保科
2026-01-28 00:15:06
5183文字
Public スタレ
 

アグライアさんちのさんきょうだい

どっかの永劫回帰にて アグライアさんに師事したり世話になったりした3人 この3人どうやったら絡むンすか!?

こんこん、と、ノックの音が雲石の天宮の広い廊下に響く――続いて、朗々とした呼び声も。
「アグライア、いるかい?」
片手に書類を携えた、尋ね人であるファイノンが声を張る。普段であれば、部屋の女主人の涼やかな返答がある筈だが、今日は反応がなかった。もとよりアポイントのない訪問だ。ファイノンは暫く返答を待った後、留守かな、と、肩を落としながら踵を返そうとして。
――かたり。
扉の向こう。微かな物音を耳にしたのに、油断なく足を止める。
ノックをして、声かけをして、確かに、誰もいないと思ったけれもど。しかし。
いつの時代も、どんな場所にも、不届き者というものは存在する。
ファイノンは覚悟を決めるように呼吸を整えると、ぐ、と、手を強く握りしめた。
―――
音を立てないよう、慎重に真鍮のノブを捻ってみれば、鍵は開いていないようだ――扉が微かに動くのがわかる。――あのアグライアが?ファイノンの顔が、より警戒から険しくなる。
……らしくもないな。随分不用心だ――
アグライア、いるのかい?返事をしてくれ……
再度呼びかけながら、扉を強く押す。ぎい、と重厚な扉が軋みをあげるのに構わず、辺りを見渡しながら部屋に入る。部屋の明かりはついておらず、人気もない――物の配置も記憶の中と大きく変わらず、荒らされた様子もなく。書類が置かれたままのデスクの側で、窓が空いていないことを確かめて。
腰の剣の柄に手を添えたまま、ああ、聞き間違いかと、息を吐いた、
「裁縫女なら留守だよ〜」
―――
――瞬間。
即座に振り返る。誰もいなかったはずの部屋の中央、突然現れたように見えた人影に、堪らず目を見張る。
応接用のソファに腰掛け、呑気に手を振るのは、ファイノンもよく知る黄金裔が一人――サフェルだった。
半ばまで抜いた剣を構えたまま、事態を飲み込めず呆然と瞬くファイノンを眺めつつ、剣呑だなあ、とサフェルはあくびを一つ。
「そんなおっかないものしまっときなよ、危ないじゃん」
「え、あ――い、いたのかい、サフェルさん!?」
「うんにゃ。
帰ってきた裁縫女を驚かせてやろ〜って思って気配消してたんだけど、まさか部屋の主じゃなくて坊やが来るとはね」
予想外〜と気のない声で言いながら、サフェルは向かいのソファーに目を向ける。言葉は本当なのか、確かに敵意も何もない。「あ、伝言なら言付かってもいーよ。それとも一緒に待つ?」
「う、うーん……
その誘いの真意を探るように、ファイノンは腕を組んだまま、猫の両目をじっと見つめる。サフェルは眠たげな目をそのままに、無言で青年を見つめ返した。暗に、なにもありませんよ、と言うように、口は開かず。
暫し、時間が流れて――徐に、ファイノンがサフェルの向かいに腰掛けた。ぼすん、と、ふかふかのソファが音を立てて沈む。
「じゃあ、待たせてもらおうかな」
「お、そうする?」
「うん。サフェルさんから誘ってもらうなんてめったにないし。どうせ、アグライアに口頭で伝えなきゃいけないこともあるんだ。
……ちなみに何か、暇をつぶす手だては?」
書類を片隅に置きながらの問いかけに、サフェルは大きく伸びをしながら、悩ましげに唸って。
「んー、そーさねえ。さっきまでこの本読んでたけど、退屈だからおすすめしなーい」
ローテーブルに置かれていた、上質な背表紙の本をポンと叩く。おや、とファイノンは瞬く。これは先日、学会でアナイクス先生が選書していた学術書だったような。
「サフェルさん、これが分かるのかい?」
「え……馬鹿にしてる?」
「いや、そんなことはなくてさ。僕も今度読んでみようかと思っていたんだよ――確か、先生のお勧めだったはずだから。相当に難解なんじゃないかと」
………
サフェルはその言葉を聞いて、ふぅん、とまじまじ本を見つめる。なんでそんなものが、と言いたげだ。気持ちは、ファイノンにも分かる――アグライアに問いただすなどは、恐ろしくてできないけれど。
「別に、そこまで大げさなものじゃなく、普通に錬金術の入門書とかだったけどね。
あたしでも分かるくらいの難度だったし、普通に学生さん向けってことなんじゃない?」
「いや、だとしてもすごいよ。この手は読んでたら眠くなるのが常なのにさ。
――サフェルさんは樹庭に興味は?」
……うげ。嫌だ嫌だ、勉強なんてこまごましたのが一番苦手なんだから、そういう誘いはごめんだね!」
いーっと威嚇するサフェルに、手厳しい、と苦笑したファイノンは、ふと顔を上げる。
――コンコン、とノックの音。サフェルが面白そうに笑む。
「お、お客さん追加?」
「随分と千客万来だね。
はーい、アグライアなら不在ですよ!」
……あ、え?えっ……
ドア越しにも聞こえるよう、大きめの声で返事をすれば。微かに、戸惑い気味の声が返ってくる。聞き馴染みのある声だ。
それを聞いて立ち上がったファイノンが、迎え入れるようにドアを開ける。
「やあ、――キャストリスさん。奇遇だね」
「こ、こんにちは。ファイノン様……と」
「やほー、引きこもり姫」
「サフェル様。どうしてこちらに……?」
ファイノンの後ろで手を振るサフェルを見て、二人の繋がりが分からないのだろう、キャストリスが戸惑い気味の声をこぼす。いや何、とファイノンは頭をかく。
「僕もサフェルさんも、アグライアに用があって偶然居合わせてね。戻るのを待っているところさ。
キャストリスさんも、彼女に用が?」
「は……はい。少々お尋ねしたいことがあったのですが」
どうしよう、というように、ファイノンとサフェルを見比べるキャストリスに、サフェルが、んー?と気の抜けた声で誘いをかける。
「あんたも用ないなら一緒に待ってる?
あ、どうせなら3人でパーティの用意でもしてあの女驚かせちゃおーよ」
「それは……びっくりサプライズですね……?」
「パーティはともかく。僕も、キャストリスさんがいてくれたって問題ない――何なら、退屈しのぎの手段とかあれば教えてほしい位さ。見ての通り、途方に暮れていてね」
「え……えっと」
戸惑い気味ではあるものの。断られるかな、というファイノンの予想とは裏腹に、キャストリスはおずおずと頷いた。
……それでしたら、私も、こちらで待たせていただいてもよろしいでしょうか」
「本当かい?」
目を丸くするファイノンに、キャストリスは少し照れたようにつぶやく。
「こうして、私などをお誘いいただける機会は先ずありませんし、他でもない黄金裔のお二人なら、安心です。
そうです。退屈しのぎは……確か、奥の棚にチェスボードがありましたかと」
そのキャストリスの言葉に、――あ、とサフェルとファイノンが揃って声を上げる。
「「皇帝陛下の忘れ物!」」
「え、お二人もご存知ですか?」





……全く、彼らときたら……
予想よりも終了が遅くなった。挨拶もそこそこに会議室を出ると、アグライアは足早に自らの執務室へと向かう。苛立ちは愚痴となって口からこぼれ出る。何故、あのような無益な議論に時間を費やしてばかりいるのか。真にオンパロスを憂いるのならば、もっと、他にやるべきことが――
――などと、冷めたことを口にするのがよくないのでしょうね」
議会の面々から悪くなるばかりの心象に、己の人間性の欠落が関係している事くらいは察せられる。しかし、だからといってどうすることもできない――なら、私は、いつまで、このような事を。
………
執務室の重厚な扉の前で、沈むようなため息を一つ。終わりのないことを考えても仕方ないと、気を取り直してドアノブに手をかけようとして――部屋の中から、何やら騒がしい声が聞こえてくることに気がついた。
……?」
アグライアの執務室は、決して娯楽室ではないし、特に常駐させている人もいない。探れば、金糸に反応は3つ。暫し観察すれど、部屋の中央から動くこともないし、部屋のものも特に漁られた様子は見受けられない。敵対するものではなさそうだと、アグライアが訝しみつつ戸を開ければ。
――待った!待った、だ、サフェルさん!1回そのルークを下げてくれないか、なっ?」
「嫌だよ、待ったなしの勝負って最初に言ったのは坊やでしょ〜?」
「あ、ファイノン様、こちらのポーンは使えませんでしょうか……?」
「いやいやいや、これは今、この列の駒の牽制だから……
わいのわいの、部屋の中では馴染みのある黄金裔達が楽しそうにチェスボードを囲んでいた。しばし、その様子をぽかん、と眺めていたアグライアが、
……何事です?」と呟いたのに、熱中していた3人がぱっと顔を上げた。
「あ、アグライア!よかった、今日中に戻ってきてくれて……君の帰りを二人と待っていたんだ」
「やっほ。お邪魔してるよ〜、裁縫女」
「こんにちは、アグライア様」
口々に呼びかけられ、ええ、と、アグライアはつい、曖昧に頷いた。なにせ、僭主となってから、こんな風に気楽に訪問された試しがない。ファイノンの言葉をしばし吟味して、
……つまるところ、三人は私に何か用でしょうか。
すみません、議会が長引いてしまい。今からでも宜しければ、仰ってください」
「ああ、うん、そう、そうなんだけど……
本来の目的としては、アグライアが帰って来た時点で、暇つぶしの娯楽はきり上げるべきなのだけれど。腰を浮かせながら視線を泳がせるファイノンに、向かい、ニマニマと笑うサフェルがからかう様に挑発する。
――ここで降参ってんなら、それでも全然いいよ?坊や。いさぎよーく、負けを認めるってことだよねぇ?」
「いやごめんアグライアちょっとばかり待ってもらってもいいかい!?負けられないんだここは!」
ば、と座り直したファイノンが考え始めるのに、アグライアは押され気味に構いませんが、と返事をしたが、もう聞こえていないのかもしれなかった。
向かいのサフェルがアグライアが金糸を向けていることに気付いたのか、軽く微笑むとそういうことだから、と言いたげに手を振る。取り合わせの珍しさに流していたけれど、普段オクヘイマを離れている、彼女がここにいる事自体も珍しい。
それに、なにより。
「随分と、珍しい骨董品を出したものですね……
「その、私が提案させていただきました。以前、こちらを使って、アグライア様にチェスをご教示いただいたなと……
骨董品――年期の入ったチェスセットを使い、2人の対戦を見守っていたキャストリスが、立ち上がるとアグライアに声をかける。
「すみません、今にして思えば、勝手に使うなど……ご迷惑ではなかったでしょうか……?」
――構いません。きっと使われたほうが、駒も板も、元の持ち主も喜びますので」
アグライアの返答に、そうですか、と胸をなで下ろすキャストリスは、「ごめんキャストリスさん、一緒に考えてくれるかい!?」と泣き言を言うファイノンに、直ぐに呼び戻されていく。
三人がワイワイと話す様を眺めながら、アグライアは自然、回想に耽ける。
………
本当に、懐かしい。かつて、カイザーが使っていた沢山のチェスボードは、戦乱のなかでその多くが喪失したけれど。これは、アグライアの手元に奇跡的に残された品だった。
――持ち主は戻らない。もう長く、趣味としてのチェスはしていないが――そういえば、ほんの数度、指南をしたのだと思い出す。教育の一環として、アグライアが直接手ほどきした人には、必ずその逸話を話していた。
――これは、皇帝陛下の忘れ物なんですよ。
そう教えてあげた時の反応は様々だったのを、覚えている。
へえ!高く売れそうじゃん、と目を光らせる子猫、そのようなものに触れてよいのでしょうか、と怯える侍女、見合う試合をしないとだね、と気負う兵士。
ふと、前を見る。
――ああ、期せずして、かつて彼女が指南した3人が、その場に揃っていることに気が付いた。
『こんな世界、全部嫌いだよ――大っきらい』
捨鉢の怨嗟を吐いた少女に浮かぶ楽しげな顔に、嘘偽りはなく。
――救世主に。僕は、ならなくては、いけないんだ』
悲壮な覚悟を背負った青年は、年相応に、怒り、笑い。
『私にはもう、行き場は、ないのです』
そう、昏く微笑んだ少女の顔に、今ばかりの陰りはない。
どの蟠りも覚悟も、決して、彼ら彼女らの心から、なくなったわけではない。けれど。
……時が、経ったのですね」
しみじみと、そう思った。――いつか、きっと、彼らは全てを乗り越えてゆくのだろう。
いつの間にか、沈んだ心のつかえが消えているのに気付かず。アグライアはしばし公務も忘れ、3人の姿に見入ることになった。