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由崎
2026-03-05 20:09:19
3083文字
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はぐれ組と競馬
史実ネタ
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日本さんとホースマンと青鹿毛の馬
「おや、これはこれは、珍しいですね」
白髪混じりの老人が立ち上がり、男に丁寧に頭を下げる。年齢の重みが所作に滲むのに、目だけは鋭い。長い年月、馬を見てきた目だ。
「そんな、頭を下げなくてもいいですのに」
男が慌てて手を振った。その仕草は控えめで、柔らかい。どこか遠慮が染みついている。
「どうしてここに?」
老人の声には素直な驚きが混じる。
1989年。
ガルフストリームパーク競馬場。
ブリーダーズカップ・クラシック。
北米の強いダート馬が集まり、夢が集まる場所。歓声はまだ遠いのに、空気だけが先に熱を帯びている。砂の匂いと汗の匂いが重なり、金具の鳴る音が絶えず響く。
「ええ、友人が面白いものを見せてあげると連れてきてくれたんですよ」
男は微笑み、静かに答える。
「そうでしたか
……
私は息子と一緒に観戦に来ていましてね」
老人は言葉を切り、ちらりと視線を走らせる。
その先にいるのは青鹿毛の馬。
群衆のざわめきの中でも、妙に輪郭が際立って見えた。
ダービーを制し、プリークネスも奪った脚。二つの栄光を背負った脚が、今ここにある。
「
……
あの馬ですか」
男が小さく息を呑む。
老人はふわりと笑う。懐かしさと痛みが、皺の奥で同じ形をしていた。
「家で映像を見たプリークネスステークスが忘れられなくてね。壮絶な競り合いが、最後の最後まで続いた」
ゴール板の白、並んだ首、息の切れる音。勝ったのか負けたのか、その境目すら曖昧になるほどの刹那。老人の中では、あの瞬間がまだ終わっていない。
視線は馬から離れない。
あの馬は欲しい。
声に出せば単純だ。欲しい、ただそれだけ。
老人はゆっくりと息を吐く。吐いた息が白くなることもない南の空気の中で、それでも胸の奥は冷えない。
隣の男を見た。
男は何も言わない。ただ瞬きをする。その沈黙が、妙に広い。国ひとつ分の距離を含んでいるようだった。
「
……
あなたは、長く人々を見てきたのでしょうね」
男の表情は変わらない。肯定も否定もない。
ただ、聞いている。
「私はただの人間です。私は一度きりで終わる」
老人の指が無意識に握られる。皺の間に力が宿る。年齢が積もっても、意地だけは摩耗しない。
「
……
けれど、馬屋の意地は終わらない」
「次の世代に渡せる。生まれ変わるのは私じゃない。馬屋の意地が」
老人はもう一度、青鹿毛を見る。
歪んだ脚で立つ馬が、何事もない顔をしている。欠点すら抱えたまま、運命に噛みつき、世界の中心に立っている。
「これは私、馬屋が、すべてを賭けて挑む交渉になります」
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