに距離があっても間違えることのない、共に生きることを約束した人影。

「ウツシ教官ー! お花見ですかー!」

娘が呼んだのは自らの師であり、歳月を経て想いを通わせ合い、近々夫婦の契りを結ぶことを約束した里の教官ウツシ。

声がする前から彼は娘の気配に気付いていたのであろう、特に驚く様子もなく、緩やかに桜から彼女の方に顔を向けたウツシは「やあ、愛弟子!」と軽く片手を掲げながら破顔した。

「こんなところで会えるなんて、嬉しいなあ! キミもお花見かい?」
「はい! 依頼も終わったので、のんびりお散歩しながら。教官、集会所にいなくていいんですか?」
「うん! 今は大丈夫、休憩中だからね! 今日は少しだけ静かに、桜を見たいなって思って……

笑顔のまま、ウツシがゆらりと大きな桜の木の方へ再び顔を上げる。

彼の隣まで駆け寄った娘は、師たる彼にならうように同じ方へ顔を上げた。

刹那、冬の名残がほとんど失せた柔らかな風がふわりと吹き抜け、枝が、花がさわさわと揺れて優しく笑い合うような安寧の音色が、静謐せいひつに満ちたこの場所に奏でられる。

真珠色をした長閑のどかな陽射しの中を揺蕩たゆたう花びらの中、やがてウツシが桜を見上げたまま「ふふっ」と小さな吐息をこぼした。

「何だか──夢みたい、だよね」
「え?」
「こんな時間に、キミとこうして並んで、のんびり桜を眺められるなんてさ」

娘がふとウツシに顔を向けると、彼は顔こそ桜の方に向いたまま。

だが、花香かこうより甘やかに蕩けた眼差しで娘を一瞥いちべつし、また桜を見上げて。

「ねえ、愛弟子。今年の里の桜、何だかいつもよりいっぱい咲いてる気がしない?」
「あっ、思いました! 小さい木の桜もいっぱい咲いてて、キレイだなあって」
「ね! 若い木の花も、とってもキレイだよねえ」

軽く見上げた先にある小木の桜に向けられたウツシの目線が、とろりと蕩ける。

彼と同じ花を見やった娘も、自然と口角を上げていた。
最愛の彼と共に偶然でも同じ時間が過ごせることを密かに喜んだゆえ──だが、よく見ればウツシの横顔はそれ以上に甘く、温かなさちに包まれていて。

「ねえねえ、愛弟子」
「はい? どうしました?」
「愛弟子はさ。桜が初めて花をつけるために、どのくらいの時間が必要なのか知っているかい?」
「えっ? うーん、どのくらいだろう……

唐突な質問だがそれは師弟のさが、娘は真面目に首を傾げる。

若い桜の木、細い枝にふっくらと、小さな花びらを懸命に開いて咲いている花の姿は大きな花とは異なる健気な生命力に溢れ、見れば見るほど胸に迫るものがあって。

……こんなに、素敵なお花……2、3年じゃ、つけられない気がします……
「うんうん! さすがの観察眼だね、愛弟子! まさにその通りで……

穏やかな様子のままでウツシが、空──正確には若い桜の木に、片手を掲げる。

「桜はね。根や枝がしっかり成長して、初めて花をつけるようになるまで、5年かかると言われているんだ」
「5年!? そうなんですね!? 具体的な年数、初めて知りました……!」
「んふふ、俺もハナモリさんに教わるまでは知らなかったよ」

楽しげに笑いながら、ウツシが「ほら」と、掲げていた片手で近くの若い桜の木を指し示す。

「あの桜はちょうど、5年前のだよ。キミと同じ」
「えっ? わたし……?」

どうしてあれが5年目の桜と分かるのか、と娘が尋ねようとした矢先の、ウツシの予想外の言葉。予定とは別のことを問うた彼女が、反射的にウツシの横顔を見やる。

ゆらりと腕を下ろした彼の金色こんじきの瞳は、いつの間にか、春陽の中で柔らかに煌めきながら、驚きを含んだ鈴眼すずまなこの娘だけを感慨深そうに、どこか懐古の光も帯びて、愛しげに映していた。

「ふふふ、愛弟子ったら。今日が何の日か、忘れちゃってるでしょ?」
「え? えっ……?」

視線が絡み合った刹那、さあっと音を立てて、風が吹き抜ける。

陽射しは光芒こうぼうとなって花の間から清々しく射し込み、桜は枝も花も揺らして優しい音を奏でた。

@acadine