2026-01-29 18:16:12
3798文字
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真夜中は君のもの

概念的には年下亭主×姉さん女房/黒誕2025


 目が醒める。

 薄ぼんやりとした視界の端に、暖かな色の光が映っていた。二、三度まばたきをして状況を整理する。見上げる天井は、眠りに就く前に目にしていたものと変わらない。黒鋼は知らず詰めていた息を吐いた。
 先ほどまでの忌々しいほど鮮明な映像が夢であることを悟る。寝ている間にかいたらしい汗の不快さに、思わず顔を顰めた。

「起きた?」
 耳にした声も傍にいる気配も、既に己に馴染んだものだとわかる。魔術師は身を屈めこちらを覗き込むと、前髪をかきあげるように額に手を当てた。ひんやりとした感触が心地良い。
 黒鋼を見つめる蒼い瞳は、湖面のようだった。落ち着いてはいるが絶えず静かに揺らめいている。夢の中で目にしたような凪いだ瞳ではないことに、妙な安堵を覚えた。
「やっぱりちょっと熱が上がってきちゃったねぇ」
……おまえ」
「小狼君とモコナはぐっすり寝てるから大丈夫だよ。できればお水飲んでほしいんだけど、一回起きられる?」
 ファイの言葉に従い体を起こす。若干動きが鈍い気はするが、肉体の不調のためか精神に引きずられているのかは判断できなかった。

 最初に目にした灯りは、枕元に備え付けられたランプによるものだったらしい。脇机には数冊の本と、氷に混じって薄く切られた柑橘の沈む水差しが置かれている。透明な器には水滴が浮いていて、以前から用意されていたのが見て取れた。
 一部屋に三つ並んだ寝台を利用する際、小狼が真ん中を利用するのは、誰が言い始めたわけでもない共通認識のようになっている。だが今日に限って、ファイが珍しく真ん中を使いたいと言い出した。小狼は真面目な顔で了承していたし、わざわざ反論するほどのことでもなかったため好きなようにさせていたが、今更になってその意図を理解する。

 この魔術師は黒鋼本人も見過ごしていたごくごく軽い不調を察して、初めから様子を見るつもりだったのだろう。就寝前も明日の準備のために台所を片付けたいからと言って、晩酌を禁じられ、スパイスの入った温かい葡萄酒だけを持たされ寝室に追いやられた。違和感を抱かなかったあたり、その時点で頭が回っていなかったのかと内心舌打ちをする。
 積まれた本の表紙には、この土地の料理の写真が載っていた。文字が読めずともあらかた内容が把握できるからかもしれない。小狼たちの睡眠を妨げないよう場所を確保し、さっさと黒鋼を寝かせ、時間を潰すための本やこの水差しまで準備して、ファイは夜を過ごしていた。そしてその予期通り、黒鋼はわずかばかり体調を崩したのだ。

 氷がぶつかり、からんと音を立てる。程よく冷えた水を口にして初めて、喉が乾いていたことに気づく。爽やかな香りのするそれをあっという間に飲み干した。
 もう一杯要るかと問われ、頷く。二杯目も飲み切るのに大した時間はかからなかった。
「まぁ黒ぴっぴならこのまま寝てれば大丈夫だと思うけど……、身体つらい?」
「問題ねぇ」
「よかったー。あ、ちょっと待っててね」
 ファイはグラスを受け取ると、足早に部屋を出て行った。何とはなしに後ろ姿を見送る。すぐに戻ってきた彼の手には、濡れたタオルがあった。手慣れた様子でさっと額や首筋を拭かれる。起きた時に感じた不快感が、随分マシになった。

 ふと目に入った左手を動かす。義手であるそれには、もちろん古傷などない。
「腕、痛いの?」
「いや……
 黒鋼はかぶりを振った。
……妙な夢を見ただけだ」
「眠りが浅かったのかな、次はきっと大丈夫だよー」
 先ほどまで黒鋼の夢の中で好き勝手な真似をして、散々な思いを味わわせた張本人が、人の気も知らず歌うように喋っている。大層腹立たしい内容ではあったが、所詮夢だ。黒鋼は既にこれを選び取っている。

 大人しく再び横になった黒鋼を見つめていたファイは、脇机の時計に目を移し、小さく声を上げた。
「どうした」
「黒様の誕生日まであと1日だねぇ」
「なんだそりゃ」
「黒たんが言ったんじゃない。一年の一番最後の日の、日付が変わるぎりぎりくらいに産まれたーって」
 確かに小狼とモコナに誕生日を聞かれ、そのように答えた記憶はある。黒鋼を晩酌から追い払う口実だけでなく、年の瀬を労い新年を迎える行事と共に、己の誕生を祝う準備がされていることも知っている。

 タオルを絞ってきたせいか、初めより更に冷たくなった手のひらが額に触れた。そのまま子どもにするように撫でられ、つい眉間にしわが寄る。
 ガキ扱いするな、と言いかけて口を噤んだ。紛らわしいがおそらくこれは黒鋼だけに許された接触なのだろうと、熱のせいか少々腑抜けた頭で遅れて認識したからだ。
 潜められた笑い声が耳を擽る。
「ふふ、おめでたいからカウントダウンだよ。こんなに大きく立派に育った黒ぽんには、オレが特別にちゅーしてあげよっかな」
 言葉の通りファイはちゅ、と音を立てて黒鋼の頬に口づけた。笑う顔は年上どころかいとけない子どものようで、術者というのは総じておそろしいなと黒鋼は思った。
 だがやられっぱなしは性に合わない。左手でファイの腕を掴むと、引き寄せた勢いのまま唇を奪う。

「わぁ……
「なんだその顔は」
「日付が変わる瞬間にキスするなんて、黒ぷーちょっとキザすぎない?」
「わけわからんこと言ってんじゃねぇ」
「そういうとこー」
……俺はもう寝る」
「うん」
「おまえもさっさと寝ろ」
「うん」
 蒼い瞳を細めて魔術師が笑った。こいつは今もここに居る。
 おやすみ、と囁く声が聞こえた。次に目覚めるまで夢は見なかった。

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黒鋼さんお誕生日おめでとうございます!