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那須野
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寿月
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月と暮らせば
【寿月】数年後プロ時空*嫉妬とわがままと同棲の話。コンビ枠で柳さんも。
1
2
3
(2)
「
…………
ホンマ、なんであないなこと言うてまったんやろ
…………
」
目の前にある和風定食を、箸を持ったままぼんやりと見つめて溜息をひとつ零す。
鶏むね肉の炭火焼きに付け合せの生野菜と味噌汁、それから玄米飯。コーチの食事指導から外れない範囲の、いわゆる健康志向の強いメニューが多いこの定食屋は、越知ともよく訪れる馴染みの店だ。小ぢんまりとした個室のなかで、毛利は中学からの付き合いになる後輩とふたり、夕飯を囲んで向かい合っていた。
「毛利先輩。
……
料理が冷めます。話は聞きますから、しっかり食事をしてください」
「ハイ
……
」
味噌汁の茶碗を手にした柳が、見慣れた涼しい顔で淡々と指摘を寄越す。あまり食欲は湧かないが、もっともな言葉に素直に頷いてひとまずトレーの上の皿に手を伸ばした。
柳とは同校出身であることに加えてユース代表時代にはダブルスを組む機会も度々あり、高校卒業後、プロ選手としての生活が始まってからも時折プライベートで顔を合わせる間柄に落ち着いている。
越知との関係を打ち明けている数少ない存在のひとりでもあり(友人や気心の知れた仲間に隠し立てしているつもりはないが、まだ単純に打ち明ける機会がない)、このところの悩みに対する率直な意見を求めて
――
というより、喝を入れてもらうべく連絡を取ったのだった。
もとより「先輩の威厳」などというものにはあまり拘りがない。こちらの人となりや近況を知っていて、客観的な意見を遠慮なく述べることのできる柳は、いまの自分にとってベストの相談相手だ。
毛利が食事を始めたのを確かめてから、柳が静かに口を開く。
「
……
それで、まだ越知先輩とは?」
「練習んときもそれ以外もフツーにしやるけど、この話はできてへん」
「そうですか
……
」
「っちゅーか、」
「?」
「
……
その、二回くらい、俺が逃げてもうて。
……
そこからなんもないっちゅうのがホンマのとこや」
「
……
、成程」
彼に同棲の話を持ち出し、保留の返事を受けた日から、気付けばすでに半月ほどが経とうとしていた。
正直なところ、あの日の昼食の味も話した内容もあまり覚えていない。どうにか食事と、予定していたテニス用品店での買い物を済ませたあと、まだ陽も沈まないうちに早々に解散になったのだ。
――
今日はもう休んだほうがいい。また明日、クラブで会おう。
駅での別れ際、越知が残していった言葉だけが、いまも脳裏にこびりついている。
彼の言う通り、たとえ気がかりがあっても日々のトレーニングや練習試合に支障をきたすわけにはいかない。互いにその件にはあえて触れずに普段と同じように過ごしていた。
……
正確には練習後、ふたりきりになってから彼が何かを言おうとしている気配を感じることがあったが、反射的に話題を逸らしてしまった。あまりに下手な誤魔化しだったけれども、二度ほどそれを繰り返して以降、彼からは何も話はない。
柳の細い目が、しばらくこちらをじっと見据える。
品の良い仕草で黙々と食事を進めつつ、そういえば、と首を傾げた。
「そんな調子で、プレーに支障は出ないんですか?」
「
……
それが、コート入ったらバチッとアタマが切り替わってまうんかしらんのやが。
同調
シンクロ
も
能力共鳴
ハウリング
も、全然変わらずできるんよ」
「それは
……
」
柳の相槌のその先は続かなかったものの、おそらく「興味深いですね」と言いかけたに違いない。
当事者ながらそこは確かに不思議な点で、いまのところプレーに支障は出ていない。出ていたならばここまで話が長引くこともなかっただろうと考えると、良し悪しではあるのかもしれないが。
「つまり、二人ともこの件を完全に保留にしている状況だと」
「
……
月光
つき
さんのせいやない。ちゃんと話できてへん俺のせいや」
「そう思うなら何故、話をしないんです?」
「
…………
、」
重ねられた問いは当然のものだった。
箸を休めて口を噤む。しばらく考えを巡らせたあと、つぶやくように言葉を押し出した。
「あの人に『考えさせてくれ』言われたときにな、わからんくなってもうたんよ、俺」
「
……
?」
「
……
たぶん、断られると思っとらんかった。
…………
いや、別に、まだハッキリ断られたんとちゃうんやが、そうやなくて」
そこまで言ったところで唇を噛み、かぶりを振って息を吐く。
胸のうちに溜まった感情を、どうにか整理するために柳を頼ったのだ。思考を声のかたちにすることを躊躇していては、いま以上先には進めない。
「なんであない動揺したんか考えやったら、あー俺、
月光
つき
さんにすぐ頷いてもらえると思っとったんやなって」
「
…………
」
「めっさ大事な話やのに、
月光
つき
さんの気持ち全然考えらんで。そない勝手な話あるかいや、ホンマ。
……
こんなん、一緒に住みたい言う資格ないやんか」
あの日彼と別れ、戻った自宅でひとり延々と考え込んだ挙句に辿り着いた答えを見つめるたび、不甲斐ない思いがふつふつと込み上げる。「せやけど」
「やっぱあの話なかったことにしてくださいて、また勝手言うんも嫌で。
……
結局まだ、頭ん中ゴチャゴチャなんよ」
「だから、俺に連絡を?」
「そうや。柳にまでメーワクかけて悪いんやが」
「
……
いえ、それは構いませんが
……
」
盛大な溜息は止めようがなかったけれども、少し体が軽くなったような気がする。置いていた箸を再度手に取り、温かい玄米を口に押し込むと、かすかな甘みが舌先に広がった。
「
…………
」
しばらく手元に視線を落とし、静かに考え込んでいた男が、ふと顔を上げて自身を呼ぶ。毛利先輩。
「
……
先輩は、イエスかノーか、どちらの返事が欲しいんですか?」
「
――
……
、」
「状況はわかりました。近日中に話し合いが必要ということも。
――
であれば、先輩はご自分の立場を明確にするべきだと思います」
「立場
……
」
「はい」
正面から突きつけられた言葉を、頭の中でもう一度繰り返す。立場。ことり、と箸を置いた柳が、傍らのコップに注がれた冷水をひと口傾けてから言う。「手元にあるデータを、ひとつずつ整理しましょう」
「まず、先輩自身は、越知先輩との同棲を望んでいる。申し出そのものを、取り下げることも望まない」
「
……
おう」
応えを聞いて、柳の右手の人差し指がすいと立てられる。一つ目の立場。
「次に、越知先輩の答えがもし、ノーだった場合。どうされますか?」
「
月光
つき
さんがいやや言うこと押す気はあらへん。当然や」
そこに迷う余地はない。
人差し指の隣に中指が並ぶ。二つ目の立場。
「
……
次に、イエスだった場合。事実上、先輩の申し出と同じ答えです。本来であれば、その時点で合意が成立する。ですが、『問題はそこではない』」
「
…………
」
「先輩はこの件に関して、『今後越知先輩と生活する資格の有無』を論点にしている」
三つ目の立場。薬指が並ぶ。
「ここで先輩の言うように、重要な話をするにあたって少々配慮が足りなかった、
……
という事実があると仮定します。少なくとも、毛利先輩はそう考えている」
小指が伸びる。四つ目の立場。
「
……
ですがその事実の重要性や意義を決めるのは、アナタではない。回答を保留にした理由を知っているのも、アナタではない」
最後に親指が伸ばされて、広げられた手のひらがふいとほどける。机の上に静かに下りた指先が、トレーの端に軽く触れる。
「毛利先輩が得られるデータは、現状すでに出尽くしている。
――
その上で答えが出ないのなら、単純にデータ不足です」
「
……
データが、足らん」
「ええ」
そうであれば、何をするべきか。
短い応えの裏にあるその言葉が、視線越しに聞こえたような気がした。
頷いて食事の続きを再開した男が、思い出したように涼しい顔で声を接ぐ。
「睡眠テニスのデータ1セット分。忘れないでくださいね」
「
……
また連絡しやるわ、柳」
シングルスでの野試合は、この後輩に相談を持ちかけるときの定番だ。抜かりなく念を押しながら不敵に笑う参謀に、肩を竦めて小さく笑みを返した。
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