めぐみ
2026-02-11 20:00:57
9823文字
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居場所(ふるあず)

そしかい後はじふる済
新一と梓・降谷の会話
n番煎じポンコツ梓のラブコメです
2026/7/13 加筆後公開




外を行き交う車のヘッドライトが日の暮れた店内に差すのをぼうっと眺める。まもなくラストオーダーの時間だという店内に客はおらず、梓はひとりカトラリーを磨きながら過ごしていた。
マスターがいれば「もう閉めちゃっていいよ」と笑う時間だ。それでも梓が店の灯りを落とさないのは、そろそろ元同僚の彼が、野良だった頃の大尉のようにふらりと顔を出さないかとどこかで期待しているからだ。勿論、降谷は猫ではない。連絡すれば返事くらいくれるだろうが、多忙な彼にメッセージを送るのも悪い気がして、渡された降谷の連絡先は結局一度も使わずじまいだ。

カランとドアベルの音がして、集中していた手を止め慌てて顔を上げる。

「いらっしゃいませ!・・・・・・降谷さん!お久しぶりですね?」
「こんばんは、久しぶりになってしまいました。はあ、やっと来れた」

安心したように笑うその人は、まさしく梓が来ないだろうかと考えていた客だ。カウンター席へどうぞ、と勧めながら話しかける。

「ふふ、降谷さんそろそろ来るかなーってちょっと思ってました。お仕事忙しかったんですか?」
「え?僕のこと考えてくれてたってことですか?嬉しいな。うん、ちょっと忙しかったんだけど、ようやく来れました。僕は少しでも時間ができれば早くポアロに行きたいなって、そればかり思ってましたよ」
「もォ!炎上するような言い方しないで。本当に降谷さんはポアロが好きですよね」
「はは、それ久しぶりに言われた気がするなあ」

降谷は安室だった頃と同じように、たまにこういう思わせぶりなことを平然と言う。すみません許して、と言いながらもどこか嬉しそうな降谷に反省の色は見えない。

「ラストオーダー前に申し訳ないんですが、ブレンドとからすみパスタをいただけますか?」
「かしこまりました!降谷さん、ごはんまだだったんですか?」
「今日は絶対ポアロで食べたいなって思ってたんです」

既に時刻は21時近い。降谷はかなり料理に凝るタイプで自炊も好んでするが、帰りが遅くなった日は、たまには誰かが作った料理を食べたいのかもしれない。
ポアロのメニューは全て作り慣れたもので、からすみパスタはその中でも梓の得意料理だ。考える必要もなく材料を手に取って調理し始めた。

「・・・・・・最近、何か変わったことはなかったですか?」

黙々と調理を進める梓に降谷が尋ねた。

「ええ?特になかったですよ。相変わらずポアロは平和です」
「事件があったかとか、そういう話をしてるんじゃないですよ。もしそんなことがあったらすぐに僕の耳に入りますから。新一くんから僕の部下がここに来たと聞いていますよ?」
「・・・・・・ああ!そんなこともありました。言っていいのか分からないけど、降谷さんのこととっても心配してましたよ?」

あれからもう1ヶ月近く経っていた。接客業をする梓にとって、それほど前に一度来た客のことなどそう覚えてはいない。降谷に話を出されてようやく思い出した。

「心配?なんて言ってたんですか」
「えーと・・・・・・降谷さんはとっても忙しいからポアロに行く時間なんて本当はない、的な? 」

実際には梓に降谷の時間を取るな、と言われたのだが流石に本人にそれを伝えるのは憚られる。本当は何も伝えないほうが良いのかもしれないと思っていたが、そういえば新一には話してみたらいいなんて言われたので、オブラートに厳重に包んで要旨を伝えた。

「なんですか、それ。僕が来たくて来てるんだ、気にしないでください。どんな奴でしたか?その部下は」

問うて来た降谷の目が一瞬ギラリと光り、まるで尋問を受けている気分になる。安室のときにはしなかった表情だ。そういう顔をされると、途端に知らない人のように思えて梓は苦手だった。

「え〜?内緒です!降谷さん、その部下さんのこと怒っちゃいそうだもの」
「僕、そんなことで怒るようなイメージなんですか?君には怒ったことないでしょう」

眉を下げて降谷が笑う。先ほど見せた表情は立ち消え、安室のような胡散臭さだ。

「安室さんは怒りませんでしたけどねえ・・・・・・はい!お待たせしました、からすみパスタです!コーヒーは食後にお持ちしますね」
「ありがとうございます」

話を流して注文の品をサーブする。そういえば、とこの話を新一にしたときに聞いてみてほしいと言われたことを思い出した。

「あのぉ、でも、降谷さんがお仕事忙しいのは本当でしょう?テイクアウトを勧めても豆の販売を勧めても、ここでコーヒー飲みたいって言うし。どうしてポアロに来てくださるんですか?」
「ふふ、分からないですか?それじゃあ、推理してみてくださいよ。名探偵梓さん?」
「えー、わたし、安室さんと違って探偵じゃないですよ」
「まあまあ、折角探偵の名がついた喫茶店で働いているんですから」
「もォ、楽しんでるでしょ・・・・・・。じゃ、当てたら何かご褒美くださいね?」

勿論、と楽しげに笑う降谷を見て、安室と働いてた頃を思い出す。あの頃もスマートに働く安室に感心して、彼の行動を推理してみたりしたものだ。
なんとなく興が乗って、あの頃のようにねだった。もしも当てられたら、また以前みたいにラーメンを一緒に食べに行こうと誘ってみようか。

「ズバリ!降谷さんはポアロが好き!だからでしょ?」
「うーん、50点」

降谷は梓の回答を予想していたかのように間髪入れず採点した。

「50点!?」
「うん、何故僕がポアロが好きなのかっていうのが重要です。そこまで当ててみて」

なるほど、と梓は頷いた。そりゃあ嫌いな店に来るわけがないのだから、それだけじゃ足りないだろう。

「うーん・・・・・・居心地がいいから?」
「それもあります」
「あ!ごはんがおいしいから!さっき今日は絶対ポアロで食べたかったって言ってた!」
「少し近いですねえ」
「コーヒーが美味しいから?」
「美味しいですけど、それだと豆の購入でもいいですよね」
「・・・・・・あ!米花町だと事件がたくさん起きてワクワクするから!?」
「僕は平和を願う警察官ですよ」
「えー、難しい・・・・・・もう分かりません!」

思いつくままに次々と言っていく梓を見て、降谷が当てずっぽうじゃだめですよと笑う。顎に手を当てて必死に考える梓とは対照的に、降谷は余裕の表情でからすみパスタを味わっている。

「ヒントを出しましょうか。僕は仕事が忙しくても、時間がなくてもここへ来ます。食事を頼む時間すらないときもある。それはどうしてだと思いますか?」
「・・・・・・安心できる場所だから?」

いつか推理小説で読んだ知識だ。降谷のような潜入捜査官は警戒心が強くて、知らない人間の作ったものを口にするのは避けるという。その点、古巣のポアロなら安心というわけだ。そう説明すると、降谷は首を振った。

「惜しいですねえ。安心できる場所なのは確かですけど、その理由は古巣だからではありません。・・・・・・君がいるからですよ」
「へ?」

心臓が、どくりと大きく跳ねた。冗談だと思って笑おうとしたのに、降谷の表情があまりにも真剣で、喉まで上がった笑い声が引っ込む。

「マスターのコーヒーも料理も勿論美味しくて好きですけど、君が作ったものを食べたくてここに来ています。もっと言うと、君の笑った顔が見られたらもうそれだけでいいんです。それが足繁くポアロに通う理由です」
「ええ?んもォ、またそんな冗談言って」
「冗談じゃありませんよ。まあ、君なら怒ってたって泣いてたって僕にとってはかわいいですけど」

安室だった頃なら笑って誤魔化していたのに、今は真剣な顔つきだ。よく見れば、降谷の耳が赤く染まっている。

「・・・・・・勘違いしてたらたいへん申し訳ないんですけど」
「どうぞ?」

まさか、と思いつつ胸に浮かんだ答えを言う。自意識過剰だったらどうしようと不安が頭を過ぎった。

「あ、あの、それって・・・・・・、降谷さんがわたしのことを好き、みたいに聞こえます・・・・・・」
「やっと気づきました?好きみたい、じゃなくて好きなんですよ」
「ええ!?」
「何驚いてるんです。そう、僕がポアロに来るのは、君が好きだから。・・・・・・さて、僕がほとんど答えを言ってしまったようなものですが、正解した梓さんにご褒美をあげないといけませんね。何がいいですか?今ならオマケで僕も付いてきますよ」

降谷は照れをごまかすように、早口で言葉を重ねた。

「降谷さんってこんなにグイグイ来る人でしたっけ?」
「知りませんでした?」
「・・・・・・知ってた、かもしれません。だってあなたは、安室さんだったんですもんね」

安室は誰に対しても優しく丁寧な男だったが、梓の前では適当になることがあった。今みたいに、口が上手くてこちらが断る隙もないまま丸め込もうとするようなところは、安室だった頃から変わらない。

「そう。確かに僕と安室は違うところもあるけれど・・・・・・君の前ではわりとそのままの自分だったよ。まあ、まずは僕のことをもっと知ってください。手始めに、ご褒美として美味しいパフェでもご馳走します。それから少しずつ、君に好きになってもらえるよう頑張ります」
「う・・・・・・オマケはともかく、それじゃあ、パフェはお願いします」
「デートですよ?わかってます?」
「分かってます!!」

ふと、大尉のことを思い出した。
ふらりと現れて、少しずつ大尉がかけがえのない存在になったように、降谷もまた、自分にとって特別な存在になりつつある。

彼の居場所になれたら――

そんなことを思った途端、頬が熱くなる。
“デート”というたった三文字が、これから始まる関係を予感させて、胸はどうしようもなく弾んでいた。