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由崎
2026-03-05 20:09:19
3083文字
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はぐれ組と競馬
史実ネタ
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イギリスさんと調教師と鹿毛の馬
冷えた空気が芝の上に薄く溜まり、踏みしめるたびに見えない水気が靴底へまとわりつく。遠くで人の声が重なり、金具が鳴り、馬の鼻息が白くほどける。
「ふむ、なかなか美しい馬体だな」
鹿毛の馬を遠目に見つめる青年がいた。背筋は真っ直ぐで、口元には薄い笑みが浮かび、余裕が崩れない。
「ええ
……
中身は、かつてないほど悪魔のようですよ」
ぼやく男は、その鹿毛の馬の調教師だった。声には疲れが滲む。誇りと諦めが同じ場所で絡まっている。
「ははっ、さすが父と似ているな。煮えたぎる蒸気機関車の子か」
青年は口角を吊り上げ、喉の奥で笑う。男は頭を抱えるように息を吐いた。笑われたことより、図星を突かれたことが苦い。
「手に負えないものほど、こちらを楽しませる」
「笑い事ではありませんよ、サー」
遠くで馬が首を振る。誰かが近づこうとした気配に反応して、蹄が芝を叩く。小さな音なのに周囲が一瞬だけ黙る。
「それでもあの馬は間違いなく走ります。クラシックを獲れますよ」
男の言葉は低い。確信というより執念だ。
「ふむ、それは楽しみだな。ジョッキーは決めているのか?」
青年は穏やかに問いかける。男は困ったように首を振った。
「それが
……
ほとんどの者が乗れないんです。気性がひどくて」
青年は一拍置く。馬を責めるでもなく、ただ面白がるように目を細めた。
「乗れない、か」
「それは馬の問題というより、人の側の都合だろうな」
鹿毛の馬は従わない。誰のものにもならない目をしている。
「では、この馬を去勢するのか?」
青年の声が低くなる。
去勢。荒ぶる牡馬を静めるための現実的な手段。
男は苦く笑った。
「いえ
……
簡単ではないそうです。体の具合が厄介でしてね」
青年は眉を寄せる。すぐに表情を戻す。
「それはそれは
……
手強い」
男はため息を吐く。
「でも、厩務員がいるんです。あの馬が唯一懐いている厩務員が」
青年の目がわずかに細くなる。興味が宿る。
「いっそその厩務員を乗せて、クラシックに挑もうかと」
大胆すぎる冗談。狂気と希望の境目。
青年は目をぱちぱちさせ、やがて微笑んだ。
「面白い」
「王冠というものは、案外そういう冗談の上に乗っているのかもしれない」
男は肩をすくめる。
「冗談ですよ」
そう言いながら、視線は馬から離れない。その提案は、まるで運命が聞いていたかのように現実へ近づいていく。
男は賭けに出た。
1900年。
王太子の所有馬が英国クラシック三冠を制した。
その背にいたのは、馬を知り尽くした厩務員だった。
その名は、ダイヤモンドジュビリー。
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