nozomu_HK
2026-01-26 01:43:08
9175文字
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[リクエスト]泡沫を食む(虚ヴェ)

うぇぼにていただいた、突然30万の意思が聞こえなくなり憔悴しきったヴェルトを自分に依存させようとする虚空万象の話です


それから一週間が経過した

相変わらず30万の意思は聞こえず、目に見えてヴェルトは憔悴していた

食事も睡眠も問題なくとれている。しかし、弱ってしまった心では、動こうとする気力すらなかった

「起きられるかい?」

「あぁ.....」

ベッドに横たわるヴェルトは差し出された虚空万象の手を掴む。けれど上手く起き上がれない

力が足りないのではない。力を入れることができないのだ。頭では理解できているのだが、体も腕もそれ以上動いてはくれなかった

虚空万象は慣れた手つきで、ヴェルトの背を支え、体を起こしてやる

「すまない......」

ベッドから起きるだけのことですら人の手を借りるしかない。そんな無力感に苛まれヴェルトは項垂れた

「気にしないでくれ」

虚空万象はなんでもないというように手を振ってみせた。一々目くじらを立てるようなことでもない。そもそもこうなるように仕向けたのは自分なのだ。ここまでの事態は想定外だったが

「ただ...あの英雄がこんな醜態を晒すなんて思ってもなかったけどね」

「っ......」

「怒っている訳じゃないよ。ただ子どもみたいで可愛いと思ってね」

ただの冗談だった。口をついて出ただけの軽口で、他意はなかった。虚空万象にとっては少し褒めたつもりですらあった

しかし、ヴェルトはそんな楽観的に受け止めてくれなかった

彼はずっと英雄ヴェルトになりたかった。無力な子どものままではいられなかったからだ

今の自分は英雄ヴェルトではない。彼ではないのだ。そんな自分になんの価値がある? 自身の無力さを呪い、嘆くだけの子どもの何処に価値が

一度悪い方に思考が傾いてしまえば止まらなくなる

一週間だ。それだけの時間があれば救えた星が、人がいたかもしれない。それを棒に降ってしまった

「うぅ......」

ヴェルトは頭を抱えて蹲る。罪悪感に胸を締め付けられるのに、ベッドから降りようともしない自分に腹が立った

「ヨアヒム」

「やめろ!」

虚空万象の呼び掛けを拒絶した。今は、今だけはその名で呼んでほしくなかった

「やめてくれ.....」

ヴェルトの声が涙混じりに震える。虚空万象は何が起こったのか分からなかった

「すまなかったね。君を傷つけるつもりはなかったんだ」

それは本心。虚空万象にとっては世間話の延長線でしかなく、困らせようだとか意地の悪いことを言おうだとかは一切思っていなかった

当のヴェルトは塞ぎ込んでしまって、虚空万象の謝罪など聞こえていなかったのだが

「ヴェルト」

「......」

「......僕はいない方がいいね」

「っ.....!」

ヴェルトは虚空万象の言葉に顔をあげる。苦痛と悲嘆が入り交じった表情で、過呼吸に似た荒い息を吐いた

「ぁ.......」

行かないでほしい。一緒にいてほしい。縋ろうと口を開いたが、意味の無い声が漏れるだけだ

一週間。買い出しなど特別な理由がない限り虚空万象がヴェルトの傍を離れることはなかった

それがヴェルトにとって救いだった。彼は裏切らない。どこかに行ったりなどしない。いつしか当初の目的通り、虚空万象は30万の意思の代わりになっていた

そんな最中のことだ。ヴェルトは虚空万象に嫌われてしまったのではと不安になった。このまま彼を手放してしまえば、もう二度と帰って来ないのではと恐ろしくなっていた

虚空万象は怒ってなどいない。あくまでも彼はヴェルトを気遣って落ち着く時間を設けようとしただけだ。普段のヴェルトなら、問題なく意図を汲み取れただろう。しかし、残念ながら今のヴェルトに普段の落ち着きなど残されていない

「ヴェルト?」

「......なんでもない」

「そうかい?」

「あぁ....。だから、」

「僕は離れた方がいいかい?」

「あぁ」

「分かったよ」

虚空万象の声色は柔らかいものだった。ヴェルトはシーツを強く握りしめる。声は震えていなかっただろうか。おかしくなかっただろうか

引き留めようと思えばできた。しなかったのは虚空万象に見捨てられることが何より恐ろしかった

「すぐ帰ってくるよ。君は少し落ち着いた方がいい」

「......ありがとう」

ドアが閉まる音がする。ヴェルトは込み上げた寂しさを紛らわすように布団を被った

「.......さて、」

出てきたはいいがどうしたものか。虚空万象は暫し考えた

町に出たはいいが特にすることはない。暇を潰せるような面白いものに心当たりもない

「虚空万象さん」

そんなことを考えていると虚空万象に話しかける声があった

そこにいたのはこの街の長である青年。先代である父を災害で亡くし、その座を継いだばかりだった

「ヴェルトさんはまだ体調が優れないのですか?」

青年は心配そうに眉を下げる。まだ若いが、感情豊かで共感性の強い人だ。きっと良き長になるだろう

「そうだね。あまり良くはないよ」

「そうですか。心配ですね」

言いながら青年は深刻な表情で顎に手を当て考え込んだ。彼にとって虚空万象とヴェルトは大事な客人だ。何かあっては困るのだろう

虚空万象もヴェルトの不調は気になっていた。彼は30万の意思が消えたこと以外の異変はないと言ったが、虚空万象にはそれだけのようにはどうしても思えなかった

確固たる自信も証拠もない。ただ漠然とそう思っていた

「何でも仰ってくださいね。私達はお二人のために尽くす所存ですから」

「ありがとう。.....そういえば、気になっていたことがあるんだけど良いかな?」

「勿論です」

青年の言葉にふと疑問に思っていたことがあったのを思い出した

青年が快く承諾したので、虚空万象は遠慮なく疑問を口にした

「この星に来てからモンスターの姿を見ていけど、何か対策でもしているのかい?」

環境が整っていればどんな星でも生物がいるように、モンスターも当然のようにいる

しかし、この星に降り立ってからそんなものは見ることも聞くこともなかった

郊外に足を伸ばしたこともあるが、固有種はいてもモンスターらしき影はなかった。どの星にでもいるような裂界生物の姿ですら確認できなかった

列車で見た記録によれば星核の災害とともにモンスターも跋扈していたという。復興が終わったとはいえ、影も形もないというのは少し奇妙な話だった

「いえ。特にそういったことはしていませんね。ただ、あの災害が起こるまであんな化け物いなかったんです。星穹列車の皆様が星核を封印してくださってからかなり経ちますから。もう残っていないんじゃないですかね」

「残っていない? 一匹残らず駆逐したとでもいうのかい?」

「というより生きられないと言った方が正しいかもしれませんね」

青年は遠い昔を思い出すように目を細めた

「......あの災害の時、私は助けが必要な人がいないか探し回っていました。ですが、運悪く化け物に見つかってしまいました。自分の倍はあるような大きな化け物です。もうダメかと思って目を瞑りました」

青年の瞳には当時の情景が映っているのだろう。痛みに耐えるように胸に置いた手を握りしめる

「その時でした。化け物が突然大きな声をあげたんです。苦しむような痛ましい声でした。.......それからまもなくして化け物の体は塵のように消え去ったんです」

青年は瞳を伏せた後、再び虚空万象を見た

「後になって知ったことですが、あの時には星核が封印されていたのだそうです。......私は、この星が奴らにとって生きづらい環境になっているのではと思っています」

「.....それが星核によって一時的に壊された」

「はい....。ただの憶測しかありませんが」

「いや、いい線をいっていると思うよ。この星の何か、が.......」

「.....虚空万象さん?」

流暢に喋っていた虚空万象の声が、徐々に勢いを落として、止まった

......もしも。もしもだ。この星モンスターにとって有害な環境なら。それが律者の体にまで影響を与えるのだとしたら

「すまない。急用を思い出したから帰るよ。貴重な話をありがとう」

虚空万象は青年が言葉を返すのも待たず、踵を返してヴェルトの元に向かった

もしその仮説があっているのなら、一刻を争うかもしれない

虚空万象は焦っていた

「っ.....。ヴェルト.....!」

「......?」

焦っていたせいで荒々しくドアを開けてしまい、ばん!と大きな音が響いた

ヴェルトは虚空万象の声のろのろと顔を上げる。瞳は虚ろで生気がない

どう考えても異常だ

「帰ろう」

虚空万象はヴェルトの身体とベッドの間に腕を差し込み、抱える。しがみつくこともままならないヴェルトが落ちてしまわないように支える。所謂姫抱きだ

「ぁ.....や、だ」

事態が飲み込めないヴェルトは不安と恐怖に駆られ、なけなしの力で抵抗を試みた

「大丈夫だよ。ヴェルト」

虚空万象はそんなヴェルトを強く抱きしめる。子を慰める親のように

「僕を信じて」



***



「心配をかけたな」

星穹列車のラウンジ。ヴェルトはソファに座っていた虚空万象に声を掛けた

「もう大丈夫なのかい?」

「あぁ」

ヴェルトは少しだけ笑って言う。憑き物が落ちたかのような、清々しい表情だった

青年の予想は大方正しかった。

彼の星の空気にはモンスターにとって有害な気体が含まれていた

それが結界の役割を果たし、長きに渡る安寧を創り出していた。それが律者であるヴェルトに影響を齎したのだった

30万の意思については、彼らを求めたヴェルトが、無意識下で律者の力を使って擬似的な30万の意思を創り出したものだろうと結論づけた。それが結界の影響を受けて消滅してしまったのだろうと

「もう聞こえないのかい?」

「何も聞こえない。つい最近まで騒がしかったんだがな」

ヴェルトはそう言うと外を見る。彼の星に降りることはもうないだろう。別れの挨拶すらできなかったのは寂しいが致し方ない

「所で、君はいつまでそうしているつもりだい? もうねる時間だよ」

「そうだな。部屋に戻るよ。お前はどうするんだ?」

「僕はまだここにいることにするよ」

「そうか。おやすみ」

「おやすみ。ヴェルト」

ヴェルトがラウンジを去り、騒がしい場に静寂が訪れる

虚空万象は座ったまま、静かに思考を巡らせた

──らしくなかったと思う

ヴェルトを自分のものにしたかったのは事実だ。けれど、自身に身を委ねる人形が欲しかったのではない。あくまでも欲しかったのは英雄ヴェルト

そのはずなのに、気づけば虚空万象はヴェルトが彼がいないと何も出来なくなるように仕向けていた

「.......」

よそう。いつまで考えても結論が出ないのなら、考えるだけ無駄だ

律者であるヴェルトに影響があったのなら、神の鍵である自身にも影響があったとしてもおかしくない

きっとそうだ。そうでなければ辻褄が合わない

そう思うことにしよう