John
2025-04-05 22:38:10
5800文字
Public CP無し
 

白猫

カプなし今魔川トリオがひたすら仲良しな話。
モブの白猫がいます。

「甲子太郎、おるか」

戸口で呼べばすぐに、戸が開いた。

「居ますよ、義元 よしもと さま。僕の自室へいらっしゃるとは、何のご用でしょう。言っていただければ、僕はすぐお そば はべりますのに」

開いた戸の向こうから白い羽織 はおり ひるがえして、役者のようにすらりとした美男子が現れる。
少し きつね想起 そうきさせる顔立ちだ。
足音を立てて戸まで来る間も、戸を開ける間も、伊東甲子太郎は間断 かんだんなく しゃべる。

「この所、少し疲れているようだと聞いたのだが。具合はどうだ。まあ、そこへ わずらわせるような訪問をしてすまないことだが」

今川 いまがわ氏真 うじざね……表向き今川義元として振る舞う、父の霊基を まとった氏真は。
金の目を禽獣 きんじゅうのように きらめかせ、しかし、口調は やさしい。

「大丈夫ですよ、義元様。誰から聞いたのか ぞんじ上げませんが。僕は日々充実した気持ちでコトに当たっています。これは僕の望みのためでもあるのですから。疲弊 ひへいしているとか、そんなことはありません」

氏真は目を細めて、その、今川家参謀の精一杯の笑顔を見て。
笑顔の端々に疲労を見て取ると、我がことのように つらくなった。
目尻 めじりの上がり方、口角 こうかくのあたりから漂う雰囲気程度の差だが。
心から笑えたのではなく、たしかに取り つくった様子を氏真は感じ取った。
サーヴァントなので肉体の見た目にはこれといった消耗 しょうもうが現れていないが、そもそも心理的な面で負担がかかっているようだという話だった。

「武雄から聞いたのだ。余のために甲子太郎は無理をしている、と」

いくら復讐 ふくしゅうに燃えている、覚悟を決めているとはいえ。
古馴染 ふるなじみみの友を霊基改造し、当人も同意ではあるが、二度と戻れない異形の姿へ仕立て上げきってしまった。
戦場で責任を双肩 そうけんい、敵の領民を人攫 さらいでかき集めては改造を ほどこし、敵も味方も数限りなく死地へ送り込む。
それは、甲子太郎の本分からすれば異端といえる事だろう。
氏真は、甲子太郎が本質はもっと穏やかな人間だと知っている。

さらに、権謀術数 けんぼうじゅつすうを張り巡らせ、城を きずき物資を集め。
眠らなくとも良い身体をまさに不眠不休で酷使していた。
無理をしていない訳はなかった。

「いえ、それは……

敬愛する主君の心配に嬉しいと思いながら、申し訳なくも思い、甲子太郎は言い訳を つむごうとする。
その時、大きな氏真の背中側から、鈴の音と……明らかに、猫のき声がした。

「にゃあ? 今、にゃあって聞こえませんでした?」
「うむ、甲子太郎。部屋へ失礼するぞ」
「あ、こちらこそ失礼しました、いつまでも主君を戸口に立たせるなんて」
「よい、それは気にするな」

部屋へと上り込む主君は、よく見れば後ろ手に抱えて隠すように葛籠 つづらを持っている。
持ち手の所へ紫の平紐が結わえられ、葛籠の ふたの内側へ続いていた。
今や葛籠の中身は、ごととんごととん、リンリン、と、物音や鈴で元気さを隠さない。

洋風に設えられた部屋へ入ると、氏真は戸を閉めさせてから葛籠の蓋を開けた。
鈴の音を響かせて白い かたまりが待ちかねたように中から跳ね出て。
床へ、とん、と降りる。

「猫だ、白猫」

甲子太郎は、歓声に近い声音で短くべる。

「うむ」

氏真は、それにさらに短く気のおけない返事を返し猫の様子から目を離さない。
甲子太郎も自然、猫を見た。
甲子太郎にとって生前江戸でも見たものだが、鼻や耳の中は桃色で目は氏真に似た金目の、なんとも愛らしい猫である。
つやりとした短い毛の猫は、初めての場所を警戒して居場所を探るように匂いを嗅いでいる。
その場から猫が動かない すきに、氏真は平紐 ひらひもを葛籠から解くと手に持って、葛籠は机へ置いた。
真っ白な猫の首は紫の細い布の帯を締まらないよう輪にして結ばれ、その首輪に長い平紐のもう片方の端が結ばれている。

「どうしたんですか、義元様、この猫」

やはり気になるのはそこである。
氏真は、うっすら微笑を湛えた表情で小さく嘆息してから語り始める。

「つい先日、 そで した便宜 べんぎを取り計らおうとした やからが兵にいたであろう?」
「あー、いましたね」
「あやつら、金でなければ良いと思ったのか、今度は猫を袖の下にして来た」
「えぇ……

それを聞いて、甲子太郎は思わず呆れた声を上げた。
主君は言いながらゆっくりとしゃがんで、そっと下から手を差し入れて、猫を抱えあげる。
知らない においの床よりも、すでに氏真の腕を信頼しているような様子があり、白い毛並みは暴れることなくすっぽりと大きな腕に抱え込まれた。
子猫ではなく、若そうではあるが立派な成猫のようだ。
この時代、猫を贈答品にすること自体はおかしなことではない。

「愚息氏真はこういった けもの たわむれ遊んで、 しまいには家を傾けたのだぞ。それをこのように進物 しんもつとして。と、余は恫喝 どうかつ……と申すか、とりあえず、 しかりつけておいた」

氏真としては、義元を装う自分が本当は氏真であることがバレたかと思って、ことさらアタリがきつくなってしまった所はあった。
白い毛並みを見た瞬間、愛らしい猫の魅力に目を輝かせそうになってしまった所が本音だった。

「そう怒りをもって応じてみたものの。生きたものであるから、下手に突き返すだけという訳にもいかず。受け取るだけは受け取ったのだ。だが、初手で言ってしまった手前、余が飼うというのもな」

氏真の手つきは慣れた様子で、白猫の勘所 かんどころを優しくくすぐっている。

「ということで、そなたの所へこうして持ってきた。丁度良いというのもこの白毛玉に礼のない言い様ではあるが、心を なぐさめるには丁度良いものだ。甲子太郎、抱えてみるがいい」

甲子太郎は言われるままに手を差し出す。
温かく、ふわりとした毛に包まれた重みが、ずしりと主君から授けられた。

「わ、わっ……!」
「だが好みに合わぬようなら返せ。余が氏真とでも名前を付けて責任を持って飼おう」

義元のふりをした氏真が自分の猫に、しれっと氏真と名付けようとする茶目っ気を目の当たりにして。
甲子太郎は猫を抱えたまま笑ってしまった。
氏真は、今度は心から笑った様子の甲子太郎にほっとする。

「義元様の、ご子息の名にするんですか、はは。あ、やばいな触りごこち最高ですねこれ。君ったら日向の匂いがする、毛並みも良いね〜」
「よく人馴 ひとなれしていて、誰が抱えても嫌がらぬ、 さとい様子でいものよな。奇特 きとくなことに尾が短かろう? 南蛮船が乗せてきた珍しい猫、という触れ込みであった」

甲子太郎が、言われて腕の中を見れば、白猫の尾は太く短いものだった。
彼としては見慣れていたため、今まで気にしなかったのだ。

「え、短尾の猫は普通じゃないですか? 尾が長い猫は化けると言いますからね、短尾は良いものですよ。江戸は長い尾の猫の方が珍しかったぐらいです。ああ、ちぐらを用意してあげたいですね〜。猫ちぐら」
「余が知る猫は長い尾ばかりだ。甲子太郎の時代にはこの猫に似たものたちが普通になるのやもな」

氏真は甲子太郎へ近づくと、彼の腕に抱かれる猫を愛おしそうに撫でた。

「城を出払う時は、居残る家臣に預ければ良い。いや、連れて行くというのも無い話ではないな」
「え、戦さ場に猫を、ですか」

言いながら驚いて目を見開く。
腕の中の猫は本当に場馴 ばなれしており、られて驚き、逃げたりは無いようだ。
甲子太郎が未来の知識を探ると、確かにそのような知識自体はひっかかって出て来た。

「猫狂いはどこへでも連れて歩き。戦の陣幕にもこの柔らかな けだものを何匹も連れ込んでは、瞳の有り様が時を知らすから連れている、などと のたまうらしい。全く度し難いな」

そう言いつつ、同病相憐 どうびょうあいあわれむような笑顔が……義元だと思っている者には息子を懐かしみつつ あきれていると見えるだろう笑顔が……氏真の顔にはある。

「如何にする甲子太郎、余が引き取って帰るか? それとも今日から共寝をするか?」
「ふふ……主君からの進物を突き返す訳ないじゃないですか! で、どうするんです。名前、氏真……様が良いんですか?」
「いや、そこは甲子太郎が飼うなら甲子太郎が決めよ。氏真にはせず」
「氏真様にしなくて良いですか」
「他の名にせよ」