2026-01-29 18:16:12
3798文字
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真夜中は君のもの

概念的には年下亭主×姉さん女房/黒誕2025

 目が覚める。

 普段と変わりなく寝台に横たわったはずが、気付けば見知らぬ場所で座り込んでいた。腰を下ろしているのは一面の花畑だ。異常だと思うのに、不思議と警戒心が働かない。黒鋼はその状態のまま、辺りをじっと見回した。
 控えめな花の香りに混じって、折れた草の瑞々しい匂いがする。雲一つない青空、柔らかなそよ風、どこまでも続く景色。眼下で咲いているのは全て同じ種類の白い花で、それがまた異様さに拍車を掛けている。

 周囲の確認を終えてから初めて、黒鋼は近くに座る男へ目をやった。金の髪が風になびく。こちらを気にした様子もなく作業を続けているのは、旅の同行者である魔術師だった。細い指先が近くの花の茎を手折り、手元のそれへと器用に巻き付けていく。小さいながらもきれいな輪になった花冠を作り終えた魔術師が、傍に完成品を置いて顔を上げた。そのかんばせは、いつか見た黒い眼帯に彩られている。
 地面を照らす陽光は暖かく、彼が身につけている雪深い故国の意匠が色濃い青い衣服は、穏やかなこの気候にまったく不似合いだった。傍らには白い外套も畳まれている。黒鋼に反射のように笑いかけた魔術師は、何も言わずまた花冠を作り始めた。

 眠りに就く前に見た光景と長さはさほど変わらないはずなのに、違和感を覚える髪。片方の目は黒い眼帯に隠され、もう片方の目の下にはうっすらと隈があった。俯く輪郭もこころなしか尖っている。目線を伏せているせいで、日差しを受けた睫毛の影が頬に伸びていた。何もかもが心をざわつかせるのに、黒鋼の身体は指一本動かず、彼を見つめることしかできない。
 満開の白い花は、黄色い蕊を中心に薄い花びらをいくつか重ねたような形をしている。改めて見ると、母国で目にするひなげしに似ていた。魔術師は黙ったまま花を織っている。黒鋼は初めに作ったものより少し大きな花冠が完成するのをただ見届けた。頬をぬるい風が撫でる。

 近くの花がわずかに疎らになった頃、大きさの違う白い輪を作り上げた魔術師が立ち上がった。白い外套に袖を通し、フードを被る。仰々しい杖こそないが、初めて顔を合わせた時と同じ服装だ。黒鋼も釣られるように腰を上げた。相変わらず身体が己の意思の手を離れている。彼は二つの花冠を手に取ると、こちらを見上げた。ぞっとするほと穏やかな瞳だった。
 黒鋼はこれを知っている。
 命を構成する要素全てが、ゆっくりと動きを止めていくことを受け入れた静かな色。本能的に背筋が震える。死していく者の目だ。

 ようやく動いた左手が魔術師の腕を掴んだ。目に映った己の手の甲には、見慣れた古傷がある。そのことに吐き気にも似た強烈な違和感が込み上げた。
「気にしないで」
 魔術師が薄い唇を開く。
「君は何も悪くない」
 黙れと怒鳴りたいのに、舌先は微塵も動かない。
「君が気に病むようなことは何もないんだよ」
 彼の頭上には花冠こそなかったが、まばゆい光輪があった。以前立ち寄った国で見たステンドグラスに囲まれた教会、そしてその中に描かれていた宗教画を思い起こさせるそれは、黒鋼の気も知らず厳かに輝いている。

 風が白い花畑を揺らす。魔術師は後ろを振り返った。目線の先には、かの地で相まみえた王と、魔術師のたった一人の小さな片割れが居る。
「もう行かなきゃ」
 力の入らない手の中から、細い腕がするりと抜けていった。
 金色の髪を風に遊ばせて、二つの花冠を持った魔術師が背を向ける。彼は振り返らない。