留守田
2026-03-11 15:22:29
3780文字
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醜怪のはなし

男の嫉妬は醜いなんて申しますが、恋人のソレは一周回って愛おしいものなのではないでしょうか。
いつものアスTavです。Tavの味付けが濃いめ独自解釈多めスポーン増し。

※2eのコンパニオンブック掲載の「ヴァンパイアの花嫁(花婿)」設定なのでアスタリオンとテレパシーで意思疎通している場面があります。

 その日は同じ月に開かれた宴の中で、最も盛大な夜会が催されていた。

 けばけばしい衣装とむせ返るような香水の臭いを渋いワインの風味によってやり過ごしながら、ヴァリスは招待客に囲まれるアスタリオンの隣に立つ。
「アスタリオン卿、今宵も配偶者様共々お美しいですな……
「アスタリオン卿、聞きましたかな? ゲートの議会では今……
「私はこんな噂を耳にしまして……
 おべっかや嘘から有益な情報を拾い上げて聞き取り、同時にワインを傾け優雅に微笑むアスタリオンからは、ずっと宥めるような念話テレパシーが届いていた。
『ダーリン、俺が側にいる。いつでも手を握れ』
 ヴァリスは暫し目を閉じて、思う。
 いつからだろうか。目の前の伴侶に群がる有象無象に、こんなにも苛立つようになったのは。
 英雄の名誉は確かに恩恵をもたらし続けているが、同時に来客も減ることはない。
 むしろ、宮殿の勢力や権威が増すにつれて増えている。
 ヴァリスはその喜ぶべきはずの事象が、とても、とても、気に食わなかった。
 その苛立ちは天をも貫く勢いだ――いや、さすがに言い過ぎか。
 だが少なくとも、この宮殿の天井くらいは突き抜ける。
 ゴブレットに注がれた赤いワインを見下ろし、ヴァリスは息を吐いた。
 これでは、隣の男の伴侶に相応しくない。いずれこの世界の王となるヴァンパイア・アセンダントの王配がこの有様では、無様もいいところだ。
 己の感情も律せられず悋気に走るなど、子供スポーン達に笑われてしまう。
 アスタリオンが自分以外の何かに、心の底から特別な関心を寄せることは無いというのに。
『すまない、ハニー。私の苛立ちが邪魔だろう』
 彼と私の間にある絆魂の繋がりライフリンクは、念話テレパシー以外でも一定以上の強い感情が伝わることがある。
 伴侶が語るに曰く、かつての脳の同居人よりはずっと快適だが、より鮮烈らしい。
『気にするな、ダーリン。俺も相手をするのに飽きてきた』
 この苛立ちがどう伝わっているかは分からないが……アスタリオンからはいつもの調子の念話テレパシーが返ってきた。
 都合良く解釈するのなら、手を握って連れ出してくれ、ということだろうか。
 ヴァリスは居ても立っても居られず、アスタリオンの空いている左手を取ろうと手を伸ばす。
 だが──
「ああ、アスタリオン様。今宵もお美しく」
 招待客……ヴァリスが言う有象無象のうちの一人が、二人の間に割り込んで、遮った。
 故意かどうかは疑わしいが、少なくともその有象無象はヴァリスへ振り向きもせずアスタリオンへ口を開く。
 瞬間、ヴァリスの内面では明確なひとつの感情が生まれ、そして即座に圧し折った。

 私の邪魔をするな?
 違う。邪魔をされた程度で腹を立てたりはしない。
 ……私の。
 私の大事なものいとしいひとに、触れるな。

 そうだ。きっとこれが、たった今私の内面に生じた感情だ。
 八つ裂きにしてやる、彼の礼服を掠めたその穢らわしい指先の皮を剥いで捨ててやる!
「旦那様」
 呼ばれたにも関わらず、ヴァリスは怒りのまま振り返り呼んだ者を睨んで……すぐに脱力した。
……アドヴェル?」
「旦那様、ハウスワインは苦手でしょう。ですので、スイートワインをお持ち致しました」
 アドヴェルは近寄り、小声でそっと囁く。
 そして、ヴァリスが持っている空になっていたゴブレットを取ってすれ違った使用人に流れるように渡す。そして交換で新しいゴブレットを受け取り、手にしているデキャンタから真っ赤なワインを注いだ。
 ヴァリスが連れ去られていく、右手に掴んでいた物に意識を割く。
 右手でカップの部分を下から持つようにしていたはずの銀製の杯は、少しだけ輪郭が握り潰したかのように・・・・・・・・・・歪んでいた。
「ありがとう、アドヴェル」
「いえ、これが俺の勤めですから。それと……
 執事は主人の配偶者に、先程よりも更に小さな声で耳打つ。
『ご主人様も、あの“血袋”にはウンザリしているようですので』
 音もなく、ティーフリングの執事が尾を揺らす。ヴァリスへの視線は優しく柔らかいものだが、割り込んだ無礼な客へは鋭く冷たいものを向けていた。
 ひとつ、ふたつ……会場を回る使用人達の赤い双眸が、主人とその伴侶の間に割って入った無礼者をさり気なく捉える。
 それは命令を待つ忠実なものであったり、見張る視線や威嚇する目付きも含まれていた。
 様々な感情でアスタリオンの子供スポーン達は無礼者を見るが、一つ共有しているものがあるとすれば……
 件の無礼者は、既に宮殿への罪を犯しているという事実だった。