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hiro_kitaumi
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FF14二次創作
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共に重ねた時間を連れて
FF14の二次創作です。
時間軸は暁月のフィナーレ(6.0)クリア後~黄金のレガシー(7.0)序盤を想定しています。
「旅と夢の狭間にて」に連なる話につき、そちらの方を先にお読みいただけると幸いです。
1
2
3
木製の扉に手をかける。ギィと音をたてて開いた隙間からは、木渋の匂いが漂ってきた。皮のなめし剤の匂い。染料のものと混ざりあって、独特の臭みを醸し出している。
「こんにちは、革細工師ギルドへようこそ!」
建物に入ってすぐに、扉の脇から声が掛かった。声の主は、革の帽子を被ったヒューラン族の女性だった。彼女の顔には見覚えがなかった。初めて会う職人だろう。
「本日はどのようなご要件で?」
「ああ、ゲヴァさんにオーダーの相談をさせてもらいたくて」
アゼルが言った途端に女性の顔色が翳った。
「申し訳ありません、フェン・イルはもう今季の予約がいっぱいで、それはちょっと難しいかと
……
」
知っていた。だから、そうではなくてと事情を説明しようとしたのだが、
「誰かと思ったら、アゼルさんじゃないですか!」
受付カウンターの方から男性の声がした。青いコイフの彼は、ギルドの受付係のランダルだ。
「お久しぶりです、ランダルさん」
「ゲヴァ親方にご用ですって? 少しお待ちください、今取り次いできますから
……
」
そう言って、彼がカウンターの外に出ようとするより前に、
「聞こえていたわ、ランダル!」奥の作業場から、女性の声が聞こえてきた。「アゼル・アッシィですって? 知らない仲じゃないのだから、直接こっちに来てもらいなさい!」
革細工師ギルド名物の大音声。アゼルがランダルの顔を伺うと、
「
……
だ、そうで。ということで、どうぞ行ってあげて下さい」肩をすくめて言って、微笑んだ。
「あ! 雨具はこちらで預かりますね!」
最初に声をかけてくれた女性が、アゼルが持っていた傘を引き取った。作業場に濡れた傘を持ち込むわけにはいかない。
「ありがとう、お願いします」
奥へと向かうアゼルの後ろで、
「ランダル先輩、あの人って、もしかして例の
……
」
「ああ、彼はエオルゼアの英雄で、このギルドの
……
」
小声の会話が聞こえてきたが、アゼルは気にせず進んで行った。
ゲヴァ・ストーク。革細工師ギルドの長である彼女は、超一級の職人として世に作品を送り続ける一方で、後進の育成にも心血を注いでいる。自分にも他者にも厳しい彼女の指導は、時に新人職人の心を挫いてしまうこともあるが、それが皮という素材にも、皮の加工に携わる人間にも、真摯に向き合っているが故と後になって気付くのだ。
「これじゃダメよ、菱目が斜めに入ってる。縫い穴に針が通れば何でも良いと思っていない? ここを適当にしてしまうと、見た目はもちろん強度にも響いてしまうわ。じゃあやり直します? 馬鹿言わないで。皮を何だと思っているの?」
そうして彼女は、皮という「命」を扱う者の心得を説く。何十、何百回とそうしてきたように。
「考えなさい。ここから立て直すにはどうするのが最善か。失敗を繰り返さないためにはどうしたら良いか。答えが出たら、報告に来て」
行きなさい、とゲヴァは涙目の職人を作業現場へ追い返した。
「さて、お待たせしたわね」
横で一部始終を見ていたアゼルに対して、彼女が「今の、ちょっと懐かしいと思ったでしょう?」と、いたずらそうに言うのだから、アゼルとしては苦笑いで返すしかない。
「お変わりなさそうで、何よりです」
笑いながらゲヴァは向かいの作業椅子に腰を下ろした。
「改めて、久しぶりね、アゼル。活躍は方々から聞いているわ。あんたが急に来るなて、今日はどういった用件かしら?」一呼吸おき「オーダーの相談と聞こえた気がしたのだけど?」
それが聞こえていたなら話は早い。
「ええ、実は
……
」
鞄を開けて、件のナイフを取り出した。
机の上に置かれた真新しいナイフを見て、ゲヴァの目つきが鋭くなった。その瞳をまっすぐに見て、
「このナイフの、鞘を作ってもらいたいんです」と、アゼルは言った。
「
……
触ってもいい?」
どうぞ、と促す。ゲヴァはナイフを手に取った。柄の部分を矯めつ眇めつ観察する。握り具合も心行くまで確かめてから、刀身を覆う革の端切れを外した。片刃の暗灰色が部屋の明かりを反射してきらめいた。小ぶりの包丁のような形状は、これと言って特別なところはない。野外において汎用的に使えるものだ。
「へぇ
……
」
しかし彼女の眼は見逃さなかった。
「刃も、柄も、良い仕事をしている。理想的な重心ね。この柄は、木工師ギルドで?」
「はい、ベアティヌ先生に拵えてもらいました」
「木材は
……
この杢目は、この辺ではあまり見ないわね」
「マルベリーです。俺の故郷の方の木で」
ざあざあと風に揺れるマルベリーの葉。初夏の里に漂う夏蚕の匂い。祭事に使う糸を撚る母の指先。懐かしい光景が、アゼルの脳裏に浮かんでは消えていった。
「
……
これは刀身の方にも、何か謂れがありそうね?」
熟達した職人が持つ観の目は、どうやら全てを見通すようだ。改めてゲヴァには畏敬の念を抱く。
そしてアゼルは、ナイフがここに至った軌跡を語り始めた。
まだ新しい鋼と木。今はまっさらに見えるナイフだが、元々は、生まれ故郷のラヴァ=ヴィエラの里で、森に初めて狩りに出る子供が母親から渡されるものだった。里の道具職人が作った、何の変哲もない鉄製の小さなナイフ。普通であれば大人になるまでに、いつか手放してしまうもの。
性別の分化していない『仔兎』と呼ばれていた頃のある日、アゼルは森で遭難した。オサード小大陸北部を大寒波が襲った年だった。狩りの途中に雪庇を踏み抜き、滑落してしまったのだ。
雪に埋もれ、凍死寸前のところで、救ってくれたのは通りがかりの同族の男性だった。後に、護人の師とは別に、彼が己の人生の師となることを、この時のアゼルには知る由もなかった。
雪の森で一夜を明かし、里へ帰還する前に、男はアゼルにナイフを手渡した。鞘はない。助けた時にこれだけ近くに落ちていたのだと男は言った。それはアゼルのもので間違いなかった。
「落ちた時に体に刺さらなくてよかったな。そういう意味では運がいいよ、お前」
アゼルをよそに、くつくつと笑う男の姿が、妙に記憶に深く残っている。
あの時は意味がわからなかったが、今では男の言いたかったことを想像できる。
その悪運の強さは、冒険者に向いている
――
そういうことだろう、きっと。
時が経ち、成人を迎え、護人見習いになった時も。森を出て名前を変えた後も。故郷に未練はなかったが、不思議とこのナイフを手放す気にはなれなかった。
あの日から連なる縁の、形ある証。
そんなものを無意識の内に求めていたのかもしれない。
それはともかく、実際のところ、旅をするのにナイフは必需品だ。少し人里を離れれば、草を薙ぎ枝を払うのにも、獲物をばらすのにも役に立つ。
冒険者となり、海を越え、次元を越え、ついには天の果てまでも、共に長い道のりを歩んだ旅の相棒
……
だったのだが。
「鞘って、大事なものだったんですね
……
」
ため息混じりにアゼルは零した。
「それはそうよ。刃物の鞘は、安全に携帯するためだけのものじゃない。湿気や汚れで傷んでしまわないように刀身を保護する役目もあるもの」
ゲヴァの言葉の端には「何を今更」と呆れる声が込められているのを感じて、アゼルは小さく首を縮めた。
遠い昔、雪の森で失くしてしまった鞘。それこそ刀身を覆い隠せさえすればいいだろうと、手近な布や皮の端切れを鞘の代わりにして、長らく誤魔化しながら使い続けてきた。しかし鞘とも呼べぬ粗末なものでは、傷や腐食の要因は防ぎきれない。
自分なりに小まめに手入れはしていたが、錆や刃こぼれは年々酷くなってゆき、とうとう先日、刃が欠けた。それは、どう見ても修復の効かない致命的なものだった。
「普段は雑に使っていたくせに、いざ捨てるとなると
……
どうしても忍びなくて。リムサ・ロミンサに寄った時に、一か八かで鍛冶師ギルドに相談してみたんです」
その日は運良くギルドマスターのブリサエルと会えた。経緯を話し、何とかして直す方法はあるものかと聞いてみた。
ブリサエルは首を横に振った。ここまで大きく欠けてしまっては、鍛冶師ギルドと言えども手の施しようがない。
それを聞き「やっぱりそうですよね」と返事をしながら、がっくりと肩を落とすアゼル。落胆する様子を見かねたのか、しばらくしてからブリサエルが提案をした。
幸い刀身は鋼鉄製。一度溶かして合金にして、新たな刃を作ることなら可能かもしれない。思い入れのある道具を、どんな形でもいいから残したい。似たような依頼が過去にもあった。ただし、言うほど簡単なことではない。モノによっては上手くいかないこともある。自己責任でもよければ対応する、と。
形は変わってしまうし、もちろんギルもそこそこかかる。
どうするかと問われ、しばらく逡巡した後に、
「お願いします」
アゼルはブリサエルに頭を下げた。
故郷の森から、せっかくここまで一緒に来たのだ。生まれ変われるチャンスがあるなら、この先の旅にも連れていきたい。これからも時間を共に重ねたい。
万一上手くいかない場合も、覚悟はできている。それは仕方のないことだ。
最後にアゼルが「あなたの腕を信頼している」と笑って言うと、真顔でスッと胃薬を取り出すブリサエルだった。
数日後。
生まれ変わった刀身を見て、アゼルは感嘆のため息を漏らした。
合金鋼をたっぷりと使った暗灰色の片刃。どっしりと存在感がありながら銀鼠に輝く切先は繊細で、夜空に佇む月のようにも感じられた。光を受ける角度を変えると時折鈍い黒にも見える。そこにかつての姿を重ねてしまうのは、聊か感傷が過ぎるだろうか。
以前よりも一回り大きくなった刃渡りは、今現在の己の身体と用途に合うように、ブリサエルと話して決めたものだった。
出来上がったばかりの刀身に柄は付いていなかった。元々付いていた柄は経年による劣化が酷く、加工の際に砕いて外すしかなかった。アゼルもそれは承知していた。
剥き出しの中子
――
本来柄に隠れる部分に視線を移したアゼルは、真新しい鋼の上に思いもよらないものを見つけて声を漏らした。
そこには、銘の代わりに小さな紋様が彫られていた。
紋様は大小の菱形と直線の組み合わせで、細い部分に器用に刻まれている。
それは
――
「俺の故郷の里を示す印だったんです。ブリサエルさんに聞いたら、元のナイフの柄に彫られていたもので、腐食で見えにくかったけれど、できるだけ再現してみたのだと」
灰の森の三番目。桑の木と糸紡ぎの里。森において身元を示すこの紋様は、転じて己と他者の間に境界線を引く意味を持つ。脅威から身を守るための守護の印としても使われていた。
しばし言葉を発せぬまま、アゼルは紋様に見入っていた。ただならぬ雰囲気に、余計なことをしてしまったかとブリサエルが青ざめていた。気付いたアゼルは慌てて、そうじゃないと否定した。
「まさかエオルゼアで、これを見るとは思ってもいなくて。驚いたのと同時に
……
不思議な感覚になったんです。二度と帰らないつもりで、全部置いてきた故郷と、こんな形で繋がっていたものがあったなんて
……
」
嬉しいというのではない。嫌だというのも違う。この感覚を、己と違う誰かに説明するのは難しい。相応しい言葉を掴めずに空を切るのが、もどかしい。
沈黙の隙間で、革に鋲を打ち込む音がやけに大きく聞こえた。
「
……
あんた、家族は故郷に?」
おもむろにゲヴァが尋ねた。右手で髪をかき上げている。
「ええ、母と姉が家にいるはずです」
母は祭司で、姉は順調であれば将来の里長候補といったところだろう。二人とも森を出る理由はない。
「ふぅん
……
」と、何か言いたげに返すゲヴァ。その胸中をアゼルが推し量るよりも前に、
「それで、刃の次に柄を仕立てて来たということかしら?」
彼女は話題を目の前のナイフに戻した。
「あ、はい。新しい刀身の出来がとても良かったから、せっかくだから木工師ギルドに頼もうと思ったんで、ベアティヌ先生に
……
」
「あー、そこのくだりはいいわ。どんなやりとりをしたのか、だいたい想像がつくもの」
ナイフの杢目をなぞりながら「この木を見れば分かるわ」と言い、彼女は目元を緩ませた。
チチ、チチチと、窓の外に鳥の声が戻ってきていた。いつの間にか雨は止んでいたようだ。窓から差し込んでいる西日に、随分と長話をしてしまっていたことに気付かされた。
そろそろ本題に入らなければ。
同じ事を考えていたのだろう。先にゲヴァが口を開いた。
「鞘を作ってほしいとのことだったわね」
頷く。
「残念だけど、フェン・イルは数年先まで予約がいっぱいなの」
もう一度、頷く。
「知っています。だから、誰か他に職人の伝手があれば教えてもらいたくて
……
」
「私がやるわ」アゼルの言葉をぴしゃりと遮りゲヴァが言った。「その依頼、私が個人で受けるわ」
驚くアゼルに構うことなくゲヴァは続ける。
「鍛冶師と木工師、二つのギルドマスターが手掛けたこの逸品に見合う鞘。他の誰かに任せるなんて、とてもじゃないけど考えられないわ」
「で、でも、ゲヴァさん忙しいじゃないですか? ご家庭もあるし
……
」
「ええ、もちろん家庭もギルドの仕事も疎かにはできないから、納期は少し多めにもらうわ。それでもだいぶ早いはずよ」不敵な笑みを浮かべて彼女は言った。
当代一の革細工師にそこまでしてもらうのは、なんというか、非常に恐れ多いことではあるが、
「
……
本当に、お願いしても?」
「だからやるって言ってるでしょう」ゲヴァは有無を言わせぬ勢いで「ほら、今日中に見積りまで出すわよ! いま準備するから待っていなさい!」
颯爽とした足取りで奥の部屋へ消えていった。
全くもって予想していなかった展開に、呆気にとられるアゼルだったが、
「本当に、随分贅沢な生まれ変わりをすることになったな、お前」
机の上のナイフをつつき、目を細めて微笑んだ。
その日、アゼルが革細工師ギルドを後にしたのは、満月が夜空の真上にのぼる頃だった。
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