雪華
2026-02-14 20:43:55
3197文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】吉報

#olberusweek Day5.Letters
オルベリクからの手紙を読むサイラスの話。こういうときに、ついアーフェンとトレサちゃんを登場させがちです。
Day1( https://privatter.me/page/6989d9b47aa6a )、Day3( https://privatter.me/page/698c8267d92ef )の続きです。

太陽はゆっくりと傾き、地平線に沈みつつある。長く伸びる自身の影を見ながら、サイラスは帰路に就いていた。
新たに受け持った生徒たちへの授業、そして辺獄の書の解読作業――時間はいくらあっても足りず、毎日のように新しい気付きがあり楽しい日々を送っている。水を得た魚のように活き活きと過ごす一方で、時折ふと、どうしようもなく寂しい気持ちになることもある。恋い焦がれるという言葉がどんな心理状態を表しているか、サイラスはこの歳になってはじめて知った。

……今日は手紙を読み返そうかな)

共に旅をしている頃は手を伸ばせばすぐに触れられたのに、今は声を聞くことすら困難だ。そういう生き方を選んだのだから仕方ないと理解はしているが、それでも、感情が追いつかない部分もある。

……だから、それじゃどうやってご飯食べていくわけ?」
「そりゃ……飯ぐらいどうにかなるだろ。いざとなったら、食える植物と食えない植物の見分けはつくしな」
「も~! アーフェンらしいけど……
「おや……?」

聞き覚えのある声に顔を上げると、大通りを歩く青年と少女の姿を見つけた。トレードマークの帽子を被ったトレサは不満げにむくれていたが、サイラスに気付くと表情を明るくした。次いで、こちらもまた見慣れた鞄を提げたアーフェンが軽く手を挙げる。

「あっ、サイラス先生!」
「トレサ君、アーフェン君も……久し振りだね、どうしてアトラスダムに?」
「へへ、ちょっと近くまで来たからな。三日前までテリオンも一緒だったんだけど、あいつ用事があるとか言って、フラッといなくなっちまったんだよなぁ」
「彼らしいね。トレサ君はどうしてアトラスダムに?」
「ノーブルコートにある商会から、珍しい商品が入ったって連絡があったの。その帰りに先生に会いに来たら、ちょうどアーフェンと会ったってわけ!」

八人と一匹の旅は、時に苛烈ながらも賑やかで楽しい時間だった。全員が旅の目的を終えてからは解散となったが、アーフェンのように旅を続ける者もいれば、トレサのようにひとところに拠点を置きつつ、各地を訪問する者もいる。

「この後、時間はあるかい? よければ、食事でもしながらゆっくりとキミ達の話が聞きたい」
「そう思って、さっき宿屋で部屋を取ってもらったところなの。どっちにしろ遅くなっちゃったし、明日のんびり帰ることにするわ」
「悪いね、うちが片付いていれば良かったが……。一旦荷物を置きに行きたいのだが、先に店に行っているかい?」
「先生の家って近くなのか? そんならついていこうかな」
「あたしも、サイラス先生の家を見てみたい! 迷惑じゃなければだけど……

友人を招くこと自体は構わないが、自宅はお世辞にも片付いているとは言えない状態である。その旨を二人に説明して、納得してもらった上で案内した。
アトラスダムはウォルド王城を抱える城下町だ。城の近くにはサイラスが勤める王立学院や王立図書館があり、大通りには商店などの店も充実している。そのため用がなければ旅人が居住区に来ることはまずない。アーフェン達は物珍しそうに、立ち並ぶ家々を眺めていた。

「こうしてみると、アトラスダムって本当に広いよな」
「まぁ、交易の要所である城下町が栄えるのは当然といえるね。警備も行き届いていて治安も良いから、暮らす分には不自由しないよ。……この角を曲がったところだ」
「へえ、立派な邸宅ね……!」

二人を連れて自宅の門をくぐり、ポストに押し込められた小包や手紙を抱えてから玄関の鍵を開く。ランプに火を灯して、リビングルームの机にそれらを置いた。ソファーに広げてあった書類や本はまとめて机に積み上げ、毛布は畳んで背もたれにかける。そうしているとトレサが何気なく小包に目を向けて、あっと声を上げた。

「この小包、オルベリクさんの字ね。先生、何か送ってもらったの?」
「ああ、いつもの本と手紙だろう。さて、今回はどんな本を送ってくれたのだろうか……せっかくだから、先に見ておいてもいいかい?」
「構わねぇけど、俺達の前で開けてもいいのか?」
「大丈夫だと思うよ。良かったら座って待っていてくれ」

オルベリクとサイラスが好い仲であるということは、かつての仲間達には周知の事実である。二人にソファーに着座するように勧めて、丁寧な文字で発送先が記された包み紙を開く。案の定、中には一冊の本と封筒が収められていた。

「なんだぁ? 随分と年季が入った本だな」
「これは……兵法に関する本だね」
「なんでオルベリクさんが……? サイラス先生が探してたとか?」
「いや、よくオルベリクと本を交換しているんだ。お互いが読んで、感想を手紙に書いて送り合っているんだよ。どれどれ……

封筒を開いて便箋を取り出し、さっと内容に目を通す。本を買いに行こうとした町で、たまたま譲ってもらった一冊らしい。かつてホルンブルグ王国にいた頃、座学の一環で手に取ったことがあるそうだ。

「どうだ? 面白かったって?」
「兵法の基本が詰まった本で、実践するにはいささか陳腐なものも含まれているが……それは戦術が練られてゆく過程で参考にされ続けたためであり、言わば兵法の土台になっているとも考えられる。一度は目を通しておくべき本だ、と書かれているね」
「ま、真面目な感想だな……
「なんだか難しそうな本ね……。あら? 先生、封筒の中にまだ何か入ってるみたいよ」
「ん? ああ、本当だね」

トレサが指した封筒の口からは、確かにまだ紙の端のようなものが覗いている。取り出してみると、それは押し花にした四つ葉のクローバーを紙に貼り付けて作られた、栞であった。

「ふむ、栞か……
「わぁ可愛い! 幸運のお守りね!」
「旦那も意外と、情熱的なところがあるのかね。……隅に置けないねぇ」
「え、どういう意味よ?」
「なんだ、知らねぇのか? 四つ葉のクローバーの花言葉はさ……

アーフェンが面白がってトレサに耳打ちしているが、サイラスの意識は便箋に綴られた文字に向いていた。
手紙には、フィリップと共に訪れた町で猫を助けたこと。その飼い主の少女からお礼に四つ葉のクローバーを貰ったので、サイラスに贈ることにしたと記されている。そして手紙の最後に書かれた一文を見て、つい表情が綻んだ。

……ふふ、本当に幸運を招いてくれたようだ」

――本が溜まってきた。そろそろお前のところに持って行こうと思う。
愛しい人との再会、それは何よりの幸福だ。無骨ながらも温かみのある文字を何度も視線でなぞって、机に向かう彼の姿を思い描く。少し丸まった大きな背中、ペンを握る節くれ立った指、伏し目がちな眼差し。サイラスの愛した人の姿は確かにこの胸の内に在るが、いざ会えるとなるとまた格別な喜びがある。

「さあ、遅くなってしまったが、店に行こうか。今日は私がご馳走するよ」
「いいのか?! 悪いな、先生……。ちょうど金欠でさ!」
「も~アーフェンったら、またお財布がすっからかんなんだもの……
「そうだと思った……。キミの優しさは美徳だけれど、自分が食うに困らないようにすることも大切だよ」

便箋を優しく折りたたんで封筒に戻し、立ち上がる。なんだか体の底から力が湧いてくるような心地だ。オルベリクの来訪に備えて、計画的に仕事を進めて、自宅も片付けなければ。普段は憂鬱な掃除も、気が滅入るどころか楽しんでやれそうだ。
外に出ると、頭上には夕焼けで赤く染まる空が広がっていた。コブルストンで、彼は今頃何をしているだろうか。同じように空を見て、そろそろ夕飯の支度でもしている頃合いかもしれない。来訪までの日にちを指折り数えてしまいそうな自分に半ば呆れながらも、そんなことまでつぶさに彼に話したいと思った。




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