エス
2026-02-04 11:06:23
12876文字
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誰かが死なないと出られない部屋。

梵天に監禁されてる🎍君と言うお馴染みのネタです。



「拉致されたんだって?」
 通常日常会話で聞かない問いかけが出てきた。
 尤も、内容も普通でないならば、問いかけてきた相手も普通とは言い難いのが普通である。分かりにくい事態。絶賛監禁中の身である花垣武道は、応える為話しかけてきた相手へと視線を送った。拒否権がなかった。
「そうなんですよ。監禁されてんのに更に拉致されたんですよ」
「ウケんだけど」
 監禁されながら、拉致される。しかも気付いたら元通り。どうあっても笑えるような事態ではない。ウケる、と、口にした男も別段笑ってなどいなかった。口先だけにも程がある。そもそも灰谷竜胆は適当が服を着て歩いているような人間である。兄同様。今武道の隣にいるのは、梵天幹部であり、嘗て六本木のカリスマと呼ばれていた灰谷竜胆であった。尚、花垣武道とは特に親交がない。恐らく、動物園のパンダを見に来るような気持ちで訪れているに違いないのだ。只単に物珍しさである。或いは暇潰し。
「しかも、兄貴も一緒だったんだって?」
「そうなんですよ。灰谷さんと、三途君と、マイキー君とオレって言う、最悪面子でした」
「拉致の時点で最悪なのにそれ上回る事あるんだ」
「その上、なんか、誰かが死なないと出られない部屋って書いてあって」
「えっ。誰か死んだ?」
「オレとマイキー君は生きてるんで、多分、三途君と灰谷さんが死んだんじゃないですかね」
「マジ? 道理で兄貴機嫌悪いと思ったわ。死んだからだ」
「アッ、亡霊にお会いになった感じですか」
「透けてなかったけどな」
「やっぱ灰谷さんクラスになると、死んでも実体あるんすね」
「そりゃそうだろ。オレだって死んでもそのまま出てくるわ」
「マジで怖いんで、死なないで下さい……
 言いながら武道は思った。それって、最早只のゾンビでは。もし出てきたら速攻燃やそう。死体は燃やすに限るわけである。ただそこまで言うと、暴力が飛んできそうなので口を噤んだのだった。腐っても相手は反社である。軽口と暴力の境目が分からない危険人物なのだ。願わくば飽きて早く此処から出て行って欲しい。武道は祈った。何せ監禁中なので、自分が出て行く選択肢は存在しないのである。
「って言うかさ、兄貴と三途一緒に死んだって言った?」
「いや、多分ですよ」
「それって心中じゃね?」
「えっ、付き合ってんすか」
「一緒に死ぬって心中だろ」
「アッ、確かにスゲェ見詰め合ってたかも……
 死ぬ前の状況を思い出しながら武道が言った。確かに見詰め合ってはいたのだ。尤もその理由は好意的な感情からくるものでなく、殺意である。殺してやろうと言う気持ちで睨み合っていたのだ。しかしそれを第三者がどう判断するかは別の話なのである。ただあの時部屋に蔓延していた思いは、殺す、死ぬ、死ね、おちんちんびろーん、殺す、死ぬ、死ね。これである。時々花垣武道が邪魔をしていたが、確かに概ね二人の世界であった。そも心中とは、情を通わせた男女が共に死ぬことを指すのである。つまり、お付き合いしていると勘違いされても仕方のない状況ではあった。ただ元を糺せば、同時に死んだかもしれないが、一緒に死んだわけではないし、そもそもお付き合いなどしていない。しかし第三者がどう判断するかは別の話なのである。
「まさか、兄貴と三途がそう言う仲だとは……
「いやでも三途君妊娠してるらしいですよ」
「えっ、兄貴の子? オレ叔父になんの?」
「そうじゃなくて、灰谷さんが言ってたんですけど、マイキー君の子らしくて……
「えっ? 三途、兄貴と付き合ってて、マイキーとヤってんの? は? オマエは?」
「オレ、マイキー君に二股かけられてるらしくって……
 三角関係ならぬ四角関係である。昼ドラが霞むほどの泥仕合。しかも登場人物全員男。よって、妊娠の件は全部嘘である。勿論、御付き合いの件も全部嘘である。分かっていて、武道は目を伏せてみせた。無駄に傷付いていますアピールである。まるで佐野万次郎との間には、本当は純愛が存在していましたと言わんばかりの。ない。
「じゃあ、オマエの腹の子と三途の腹の子は兄弟ってワケだ」
「いや、オレは妊娠してないんすよ」
「あっ、そうなん? じゃあ、オレが孕ませればいいってわけだ」
「えっ」
「此処でオレがオマエを孕ませるとする。するとマイキーが、自分の子だと勘違いしながらオレの子を育てることになるってワケ。そんで、三途の子と花垣の子を兄弟だと思いながら、マイキーは、兄貴と三途の子を生温い目で見て、兄貴は自分の子供だと思いながらマイキーの子を育てるってワケ。そんで、三途は、気持ち悪いな死んだ方がいい」
 未だ言葉の途中であったが、口を閉ざし、同時に目が死んだ。灰谷竜胆、自分が言い出したくせに自分の言葉で敢え無く死んだのである。これ以上膨らませても何もいい事はない話である。その事に漸く気付いたのだった。
「あの、落ち着きました?」
 急に黙り込んだ竜胆を窺う。どうやら本当に自分の発想に嫌気がさしたと見える。もっと早く気付いて欲しい所である。すると僅かに俯きながら、それでも顔を武道に寄越したのだ。死んだ目で。思わず武道は距離を置こうとした。こういう目をした人間の危険性を、熟知していたのだ。人生経験が無駄に豊富。
「なあ花垣」
「アッハイ」
「苛立つ時ってどうしたらいいと思う?」
「あー、えー、酒でも飲んで歌って踊ったらいいんじゃないすかね」
「いいな、そうしよ」
「えっ」
 適当に言った案がまさかの採用。パッと竜胆が表情を明るくした。何やらこの変わり身の早さが恐ろしい。二面性を見せつけられているみたいで、武道は引いていた。だが、このまま歌って踊って勝手に消化してくれるならば、言う事はない。要は、自分に被害が及ばなければなんだっていいのだ。何せ、逃げ場がないのである。
 竜胆が立ち上がった。
 どうせならこのまま出て行ってくれないものか。
 そう願っていると、まるで心の声が聞こえたかのように竜胆が振り返った。瞬間、怖気にも似た何かが背を這い上がっていった。竜胆の顔が、笑っているのに恐ろしかったのだ。逃げなければ。咄嗟にそう思ったが、武道が動くよりも早く、竜胆が圧し掛かってきた。急に体の上に覆い被さったのだ。訳も分からず武道は、ただ、ぐえ、と、声を発した。
「思ったんだけどさあ」
「アッ、ちょっと嫌な予感しかしないんですけど」
「オレが花垣を孕ませるの滅茶苦茶面白くね?」
「は?」
 恐怖を感じる程至近距離から投げかけられた言葉はもっと恐ろしかった。理解出来ないと言う意味で。何を言っているのだろうこの反社。武道は顔を顰めた。
「だってさあ、オレの子をマイキーが自分の子だと思って育てるわけじゃん? 面白いよな」
「その前に妊娠しないんですよね……
 男である。大前提である。心底呆れた体で武道は言った。だが、残念ながら灰谷竜胆には通じないのだ。
「やってみなきゃ分かんねえじゃん」
「やらなくても分かるんですけど!?」
 男である。大前提である。武道は焦った。もしや今己は、貞操の危機なのではないだろうか。そのまさかである。恐ろしい程自然に灰谷竜胆の手が下腹部に伸びた。如何にも慣れてますと言わんばかりの手付き。勘弁してほしい。
 だが、天は花垣武道を見捨てなかったのだ。
……何やってんだ」
 花垣武道にプライバシーはない。よって、部屋に鍵もない。しかし、逃げられもしない。そう言う環境であった。なのでこうしてノックもなくドアが開くわけである。
「三途君!!」
 今ほど切実に三途に呼びかけた事等ないであろう。武道はそれはもう全力で縋ったのだ。何故ならこのままだと、灰谷竜胆に孕まされるからである。妊娠できないのに。
「お、兄貴の嫁」
「殺すぞ」
 既に灰谷竜胆にとって三途春千夜は兄の配偶者であった。そんな馬鹿な。即座に殺すと口にした三途ですら、何故自分がそのように呼びかけられたのか理解していなかった。心中した覚えがないからである。
「助けて下さい!」
「なんで?」
「えっ」
 全力で呼びかけた結果がコレ。思わず武道は呆けた。いや、何でって、このままだと犯されるからである。もしかして、そう言う詳しい説明が必要なのだろうか。
「あの、実は今犯されようとしていまして」
「はあ」
「困るなーって……
「オレは困らん」
「オレが困るんですけど!?」
「舌噛み切って死ね」
「人の心養ってくれません!?」
 尚この間にも灰谷竜胆は服を脱がそうと奮闘していた。諦めない心が其処にはあった。無駄に。
「オレとマイキー君のセックス見るの嫌がってたじゃん!?」
「オマエとマイキーのセックスは死んでも見たくないが、オマエと灰谷のセックスはどうでもいい」
「よし、花垣見せつけてやろうぜ」
「イカれてんすか!?」
「花垣、正常な人間が此処にいるわけねえだろ」
「オレがいるんですけど!?」
「諦めて、オレの子産めよ。そんで、マイキーに育てさせよ」
「待て、マイキーだと?」
 三途春千夜、佐野万次郎の名にはちゃんと反応する男である。武道は思った。こんな事ならもっと早く佐野万次郎を呼び出せばよかったと。いや、呼ぶ手立てがないのだが。梵天にいる人間、会いたい時に花垣武道の気持ちも何もかも無視して訪れるのが常である。よって、連絡手段はない。
「考えてみろよ三途。自分と花垣の子を、そうと知らず育てるマイキーを」
「最低だこの人」
「オレと花垣の子を、マイキーが、育てる……?」
「馬鹿の発想捨てて!?」
 必死に懇願したが、残念ながら武道の声は三途に届かなかった。今三途は妄想の海を全力で泳いでいる所である。花垣武道が産んだ子を、自分の子だと信じ切って育てる佐野万次郎。だがその実子供は、三途春千夜の種なのだ。其処には確かに昏い喜びがあった。バレてもバレなくてもちょっと美味しいな、と、思うくらいの。反社、基本人の心がないし、常識もないし、正常な判断力も死んでいる。
 第一、花垣武道は、妊娠しない。
 そんな当然の大前提を全てなかった事にして、三途は上着を脱いだのだ。武道は慄いた。やる気を見せ始めたように感じたからである。しかも、気のせいではなかった。距離を詰めてきたのだ。既に長椅子は定員オーバーである。大人しく引いて欲しい。届かない願いである。
「勝負しようぜ三途。オレとオマエの精子、どっちが勝つかをな!」
「ハッ、精々吠え面かかせてやるわ」
「母体の事も考えてもらって良いですか!?」
 言ってから思った。母体って。孕むわけもないのに母体って。花垣武道は抗った。しかし相手は二人。しかも反社である。犯罪組織である。その上幹部である。勝てる要素がゼロであった。
 つまり、呆気なく強姦されたわけである。
 数時間後、花垣武道は泣いていた。べそべそと泣いていた。如何にもな被害者であったし、事実そうだった。犯行現場となった長椅子の上で、何処からともなく出てきたシーツにくるまって泣いていた。尚その隣には、佐野万次郎が座っている。尤も、万次郎の視線は武道には向いていなかった。見ている先は床である。其処には二人の男がいた。当然、三途春千夜と灰谷竜胆である。全裸で正座していた。三十にもなろうかと言う男二人が、全裸で正座である。罰ゲームも斯くやの勢い。尤もこれはゲームではなく、事実罰である。
「で、何だって? タケミっちを孕ませて? それをオレが育てる所が見たいって?」
 こうして佐野万次郎が言葉にすると、如何にも馬鹿げた事であった。その事を痛感するよう、三途が一層俯いた。流石に恥の概念はある模様である。但し、佐野万次郎を相手にした場合に限る。
「どうするタケミっち?」
「社会的に死んで欲しいです……
 涙に濡れた声でとんでもない事を言った。尤も花垣武道本人にすれば、実際に死ねと言っているわけではないので優しさを見せているつもりである。これで。
 社会的な死と言う普段聞かない言葉を耳にし、竜胆が眉根を寄せた。全裸で。しかし言葉の意味を完全に理解している三途は、瞬時に心が死んだわけである。ただ、死んで欲しいのは精神ではないので無効。
「全裸で、逆立ちして、おちんちんびろーん!! って、叫んで欲しい……
「誰得だよ」
 思わず竜胆がツッコんだが、損得の問題ではないのだ。報復なので。
「ついでに放尿して貰ってもいいんで……
「ついでにつけるオプションのレベルでは絶対にない」
 嘗て一緒に死んだ男である灰谷蘭と似たような事を死んだ目で三途が言った。全裸で。
「で? やんの? やらねえの?」
 全く感情の籠らない声で睥睨しながら佐野万次郎が言った。
 沈黙。
 心臓が痛くなるほどの静寂。唯々組織の長が怖い。視線で人殺しそう。寧ろ視線で死んだ方がましかもしれない。社会的な死よりずっと。
 灰谷竜胆と三途春千夜は覚悟を決めた。
 す、と、手を前に出し上半身を倒す。
「すみませんでした」
「すみませんでした」
 結果、本物のジャパニーズヤクザによるお手本のようなジャパニーズ土下座を披露したのだった。全裸で。尚、これで許されたかどうかは定かではない。