kr0mm333
2026-02-11 23:14:41
6103文字
Public サンプル
 

柴チヒ③

原作後の未来設定で捏造モリモリの柴チヒ(41×20)
柴さんの前からいなくなるチヒロ君の話で、2月のWEBオンリーで展示したいと思ってるものです。
1話ずつ増えていきます。

柴チヒ① (https://privatter.me/page/6950d1ea15f40)と柴チヒ② (https://privatter.me/page/698141b78b01c)
の続きです。
今回は幕間+2話で終了の予定。
ラストまで間に合えばいいんですが…

イベントで展示したもの。
最終話まであります⤵︎
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=27272245


   八


「チヒロ!」
 外を眺めていると、伯理に声をかけられる。
 伯理は千鉱の護衛をしながら、可能な範囲で立て直し途中の漣家の手伝いもしている。そのため、時々実家に戻る必要があったが、今日がその外出の日だったとカレンダーを見て思い出した。
「ハクリ、おかえり」
「ただいま!」
 駆け寄ってくる姿はどこか犬っぽさを感じる。一緒に暮らしていた頃、柴から「チヒロ君は猫でハクリ君は犬やんな」と言われたのを思い出した。横で腕を組んで頷くシャルとヒナオがまったく同じ動きをしていたのが微笑ましかった。
 そんなに時間が経ったわけではないのに、もう数年経ったような気がする。
「チヒロ?」
 伯理に呼びかけられ、ぼんやりしていたことに気づく。
 以前より頻度は少なくなっていたものの、まだ治りきってはおらず、今のようにぼんやりしてしまうこともある。
 しっかりしろ。胸中でそう呟いた直後、伯理があのさ……とこちらを伺いながら話し始めた。
「今日、柴さんを見たんだ。俺は見つかってないと思うんだけど、漣家にも顔を出してるみたいだったから、口止めしてきた」
…………そうか。わかった」
 少し間が空いたが、取り繕うことはできたはずだ。
 もう半年が過ぎようと言うのに、柴の名を聞くと心臓が痛むように跳ねた。なんの説明もせずに離れてしまった罪悪感か、それともーー
「こんなこと、聞いていいのかわかんないんだけどさ……何で、柴さんから離れたんだ?」
「何でって……説明しただろ。あの人には、もう俺を守る理由がない」
 伯理に協力を頼んだときも、もちろん説明はした。
 妖刀は失われ、柴が千鉱を守る理由なんてものは存在しない。だから、彼を自由にしなければと思った。
 薊にしたものと、同じ説明。
「父さんと俺のために、あの人の時間を二十年も使わせたんだ。だから、」
「それだけじゃないだろ?」
 静かで強い声の中には確信がある。
「チヒロがそれくらいで柴さんを手放したりしないって俺でもわかるよ。薊さんたちだって気づいてたし」
「そうなのか?」
 まさか、薊たちにも気づかれているとは思っていなかった。
「いつものチヒロなら、ずっと一緒にいたんだから柴さんの人生だって俺のものだって言うだろ?」
「そこまで暴君じゃない」
 一瞬、言葉を探して視線を落とす。
 もう起こることはないのに、口にしてしまえば現実になってしまう……そんな不安が喉に絡みつく。
 それでも、話さないわけにはいかなかった。
……夢を、見たんだ」
 呟くと、伯理は静かに続きを待っていた。
「辺りは瓦礫の山で、俺はその中を走っているんだ。ただ真っ直ぐに……そうしているうちに広い場所に出て、目の前には花畑が広がっている」
 花畑という言葉で、伯理が息を呑んだのがわかる。
「そこに、柴さんがいた」
 名を口に出したのも、ずいぶんと久しぶりだ。
「背を向けて座るあの人に呼びかけて、肩を引くと……あの人に、花が咲いてた」
……
 伯理は顔をくしゃりと歪めて押し黙る。
 伯理の父、漣京羅は千鉱との戦いの中で真打を振るった末に心身を侵食されて命を落とした。
 精神は最期のその瞬間まで漣京羅であり続けたが、体は真打に侵され花が咲き、膝をついた状態で事切れていた。
 あのとき見た光景が、気づかないうちに脳裏に焼きついていたのかもしれない。
 だから夢の中の柴の姿は、京羅の最期とどこか重なって見えたのだろう。
「襲撃を受けたあのとき、俺は柴さんに連絡しようとしていたんだ」
 襲撃や異常が起こったら、柴に連絡する。
 二人の間で交わされた約束だった。その通りに、千鉱は柴に連絡しようとした。
「でもそのとき、あの夢で見た柴さんが目の前に見えたんだ。真打の花に侵され、膝をついたあの人の姿が……
 力なく膝をついた背中、花の隙間から見える虚な目、身体中から生えた花、その周囲を舞う無数の蝶。
 過去に見た光景と同じくらいに鮮明に思い出せる。
「気のせいだってわかってるんだ」
 脳裏に浮かぶものは夢でしかない。
 頭では理解している。だが、柴を呼ぶことができなかった。
「でも気づいたら、郎さんに電話をかけていた。真打も淵天も、この世には存在しない。蠱は起こらない。
 そう、わかっているはずなのに……もし、夢のほうが現実で――俺が、柴さんの死を受け入れていなかっただけだとしたら、」
 それでも、確かめることができなかった。
「伯理たちに話した理由も嘘じゃないんだ。
 柴さんにはもう、俺を守る理由がない」
 少なくとも、千鉱にはその理由が思いつかない。
 伯理は何か言いたそうに口を開きかけたが、言葉の代わりに息を吐いただけだった。
 まずは千鉱の言い分を聞こうとしてくれる姿勢を、ありがたく思う。
「俺が意識を飛ばしてしまうようになったのが原因だけど、あの人は戦いが終わってからも俺のそばにいてくれた」
 いつだって、柴は千鉱を一番に考えていた。
 仕事で家を空けることもあるが、それも千鉱の意向を優先した結果でしかない。
……俺は、そこに甘えていたのかもしれない」
 柴の善意につけ込んだ。
 手放されないとわかっていて、自分だけに向けられる優しさを当然のように受け取り、自分の隣にいるのが当たり前なのだと。
 そこで、はたと気づいた。
 これは――
……チヒロ?」
 伯理の声が聞こえる。
 だが、すぐには反応できなかった。
 これに、名をつけてはいけない。
 離れた理由を説明していたはずなのに、自分の奥底にあったものが、今になって見えてしまった。
 柴はきっと千鉱を拒まない。
 それが、答えだった。
 拒まれないとわかっている言葉を、向けてはいけない。
 向けた瞬間、関係は変わるのではなく――固定されてしまう。
 守る者と守られる者、保護者と被保護者……自分たちを表す言葉はいくつだってある。
 その言葉を告げれば関係を表す名前は変わるのに、自分たちだけ、何も変わらない。
 親鳥が雛に餌を与えるように柴は千鉱に優しさを与え、千鉱は何の疑いもなくそれを受け取る。
 その根底にいるのは、父の友人と友人の子という何一つ変わらない関係のーー大人と子供。
「なあ、チヒロ。大丈夫か?」
 言葉を失う千鉱の肩に伯理が手を置く。
 また意識が飛んでしまったのかと心配したようだが、千鉱が大丈夫だと反応すると胸を撫で下ろした。
「俺は……柴さんを、俺に縛りつけたくない」
「そっか……それが、本当の理由だったんだな」
 絞り出すように吐き出したそんな一言で、すべてが伝わったとは思わない。だが、かつて柴が思わず「双子か」と突っ込んでしまったくらいに以心伝心な伯理なら、そのたった一言でもすべてをわかってくれるのだろう。
 父との思い出ばかりだと思っていた。だが、その記憶の至るところに柴がいる。
「チヒロ」
 伯理は千鉱を呼ぶと、急に肩を組んできた。
「気の利いたことは言えないけどさ」
 そんな前置きをして、伯理は腕に力を入れる。徒手空拳で戦っているからか、彼は力が強い。
「今回の黒幕をどうにかした後も、柴さんには合わないつもりだろ? なら俺は、チヒロが逃げたり隠れたりするのを手伝う」
「いいのか?」
 つい口から溢れた言葉に、伯理がキョトンとする。直後、いつもの彼らしい笑顔になると「あったりまえだろ!」と胸を張った。
「柴さんから逃げるのは至難のワザなんだから、俺がいたほうがいいだろ?」
「ああ、もちろんだ……!」
 千鉱が力強く頷く。
 その顔に、もう先ほどの翳りはなかった。
「ところで今日、円慈兄さんから妙な話を聞いてさ」
「妙な話?」
「うん。薊さんたちにも言ったほうがいいと思うから、一旦談話室に行こうぜ」
 伯理はどうやら、薊が神奈備本部から帰ってきたと伝えに来て、本題をすっかり忘れていたらしい。
 二人で談話室に戻る。
 それぞれが好きな場所に座り、最後に入ってきた薊が千鉱と伯理の向かいに座ると「さて」と切り出した。
「ハクリ君から、話があるって連絡をもらったんだけど」
 薊が伯理の方を向くと、それに続いて全員の視線が集中した。
 対する伯理は怯むような様子もなく、落ち着いた様子で「円慈兄さんから聞いたんですけど」と切り出した。
「ウチのツテで、雫天石を入手できないかって奴がいたんだって」
「雫天石を?」
「そう。しかも、百キロ以上は欲しいって言われたらしい」
「現存する雫天石は国の管理下だし、原産国だった小国の跡地は誰であっても立ち入り禁止だ。いくら探したって、表だろうと裏だろうと流通はしてねェよ」
 座村の意見に全員が無言で同意する。
 雫天石は妖刀の材料となる特殊な鉱石で、かつて小国と呼ばれた日本の南東海域にある島が原産国だった。
 国土は長い間、蠱の花畑に侵されていたが、千鉱たちの活躍により影響は消え去り、現在は国の管理下にある。
 採掘どころか、島の海域に入ること自体が禁止されているため、入手するならば戦前に採掘されたものか違法に採掘されたものとなるが、いずれも罰則の対象だ。
 戦前の記録によれば、公式には二百五十キロほどを国が入手し、六平国重によって妖刀に変えられた。
 その後の物といえば、千鉱がかつて戦った毘灼が双城に武器として生成させたもの。これも、そこまでの量はなかったはずだと神奈備の調査結果にあったのを記憶している。
 それなのに百キロも欲しいとなると、今でも違法なものが裏で流通している可能性があるということだ。
 現在、雫天石を妖刀にできるのは人千鉱一人。
 だが妖刀にせずとも、雫天石に玄力を込めると能力が爆発的に増幅するという効果を得ることができる。その代償に普通の人間ならば体が爆散してしまうのだが、その依頼をしてきた人間はそれを知らないのだろうか。
「漣円慈に頼んで、その人物が誰なのか追跡してもらうことはできる?」
 薊が携帯を出しながら聞くと、伯理は「もう頼んでます!」と返した。
「それにしても、だ。賊の狙いが雫天石なら、チヒロを襲撃した理由もソレなんじゃないか?」
 庭の木から捥いできた柿の表面をティッシュで拭きながら漆羽が問いかける。以前は捥いですぐに外套で拭って噛み付いていたが、いくら自然のものであっても衛生的によくないと言われたのが効いたらしい。
「何でチヒロを襲撃するんですか?」
「現在、雫天石を妖刀に加工できる唯一の人物だからだろうね」
 六平国重、ただ一人が持っていた特殊な製法。彼の子であり、弟子でもある千鉱はそれを知り、受け継いでいる。
 正しくは六平国重と同じ特殊な眼を持っている……なのだが、部外者はそんなことを知るはずもない。
「チヒロ君の家があった場所には元々六平の鍛刀場もあったんだ。襲撃の黒幕はきっと、チヒロ君を攫うのに加え、雫天石を隠しているようならそれも一緒に奪っていくつもりだったんだ」
「しかし、相手の予想に反して俺が襲撃者を返り討ちにしてしまった。それに、父さんの頃とは違って敷地内に鍛刀場も建てていない」
 鍛刀場を作らなかったのは千鉱の事情によるものだったが、今回はそれが功を奏したらしい。
「俺が妖刀を直したことは知られているわけですからね。それなら材料となる雫天石を用意し、俺を監禁するなりして作らせることができる……そう考えたわけですね」
「単純すぎない?」
「小悪党ってのはそんなモンだぜ。考えているようで、自分に都合のいい事実しか見えてないからな」
「辛辣だな座村さん」
 郎が言うと、腕を組んだ杢が険しい顔で「だがなあ」と呟く。並んで座る彼ら三人の前には、集めてきた情報をまとめた紙が置かれている。
「相手は相当、潜るのが上手いぞ?」
「チヒロ君に妖刀を作らせることが目的だとして、雫天石を集める以外の目立った行動は起こしていない」
「毘灼のように、自分たちが表に出ることなく活動しているパターンもある」
 炭と郎の分析に千鉱も同意する。
 かつて毘灼は、妖刀を奪い、六平国重を殺したあとは、それを喧伝するだけで身を隠していた。名前をヤクザに貸したりはするものの、噂を頼りにして行って、何度も空振りで終わらされたことも覚えている。
 今回の敵も、もしかするとそのタイプなのかもしれない。
「こっちから探しに行っても、埒が開かないか」
 薊が集められた情報に目を通して呟く。
「仕方ない。ここらで一度、エサでも撒いてみようか」
 やるだろ? とでも言うように、薊の視線が千鉱の方に向けられる。
 決めるのは千鉱だ。
 だが、千鉱にやらないという選択肢は存在していなかった。
「もちろんですーーやりましょう」
 その一言で、その場にいた全員が動き始める。
「郎と炭で、もう一回情報を洗い直してくれ。杢、その間になんかエサになるものがないか探してほしい」
「了解!」
「では、夕飯までには戻ります」
「今日の当番は俺らだからな。精のつくもの作ってやるよ」
 薊の指示で巻墨の三人が部屋から出る。
「なら、俺ァ周りにおかしなモンがねぇか、探してみるかな」
「座村サン、俺も行く」
 次は座村が立ち、漆羽がその後を追った。
 残されたのは、千鉱と伯理と薊の三人。
 その中で、まず動いたのは薊だった。
「帰ってきたばかりだけど、僕ももう一度、本部に戻るよ。外部の情報屋に聞いてみる」
「じゃあ、俺たちはこの建物を確認してみます。外は座村さんたちが見てくれてますが、この建物だって何もないとは限りませんから」
「何かあったら、俺がすぐ蔵を使うんで!」
 各々が自身の仕事に取り掛かり、穏やかだった生活が少しだけ騒がしくなる。
 その間にも、季節は冬になろうとしていた。