三毛田
2026-03-03 20:39:29
16552文字
Public 穹丹
 

溶かして固めて恋心

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学パロ

受注期間:2026年3月13日(金)~3月30日(月)





 それはまだ、小学生の頃。
 学校帰りに、公園で遊んでいた時。
 一人の女子が、ボール遊びをしていた俺の近くで転んで。泣きながら水道で傷を洗っているのを、手助けした。
『これ、あげる』
 しょっちゅう擦り傷を作って帰宅する俺に、カフカが持たせてくれた絆創膏のセット。十枚くらいあった。多分。
 その中から、可愛らしいものを取り出してその子にあげた。
『あ、ありがとう穹くん……だったよね?』
『うん。ちゃんと水を拭いてから貼らないと、駄目だから』
『わ、わかった』
『じゃあ。気をつけて帰れよ』
 そんな些細な出来事。
 その後も、ボール遊びに夢中になっていたので、その子のことはすっかり忘れていた。
 数日後。
 その子が母親と共に、訪ねてきた。
 カフカはあらかじめ連絡を貰っていたのか、特に驚いた様子もなく対応していて。
「穹くん、この間はありがとう。それで、あの……これ。お礼にどうぞ」
 渡されたのは、箱。開けてみると、新品の絆創膏だった。
「ありがとう。お前もちゃんと持ち歩いた方がいいぞ?」
「うん。だから、同じもの買って持ち歩くようにしたんだ」
「そっか」
 彼女の母親も、カフカも微笑ましそうに見ていて。
 視線を感じて振り返ると、星が物陰からこちらを盗み見ていた。
「なあ。星にも何枚かあげていいか? あいつも、よく怪我するんだ」
「星ちゃんも? うん! いいよ」
「ありがとう」
 後で星と分け合おう。柄有りのやつだから、喜ぶだろうし。
「初めまして、穹くん」
「誰?」
 この頃はまだ物怖じしない子供だったし、他者からの悪意には鈍感だった。
 だから、当たり前のようにそう問いかけていて。
「お、お姉ちゃん?」
「この子のこと助けてくれてありがとう。これ、私からのお礼なの。食べて」
「ありがとう」
 渡されたのは、ラッピングされたチョコレート。
 何も知らない俺は、美味しそうだな。としか思わなくて。
 その子も、その子の母親も驚いたような表情をしているのに気づかなかった。
「いただきます。ん? うえっ」
「刃ちゃん! 吐かせて!」
 口の中に入れて、噛んだ瞬間変な味が広がっていき。思わず声が出て。
 カフカが焦ったように刃を呼ぶのを聞いていたら、俺たちの横を何かが走って通り過ぎ。
「ぎゃあ!」
「お前、穹に何をした!?」
 星の怒った声が遠ざかるのを耳にしながら、刃に抱えられて室内へ。
「吐け」
 言われたとおりに、差し出されたビニールの中へと吐く。その後は、たくさんの水で口の中を綺麗にさせられて。
 とりあえず、噛んだだけで飲み込まなかったのは英断だったと今なら言える。
 口の中を何度ゆすいでも、しばらく変な気持ち悪さが残っていた。
「カフカ。あのチョコ、何が入ってたんだ? あの人どうなったんだ?」
「中に何が入っていたかは、君がそのことを受け止められる年齢になったら話すわ」
「なんで」
「トラウマになるからよ」
 あんなことがあってから数日。
 俺は、あの後どうなったかを知りたくてカフカに問いかけたけど、返ってきたのはそんな言葉。
「あの子のお姉さんは、あの場ではお母さんに叱られていた」
「そうなんだ。星は、何したの」
「殴りかかっていたわ」
……
 あの星が、意味のないことはしない。それはつまり、相手が俺を害そうとしたということ。
「チョコに何が入っていたから、星が殴りかかったってことだろ? わかるよ。双子だもん」
「そう」
「星の事、怒った?」
「いいえ。相手の方が悪いとわかったから、強くは怒らなかったわ。でも、今日までおやつは控えめにしたの」
「勝手なことしたから、だろ?」
「そうよ。本当なら、大人同士で話し合って解決させなくちゃいけなかった問題。でも、あの子は先に手を出してしまった」
「うん」
「あの場では怒ったわ。一応ね。そしてあの後連絡があって、結論だけ言えば、あなたが助けた子は、引っ越しして違う学校に通うことになったの」
「そっか」
 まあ、自分の身内が他人を害そうとしたのを目の前で見せつけられたんだ。そっちもそっちで、トラウマ? みたいになってもおかしくない。
「君の物分かりの良さが、ちょっと怖いわ」
 頬に手を当てて、カフカはそう口にする。本当はそんなこと、全然思ってないだろうに。
「穹。起きてる?」
 ノックがして、俺が答える前に扉が開く。そんなことをしてくるのは、一人だけ。
 そして、案の定星が顔を見せ。
「どうしたんだよ」
「おやつ、一緒に食べよう」
「うん」
 俺が元気に頷くと、ほっとしたように小さく息を吐く。ここ数日、元気がなさそうだったし、俺自身も元気がなかった。だから、安心したのだろう。
 三人でリビングに移動して、おやつの時間。
……
「穹?」
「チョコ、いらない」
「うん。私が貰う」
「ええ。無理しなくていいわ」
 一応ということで、用意してくれていたのだろう。だけど、口の中にあの変な味が広がっていく感じがして星に渡す。
 市販品だから何も入っていないっていうのは分かっている。分かっているけれど、体が受け付けない。
 それ以降。板チョコ以外のチョコ菓子は、食べられなくなってしまった。辛うじて、ココアは飲めるが、あの色を見るだけで気持ち悪くなってしまって。
「あなたが吐いたものと、袋に残ってたチョコを溶かして中を検めたら、毛と血液が入っていたわ」
「うえっ」
 数年後。改めてあの時のことを聞きたいとカフカに告げ。
 そして告げられた言葉に、夕飯を吐いた。
「ちなみに、毛ってどこの毛だったん」
 聞きたくないけれど、聞きたいという矛盾。
 謎の好奇心に負けて。
「知りたい?」
 その言葉に、ろくでもない部分というか、不衛生な部分だと察してしまった。というか、毛が入ってる時点で異物混入だし、入れるもんじゃないだろ。と叫びたくなった。
「何で。接点なんかなかったのに」
「学校で見かけて気になっていたらしいわ。接触する機会をうかがっていて、自分の妹がお礼をしたいと聞いて決行したとか」
「意味が解らない」
「君ならそうでしょうね」
 責めることもせず、俺ならそう答えるとわかっていた反応。
「この事を話すのは、あなたが信頼できる人にだけにしなさい。相手の気分も害する話題だから」
「わかった。星は知ってるのか?」
「相手の家に殴り込みに行くと、出かけようとしたわ。刃ちゃんに止めさせたけど。去年の話よ」
 俺より先に知っていた悔しさと、彼女はいつでも俺のことを考えてくれているという事実にちょっと嬉しくなったのは内緒。
「絶対に忘れられないし、トラウマになってるのはわかってる。でも、なるべくなら、忘れたい」
「無理することはないわ。トラウマって、そういうものだもの。でも、長く付き合うことになるわね」
「きっとそうだよな」
 肩をすくめることしか、今の俺にはできない。
 否定も肯定もなく、事実を淡々と。それがカフカなりの優しさが、とてもありがたくて。
 これが、俺が手作り菓子やチョコ菓子を食べられない理由。
 今でも、それらを目にすると時々口の中に味が蘇ってくる。
 最悪だよ、本当。