共に重ねた時間を連れて

FF14の二次創作です。
時間軸は暁月のフィナーレ(6.0)クリア後~黄金のレガシー(7.0)序盤を想定しています。
「旅と夢の狭間にて」に連なる話につき、そちらの方を先にお読みいただけると幸いです。


 ビュンと、音と同時に銀閃が走る。行く手を阻んでいた蔦を裂き、
「こっちだ!」
 アゼルは逆手に招く仕草で、後方のウクラマト達を呼んだ。
「ここから、先に、進めそうだな……!」
 はぁはぁと息を切らしながらウクラマトが駆けつけてきた。後に続いて、クルルとアルフィノもやってくる。皆が揃うのを見て、手にしたナイフはそのままに、アゼルは再び先頭を歩いて進む。
 汗の玉が首筋を垂れた。未踏の土地を手探りで進むのは骨が折れる。
 だが、それ以上に、未知の景色に心が踊る。
 じりじりと熱い太陽の下、炎のように咲き誇る野生の草花。エオルゼアでは見たことのない鮮烈な色合いに目が奪われる。
 背後からは、轟々と濁流の音が聞こえてくる。雨上がりのイフイカ・トゥムは、未だ暴れ足りないらしい。
 ここはトラル大陸。トライヨラ連王国の第一王女ウクラマトから依頼を受けて、アゼルと暁の一行は蒼茫洋を船で渡ってやって来た。現在は、王位継承の儀に挑むウクラマトに協力者として同行している。
 コザマル・カ滝上にあるモブリン族の集落を目指して、大河イフイカ・トゥムを海から遡上していた一行だったが、水上でバクージャジャの妨害に遭い、進路の変更を余儀なくされた。
 なんとか小船を着岸させて、暴れるプヌティー達の縄張りも越えて、道なき道を進んでゆく。草を避け、枝を払い、やがて前方に坑道らしき入口を見つけた。
 中に入り、様子を伺う。やはり自然にできた洞窟ではなさそうだ。草木や苔の多いところもあるが、奥へ続く通路は人が歩けるように均されている。上方には木の梯子や朽ちかけの足場も見えた。過去に人が手を入れた形跡。おそらくここは、稼働を停止して年月を経た鉱山跡か何かだろう。
 アゼルは携帯用のランタンに火を入れた。小さな炎をじっと見て、進行方向から吹いてくる風に火先が揺れるのを確認した。先に進んでも大丈夫そうだ。
 通路を歩いて、広々とした空間にたどり着き、アルフィノが提案をした。
「いったんここで、少し休憩しないかい?」するとクルルも「そうね、靴の中もぐちゃぐちゃになってしまったし」
 アゼルも同じ事を言おうと思っていたところだった。ウクラマトだけは先を急ぎたそうにしていたが、三人の顔を順々に見て受け入れた。その後にほっと一息ついたところを見ると、やはり慣れない旅の連続に彼女も疲れていたようだ。
 手頃な岩に腰を下ろしたアゼルは、鞄から布を取り出し、泥水で濡れた足を拭った。ブーツには吸水紙を捩じ込んでおく。完全に乾かすことはできなくとも、多少マシにはなるだろう。
 腰のベルトからナイフを外す。鞘から刀身を引き抜いた。柄を握りしめ、上段からヒュッと一振り。刃に付着していた露を飛ばし、残りの汚れを布で拭き取った。今できる手入れはこんなところだ。刀身を鞘に納めた。刃の滑る音が心地良い。
 鞘に触れる。明るい茶色の革製の鞘。表面の凹凸を指でなぞる。
 厚みのある革には、マルベリーの葉の模様が刻まれている。その周りを縁取るように、木の実を模した幾何学パターンがびっしりと打ち込まれている。野性味と優美さを兼ね揃えていて美しい。
 これはトラル大陸に渡る前に、ゲヴァに拵えてもらったものだった。

「おぉ……!」 
 一流の革細工師が仕立てた鞘。風格のある佇まいは、それ自体がまるで芸術品かのようだった。
 思わずため息が漏れる。同時に、想像以上の出来栄えに頭の片隅で財布の心配をするアゼルだったが、後でゲヴァから提示された価格に耳を疑った。
「待ってください、それはちょっと、あまりにも安すぎませんか!?」
 見積もりの時に聞いていたよりも何故か三割ほど安くなっていた。この鞘の素晴らしい出来栄えにはとても見合うものではない。もっと払うとアゼルは抗議したが、ゲヴァは笑って一蹴した。
「大丈夫、ギリギリ損はしてないわ。あんたには前に世話になったから、そのお礼込みの価格よ。まぁ、下心も少しはあるわ。あんたが持っていれば、ウチの宣伝にもなりそうだから」
 もちろん他の客に同じ物を売る時は倍の値段を付けるつもりだと、笑って言った。
 それでも渋るアゼルを正面に見て、彼女は続けた。
「じゃあ、これは個人的なお願いよ」右手で髪をかき上げる。
 アゼルは姿勢を正した。
「あんたの事情は知らないけれど……できればいつか、家族に顔を見せてあげて。なんだかんだで親というのは、子供に会いたいものだから」
 値引いた分の対価はそれでいいわと、どこか遠くを見つめるゲヴァの横顔は、子を持つ母のものだった。

「里帰りか……
 ゲヴァとのやり取りを思い出してアゼルは零した。それを聞きつけたのか、
「なんだアゼル、ホームシックか?」
 濡れた靴を片手に「よっ、ほっ」と爪先歩きでやって来たウクラマトが、近くの岩に腰を下ろした。
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……
 苦笑いをしながら「前にこういうことがあって……
 靴が乾くのを待つ間、彼女にゲヴァとのやりとりを掻い摘んで説明した。
「あの場では、わかりましたと言ったものの、なかなか気軽に帰れない理由もあってね」
 右手で頭の後ろを掻いた。
 ウクラマトは「そうか……」と一言。続く言葉を探すためにか、そっと視線を横に逸らした。
 少し意外だった。彼女だったら、もっと前のめりに帰郷を説くのではないかと思っていた。
 二人の間に沈黙が流れていく。
 話題を変えた方がいいかと考え始めたところで、ウクラマトが視線を戻した。
「アゼルのそれ、良いナイフだな」
 そう言って、ナイフとアゼルを順に見つめて彼女は続ける。
「綺麗だし、使いやすそうっていうのはもちろんだけどよ。刃にも、柄にも、そして鞘にも、お前の故郷がぎっしり詰まってる」
 ブリサエルの刃、ベアティヌの柄、ゲヴァの鞘。気付けば小さなナイフは森の気配を色濃く纏い、世界に二振りと無いものに生まれ変わった。
 製作を頼むにあたり、細かい意匠は彼らに委ねた。自分からこうして欲しいと言ったわけではなかった。
 ウクラマトは更に続ける。
「職人たちが、お前と話す中で伝わってきたものを写し取ってカタチにしたから、こうなったんだろうな」
 アゼルは息を呑んだ。
 故郷の森に未練はない。ブリサエルたちと話した時も、ナイフ自体への愛着は口にしても望郷の念を然程強く出したつもりはなかった。だというのに、彼らが己の深いところから掬い上げた何かから、具現化して生まれたものがこの形だというのであれば……認めないわけにはいかないのだろう。
 あそこは、やはりいつか帰るところなのだと、心の何処かで誰かが声をあげていたことを。
「嫌じゃねぇんだろう、そのカタチ」
 若草色の瞳がアゼルを見据えた。
「なら、今はそれでいいんじゃねぇか?」
 真摯で、まっすぐな光が問う。この眼差しを前にして、己を偽ることはできない。
 そう、嫌ではない。これは嘘ではない。
 旅をして、見て、知って、考える。それを繰り返す内に人は変わる。だから故郷のことも、いずれ今とは違う見方ができるようになるかもしれない。いつか心の距離が近づく日が来るかもしれない。
 嫌ではない。だから今は、これでいい。
……ああ、そうだな」
 若草色に、笑って見せた。
 この時、ウクラマトが朗らかに咲かせた笑みは、長くアゼルの記憶に焼き付いていた。

「そういえば、アルフィノたちがいないな」
 辺りを見たが、二人の姿が荷物ごと消えていた。アゼル達が話している間に、進路の確認をしに行ったようだ。
……悪いな、みんなに気を遣わせて」
「ん?」
「ここで休憩にしたの、アタシがへばっているのがバレてたからだろ?」
 ばつが悪そうにウクラマトは髪を掻き混ぜた。
 アゼルは気にするなと言った。
「俺も休みたかったし、体力勝負になる時ほど休憩は大事だからな」
 それに、
「ここで話して、ウクラマトがいいヤツだって分かってよかった」
 真顔で言うと、
「なんだよ、それ!」少し間を置き、ウクラマトの笑う声。
 アゼルも笑う。
 善人が王になれるとは限らない。しかし、できれば、王はいい人であってほしい。
 ウクラマトをこの国の王にする。そのために自分にできることをしよう。彼女と旅を始めてしばらく経つが、この時改めて、アゼルはそう思ったのだった。
「さぁ、俺たちもそろそろ行こうか」
 靴を履き、鞄を手に取る。
「ああ、やるべき事をやらねぇと、だな!」
 両頬を叩いて、ウクラマトが立ち上がった。
 その時、通路の先から何かが崩れるような大きな音と、
「アゼルさん達、ちょっとこっちに来て!!」
 クルルの声が聞こえてきた。声の様子は、何か異常事態が起きたようだ。魔物か凶暴な野生動物に出くわしたのかもしれない。
「アゼル!」
「行こう!」
 顔を見合わせ、土を蹴って走り出す。
 二つの靴音が響いて消えた。

 時が経つ。万物は流転する。
 柄は手に馴染み、革は飴色を深くしていく。刃が再び摩耗する頃、アゼルは懐かしい森の匂いを身に纏う。
 右手には一振りのナイフ。初めて受け取ったあの日から、結んだ縁を思い出す。いくつもの顔と言葉が浮かんでは消えていった。
 帰ってきた。共に重ねた時間を連れて。
 終わるためではない。ここからまた始めるために。
 そして、旅はこの先も続いていく。


END