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美味いものは冷めても美味い.zip
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VRF2026 差し入れ怪文書
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足立は脱衣所で服を脱ぎ、無造作に洗濯カゴへ放り投げた。シャツふわりと舞い、体温を帯びた素肌が露わになる。次いで、ベルトの金具に指をかけながら、洗濯の準備をしていた鳴上をちらりと見た。
「じゃ、入るね」
何気ない一言だった。だがそれを聞いた鳴上は、目の前の半裸の恋人を数秒じっと見つめたかと思うと、一拍置いて口を開いた。
「
……
足立さん」
「ん?」
「一般論として聞いてほしいんですが」
足立はスラックスを脱ぎかけたまま、中途半端で無防備な体勢のまま鳴上を見上げた。鳴上は背筋を伸ばし、妙に真剣な表情をしている。
理由は分からない。けれど、足立は本能的に嫌な予感がした。
「風呂に入る恋人を、何もせずに見送るのは」
鳴上は一度、大きく息を吸う。
「恋人失格だと思います」
その場に、間の抜けた沈黙が落ちた。
「
……
はい?」
突拍子もない言葉に、足立は一瞬ぽかんとするも、じわじわ胡乱な気配を察知する。眉を寄せ、やや呆れたような表情で鳴上を見た。
「どういう理屈?」
声に困惑が滲むのも仕方ない。だが当の本人は一切の照れも見せず、淡々と、むしろ使命感すらまとった声で言葉を重ねる。
「恋人と一緒に風呂に入るという行為は──」
「前戯の一環と言っても過言ではありません」
再び数秒の沈黙。足立は唇を引き結び、じっと鳴上の顔を見つめた。
「へえ
……
」
ようやく小さく呟くと、顎に手を当て、芝居がかった仕草でわざとらしく考えるふりをしてみせる。
「じゃあ君、今から前戯しに来るってこと?」
鳴上は視線を逸らさない。その目はどこまでも誠実で、だからこそタチの悪い覚悟が滲んでいるようだった。
足立はしばし鳴上の様子を窺っていた。しかし鳴上は、ふい、と視線を外すと、カゴに入った服の分別を始める。返事を返すこともない。
「
……
なーんだ。冗談、ね。 ほんと、分かりにくいなぁ君」
普段の鳴上の言動を顧みれば、この男が本気で言っていると勘違いしても仕方がないということもまた事実。
安堵、拍子抜け、様々な感情を胸に、足立は浴室の扉に手をかけ、何気なく最後に鳴上を見やった。
そこには、静かにシャツのボタンに手をかけている鳴上の姿。
「
……
君、なにしてるの?」
「え、入浴の準備ですが」
目の前で鳴上がシャツを脱ぐ。淡々と、当たり前のように。微塵も恥ずかしそうにしていないのが、余計にタチが悪い。
「いや、前戯しに来るって、比喩かと思ってたんだけど
……
」
「俺、そういうの下手なんですよ。知りませんでしたか?」
「うわぁ
……
聞きたくもないカミングアウト聞いちゃった
……
」
既にスラックスのファスナーに手をかけている鳴上を見て、足立はタオルを握ったまま天を仰いだ。
浴室の扉が開く。湯気がふわりと流れ出し、生ぬるい湿気が肌を撫でた。足立は一歩、浴室に足を踏み入れる。
……
が、その後ろからすぐさまもう一人分の気配がついてきた。何の躊躇いもなく後を追ってくる鳴上に、足立はちらりと振り返る。
「
……
マジで入ってくるんだ?」
「はい」
「即答か
……
」
半ば呆れ、半ば受け入れながら、足立は肩をすくめる。もう止める気にもならなかったし──実のところ、止めたかったわけでもない。
ため息をひとつ吐き、湯船のフタを外しながら、ふと問いかける。
「
……
で、前戯ってのは、どこから始まる想定?」
「湯船に一緒に浸かるところからです」
その結果として、現在の構図がある。
足立は鳴上の膝の上にすっぽりと収まっている。背後で鳴上の胸板が呼吸で静かに上下しているのを感じた。
そのまま、腕が回された。両腕で優しく抱きしめられ、足立はじわりと湯の熱とは違う温度に包まれる。
「
……
この家、やたら風呂広いよね」
「そうですね。二人で浸かっても余裕があります」
「君の年齢で住む物件じゃないと思うんだけど」
「収入に見合った住宅を選んだだけです」
「うわ、かわいくないなー
……
」
恨めしげに呟きながらも、足立は内心では納得していた。妙に真っ当に生きているせいで、鳴上の生活水準は年齢の割に異常に高い。
結果として、こうして──
「
……
風呂が広いと、こういうこともできるんですね」
鳴上がぼそっと、まるで感心するように呟いた。
「
……
こういうことって?」
「恋人を後ろから抱きしめながら、湯船に浸かることです」
鳴上は静かにそう告げた後、湯の中でそっと腕の力を強める。そして、入浴剤で乳白色に濁った湯の中に沈む足立の太ももを、熱を帯びた指先で、やけに丁寧に、ゆるりとなぞる。
「
……
っ、まだ、本番は始めないでよ?」
皮肉混じりの軽口に、背後からの返事はなかった。ただ、手のひらがゆっくりと滑り、湯面がゆらりと揺れる。
背中にぴたりと密着する体温が、始まりを告げる合図のようだった。
#1 風呂は前戯の一環
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