nozomu_HK
2026-01-26 01:43:08
9175文字
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[リクエスト]泡沫を食む(虚ヴェ)

うぇぼにていただいた、突然30万の意思が聞こえなくなり憔悴しきったヴェルトを自分に依存させようとする虚空万象の話です


ヴェルトと虚空万象を降りたのは他の星との関わりが殆ど無い、小さな星だった

過去の開拓の旅で訪れたことのあるそこは、星核による被害があり、一度は壊滅状態にあった。それも当時のナナシビトによって封印され、無事に復興も進められていた

そんな星に再び訪れたのは、招待があったからだ。ようやく復興が終わり、改めて星穹列車を招待して礼をしたいと

当時のナナシビトはもういない。断ろうと考えもしたが、それを話しても星の人は関係ないと歓迎してくれたので列車は再びその星に停車する事になった

姫子は列車に留まり、ヴェルトと虚空万象が休暇も兼ねて滞在することを決めた

滞在してもう数日になる

ヴェルトは用意してくれた部屋の窓から外を見る。石造りの家が並び、子どもが外を走り回っている。長閑で平和な風景だった

もう少ししたら外に出てみようか。などと考えていた時、何も聞こえないことに気付いた

胸の内で聞こえていたはずの30万の意思が。気配そのものが無くなっている

「.......ぁ」

気付いてしまえばもうダメだった

開かれた瞳が僅かに揺れる。呼吸が荒くなる。なぜ、なぜ今

目眩がする。ぎゅうと締め付けられる景色にバランスを崩したヴェルトの体が大きく傾いた。咄嗟に窓枠を掴んだので倒れることはなかった

「ヴェルト?」

どん、という普通に生活していればまずないであろう音に、少し離れた椅子に座っていた虚空万象は首を傾げる

「.......大丈夫だ」

虚空万象からは俯いたヴェルトの表情が見えない。それでも彼の言葉が嘘だということは容易に分かった

「また寝不足かい?」

そう揶揄うがヴェルトからの返事はない。少しつまらなく思う。久々の二人きりなのだから、もっと話してくれてもいいのに

「......1人にさせてくれ」

暫しの沈黙が流れた後、ヴェルトが口を開いた。少しだけ窓枠を握る手に力が入る

虚空万象は呆れたように腰に手を当て、溜息を吐くと「わかったよ」っと言った

「僕は出て行くから君は休んでいるといい」

いつもと変わらない軽い声音だが、そこには確かに怒りが込められている。納得はしていないようだったが引いてくれるのは彼なりの優しさなのだろう

去りゆく背中に「すまない」と謝罪をすると、虚空万象は気にするなとでも言うように手を挙げて、部屋から出て行った

ばたん。と重たい音が響く。ヴェルトは虚空万象を見送った後、大人しくベッドに横になった

「なぜ...」

再び問いかけてみるが当然のように返事はない。ヴェルトは動揺を隠せず、震える息を吐いた

彼らは、30万の意思は、ずっとヴェルトの傍にいた

律者の力を継いだヴェルトに待ち受けていたのは、終わりの見えない苦痛と恐怖だった

テスラ達がいてくれたから、底が見えない苦痛にも耐えられた。正気でいられた。けれど、いつも彼女達がいてくれる訳でもない。幼い内はいいがネゲントロピーの活動が本格化すれば共にいれる時間も短くなるだろう

そんな恐怖に耐える事ができたのは30万の意思がいたからだった。彼らと言葉を交わす事こそなかったが、その声は、胸内に潜む気配は、確かに幼い少年の拠り所となっていた

彼らと共にいるのが当たり前だった。いつからか彼らはずっといてくれるものだと思ってしまっていた。永遠などないと1番分かっているのはヴェルト自身だというのに

「......」

──静かだ

絶えず声が聞こえていた訳ではない。それでもここにいるよと囁く気配があった。こんな静寂は知らない。できれば知りたくなかった

このまま眠ってしまおうか。と目を閉じる。しかし、突然の空虚に落ち着くはずもない。確かに疲れているはずなのに、それ以上に気が立って仕方がなかった

どれくらい経っただろうか。無理に寝ようとするのも良くないとベッドの縁に座って黄昏ていた時だ

こつ、と近づく足音が聞こえた。虚空万象が帰ってきたのだと気付く

──話すべきだろうか

虚空万象なら何か分かるかもしれない。第一の神の鍵たる彼なら──

と、そこまで考えて頭を振った。いや、だめだ。言った所できっとどうにもならない

彼を信用していない訳ではない。けれど、彼に弱みを見せるのは怖かった。特に今は不安定なのだ。隠しておくに越したことはないだろう

そんな事を考えている内にドアが開かれる

「おや」

虚空万象の翠の瞳がまっすぐヴェルトに向けられる。疲れが取れているようには見えない。十分に眠る時間があったはずなのに、その痕跡すらない

「寝ていなかったのか」

その問いにヴェルトは答えなかったが、バツが悪そうに目を逸らしたので肯定と受け取った

虚空万象はため息を吐く。これでは態々出歩いた意味が無いではないか

「僕が気を使って外出していたというのに、偉大な盟主殿が聞いて呆れるね」

「すまない.....」

「そんなに僕の事が信用ならないかい?寝首を掻かれるとでも?」

「違う。俺はお前のことを疑っているのでは、なく、て、」

否定しようとして、言葉に詰まった。自分は今、なんと言おうとしていた?分からない。確かに浮かんでいたはずなのに、頭が突然真っ白になって、上手く声が出ない

嗚呼。ダメだ。思いの外参っているらしい。ヴェルトは頭を抱えたくなったがそのための気力もない

何か言わなければと思うのに、開いた口からは声にならない音が零れるだけだった

そんなヴェルトに、虚空万象は只事ではないと気付いた

寝不足や体調不良という言葉で片付けられない。もっと大きな、ヴェルトでもどうにもできない事態が起きているのではないか

「ヴェルト」

虚空万象はヴェルトの前でしゃがむ。目は合わないままだったが、それでも良かった

「何があったんだい?教えてくれ。どんな理由であれ、僕は君を揶揄ったりしないし、利用するようなこともしない。約束するよ」

自分はこんなに優しい声が出せたのか。自分で言っておきながら虚空万象は驚いた

ヴェルトの肩がぴくりと動く

「本当に......?」

顔が虚空万象に向けられる。眼鏡越しだったが、その瞳は今にも泣き出しそうに震えているのが分かった

虚空万象は幼かった頃の彼をよく知らない。知ろうともしなかった。それでもそれが本来の彼なのだと理解した

「本当だとも。ヨアヒム」

だから彼の名を呼んだ。それを望まれているような気がしたからだ

ヴェルトは虚空万象にその名で呼ばれることがあまり好きではなかった。彼に全てを握られているような気がしたからだ

けれど今はどうか

ヴェルトが本名でないと知っている者は少なくない。しかし、皆彼の意思を尊重してヴェルトと呼んでくれていた

彼をヨアヒムと呼んだのは幼少からの知人。今となってはアインシュタインとテスラしかいない。それもジョフリーを引き取ってからは殆どなくなってしまった

当然であったしそれを受け入れてもいたが、同時に寂しくもあった。弱った心は無意識により強くそれを求めていた

「っ......」

先程まで隠し通そうと決意を固めていたのに、虚空万象の言葉をあっさり信じてしまう自分がいる。彼が弱みを見せていいと言ってくれたから、頼ってみようと思ってしまう

ヴェルトは俯き、言葉を絞り出す

「声が、聞こえなくなったんだ」

「声?」

虚空万象はきょとんと首を傾げる

声が聞こえないと言われても会話は成立しているし齟齬もない。何が聞こえないというのだろうか

ヴェルトはそんな疑問を察し、補足する

「聞こえなくなったのは、30万の意思だ」

「......30万の意思?」

「あぁ。......絶えず聞こえていた訳ではないが、気配はあった。それすら、感じなくなっている」

「......そうかい」

虚空万象は珍しく表情を曇らせる。何か思い当たる節があるのか、考え込む素振りを見せた後にヴェルトを見た

「.....少し眠ったらどうだい?辛いだろう?」

「だが......」

「あれこれ考えていても仕方がないだろう?休まないと良くなるものも良くならないよ」

虚空万象の言うことは最もだ。ヴェルト自身も、眠れるものなら寝てしまいたかった

しかし、時が経った分だけ降り積もった焦燥がそうはさせてくれなかった

口篭るヴェルトに、虚空万象は呆れたと言わんばかりにため息を吐いた

まともな抵抗が出来ないと分かってヴェルトの体を抱いて半ば強引にベッドに寝かす。そして、傍らの椅子を引っ張って来ると少し粗暴に座った

「僕はここにいるよ。だから安心しておやすみ」

「お前.....」

布団を被せてやり、にこりと笑う。ヴェルトはぱちりと瞬いて、口を開いた。文句の一つでも言われるかと思ったが、意外にもヴェルトはすぐに口を閉じて虚空万象に背を向けた

先程の虚空万象の言葉が頭の中で何度も繰り返される。土に染み入る水のように、心内にじわじわと浸透したそれに、ヴェルトは次第に落ち着きを取り戻していた

「ヴェルト?」

暫くすると穏やかな呼吸音が聞こえてきた。虚空万象がいつもより抑えた声を掛けるが返事はない。眠ったようだ

「......」

よっぽど疲れていたのだろう。ヴェルトは無防備にくぅくぅと寝息を立てていた。この様子では当分起きないだろう。安堵した虚空万象は思考を巡らせる

幼くして全てを失った少年は、自我を保つために何かに縋るしかなかった。それが30万の意思だったのだろう

律者として未熟であったヴェルトを支えてくれていた彼らが、心の支えになっていたであろう事は想像にかたくない

今まで聞こえていたというのは30万の意思を失うことを恐れたヴェルトが、無意識の内に創り出した幻聴といったところか

それが何故、突然消えてしまったかは分からない。しかし、それも直に分かることだろう。焦る必要はない

「んぅ.....」

ヴェルトが寝返りを打つ。穏やかに眠り続ける表情が露になる

今までヴェルトは虚空万象の前で眠ることはなかったので、このような無防備な姿を晒すことはなかった

独占欲が蠢いた。彼を手に入れたい。自分のモノにしてまえと

運は虚空万象に味方している。今のヴェルトは迷子の子ども同然。一人では日常生活を送ることもままならないだろう

30万の意思の代わりになればいい。彼らがしたようにヴェルトの支えになればいい警戒心が薄れている今の彼に漬けいって、依存させればいい

虚空万象は口角が歪に上がるのを感じた

自分の傍から離れられなくなったヴェルトはどれほど愛おしいだろうか。自分の姿が見えなくなると不安になるヴェルトはどれほど愚かだろうか

これは愛などではない。歪んだ執着だ。単なる興味だ

そんな謀略が企てられていることなど知らないヴェルトは、ただただ眠るだけだった