雪華
2026-02-09 21:57:24
3509文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】一歩ずつ近付いて

olberusweek Day1.Books
こちらの( https://x.com/olberusweek/status/2006799617955107163 )企画に参加すべく書いたものです。企画の趣旨にきちんと沿えているでしょうか……?それだけが心配です。
サイラスと付き合って間もないオルベリクが、あることをしてみようと試みる話です。

律しないといけないと思いながらも、気を抜けばどこか浮ついている自分がいる。隣を歩く人物に目を向けると、青空のような瞳と視線が交わった。既に日が落ちて、街灯の僅かな灯りがあるだけだが、彼の瞳は星が瞬いているように煌めいている。サイラスは何も言わなかったが、代わりにやけに嬉しそうに破顔してみせた。

(か、可愛い……

心臓を鷲掴みされたような心地になり、動揺を誤魔化すために明後日の方向を見た。――ずっと前から、いや、もしかすると出会ったその瞬間から、オルベリクはサイラスに恋をしていた。その思いを打ち明けて、なんと彼も同じだと告げられたのが三日前の話である。こんなにも可愛い人が自分の恋人になったなんて、未だに夢でも見ているかのようだ。

「ふう、お腹いっぱい!」
「本当にトレサはよく食べるな……。見ていて気持ちがいいくらいだ」
「えへへ。旅をしてるとよく動くからかな、家にいた頃よりもたくさん食べられちゃう」
「良いこと良いこと。よく食べる、よく運動する、よく眠る! まさに健康の秘訣だな」

少し先を歩く仲間達の他愛もない会話が、右から左へと抜けていく。何しろ今夜は三日ぶりに、恋人と二人きりで過ごせそうなのだ。
八人と一匹で宿の扉をくぐる。昼間の内に部屋はとっていたため、ロビーで就寝の挨拶をして彼らと別れた。サイラスが部屋の扉を開き、オルベリクを招き入れる。彼が机上のランプに指先を近付けて灯りをつけると、簡素な内装が闇夜に浮かび上がった。机と椅子が一対、あとは寝台が両の壁際に二つ置かれているだけの狭い部屋だ。

「野営にも随分慣れたけれど、こうして宿で休めると思うとやはり嬉しいね。安全と衛生が確保された環境というのがいかに得難いものだったが、旅に出てはじめて真に理解できたような気がするよ」
「そうだな……。このまますぐに休むか?」

話しながら互いに荷物を床に置き、サイラスは学者のローブを脱いで寝台の上に放る。オルベリクも腰から提げた剣を下ろし、籠手と手袋を外した。

「いや。まだ目が冴えているから、読書でもしようと思っているよ。あなたは?」
「それなら……

二人きりになったら言おうと決めていたことだ。僅かな躊躇いに口籠るオルベリクを、サイラスは優しく見つめて待っている。彼に告白した時もそうだった。口下手なオルベリクの言葉を遮ることも、促すこともせずに、サイラスはただ穏やかに向き合ってくれた。

「良かったら、お前が持っている本を……貸してくれないか」
「構わないけれど……あなたが読むのかい?」
「ああ。無理にとは言わんが……
「そんなことはないよ。ちょっと待っていてくれ」

サイラスは鞄を開けて、その中から二冊の本を取り出すと表題が見えるように机の上に並べた。ウッドランド地方の遺跡探索にまつわる本と、精霊石に関する本のようだ。

「今持っているのはこの二冊だよ。どちらにする?」
「お前が読み終わった方がいい」
「それなら、この精霊石に関する本だ。一般的に精霊石は六属性に分類されていて、各種の効果や採掘地点などの基本的な事柄から、極稀に見付かる複数属性の力を持つ石の取り扱いなどの専門的な部分まで広く記されている」
「なるほど……。では、それを借りよう。俺はベッドに座って読むから、椅子はお前が使ってくれ」
「いいのかい? ありがとう」

サイラスに差し出された本を受け取り、寝台に腰掛けてから開く。ゆっくり読書をするなど、いつぶりだろうか。苦手意識を持っているわけではないが、かといって、好んでいるというほどでもない。そんなオルベリクが敢えてサイラスから本を借りたのは、せっかく恋仲になれたのだから、彼と趣味を共有してみようと思ったのだ。共通の話題があれば二人でいることをもっと楽しめるだろう――そんな単純な考えで、サイラスの世界に飛び込むことにした。
本を開き、文字を読んでは頁を捲る。サイラスが基本的なことと述べたように、精霊石に関する記述はさほど難しくもなく、ただ淡々と事実が羅列されている。戦闘や、時には日常生活の中でも使うそれのことを、思えばオルベリクはよく知らずにいたのかもしれない。
文字を読む。考える。飲み込んだような気になって、頁を捲る。それを繰り返す内に、段々と瞼が重くなっていった……

……はっ!」

肩に何かが触れて目を覚まし、自分がうたた寝していたことに気付く。まさにオルベリクの肩に毛布をかけた瞬間だったようで、サイラスは目を丸くしていた。

「す、すまん、寝ていたか……
「謝ることはないよ。寧ろ、起こしてしまって悪かったね。まぁ、横になった方がよく休めると思うけれど……
「いや、大丈夫だ。もう少し読むことにする……
「疲れているのなら無理はいけないよ。……読書をすること自体は全く構わないし、悪いことではないと思う。しかし、一体どういう風の吹き回しだい? あなたはまるで、内容は二の次で、本なら何でも良いという口振りだったが」

サイラスは少し困ったように微笑んで、オルベリクの隣に腰掛けた。読書をすると意気込んでおいてすぐに微睡んでしまった自身が恥ずかしいが、ここで変に誤魔化して、恥の上塗りをしても仕方がない。オルベリクは素直に、意図を打ち明けた。

「その、せっかくお前と付き合えたのだから、趣味を共有してみたかったのだ。サイラスが持っている本なら何でも良いと思っていたのは確かだ……
「なるほど……

言葉にしてみるとなんとも単純で、勉学に臨むにしてはあまりにも不純な動機だ。しかし彼は笑うでもなく馬鹿にするでもなく、真面目な顔で自身の顎に手を当てて、考え込むような素振りをみせる。かと思えば、神妙な顔で切り出した。

「ふむ……それなら、私も剣を持ってあなたと試合をしてみようか。剣術ならあなたに教わることは多いし、上手くものにしてゆけば良い練習相手になれるだろう」
「お前が剣を? しかしそれは……なんというか、あまりにも向いていないというか……
「そう、それと同じなんだよオルベリク!」

オルベリクが言い淀むと途端に、彼はころころと笑ってみせた。困惑の気持ち半分、それから彼が本気で剣を取ろうとしたのではないと知り安堵の気持ち半分で、面白がっている横顔を見下ろす。

「試合ができないわけじゃない。ただ、その場合は私は剣ではなく、魔法を使う方が性に合っている。読書も同じだよ。私が選んだ本ではなく、もっとあなたが興味を抱くような本を、二人で読めば良いんだ」
「しかし、それではお前を退屈させてしまうのではないか……?」
「私は読書自体が好きだから問題ないよ。寧ろあなたに選んでもらうことで、普段は読まない本を手に取る良いきっかけになる。何でも構わないよ、戦術書や剣術等の指南本、それから小説や、詩集なんかも共に読めば面白いかもしれないね!」

気を遣っているようではなく、サイラスは心の底から楽しそうに声を弾ませている。自分が歩み寄るべきだとばかり思っていたが、彼も同じ気持ちで近付いてくれようとしていることが分かり、胸が温かくなってくる。彼が試合の話に喩えたように、二人らしいやり方を探していけば良いのだ。

「ああ……。そういうことなら、今度一緒に買いに行かないか?」
「是非そうしよう! 嬉しい、デートの誘いだね」
「そっ……そう、か。そうなるな……

そもそも四六時中共に過ごしているようなものだから、改めてそう言われると新鮮に感じる。これまでは何気なくしていたことにそうやって名前をつけて、楽しんでみるのも良いのかもしれない。
するとサイラスは、オルベリクに身を寄せるようにもたれかかって肩に頬を付けてくる。すぐ傍で感じる彼の息遣いと体温に、心拍数が跳ね上がった。

「オルベリク……。私の世界に飛び込もうとしてくれて、ありがとう」
……俺の方こそ、歓迎してくれて感謝する」
「大歓迎だとも。ふふ、あなたのことがもっと好きになってしまった……

うっとりとした甘い声色が鼓膜を優しく擽る。年甲斐もなく顔を真っ赤にしている自覚はあったが、これは律しようとしてなんとかなるものではない。喉が詰まって言葉が上手く出て来ずにいたが、自分の肩にかけられた毛布の端を掴み、サイラスの肩に渡すふりをして、そっと華奢な体を抱き寄せた。
いつか、こういう時に照れずに愛の言葉を返せるようになる日がくるのだろうか。まだまだずっと先にも思えたが、そんな未来をサイラスと辿っていくのが楽しみでもあった。




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