真九龍
2026-02-20 19:53:16
16380文字
Public 小説
 

【鳴ライ新刊】紅月円舞曲 - Blood Moon Waltz -

2026年3月6日(金) 葛葉ライドウWebオンリー・大正妖都ニ華開クにて発行
全76P/全年齢対象
BOOTHにて頒布/価格¥700+送料¥370(※送料はBOOTHのあんしんBOOTHパックのネコポス便の送料分です)
通販URL:https://kuryunosuke09.booth.pm/items/7734911
鳴海×葛葉ライドウの長編小説です。
新刊サンプルとして、第一章を公開します。
注:本編は流血及び吸血表現が含まれます。

【訂正のお知らせ】
奥付に記載されているX(旧Twitter)のアカウント「@funo9ryunosuke」ですが、2026年4月末のアカウント削除に伴い、検索不可能になります。
引越し先の新ユーザー名は「@re_shin9ryu_2nd」となります。
ご了承ください。
また、マシュマロも退会に伴いQRコードからの検索及びメッセージが送信不可能となりますが、Waveboxの方は引き続き検索とメッセージを送ることは出来ます。
本を発行したばかりですが、本当に申し訳ありません。
お手数をおかけしますが、宜しくお願いします。

2026年4月 真九龍


 筑土町から銀座町に近付く程、建造物はより高く、より西洋寄りになる。馴染みの喫茶店がライドウの視界に入った瞬間、フェンリルに一旦停止の指示を出す。建物の屋上からミルクホール新世界付近と周辺の路地裏を眺め、人気が無いことを確認したライドウは、此のまま飛び降りても大丈夫だと命じる。フェンリルは吠えた後、屋上から飛び降り、ミルクホール新世界前に着地する。
『目的ノ場所ニ着イタゾ』
「有難う、フェンリル……──病院へ急ごう!」
 封魔の管を取り出し、フェンリルを帰還させたライドウは、ゴウトと共に鳴海が搬送された病院を目指す。人と人の隙間と視線を掻い潜り、車を避け、酔っ払いに絡まれた御婦人達を助けつつ、駆け足で急ぐ。怪我の程度はどうなのか、移動している間に意識は戻っているのか。逸る気持ちを抑えながら、只管走る。
……?あの人は、風間さん?」
……!ライドウちゃんか!」
 病院前で、風間の姿を視界に捉えた。帝都で事件が発生すれば、警察は出動する。そして当然のように刑事である風間も出動する。だが、背景に悪魔が絡んでいると思しき事件は、オッカルトを専門とする鳴海探偵社に依頼を出す、若しくは、ヤタガラスに直接持ち込むのが暗黙の了解だ。警察側で事件を解決することに強い拘りと誇りを持つ風間にとって、調査の権限がヤタガラスや鳴海に移行してしまうのは実に屈辱的なこと。町中でばったり出会えば、文句と恨み節が炸裂する。とは言え、事件解決後は礼を述べ、裏で活躍したライドウを褒めるなど、人情味の有る男だ。
「竜宮の女将さんから連絡を受けて此処に来たようだな。にしては、来るのがちと早過ぎるような気もするが……?」
「──ッ!」
 風間の言葉にライドウは瞠目し、震撼する。帝都のありとあらゆる町を行き来する職業柄、町と町の間の移動距離と其の所用時間を風間は頭に叩き込んでいる。ライドウが病院に来るまでの時間に疑念を抱くのはさも当然のこと。移動時間を短縮する目的で仲魔の背に跨り、建物の上を移動して来たなど、口が裂けても言えない。
……──ま、今は其処を気にしてる場合じゃねぇからな。ライドウちゃん、鳴海ちゃんが入院してる部屋はこっちだ。付いて来な!」
「は、はい!」
 だが今は事件発生に伴い、移動時間の謎について追及されることはなかった。ライドウは胸をなでおろし、風間の後に付いて行く。ゴウトも病院に入ろうとした時、風間の目が鋭く光る。
「ライドウちゃん、病院の中に猫さんを連れてっちゃ駄目だろう」
「な、何だとッ⁉ 我は病院に入ってはいけないというのか⁉ 」
 院内における動物の同伴は、衛生面の問題も有り、原則禁止となっている。院内に堂々を足を踏み入れようとしたゴウトを、風間は見逃さなかった。お目付け役といえ、其の姿は黒猫。病院の規則を守らなければ、鳴海が入院している部屋には辿り着けない。
……えっと……ゴウト、外で待っててくれ」
……新世界で待機しておるぞ」
 ゴウトに外で待機するよう、ライドウは苦渋の決断を下す。ゴウトは目を細め、トボトボとした足取りで去っていった。其の背中、実に哀愁が漂っている。ライドウは罪悪感に苛まれるも、優先すべきは病院の規則。知らず知らずのうちに罹った動物が媒体となり、感染が拡大する可能性は充分有り得る。
「あの猫さん、常にライドウちゃんの傍に居るから、悪いもんは何も付いて無いと思うが……後で美味いもんでも買うか作るかして、猫さんの御機嫌を取ってやれよ」
「はい……
 落ち込むライドウの背中を、風間は励ますように叩く。諸々ひと段落したら、好物である鯖の煮込みを作ろう。ライドウは気持ちを切り替え、同時に引き締め、風間の案内の下、鳴海が入院する部屋へと向かった。


「此処の部屋だ。失礼するぜ」
「──!ライドウ君、来たんだね!」
 入院部屋のドアを開くと、女将が椅子に座っていた。馴染み深い二人の姿を捉えると、女将は直ぐに立ち上がり、此方へ駆け寄って来た。眼前で襲撃が発生した所為か、彼女の顔色は優れない。ライドウは女将に対し、「大丈夫ですか?」と声を掛けようとした。しかし、声掛けよりも先に、女将の手がライドウの手首を握り、「こっちだよ」と引っ張った。
……──鳴海、さん」
 手を引かれた先には、鳴海がベッドに横たわっていた。
 全身に、緊張の糸がぐるぐると張り巡る。
 鳴海は女将を庇って首筋を負傷し、包帯が巻かれている。胸は浅いながらも上下に動いており、呼吸はしているようだ。顔色は蒼白で、生気を感じられない。まるで、大量出血に因って重度の貧血を起こしたかのような色見。首筋の他にも、負傷した部位は有るのだろうか。だが、鳴海が纏う服に、破損は見受けられない。
「(大きな外傷は無いにも係わらず、何故此処まで血色が悪いのだろうか……)あの、先生の診断は?」
「被害者の身内が来ないと話せない、とさ……ったく、此れは障害事件なのに、刑事の俺に診断を教えてくれねぇときたもんだ……けど、ライドウちゃんは鳴海ちゃんとこで住み込みしている、言わば身内みたいなもんだ。という訳でライドウちゃん、今から俺と一緒に鳴海ちゃんの診断を聞」
「ちょっと刑事さん!ライドウ君が来たら、あたしは料亭に戻るって言ったじゃないか!こんなことがあった後だけど、後片付けとか明日の営業についてとか、色々やらないといけないんだよ!其の前に、あたしが此の目で見たことをライドウ君に証言させてほしい、ていう約束も忘れたのかい⁉ 」
 ライドウと共に診断を聞きに行こうとした風間を、時間の都合上自分の証言が先だと女将が申し出、制止する。鳴海の診断と女将が目撃した証言、何方も直ぐ知りたい。しかし、女将は事件発生からライドウが到着するまでの間、料亭の業務を放り投げてまで鳴海に付き添ってくれた。其れに、先程女将はとても重要なことを口にしていたではないか。ライドウの取るべき選択は、唯一つ。
「風間さん、女将さんの約束は守って下さい。男に二言は……とも言うので」
……あー……うん、そうだよなぁ……済まねぇな女将さん……ちと、気持ちが逸り過ぎたわ」
 男に二言は無し、と、女将の証言を選択した。ライドウの指摘を受けた風間はばつが悪そうにしつつも女将に詫び、壁に凭れ掛かる。
「全くもう……じゃあ、ライドウ君」
「はい、お願いします」
 ライドウは手帳とペンを取り出し、襲撃事件の目撃者たる女将から証言を得る為、彼女と向き合う。

 会合のお開き後、鳴海は女将にタクシーを依頼してきた。そろそろ到着する頃合いを見計らい、外で待機する中、少し肌寒さを感じた時、自分の背後に何者かが突然現れ襲い掛かってきた。気が動転して動けなくなった女将を、鳴海は咄嗟に突き飛ばした。従業員が女将を抱き留めた為転ばずに済んだが、女将を庇った鳴海は、黒いマントを纏い、黒いフードを被った何者かに首を噛まれていた。鳴海が女将を突き飛ばしていなかったら、噛まれていたのは──。別の従業員が刺股を構え、突き付けようとした瞬間、犯人の身体は霧の如く霧散し、着ていた服も含めて跡形無く消え去ってしまった。
 恐怖で全身が震え慄いても、料亭竜宮の女将としての責務を果たす為、従業員に指示を出しながら警察への連絡、鳴海の容体確認と病院搬送、料亭内で会食中の客への事情説明と帰宅の催促をした。
 一通りの指示が終えた後、意識の無い鳴海を料亭所有の車に乗せ、女将も乗車し病院へ運んだ。鳴海の処置と診察途中、女将は探偵社に直ぐ電話を掛けた。ライドウが到着するまでの間、鳴海の傍に付き添っていたとう。
「突然現れ、霧のように消えた……?」
「ああ。鳴海さんを襲った犯人はあたしの後ろに突然現れて、そして、霧みたいに消えちまったんだよ……あたし達の目の前でね……
 犯人が漆黒のマントとフードを装うのは、顔を隠すだけでなく、暗い闇夜に紛れ、逃走を図り易くする為だろう。だが、犯人は何の前触れも無く現れ鳴海を襲った後、女将と従業員達の眼前で霧の如く散り、一瞬で姿を晦ました。しかも装いごと。あまりにも不自然過ぎて、最早人間の成せる技ではない。
「あとね、鳴海さんの首の傷なんだけど……噛んだ跡の他にね、刺さったような傷が二ヶ所残っていたんだよ。例えるなら……千枚通しで穴を開けた感じだよ」
 女将の証言から浮上する、二つの不自然な点。一つは、仮に犬歯が発達していても、出血するまで噛むとなると相当の咬合力を要すること。もう一つは、侵入者が凶器を持ち合わせていた形跡が無いこと。首筋を狙う目的は、確実に仕留める為。心臓や頭部同様、首筋も致命傷を負えば落命するのだが、侵入者は此れと言った凶器を所持せず、動機も無く、ただ単純に噛付いたようにしか読めない。
(料亭に現れ、鳴海さんを襲った犯人は殺意が無かった?所謂愉快犯、のようなものだろうか……不自然な点も多くて、悪魔の仕業である可能性も否定出来ない……けど、鳴海さんを〈視た〉時、何も視えなかった──)
 悪魔に襲われた者は、悪魔の残滓が残る。僅かでも付着していれば、悪魔の犯行である証拠となり、其の残滓を頼りに追跡出来るのだが、ライドウが鳴海の身体を霊視で観察した際、悪魔の残滓は一切視えなかった。嗅覚に優れた仲魔を召喚しても、消毒液の匂いしか分からないと答えるのみ。確固たる証拠が無い限り、人間の手に因る犯罪か、悪魔の仕業に因るものであるか、今直ぐには決めかねる。
「ライドウ君。鳴海さんのことがあって、不安で圧し潰されそうかもしれないけど……大丈夫、此の人はツケを踏み倒す程図太い精神と胆力を持っているんだ、きっと直ぐ目を覚ますさ。ライドウ君も休める時にしっかり休んで、好きなものを食べて、慌てず焦らず捜査して、事件を解決するんだよ」
……──ッ!」
「おいおい女将さんよぉ……本業の刑事さんが居る前でライドウちゃんに捜査とか解決云々言われると、ちょっと傷付」
「な~にを言ってるんだい刑事さん!此処はライドウ君と協力して、うちの襲撃事件を捜査すべきだろう⁉ 」
 女将は鳴海のことを若干批判しながらも、彼は逞しい男であることと、ライドウの心身を労わり、強く激励する。そして、ぶつぶつと水を差してきた風間に間髪入れず説教を開始した。女将の猛烈な口撃に、熱血漢で、頑固で、漢の中の漢と謳われる風間が圧され、たじたじとなっている。
「ちょ、ちょっと女将さん、落ち着きなって!」
 風間は時折、ライドウの方に視線を送る。どうやら本気で困惑し、女将を止めてくれと訴えているようだ。ゴウトが居たら、彼は何と言うだろう。いや、女将を止めないと、療養中の患者や、勤務中の医師と看護婦に迷惑が掛かる。此処が病院であることを、忘れてはいけない。女将の言葉に励まされ、且つ、今やるべきことの答えを導き出したライドウは、女将と風間の間に入り、意を決して口を開く。
「えっと……女将さん、その……落ち着いて下さい。大きな声が響くと、鳴海さんは兎も角、他の患者さんの迷惑になるかと……
……!あたしとしたことが、ちょいと熱くなり過ぎちまったようだね……
「ちょっとどころかかなりだろ……
 ライドウの忠告は女将の耳にしっかりと届き、風間への口撃を止めた。もし制止に失敗した場合、仲魔の特技で強引に冷却する手段も視野に入れていたが、其の必要はなさそうだ。ライドウは安堵の溜息を付き、未だに意識の戻らない鳴海を見、椅子に腰掛ける。
「しっかし鳴海ちゃんの奴、俺と女将さんが傍でああだこうだと口論しても目を閉じたまんまとはねぇ……普通は喧しくて起きるもんだろが」
「其の原因を調べるのも、刑事さんとライドウ君の務めだろ?」
「はい、必ず突き止めます」
「へいへい……
「じゃあ、あたしは此れで失礼するよ。あ、そうそう……ライドウ君、鳴海さんが滞納してるツケだけど、助けてもらった御礼として、半分程減額しとくよ。起きたら伝えておいて頂戴ね」
 最後にツケに関する事を言付けし、女将は退室しようとした。
 刹那、
「──鳴海さんッ⁉ 」
 ライドウが鳴海の名を叫び、椅子から立ち上がる。女将と風間も、眼前の光景に思考が停止する。其れも其の筈、今の今まで意識不明だった鳴海が上体を起こし、覚醒しているからだ。三人が呆気にとられる中、鳴海は両腕を伸ばし、大きな欠伸を掻く。
「ふぁ~あ、とぉ……やっと起きれたぜ……ん?──ライドウ?其れに、風間さんと女将さん?……──あー……此処は銀座町の病院かぁ……ライドウ、探偵社に帰、いや待てよ……其の前に退院許可が必要か……ライドウ、ちょっと手伝ってくれ」
 鳴海が三人の姿を視界に捉えると、頭をポリポリ掻きながら周囲を見渡し、此処が鳴海探偵社ではないと察する。途端、鳴海はベッドから足を下ろし、立ち上がろうとした。此の男の呑気過ぎる言動と行動を目の当たりにし、怒りが沸々と湧き上がったのは、
「コラ鳴海ちゃん!幾ら意識が戻ったからと言って、今直ぐ退院は無ぇだろうがッ!」
 熱血刑事風間だった。病院で暫く療養するよう怒鳴り、鳴海をベッドに押し戻そうと前に出る。
「ちょ、ちょっとたんま風間さんッ!ホントにもう大丈夫なんだってばッ‼ 」
「鳴海さん!あんたの顔色、生気が無い位真っ青なんだよ⁉ 確かにあたしは直ぐ目を覚ますから大丈夫だって、ライドウ君には言ったけどさ……刑事さんの言う通り、此のまま退院するのは断固反対だよ‼ 」
「女将さんまでそう言うの⁉ 俺首をガブ~ッて噛まれただけなんだよ⁉ ちょっと〈出血した〉程度なんだよ⁉ 大した怪我じゃないっつーの‼ 」
 女将は慌てて駆け寄り、鳴海の制止に加わる。病室で言い争いする光景を、つい先程見たような気がする。ああ、此れが既視感というものか。漸く正気に戻ったライドウは、鳴海の意識が回復し、内心驚喜しながらも、眼前で繰り広げられる喧しい押し問答を止める為、ホルスターから封魔の管を取り出す。
「ライホー、皆に冷却を」
『了解だホー!』
 自称十五代目葛葉ライホーことライホーくんを召喚し、冷却を命じた。三人の大人は冷気に包まれ、心身が急速に冷えていく。すると、三人は口論を止め、冷静に話し合いを開始した。女将と風間はもう暫くの間入院するよう鳴海を説得するが、当の鳴海は退院の一点張りで、二人の意見を断固拒否。何故其処まで退院を急ぐのかと鳴海に問いても、「大した怪我ではないだから」としか答えない。
 心の内の本音、覗くべきか否か。
(仲魔の読心術で鳴海さんの心を……──いや、止めておこう……此の人の心を、僕は覗けない……鳴海さんのことが好きだから……好きだからこそ、覗くのが怖いんだ……
 ライドウは躊躇い、怖れ、想いの故に止め、封魔の管から手を離す。そして、更なる問題も発生する。冷却したのも束の間、口論の兆しを察知してしまい、ライドウは頭を抱え込む。再び押し問答をするくらいなら、退院手続きをして鳴海探偵社へと帰り、自分が責任を以って鳴海を看病すれば丸く収まるのではないか、と、半ば自棄っぱちな案が何度も脳裏に過ぎる。寧ろ、病院側に迷惑を掛ける位なら、そうした方がいい。ライドウは腹を括り、真っ向から立ち向かう。
「あの……女将さん、風間さん。自分が責任を持って、鳴海さんを看病するので……此のまま退院させて下さい、お願いします!」
 羞恥で顔を真っ赤に染めながらも自身の意見を出し、頭を深々と下げたライドウの姿に、女将と風間は驚く。対し、鳴海は誇らし気な様子で腕を組み、うんうんと頷いている。
「さっすが俺のライドウちゃん!良ぉ~く分かってるじゃん」
「鳴海さんはちょっと黙ってておくれ。ライドウ君、ホントにいいのかい?事件の捜査をしながら鳴海さんを看病するってなると、相当な負担になっちまうよ?」
 女将は呆れ顔を浮かべながら、ライドウを説く。だがライドウは首を横に振り、「自分は未だ若くて体力も有るので、何とかなると思います」と、妙に年相応且つ無茶な答えを出した。
「此の探偵にして、此の探偵見習い有りってやつかねぇ……──おい、ライドウちゃん。今からお医者さんとこまで行って、退院許可を取ってくるぞ。ついでに診断名も聞いてこないとな」
「刑事さんまでかい⁉ 」
 探偵と探偵見習いの頑なな態度に、風間はとうとう降参した。盛大な溜息を吐き、ライドウに共に来るよう手招きする。あの風間が折れてしまうとは、女将にとって想定外のことだった。ライドウの意見も御尤もだが、其れでは彼の心身が疲弊し、何時か崩潰しまうのではないか、と、彼女は憂慮していた。しかし、廃業の危機に瀕した実家の貿易会社を救い、帝都全体を揺るがす事件を解決したライドウなら、此の困難を乗り越えることが出来るかもしれない、という期待も密かに湧いていた。
 信じてみるのも、一つの方法。
……ったく、しょうがないったらありゃしないね……ライドウ君、無茶だけはしちゃいけないよ。さっきも言ったけど、休める時にしっかり休んで、好きなものを食べて、慌てず焦らず捜査するんだよ」
「はい」
 女将はライドウを労わった後、今度こそ病室を退室した。女将が去った後、風間とライドウは担当医師に鳴海の退院許可を取るべく、病室を後にする。独り残された鳴海は、右手で左腕をぎりぎりと握り締め、唇を噛む。
「──く、そぉ耐えろ、耐えるんだ──!こんなとこで、折れて堪るかよ──!」
 誘いに、抗う。