くりやの卓報告置き場
2026-01-28 14:30:04
3403文字
Public その他
 

【SS】♦️

戈努飛彩のSS。レプ葬のネタバレあり。


「ヒイロくん!これお願い!やり方は覚えてる?」
「あぁ」
伊知華さんから注文書を受け取る。そこには取り置きの品がメモされていた。この店は割れ物を取り扱っているため、商店街を全部まわったあとに改めて購入した品を取りに来てもらう形態を度々とっている。今回もその一貫の仕事だ。
俺が今からやる作業は、リストに沿って品を出して、それを割らないよう個別に梱包。そして最後に箱に詰めること。怪盗をする前はよくこれをやっていた。些か懐かしい作業だ。
少々年季の入った木製の作業台へ向かう。眺めだとか物の配置だとか、案外覚えているものだな……と思ってみたが、当時のこの暮らしから実際に1年と経っていないのであった。壁にかけてあるカレンダーが目に入り、自分が怒涛の数ヶ月を過ごしていたことを実感する。現在の日常とのギャップも大きく、思い返せばなんだか長い映画を見ていたような気分にでもなってくる。その光景のどれもが鮮明で、強烈で、今後も忘れることはないのだろう。

……さて、感傷に浸るのはほどほどにして。今の俺は怪盗ではなく食器屋のお手伝いさん。仕事に取り掛からねば。
さっさと手を動かそうと机脇に置いてある段ボールを開いたところで、おや。となる。裏手の方へひょいと顔を出し、奥にいた彼女に声をかけた。
「伊知華さん、新聞紙そろそろ無くなるかもしれない」
「え、本当!?」
「今回分はありそうだけど……あと数回ぐらいか?」
「やだ、ちょっと待っててね。最近のやつ持ってくるから!」
「あ、俺が運ぶよ……っ!」
バタバタとした様子ではあるが、割れ物だらけの室内に対して彼女の動きに危うさなどは一切ない。慌ててついていきながら、やはり手慣れているなとぼんやり感心した。……以前は伊知華さんを見てもそんなこと思いもしなかったから、これも怪盗業で得た目線なのかなぁと心の中で自身に苦笑する。

二人で雑多な物置に行き、その中の束になって保管されていた紙類の前へ来た。
「いっぱい補充しときましょ。作業場にはいくらあっても困らないからねぇ」
そう言ってドサリと新聞とチラシの束を渡してくれる。日付としては数ヶ月前から3週間ぐらい前のものまで様々。伊知華さんから束を受け取りつつ、体勢を整えるために目線を下げれば、とある見出しが目に入った。
「怪盗ビードロ……
さっきまで”こいつ”のことを考えていたからか、無意識にその言葉を呟いてしまう。まずいと焦り、伊知華さんの方をおそるおそる見やると、勿論その声は隣にいた彼女の耳にも届いていたようだった。
「あぁ怪盗ビードロ!すごいわよね〜今の日本に怪盗とかいるんだって、あたしビックリしちゃった」
「う、ん。だよなぁ……うん」
喉を詰まらせ咄嗟によくわからない返事をしてしまう。だって、改めてそんな物珍しいものと形容されたら、「その通りですね」としか言えない。仕方ないだろう。
伊知華さんが一瞬「?」というような顔をした気がするが、俺が口下手なのは今に始まったことではないので、あまり気には留めていないようだった。続けてふと思い出したかのように彼女が話を続ける。
「そうそう、この頃ぐらいかしら。怪盗さんが結構話題になってたから、ウチも仕入れ始めたのよ。ビードロ」
「えっ、」
そこそこ売れ行きも良くてね〜、と伊知華さんが嬉しげに語る。どうやら思わぬ形でこの店に貢献していたらしい。
万が一俺が捕まって警察に足をつけられたらと思い、あの日以来ここの皆との関わりは絶っていた。だから、複雑な部分も無いとは言いきれないが……そんな状態でも、皆との繋がりがどこかで残っていたことは、なんだか少し嬉しくて、照れくさかった。

─まぁ、そんな話を彼女に共有できるわけもないのだが……気分が少し浮ついたので、唯一話せる相手に帰ったら報告しようと思う。
そんなことを考えながら、俺はチラシの束を抱えてそのまま作業場に戻った。