三毛田
2026-03-03 20:39:29
16552文字
Public 穹丹
 

溶かして固めて恋心

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学パロ

受注期間:2026年3月13日(金)~3月30日(月)





 高校生になる、半年くらい前。
 カフカは海外の事業に手を伸ばすということで、俺と星はこの地に残るか一緒についていくかの決断を迫られた。
「あの子もつれていくの?」
「海外の方が、医療技術発達しているもの。あっちで治療させた方が、よくなると言われたわ」
「そっか」
 俺は会ったことはないが、時折隣の家に来る少女がいる。その子のことだろう。
 星は、何度か会って会話をしているとか。
「穹、最後に一緒に会う?」
「いきなり知らない人と会うとか、あっちも気まずいだろ。いいよ。お前だけで行って来いって」
「いい子だと思うよ。私基準で」
「ふうん」
 なんて会話をして。結局俺はその子に会うことはなかった。無意識のうちに、女性不信が出ていたのだと思う。
 俺と星は、この町に残ることになり。姫子って人のところで世話になることになった。
 カフカも刃も引っ越しの支度や手続きで忙しいので、星と二人で会いに行くことに。
「初めまして。私があんたたちの保護者になる、姫子よ」
「初めまして。よろしくお願いします」
「初めまして」
 指定された喫茶店にいたのは、赤毛の綺麗な人。カフカとはまた違った意味で、強そうな人だ。
 初めましてなのだから、この人が俺を害そうとしない。それはわかっているけれど、手が震えて。
「穹」
 それに気づいて、星は俺の手を握ってくれた。
「大丈夫? 顔色が悪いわ。書類に必要事項が書いてあるから、後でそれに目を通してもらうだけでも構わないわ。具合が悪いなら、帰っても平気よ」
 俺の様子がおかしいことに気づいて、そう提案してくれる。
「大丈夫。ちゃんと話したい」
「そう。無理はしないで」
「ありがとう」
 深呼吸を数回繰り返すと、だいぶ落ち着いて。
 姿勢を正し、姫子と話をする。
「これからあんたたちが暮らす場所は、ある企業の社員寮の一角よ」
 そう言われ、星と顔を見合わてから、彼女の方を向く。
「俺たちが住んでもいいのか?」
「ええ。社員の子供や、事情があって身寄りがないとか、家族を頼れない子も何人か住んでいるわ」
「今もいるの?」
「今は、社員の子供を除いて事情があって住んでいるのは、二人。男子一人に女子一人」
「ふむふむ」
 女子ばかりだったら、流石に俺も無理だった。だが、一人でも同世代っぽい男がいてくれるなら助かる。
「多分、部屋の規模はそんなに変わらないと思うわ。引っ越しが早ければ早いほどいいというのなら、すぐにでも住める状態よ。ただ、好みの柄や色は知らないから、壁紙やカーテンの柄とかは、このカタログから選んでもらうことになるけれど」
 そう言いながら、カタログを取り出して、広げる。
〝株式会社星穹列車〟
 表紙には、そう書いてあった。
「鉄道事業以外にも、色々やってる会社だよね?」
「よく知ってるわね。そうよ。この会社の社員寮だから、このカタログから選んでくれると嬉しいわ」
「でも、お金」
「カフカから、引っ越しにあたっての家具や衣服の購入費用は預かってるの。あんたたちの好みだと、この価格帯だと思って、カタログを用意したから。好きなものを選んでちょうだい」
 そう言われ、また星と顔を見合わせ。先に選んでもらおうと、彼女にカタログを渡す。
「ああ。飲み物とかまだだったわね。カタログよりも先に、メニュー表だったわ」
 軽く手を叩き、姫子は俺にメニュー表を渡してきて。
「星。お前は何ケーキがいい」
「今日はチーズケーキ。飲み物は紅茶で」
「はいはい。このケーキセット二つ。俺は、レアチーズで、星はこっちのチーズケーキ。飲み物は、どっちも紅茶で」
「クッキーは?」
「俺はいらない。星は?」
「食べる」
「一つお願いします」
「注文するわね。ああ。お金は心配しなくてもいいわ。今日の顔合わせ記念に、私が奢るから」
「ありがとうございます」
「ありがとう、姫子……さん」
「姫子でいいわよ。敬語だと、ちょっとくすぐったいから」
 店員に注文した後、姫子は優しく笑う。
 この人は、きっと大丈夫。
 色々落ち着いたら、話してみよう。
「後でヴェルトとも会ってちょうだい」
「その人は?」
「うちの会社のアニメーション部門の男性。あんたたちの保護者の一人になる予定の人よ」
「へ~」
「顔合わせはヴェルトの予定に合わせてもらうことにあると思うけど、大丈夫かしら」
「うん。部活も引退してるし、勉強はまあ、ぼちぼちのつもりだから」
「あんた、勉強は出来る方?」
 姫子の目が、キラッと光る。
「えー。どうだろ? クラスの中だと、上からだったと思う。星はどうだったっけ」
「夏休み前の結果は、クラス内四位だった」
「俺もそれくらいだったと思う」
「ちょっと、一人勉強を見てもらいたい子がいるの」
 その言葉に、やっぱり俺と星は顔を見合わせる。
「勉強教えるの、あまり得意じゃないんだけど」
「右に同じ」
「丹恒も頑張ってくれているんだけど、中々思うようにいかなくて……でも、私もヴェルトもいつも面倒を見られるわけじゃなくて、どうしようかって話をしていたの」
 頬に手を当て、困ったように眉を下げ。
「いいよ。一緒に勉強する」
 それにつられてなのかわからないけど、星は了承し。
「星」
「多分、さっき言ってた女の子でしょ? 私も早く顔合わせしたいし、部屋も見ておきたいから。明日は……難しい?」
「いいえ。住所はこれよ」
「ありがとう」
 渡された紙を二人で覗き込む。そこまで遠いわけじゃないけど、自転車で行くと楽な気がする。
「カタログ、明日受け取る。今日は、この後買い物するから」
 いいよね? という視線を向けられる。ので、頷く。
「お待たせしました。こちら、ケーキセット三つになります」
「ありがとう。はい、二人の分」
「ありがとう、姫子」
「ありがとう。美味しそう」
 いただきます。と手を合わせ、フォークを入れる。
 一口食べてから、一口分星の皿へ。彼女も、一口分俺の皿に乗せてくれて。
「姫子、このケーキ美味しい」
「ここの店長の手作りなの」
 その言葉に、星は慌てたように俺を見る。でも、大丈夫。
「不特定多数の人を相手にする店の人が、変なことするわけないから大丈夫」
「なら、いいけど」
「俺のケーキ、もっと欲しくなった?」
「違う! そっちも美味しいけど」
「チョコケーキじゃなきゃ、食えるよ。安心して」
 強く握られた拳を、優しく撫でる。
 星にとっても、あの日のことは強く刻み込まれてしまったらしい。時々心配そうに俺を見てくるし、変な気遣いもしてくる。
 でも、俺のことばかりでなく、もっと自分のことを考えて欲しい。そんなエゴ。
「何か理由があるのね。無理に話さなくていいわ。でも、食事に関してアレルギーとかあったら早めにお願いね」
「わかった。まとめておくよ」
 初対面の人の前で、こういうことを口走ってしまうのは星らしくない。けど、姫子に対して心を許し始めているのだろう。俺も、少しだけ許してるから。
 この人は、俺を、俺たちを害さない人だと何となく感じている。カフカの知り合いっていうのもあるだろう。
 あの人が信頼して、俺と星を預けようと思える人。そんな人、俺たちの周りにはなかなかいない。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」
「ご馳走様。これ、私の連絡先よ。それで。明日は、何時頃に来る? あの子たちにも伝えておかないと」
「午後に。お昼を食べたら、向かう予定」
「わかったわ。今日は会ってくれてありがとう」
「こっちこそ、ありがとう。これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 口周りを紙ナプキンで綺麗にしてから、二人で同時に頭を下げる。姫子は俺たちを見て、フフ。と笑う。
「それじゃあ、また明日。気をつけて帰るのよ」
「はーい」
「姫子も気をつけてね」
 星の言葉に、彼女は驚いたように目を丸くして、でも、嬉しそうに笑う。
「ありがとう」
 喫茶店を出て姫子と別れ、スーパーに二人で向かう。
「ケーキ美味しかった」
「お前の好きな味でよかったな」
「うん。カフカが行っちゃう前に、皆で来ようよ」
「いいかもな。静かだし、カフカの好きな雰囲気だった」
「姫子に、教えるの」
 ふと足を止め、問いかけてくる。
「これから一緒に暮らす人だ。それに」
「それに?」
「カフカの推薦っていうか、選んだ人だ。信頼できると思う。というより、信用したい」
「そっか。じゃあ、私も頑張る」
 人見知りなのは、実は俺よりも星。
 互いの足りないものを補うように、俺たちは存在している気がする。気がするだけなので、確証はないけど。
 他の人たちと違うのは、俺たちが双子だから。
 親の顔は覚えていないけど、カフカという親代わりの人がいてくれたから、ここまで生きてこれた。
「家具は買い直す?」
「用意してくれているみたいだから、それを見てから」
「ベッドのマットレスは、好きなの選んでもいいだろうな」
「うん」
「明日会う人にお土産持っていこうか」
「女の子と男の子だったよね。お菓子とそれからせんべいでいいかな。甘いもの苦手だったら、そっちを食べてもらえば」
「ギフト品コーナーで選んでから、買い物にしよう。帰りだと忘れそうだ」
「右に同じ」
 顔を見合わせて、笑い合う。同じことを考えていたようだ。
 甘いお菓子とせんべいを買って、それから夕飯用の食材を買っていく。
「タンドリーチキン食べたい」
「じゃあ、そこのタンドリーチキンの元を」
「はーい。鶏肉は、これかな」
 二人で買い物を済ませ、帰宅。夕飯を作り、二人で食べる。
 銀狼は大会に参加とかで、現地に泊まり込みでいない。カフカと刃も、忙しいようでまだ帰ってきていない。
 寂しいけれど、我儘は言わないようにしている。
「美味しかった。素人でもタンドリーチキンを作れるのって、技術が日々進歩してるね」
「過去の人たちのお陰だ。今度は、ナン買ってきて一緒に食べるのもよさそう」
「手作りナンのキットもあるから、作るのもいいよね」
 二人きりの食事だと、何を作ろうか。と相談することが多い。そして作って、批評をし合う。
「姫子のところに行く前に、軽いパーティーしたいな」
「相談して、決めよう。何を作るか考えたいし」
「うん。ねえ、穹」
「どうした?」
 食器を洗って、食後のココアを飲んでいるとおずおずと名前を呼んで。
 星にしては珍しい。
「私は……あの日の事、後悔してないから」
「うん」
「殴ったのは悪いことだけど、穹がチョコを食べた途端に私もちょっと変な感じになったんだ」
「そっか」
「私たちって双子でしょ。双子って、不思議なことが起こるんだって」
「うん」
「小さい頃に迷子になった時も、カフカたちの居場所はわからなかったのに、穹がどこにいるかだけは分かった」
「俺も、星がどこにいるのかわかったよ」
 ソファーに置かれていた手に触れる。温かいココアを飲んでいるはずなのに、冷たくて。
 そっと握り込んで、熱を分け与える。
「ずっと一緒に居た人たちと別れるのは、辛いよな」
 未知の場所へ行くのは、怖いのだろう。しかも、初対面の人たちとの生活。
 それがどのくらい続くのかわからないから、余計に。
「大丈夫。俺は、出来る限り一緒だ」
 とはいえ、好きな人が出来たら星も俺も、その人と添い遂げることになるかもしれない。
「いつでも会える距離にいるようにはするから。いつか、お前に好きな人が出来て、その人と一生を添い遂げたかったら。まずは俺に会わせろよ」
「それは、私の台詞。あんたの結婚相手は、私が見極める。絶対」
 まだまだ子供なのに、何を言っているのか。とか大人に聴かれたら言われるだろう。でも、これは俺たちにとって大切なこと。
 ずっと一緒に居られないとわかっているから。だからこそ、こうして互いの気持ちを吐露しないと苦しくなる。
「大切な人が出来たら、互いに報告。それでいいよな」
「うん」
 額をくっつけて。それから、小指を絡め約束を交わす。
 それから十分体を温めてから、姫子に渡された書類に目を通して。サインが必要なところは、一応先に記入。後は、カフカにハンコと署名をしてもらうだけにして、眠った。
「穹、行くよ!」
「元気だなぁ」
 翌日。教科書とノート、それから昨日買ったお菓子を持って自転車に乗って昨日教えてもらった住所へ。
「タワマンじゃん」
「俺ら、引っ越したらここに住むんだよな」
 二人でポカンとマンションを見上げ。
「あら、二人とも。いらっしゃい」
 姫子に連絡を入れておいたので、下まで迎えに来てくれた。タワマン背景がすごく似合う。
「こんにちは」
「こんにちは。これ、お土産です」
「わざわざありがとう。ところで、あんたたちの部屋の予定場所に先に行った方がいいかしら」
「うん。そうする」
「決まりね。じゃあ、エレベーターに乗るから、遅れないでついてきなさい」
 と、彼女の後についてマンション内へ。
 マンションとか初めてで、二人でずっとそわそわしていた。微笑ましそうに見られていたのは、気づいてる。
「ここが、二人が暮らす予定の部屋。中は三部屋あるから、色々確認して好きなところを選んで」
 玄関から中へ入り目の前に広がるリビングに、ポカンと星と二人で口を開けてその場で棒立ち。
「大丈夫?」
「び、びっくりした」
「すごい広い」
 語彙力がどこかに行った。それくらい驚いて。
「住めば慣れるわ」
「もっと狭いところって、ない?」
 怖気づいて、そう問いかけるけど。
「生憎満員なの。二人は姉弟でしょ?」
「そうだけど」
 だけど、来年からは高校生だ。とはいえ、ここを家だと思えば、何とかなるものか?
「キッチンは、ここ。それで、それぞれのドアから先に洋室が三つに、ここから一応バルコニーに出られるから」
 説明されるけれど、右から左へと流れていく。
「私こっち」
「じゃあ、俺はここで」
 リビングを抜けて、左右で部屋を選ぶ。一部屋空けておいてもいいだろう。
「ここは?」
「お風呂よ。それと、こっちにもお風呂があるわ」
「「お風呂二つ!!」」
 風呂好きの俺たちなので、いつもどちらが先に入るのか喧嘩になっていた。ので、これならば喧嘩をせずに済む。
「私こっちのお風呂使うから」
「じゃあ、俺はこっちで」
「他の部屋も一応あるけど」
「「そっちはお風呂が一つだろうから、ここがいい!」」
 また声が揃った。姫子はちょっと驚いていたけれど、俺たちがそれでいいならと。
 なんだかんだあっという間に部屋が決まり、これから勉強会という流れへ。
「丹恒の部屋のリビングを使うことになっているの。今から案内するわ」
 姫子の後についていき、エレベーターに乗って別の階へ。
「丹恒、三月ちゃん。昨日話していた二人よ」
「はーい。いらっしゃいませ~!」
 出迎えてくれたのは、ピンクの髪の元気な子。
 体がビクッと反応した。多分、星は気づいている。
「初めまして! ウチは、三月なのか!」
「俺は、穹」
「私は、星。よろしくね、なのか」
「なのでもいいよ。さ、上がって上がって!」
「三月、ここはお前の部屋じゃないだろう」
 面倒くさそうな声色とともに、黒髪の少年が姿を見せ。
 その瞬間、世界がさっきまでとは比べ物にならないほど明るくなった。
「穹?」
 俺の変化に気づき、星が小さく名前を呼んでいる。でも、応えられない。
「は、初めまして! 俺、穹っていいます!」
「初め、まして……
 裏返った声の挨拶と同時に、手を出す。
 俺の勢いに押されたのか、彼はちょっとためらいがちに声を出していた。
 握手を求めたけれど、手を握ってもらえるかどうか不安で。しばらくして、恐る恐る俺より体温の低い手が触れて。
 舞い上がってしまいそうになるけれど、グッと我慢。
「これ、二人からお土産ですって」
「ありがとう! わあ、美味しそう!」
「じゃあ、私は自分の部屋に戻るわ」
「はーい。じゃあね、姫子。丹恒も穹も、どうしたの? 早く中に入っちゃって」
 なのは姫子に手を振った後、星の手を引いて中へ。俺も握手をしたまま丹恒に手を引かれ、中へと入る。
「姫子から聞いたんだけど、二人が勉強を教えてくれるんだよね?」
「うん。私たちで教えられる範囲でだけど」
「助かるよ~! 丹恒の教え方、学校と同じで難しくてわけがわからなくって」
「そうなんだ。じゃあ、まずは同じ進度かどうかのすり合わせからやろうか」
「うん!」
 女子二人は、いつの間にか距離が近くなっている。星も、あまり人見知りをしていないようで安心した。
「穹」
「な、なに?」
「もう、手を離してもいいだろうか」
「うん! ずっと握っててごめん」
「いや……
 俺が慌てて離すと、ぎゅっと自分の手を握って。
 もしかして、もしかしたら。
 彼も、人見知りなのかもしれない。後で確認しないと。その場合、距離感を測り間違えてしまうと大変なことになるので。たまに星と仲良くなりたい人間がやらかしている。
「ここは、こうしてこうするとわかるかも。国語はね、気持ちを考えなさい問題は結構雑でも大丈夫だったりするよ」
「へ~。星の説明、わかりやすいね」
「そう? それなら、よかった」
 机に横並びで座り、数学の説明をしている。まだ数分しか経ってないのに、仲良くなるのが早いな。
「お前も、三月の面倒を?」
「一応。丹恒は、どうだ?」
「俺の通う学校と、進捗が違うのかどうかは気になるな」
 女子二人とちょっと離れたところに座り、教科書を広げて二人で話す。
 話をするうちに趣味は読書、本棚の整理、生き物の観察ということを知った。
 俺は、ゲーム、漫画、ちょっとだけ料理。だと教えて。
「初めて会ったが、お前と話すのは嫌ではないと思った」
「そ、そっか。そう思ってもらえると嬉しい」
 どうしようか。丹恒と話すたびに、心臓がうるさい。
「と、友達に……なってくれないか」
「構わない。お前とならば、いい友になれそうだ」
 手を差し出してきたので、今度は俺から握る。
「ちょっと。あんたもなのに教えるんで来たんでしょ」
「だって。星が教えた方がいいだろ。女子同士でさ、仲良くしてればいいじゃん」
 ジトッとした目を向けられる。でも、丹恒と仲良くしたいので譲らない。
「みんなでやろうよ。科学と社会は?」
「科学はどうだろ? 社会もね、先生によって重要だってところが違うから」
「ふむふむ」
 二人の様子を見つつ、俺と丹恒も教科書とノートを見せ合う。大体同じようで、離していると楽しく。
「皆の者、おやつじゃ」
 そんな声とともに、耳の長い変な生き物みたいなのが部屋に入ってくる。
「ありがとう車掌さん! 星、穹。二人ともホットケーキは食べられる?」
「食べられるよ。というか、大好き」
「俺は……
「俺は一枚でいい。お前は……穹?」
 甘い香りに、段々気持ち悪くなってきて。おまけに耳鳴りも。体を丸めて、蹲る。
「甘いものが苦手なら、無理して食べなくていい。せんべいなら、食べられそうか」
 と、丹恒は俺の背を撫でながらせんべいを差し出してきて。かすかに震える手でそれを受け取る。
「あ……うん。でも、それお土産だから」
「俺が貰った分を、一枚」
「それ、なら」
「じゃあ、一緒に食べよう。せんべいなら緑茶がいいな」
 なんて言いながら、立ち上がってキッチンへ。
「丹恒、ウチ、ホットミルクがいい~!」
「自分でやれ」
「ケチ!」
 そんな会話をしながら、キッチンに立つ二人。
「穹、大丈夫?」
「自分でも思ってたより駄目で、びっくりした……家でなら、大丈夫なんだけどな」
 耳鳴りがなくなったので軽く周囲を見回すと、ホットケーキを持ってきた生き物は、いつの間にかいなくなっていた。というか、あれはなに?
 そんな疑問だけが残る。
「仕方ないよ。誰かの手作りっていうのが、トリガーになってるのかも」
「二人とも、どうしたの?」
……
 なのは不思議そうに、コソコソ話す俺たちを見ていて。丹恒は、何かしら感づいているからかかちょっとだけ険しい顔。
「何でもないよ」
「そう? はい。星にもホットミルク」
「ありがとう」
「ほら。しばらく両手で持っていろ。それだけでも温まって、違うはずだ」
「あ、ありがとう」
 もしかしたら、顔色も悪かったのかもしれない。両手でマグカップを持つと、じんわりと温かさが伝わってきて。
 飲める温度になってから、ゆっくりと飲む。ちょっと苦い。
「ん~。ふわふわで美味しい。ほっぺた落ちちゃいそう」
「本当だ。ここまでふわふわに焼くのって、難しいよね」
 という女子の声を聞きながら、隣ではバリバリとせんべいを割って食べる音。何だかおかしくて、小さく笑う。
「美味しかった。よーし。もうちょっと頑張っちゃお!」
「次のテストの前にも、勉強会する?」
「楽しそう! でも、二人は大丈夫?」
「それに合わせて予習復習しておくから」
「偉いな~。ウチ、復習とかしたことないもん」
「だから、平均点以下なんだろう」
「うぐぅ。丹恒に言われると、余計に刺さる……
 胸を押さえて、テーブルに倒れるなの。
「赤点じゃなければ、大丈夫」
「そうやって今から甘やかすと、高校生になったら大変なことになるぞ」
「ぐう正論」
 星にも刺さったのか、彼女もなのと同じようにテーブルに倒れる。
「そういえば、お前たちはどこに進学する予定なんだ」
「ここから一番近いところだな」
「奇遇だな。俺も同じだ」
「ウチだってそこ行く!」
 なのは勢いよく起き上がって、叫ぶ。
「じゃあ、毎週末一緒に勉強しようか」
「うう……
 だが、星に言われてまた倒れ込む。
「集中力切れちゃったみたいだから、今日は終わりにする?」
「うん。終わりにする」
「お前たち、夕飯はどうするんだ」
 勉強道具を鞄にしまっていると、そう問いかけられて。
「特に決めてないかな。保護者たちは、色々忙しくて帰ってこないみたいだし」
 スマホで連絡がないか確認したが、特になし。つまり、二人とも帰ってこない。
「それなら、夕飯も食べていくといい。パムの作る食事は、美味いからな」
「うんうん! お礼になるかわからないけど、一緒に食べ……丹恒。姫子は共同キッチンに行ってないよね?」
 急に真顔になったなのの言葉に、丹恒は焦ったように立ち上がり部屋を飛び出していく。
 なんとなくだが、察してしまう。
 結論から言えば、美味しいご飯を特に心配することなく食べさせてもらった。
 カーテンや壁紙、家具等々はまだ時間をかけて決めたいと告げ、次の週末にまた訪れることを約束して彼らと別れた。
 少しずつ引っ越しの準備のため、自転車で持っていけるものは運んでいったり、大型家具とかカーテンや壁紙も注文したりと忙しい日々を過ごし。
「今日から冬休みだけど、もうこっちで過ごすの?」
 気づけば冬休みになっていた。
 宿題として出されたワークを、各自で解いているとなのに問いかけられ。
「そうするのも悪くないかな。穹、どうする?」
「そろそろこっちでの生活に慣れるのもいいか」
「だったら洋服を運び込んで、お試しで暮らす感じかな」
「じゃあ! 星とお泊り会したい!」
 目を輝かせ、星の手を取るなの。
「友達としたことないの?」
「それがないんだよ~。皆、誘って承諾してくれても、エントランスに入る前に帰っちゃってさ」
 そりゃあそうだろう。この家ってかマンションを目にしたら、逃げたくもなる。
「だから、友達とパジャマパーティーしたり、お泊り会したかったんだ」
 こんなことを言われたら、星は頷かざるを得ないだろう。
 案外女子にモテモテだけど、友人というか親友と呼べる人はいなかったりする。人見知りだからな。
「穹」
「丹恒もやりたい? 二人でゲームしたり、映画を見てオールしたりとか楽しそうだろ?」
 名前を呼ばれると同時に控えめに服を引っ張られ、ちょっとおどけたように告げると。
「それも悪くないな」
 丹恒はきっと聞きたいのだろう。でも、あのことを話すのは、まだ早い。
 彼の心に傷を負わせたくないから。
「映画観たい! アンタたちの部屋のリビングの方が広いでしょ? プロジェクターとスクリーンを借りて、映画観ようよ!」
「ポップコーン作たり、ポテトを揚げたり、ジュースも用意して、ソファーに並んで」
「それならナゲットも欲しいなぁ。車掌さんに頼もうかな」
 楽しそうに話す二人に、微笑ましい気持ちに。
「クリスマスには、お小遣いで買える範囲でプレゼント買って、交換とかも楽しそう」
「いいね。一緒にお店に行こう」
 星が楽しそうにしていて、嬉しいと思うと同時に涙が出そうに。我慢して、彼女たちの話に耳を傾ける。
「車掌さんにスポンジを焼いてもらって、デコレーションするのも楽しそうだよね~」
 その言葉に、丹恒も星もこちらを見る。でも。
「パムのご飯もデザートも美味いもんな。皆で食べたら、嬉しいし、楽しいの俺もわかるよ」
「でしょ!?」
 謎の生き物――パムは衛生管理がしっかりしているから異物混入はないし、ああいうことは絶対にしないと知った。だから、大丈夫。
 それを目線で伝えると、二人とも安心した表情。
「なになに~?」
「休みだからって、食っちゃ寝してたら体が大変なことになるだろうなって話」
「そういうこと言わないでよ~!」
「いてっ」
 ふざけた返答をしたら、なのはちょっと怒った顔をして、俺の背中を叩いてくる。