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壱加
2026-02-22 15:03:01
7753文字
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猫の日のブラネロ(現パロ)
2024の猫の日に書いた、ブラッドリーと別れたネロが猫を拾う話に加筆(2025)したものの続きを足した(2026)ものです。
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「ブラッド?」
店を終えてアパートに戻ると、腹を空かせた猫が「なう」と鳴いて出迎えてくれる。
癒しの生活を送っているのだが、うっかり別れた恋人の名前を拾った猫に与えてしまった。
最初は気恥ずかしかったり、別の名前にした方がいいと考え直してみたりしたが、数日経てば慣れてしまう。
適当に思いついた名前で呼びかけたがまったく無反応で、自分は「ブラッド」だと猫も覚えてしまった。今更変えることも出来ない。
しかし、今日は玄関にブラッドの姿はない。
猫は気まぐれな生き物なのでそういう日もあるだろう、と思ったが何かが可笑しい。
ネロは慌てて靴を脱いで名前を呼びながらリビングに足を踏み入れた。ブラッドの姿は何処にもない。その代わり、ふわりとカーテンが揺れて夜の冷たい風がネロの頬を撫でた。
「
――
しまった!」
ブラッドはまだ仔猫だ。しかし誰に似たのかやんちゃでよく動き回る。
何度か脱走されたので戸締りはしっかりしていたのだが、うっかり鍵を忘れていたのだろう。器用にも鍵がかかっていないと窓を開けてしまうのだ。
ネロは窓を開けて周囲を見渡すがブラッドの姿は見えない。そもそも日が暮れているのだから視界が悪い。
黒と灰色の毛の仔猫を見つけるのは難しいと分かっていたが、ネロは慌てて部屋を飛び出した。
「ブラッド! ブラッドいるか!?」
夜の住宅地を名前を呼びながらネロは耳をすませる。
ブラッドには鈴のついた首輪をつけていた。猫は足音を殺して近づいてくるので、音が鳴るものを付けていた方が何処にいるのか分かりやすいのだ。
どこにもいけないように部屋に閉じ込めて、鈴のついた首輪をかけている。珍しいことではないのに、なんだか自分は酷いことをしているのではないかと不安になってしまう。
ブラッドはもしかしたら外の世界に帰りたいのかもしれない。ネロの部屋で退屈な日々を過ごすより、危険がある外の世界の方が魅力的だから逃げ出すのだろうか。このまま見つけない方がブラッドの幸せなのだろうか。
嘗ての恋人の手を離したときのことと重ねてしまう。
そんなことを考えていたら気分が落ち込むのは無理もない。
こんなにメンタルが弱かっただろうか、と住宅地の道端で座り込んでしまいたくなった。
そのとき、チャリンと鈴の音が聞えてきた。
ブラッドのものか分からなかったが、はっと我に返ったネロは顔をあげて再び探し始める。
「ブラッド
……
っ」
こっちには公園があったはず、とネロは鈴の音が聞えてきた方を見る。
前回脱走したときはこの公園の砂場で遊んでいた。もしかしたら気に入ったのかもしれない、と走って公園に向かう。
何本かの街灯に照らされた夜の公園は、昼間は子供たちで賑やかだけれど夜になると人がおらず、しんっと静まり返っている。不審者がいても可笑しくない不気味さだ。
だから人影を見て一瞬びくっと身体が強張った。
しかし、チャリンチャリンと鈴の音がはっきりと耳に聞こえてきてネロは視線を影の方へと向ける。
「
……
え?」
近付いていけば、影もこちらの気配に気付いて振り返った。
後ろ姿では暗くてよく分からなかったけれど、身体を動かして振り返ると街灯の灯りに当たり、影の姿が照らされた。
黒色と灰色のツートンカラーの短い髪、鼻の上に大きな傷がある顔、ロゼの瞳。
目が合うと二人揃って大きく見開いた。
「ネロ?」
「ブラッド
……
?」
声は重なった。
そこにいたのは三年前に別れた元恋人のブラッドリーだった。
いるはずのない男の存在に頭が混乱するが、にゃあっと聞き覚えのある声が耳に届いてネロは自分が猫を探していることを思い出した。
「ブラッド!」
「あ?」
名前を呼ぶと目の前の男は不思議そうに首を傾げ、猫の鳴き声が上から降ってくる。
そこか! とネロが視線をあげて目を凝らせば、公園の木の上に二つの光る目があった。
登ったけれど降りられなくなってしまったのだろう。部屋でもよく本棚の上に登っては降りられず途方にくれている。
ブラッドリーはネロの視線の先を見て「通りかかったらにゃーにゃー煩かったんだよ」と言う。
「こいつ登るのは好きなんだけど、降りられねえんだよ」
「
……
おまえの猫なのか?」
「
……
まぁ、そう、だけど
……
」
意外そうに見つめられて視線を泳がせる。
昔から動物は好きだったが飼ったことはなかったので驚くのも無理はない。
「ふぅん
……
だったらしっかり捕まえろよ」
「え?」
幸い枝は猫の重みで前に下がっており、ブラッドリーの身長ならば腕を伸ばせば枝に届く距離だった。
手も足も長い男が枝の先を掴むと、猫は驚いて思わずジャンプをした。着地点はネロだ。
「うわ!」
「ナイスキャッチ」
慌てて受け止めると、鈴を鳴らして猫がネロの頬に擦り寄ってくる。
珍しく甘えモードの猫を受け止めて、ほっと胸をなでおろすが安心するのはまだ早い。
「ブラッド、ねえ
……
」
「
……
えっと」
一難去ったらまた一難だ。
目の前の男はネロと仔猫を見比べて、自分の顎を触る。緩んだ口元にうっと言葉を詰まらせた。
誤魔化せるだろうかと思考を巡らせるが賢い男の前では無意味である。身に染みて分かっていることだが足掻かずにはいられない。
「猫に俺様の名前つけるくらい俺が好きなら、別れるなんて言うんじゃねえよ」
「な! は!?」
考えているとブラッドリーから馬鹿だな、と呆れられて思わず大きな声が出てしまった。
猫がびくっと驚いて飛び上がろうとしたが、もう逃がすものかとしっかりと捕まえていたので問題はない。
「とりあえず、こんなところで立ち話するわけにはいかねえだろう。てめえのところに向かうつもりだったんだ、行こうぜ」
「な、なんでてめえを部屋に連れていかなきゃなんねえんだよ!」
「積もる話があるからだろう。あと猫、また逃げるんじゃねえの? なあ?」
ブラッドリーの手が伸びて仔猫に触れる。乱暴に頭を撫でるのではなく、指の一本を猫に向けて、頬から顎の下をすっと撫でた。
「まぁ、出て行ってもてめえのところに戻ってくるかもしれねえけど。俺様と一緒の名前だしな」
ほら行くぞ、とブラッドリーはネロの背中を叩く。
言いたいことは沢山あり、聞きたいことも沢山ある。
三年前、海外へ転勤になるとブラッドリーはネロに告げた。
いつ戻ってくるか分からない、だから一緒に来ないか、と。誘われた。いや、付き合っていたのだからプロポーズだったのかもしれない。
でもネロは断った。店を出したばかりだったことや、それなりに将来のことも悩んでいた。
ブラッドリーのことが好きだったが、ついていく自信がなかったのだ。幼馴染で、ずっと一緒にいて、ずっと好きだったから、本当に俺なんかでいいのか。ネロにはブラッドリーしかいないが、ブラッドリーは新しい環境で新しい出会いがあって、特別何か秀でたものがあるわけでも美人だというわけでもない自分なんか、と自分で自分卑下して落ち込んだ。
「
……
俺のところに戻ってきたの?」
胸の中で様々な感情が渦を巻く。
「まぁな。だから話をしようぜ」
柔らかく目を細めたブラッドリーの前髪を夜風が揺らす。
馬鹿野郎と言って胸を叩きたかったが、ネロの腕の中には猫がいる。
腹が立つ。でも同時に嬉しいと思ってしまったから、自分も馬鹿野郎なのだ。
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