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蒼翠
2026-03-08 09:10:15
3000文字
Public
朝焼けは雨、夕焼けは(同棲パロ)〜番外編2本
🎈🌟の同棲パロ、番外編の全年齢分2本。
完結後の二人の日常話のためネタバレを含みます。先に本編読了後の閲覧をお勧めします
R18の2編を書き足したものはpixivに掲載
→
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27527197
⚠️社会人設定、本編完結後ネタバレあり
本編🔞→
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27352374
本編、たくさん反応下さりありがとうございます。とても嬉しかったので何かお返しを、と番外編を書くエネルギーになっています。本当にありがとうございました🙇♀️ 全年齢で読める2本はこのままここに残します
1
2
マグカップ
キッチンから声が聞こえた気がした。持ち上げた洗濯カゴを置き、様子を見にいく。朝食の食器を洗っていた類が、シンクの前で固まっていた。
「
……
類?」
後ろ姿に呼びかける。僅かに肩が動き、小さな一言が返ってきた。
「ごめん」
謝られる覚えが無い。
やっぱり様子がおかしい。近寄って様子を伺う。
シンク内を見つめる類の視線、その先にあったのは、オレが普段使っているマグカップで
———
その飲み口が、欠けている。
「! もしかして、怪我でもしたのか?」
「あ、ううん、違う、大丈夫」
胸を撫で下ろす。良かった、指でも切ったかと思った。
それにしては声が硬い。この世の終わりみたいな顔で、さっきからずっと欠けたマグカップを凝視している。
「破片に気を付けろよ
……
待ってろ、包む紙持ってくるから」
「
……
手が、滑って」
「そうか
……
こればっかりは仕方ないな。毎日使っていればそういうことはあるから」
肩を落として萎れている様子を、意外に思う。
「そのマグカップ、そんなに思い入れがあったんだな。知らずに使わせて貰っててすまなかった」
「あ、いや違うんだ」
やっとこっちを向いた。
これは類の家に転がり込んだ時、オレ用にと食器棚から出してくれたもの。そもそも類の持ち物だからオレに謝る必要はないし、ペアでも無ければ特別な見た目をしている訳でもない。
諦めきれない様子で類が呟く。
「金継ぎとかすれば、まだ使えるかな」
「何、もしかしてそんなにレア品なのかこれ」
「いや
……
そういう訳じゃないんだけど」
本当に意外だ。
類は、稽古時も普段の思考回路も、合理性や効率で物事を判断している。少なくともオレにはそう見えている。だから、欠けて機能を果たせなくなった食器は、アッサリ処分されるものだとばかり思っていた。
「理由、聞いてもいいか?」
「え、っと
……
その、ずっと君が使っていたから」
えっ?
「君と過ごした記憶の中で、いつも君の手の中にあったから」
思い返す。朝食で向かい合う時。ソファで映像を観る時。ショーを語る時。確かに出番は多かった。いつも二人の目の前にあって、たくさん触れていたモノ。
「君が僕の部屋から去った後
……
このマグカップを見ると幸せな思い出が浮かんできたし、君のことを思い出すとその手にはいつもこのマグがあった。だからどうしても、これだけは
——
棚にしまう事が、できなかった」
類の視線が、再び手元に落ちる。
「君をもう一度部屋に呼ぶ事ができたなら、これで温かい飲み物を出そうと決めて
……
再会までの間ずっと、僕はこのマグカップに励まされていた」
呆気に取られて言葉を失った。
正直、そんな姿が想像できない。実力もある類のことだから、自信を持って再会への道を歩んできたのだとばかり思っていた。
離れている間の類は、想像よりもずっと脆かったのかもしれない。欠けた食器ひとつ手離せなくなる程に
……
いや。違うな。
今も、だ。
今も、手離せないということは。
「類」
「
……
ん」
「今日、出掛けないか。一緒に新しいのを買いに行こう」
浮かない顔がこちらを向く。わかりやすく未練タラタラで、ちょっと笑ってしまう。出来るだけ穏やかに、柔らかく話しかける。
「オレたち
二人
・・
のマグカップを一緒に選ぼう。お揃いでも、色違いでも
——
ああいっそ、お互いに相手のを選んで全然違うデザインにしてもいいな」
瞳が丸くなる。
良かった。
「新しい生活が始まる
……
って感じがして、いいだろう?」
ニッ、と笑いかける。
強張った気配が緩み、ふにゃふにゃと少しばかり情けない笑顔が返ってきた。
「そう、だね」
チラと振り返る視線。ああ。
「それは捨てずに使おう。小物入れにでもするか? 危なくないように欠けたフチの処理は頼むぞ」
「
…………
うん。任せて」
やっと笑ってくれた。その心の底からホッとした様子に、釣られて安堵する。
「いつかまた片方が欠けてしまったら、その時もまた一緒に選ぼう。区切りのイベントだと思って、その次も、その次も、二人で選ぶんだ
——
これからずっと。どうだ?」
「フフ
……
君は、すごいね」
「今更だな。よし! じゃあ今日は、その子には花瓶になって貰おうじゃないか! 花も買って帰るぞ」
「いいね、ほんとに記念日だ」
二人で笑う。類が動き出した。
泡を流したマグカップを丁寧に布巾で拭う。オレもその作業を黙って見守る。
類が顔を上げた。
「
————
ありがとう」
作業机へ置きに向かう姿を見送る。
さて出掛ける支度をしよう。その前に洗濯物だな。
時が、動き出す。
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