VRF2026 差し入れ怪文書


 休日の昼下がり。今日は足立さんが非番だと叔父さんから聞いて、俺は昼食を届けにアパートを訪ねた。夕飯用に多めに作った焼く前の餃子を、タッパーに詰めて。
「あー……やっぱ君かあ。ほんと飽きないねえ。……まだ昼だけど?」
 開口一番そんな調子。歓迎されているようには到底思えない。けれど、それでもいい。今日も顔が見られた。それだけで来た意味はある。俺はタッパーを軽く持ち上げて見せた。
「叔父さんから非番と聞いて。今日は餃子です。お昼、まだですか?」
「え?うん。自分で作るのも買いに行くのも億劫だし、休みの日ってつい食べそびれるんだよねぇ」
「なら、今焼きます。台所、お借りしても?」
「ええ……? あー……まあ、いいけど……お腹空いてるし」
 眉をひそめながらも、足立さんは小さく肩をすくめ身を引いた。拒まれていない、それだけで十分だった。俺は靴を脱ぎ、初めて足を踏み入れるその部屋に、胸を躍らせながら中へ入る。
 部屋の中は思っていたより物がなく殺風景だった。けれど、洗濯機の前には脱ぎっぱなしのシャツ。テーブルの上には空き缶や食べ終えたカップ麺の容器。その雑然さに妙な安心感を覚える。ここは確かに足立さんの部屋だ。
「流しの下にフライパンあるから。油もまだ残ってたはず」
「分かりました、ありがとうございます」
 台所に立ちながら、ふと背後に目をやると、足立さんはぼんやりとテレビを眺めている。その横顔に数秒見惚れていると、足立さんはこちらに目もくれず、ぽつりと呟いた。
……ね、君も食べてきなよ。高校生に餃子焼かせて追い返すとか、いよいよ終わってる感じするからさ」
 冗談めかした口調。その実、どこまで本気なのかは分からない。足立さんはこういうことを誰にでも言うんだろうか。それでも、その一言で胸の奥がじんわりと熱を帯びる。ほんの些細なことなのに、こんなに嬉しいと思ってしまうのは、きっと俺が、足立さんのことを──。
 熱を帯びた感情を誤魔化すように、慌ただしく準備を整える。餃子の焼き色を想像しながら、無意識に口元が緩む。足立さんのたった一言で、今日という日が特別に変わってしまうのだ。

 食べ終えたばかりの食器が、まだテーブルの上に残っている。
「足立さん、ティッシュありますか? 手にタレがついてしまって」
「んー? そこらへん、ベッドの近くにあると思うよ」
 テレビから目を離す気はないらしい。足立さんは適当にベッドの方を指で示す。言われたとおりベッド脇を探してみたが、見当たらない。床とベッドの隙間に手を差し入れると、箱が指先に当たった。
……あ。あった」
 そう言いながら引き出しかけたそれは、思っていたものと違った。
 コンドーム。間違いようがなかった。
 喉の奥がひゅっと鳴った。頭の中で余計な想像ばかりが膨らんでいく。誰と?いつ?ここで?そんな問いを口にできず、慌てて箱から手を離した瞬間、ようやく本物のティッシュを見つけ逃げるように掴む。
……あ、ありました。ティッシュ」
 自分でも声が上ずったのがわかる。我ながら明らかに動揺していた。
「ふーん?」
 振り返ると、足立さんがすぐ後ろにいた。楽しげに目を細め、さっき俺が覗き込んでいたあたりをちらりと見やる。
……なあに。変なものでも見つけた?」
「い、いえ……何も……!」
 一部始終を見ていた口ぶり。俺の反応ごと楽しんでいるような、悪戯っぽい目。足立さんは、どこまでも軽い声で追い打ちをかけてくる。
……欲しい?」
「なっ……!?」
 思考が一瞬で吹き飛ぶ。鼓動が、どくんとひとつ跳ねた。
……あ、そんな顔するんだ? 意外と初心なの?」
 足立さんは、わざとらしく顎に手を当てて、にやにや笑っている。
「まさかとは思うけど、僕がそれ使って誰かと……とか、想像した?」
 図星だった。というか、さっきからそれしか考えられない。脳内に浮かぶ、見たこともない誰かと足立さんの光景。それを振り払おうとしても、足立さんの声がまた落ちてくる。
……なんてね。それ、新品だから。部屋にあっても虚しいし。君の方が使う予定あるんじゃないの? よっ、男子高校生」
 顔が熱くなる。指先もじわじわ痺れてきた。
(俺に使う予定が、ある……? つ、つまり、足立さんは俺にこの場で、使えと……つまり、遠回しのアプローチ……!? だ、大胆すぎないか……!? でも……じゃあ……そういうことで……!?)
 混乱と羞恥と、支離滅裂な思考と高揚が体中に駆け巡る。俺はもう、冷静ではいられなかった。思考より先に身体が動く。
「じゃ、じゃあ……失礼します!!」
「──へ?」
 気づけば、俺は足立さんを押し倒していた。必死だった。自分でも、何をしているの分からない。とにかく熱い。顔も、胸も、頭の中も。
「こういうこと……ですよね……!? 俺が、足立さんと……!」
「は、えっ……ちょ、ちょっと待っ──」
 足立さんが狼狽えた声を上げる。照れ隠しだろうか。自分で煽っておきながら、直前に怯むところも愛おしくてたまらない。その手が俺の肩を押す前に、距離を詰める。
「ん、むっ……!? ちょ、ま……っ、ゆう、く……っ!」
 抗議の声は掠れ、唇の熱に呑まれていく。肩にかけられた足立さんの手から、力が抜けていく。──もう、引き返せない。

#3 こういうことですよね!?