John
2023-09-09 07:26:02
21211文字
Public 武新
 

新月記

中島敦著の『山月記』パロディ、シリアス武新。
ねむいさん【@sleeeeepin2】に捧ぐ。
文責は著者にありますので何か不備があった場合は著者の責任です。
アイディアを快くお貸しくださいました。

脇役としてマスター、マシュ。
準主役といっていいかもしれない形で沖田さんが出てきます。
いつのカルデアかはわからなくしてありますが、『昭和キ神計画 ぐだぐだ龍馬危機一髪! 消えたノッブヘッドの謎』後のカルデアで、第2部5.5章クリアからさほど経っていないカルデアを想定するのがしっくりくると思います。
マスターはマスター呼びされるのみで、性別がわからないように工夫して書いてます、好きな性別のマスターを思い浮かべて読んでください。

FGOイベント『昭和キ神計画 ぐだぐだ龍馬危機一髪! 消えたノッブヘッドの謎』の内容。
漫画『ぐだぐだエースRE』の内容。
FGO沖田総司の幕間『ここに』の内容。
などを踏まえてます、ネタバレがあります。

↓地雷持ちの人間が爆死しそうな注意点↓
(この記述自体がネタバレです、あくまで著者が予測して書き出したもので、全ての危険な点を書き出せている保証はありません)

・わずかな台詞だが素人非ネイティブ京都弁あり
・獣化要素あり
・鳥が死ぬシーンあり
・人間が喰われたことを明言するシーンあり
・武新だがセックスシーンなし
・剣術素人が書いた剣戟描写あり
・オチはメリーバッドエンド
・武市と田中が死ぬ


「武市さん、かつてお会いしたことがあります!」

マスターは味方だという言葉に感じた喜びを隠すことなく、嬉しそうに言った。

「そうか、この私ではなく、別の私ということになるが」

相手の武市は冷静に、特に何の感情もこもっていないようにすら聞こえる温度の低い声音で答えた。
その口調から、内心を推し量ることは難しそうだ。

「またお会いできて嬉しいです」

マスターはそんな相手を気にはせず、再会の奇跡を尊ぶ。

「それは僥倖 ぎょうこうだな」

武市も、本音はわからない様子そのままだが、その想いを無下にはしないという風に言葉を紡ぐ。

武市がべるには。
ほんの数日前の昼間、六角牢屋敷 ろっかくろうやしきの前に気づけば立っていた、とのことだった。

己がいるのは京の六角牢屋敷……かつて武市が存命していた頃にもあり、勤王派の志士が多数投獄されていた牢の前だというのはすぐ判ったそうだ。
隣の神社が武信稲荷 たけのぶいなりで、立派な えのきの木もあり確信に変わったらしい。
街並みや家屋の様子は変化していたが、道はほぼ変わっていなかったため、武市はともかく移動して。
かつての、京での寓居 ぐうきょまで行き。
今回は、日の本のため己が理想のために国事 こくじ奔走 ほんそうすることは違うという想いを深めたそうだ。

なにしろ、己の目指した事は自分が死んだ後に大筋で為されて、たとえ違う部分があるにせよ終わった後なのだ。
幕府は すでになく、明治九年の三月には廃刀令 はいとうれいが出され、世は新政府による新しい治世だった。
後は、今、生きる人間が成していくべきで、死人の自分が出る幕はない、そういう想いが強く武市の心に在ったという。

それでも、どうも、この世界は何かの異物が発生したあり得ざる場所であり、本来の流れに戻すため己がこうして呼ばれたのだという『理解』があったという。
何かを為さねばならないという使命感や焦燥感が、現界と同時に武市の心へ刺さっていた。
だが、具体的にそれが何なのかはわからなかったそうだ。
祇園四条で状況の把握に務め、人から話を聞いて、中でも心にかかった事件の聞き込みを重点的に行い、昨日からは現場を確かめるためこの周辺を歩き回っていたとのことだった。

「マスターであるならば。良ければ、君と契約を結びたい」

自分の召喚されてからの行動を説明すると、武市はマスターへさらりとそう申し出た。

「沖田さん……良い?」

マスターは少し不安を込めて、構えを解いてはいない沖田に うかがいを立てる。
沖田は、マスターの不安がわからないというように、あっけらかんと答えた。

「まあ、確かに。さっきから何度かわざと すきを作って誘ってるのに、この人、打ち込んで来ませんし。良いと思いますよ」

隙をわざと作った、という話に武市が反応する。

「やはり誘いがあったか。懸念 けねんはちらりと いだいたが、それでも誘われそうになった。殺意、君を仕留めたい欲があれば私は大きく打ち込んでしまっていただろう。そうなれば此方 こちらにも隙ができる。素晴らしい腕だ」

沖田は褒められて満更でもない様子だ。

「何を、今バレているのでは、何だろうとバレてるでしょう。おっかない腕のかたですね」

沖田は、おっかない腕、と言いながらやっと構えを崩して……屈託なく笑った。
まるで、ちょっと難しいけど楽しい遊びを見つけた、といった具合の笑み。
武市の顔は先程、戦いの最中からずっと端正なまま穏やかだ。

自分たちがカルデアという組織で、特異点の解消を目的としてこの場所にいる事を説明した後。
マシュや管制室からも仮契約の同意が得られ、マスターは武市に握手を求めた。
行動の意味を一瞬、測りかねたようだったが、握手をすれば良いとわかった様子で、武市は手袋を外し素手をマスターの手と握り合わす。
令呪が熱を帯び、支障なく仮契約のパスが通る。

「私はマシュ・キリエライトと申します、よろしくお願いします、武市さん」

マシュも武市に握手を求めた。

「私は沖田総司です、えへへ、かの有名な新撰組最強の沖田さんですよ〜」

この流れは乗って握手しなきゃダメでしょ、というように、沖田もひらひらと手を差し出し、武市と握手をしたがる。

「沖田さん、新撰組最強を勝手に名乗るとか。他の人が聞いたら怒られそうな事をまた」

マスターが呆れ顔でツッコミを入れると、沖田は。

「い、いいんですよ。ここには聞いて怒る人がいないんでセーフです、セーフ。私が強くて有名なのは事実ですし!」

などと、自分の大言に自分で恥ずかしがりながら反論する。
沖田の真名を聞き武市は遠慮するような躊躇 ためらいを見せたが、最終的に握手をして、言った。

「君が、あの。……君は、いいのか? 私は正に、新撰組の恨む土佐の勤王志士だが」
「さっきはちょっと先走りましたけど」

元気よく腕を二度上下させてから手を離し、少しはにかんで沖田は武市に答える。

「息絶えて転がれば唯の肉。そこに、かつて敵味方だったとか、なんだとかはありません。カルデアに来た当初ならもっと こだわったでしょうが。今の私にとってマスターの指揮するカルデアが新撰組です。私はマスターが『斬るな』と言ったものは斬りません。『斬れ』と言われたなら例え神仏であろうとも、何としてでも、斬ります」
……そうか」
「はい。戦場に事の善悪なし……ですので、武市さん。今は味方というなら味方です。この沖田さんの足を引っ張らないでくださいね」

誇らしげに、胸を張った笑顔で沖田は述べた。

……

だが、全員が和やかに新たな戦力を歓迎した空気と裏腹に。
そこで、今まで表情が動かなかった武市の顔が少し曇った。
綺麗な整った顔だが、表情があまり動かないため、その かげりは余計目立つ。
気づいたのは握手をしていた沖田だった。

「どうしたんです武市さん、いきなりぽんぽんぺいんですか? ノッブだったら『トイレ!』とか言いそうな顔してますけど」
「大丈夫だ、何でもない。君の忠義に、少々……在りし日を思い出しただけだ。君は、マスターに身命をして忠節を尽くしているのだな。なんとも清然 せいぜんたる事だ」

何でもないと言うことを裏付けたいように、目を細めて、武市は微かにんだ。
あ、この人、笑えるんだ……と、沖田はそこを意外に思う。
だが、沖田は自分が褒められたらしいという事が嬉しいので、武市の表情の変化などすぐにどうでもいいと思ってしまった。

「でしょう、私はすごいですから。あ、でも小野派一刀流皆伝、でしたっけ? その腕前には興味あります。そういう意味では手合わせ、してみたくない訳じゃないですが」
「今は遠慮願おう」
「ですね!」

調子に乗って、手合わせで済むわけがない試合の申し出を沖田はしたが。
武市はそう答えるのが当たり前というようにサラリと断った。
沖田としては相手の名誉の為にも口にした提案だったが、 なかば予想通りに断られ。
まるで、カフェで話題の甘味を食べないかという誘いをして断られたような気軽さで、彼女は笑った。

気づけば日がとっぷり暮れており、マシュの持つ明かりが四人の足元を照らす。
マスター、マシュ、沖田総司、武市瑞山の四人になったメンバーは、御所周囲の見回りを再開した。
荒廃した公家町 くげちょう……いや、元公家町を進み、禁裏の敷地を囲む築地塀 ついじべいまでたどり着いて、その周囲を回る。

「襟元にバッジも付けていらして、黒いスーツで事件を聞いて回っていたのは武市さんだった訳ですね」

マシュが、武市の黒い服装の中で目立つ、光を弾く襟元のバッジを見ながら言った。

「十中八九、そうなるね」

マスターもマシュの言葉を受けて同意する。
武市は二人を見て。

「確かに事件の聞き込みはしたが……

と一旦、 いぶかしんだ後、すぐに自らの思考で思い いたり。
言葉を紡ぐ。

「ああ、君達も聞き込みをしたのだな。その際に私の情報も得ていたと」
「そうです、格好いい黒いスーツの男性が、事件を聞いて回ってるって」
……そうか」

武市は容姿を褒められて、少し困ったようなそぶりで短く返したあと、黙ってしまう。
ああ、これは格好いいとか言われ慣れてる人だ。
とマスターは思う。
歴史に思いを馳せ、英雄に憧れる人類の想いを写すように。
英霊には容貌 ようぼうが優れたものも多い。
美形だったと逸話があればさらにそれに磨きがかかる。

かつて、SAITAMAの特異点で会った際は、ゆっくり話をする余裕もなく。
あとは以蔵さんの話すことくらいしか知らない人だけれど。
などとマスターは、武市と接する距離感をどうとるべきか、その綺麗な顔を見ながら考えつつ歩む。

その時だった。

暗い天を雷光が裂き、雷鳴が とどろく。
ぽつ、ぽつと落ちた雨粒が、あっという間に量を増し。
見る間に土砂降りになった。

「わっ、降り出しましたね!」
……
「正に滝のようです!」

無言で降り始めに手をかざした武市以外は、きゃっと短く悲鳴をあげた。
マシュは思わず雨に対して盾を構える。

「どうします? 一旦引き上げるか、雨宿りしますか、マスター」

沖田が困惑して思わずというように口走る。
マスターの方が油断なく、緊張して構えていた。

「いいや、沖田さん。もう忘れちゃったの?」
「雷獣は雷雨と共に現れる、と」

武市とマスターが言った言葉に。
そうでした、と沖田は油断を捨てる。

……マシュ、構えた方がいいかもしれません」
「! はい」

四人が、何か不気味な気配を感じながらも、雨の中で雷獣探しを続けようとした瞬間。

まるで地上を走る稲妻 いなずま
輝く電光石火。
雨をものともせず、雲耀 うんようの間に何かが矢のように走った。

「ッ!!」

構え直していたお陰で、マシュの盾の端がその何かを弾く。
衝撃に踏鞴 たたらを踏むマシュ。
魔力のぶつかり合う火花が鮮やかに散る。
雨音がざあざと満ちる暗い夜に、戦いの音が響く。
ダ・ヴィンチの通信が皆の耳に聞こえた。

「みんな、エネミー反応だ! アサシンみたいに突然現れた!」

マスターは号令を出す。

「沖田さん、武市さんは戦闘開始!」

沖田は、呼ばれなかった一人の役目は当たり前、というように後を引き継いで念を押す。

「マシュはマスターの守りを!」
「はい!」

沖田は、疾風 しっぷうのように敵へ駆け寄り、一番に斬りつけるが。
相手は人外の速度、さらに毛皮の防御力で刃を寄せ付けない。
しかし、相対している当人は、見て取るだけではわからない感触を得ているようだ。

「こ……れは!? 刀を弾く力場 りきばのようなものがあります……!」

沖田が苦々しく言う。
マシュは、獣の素早い動きから視線を外さず、ダ・ヴィンチと通信している。

「微かに黄色を帯びて、月か稲光 いなびかりのような色で強く輝く……大きな虎? ネコ科の動物に似た姿のエネミーです」
「こっちにも見えてる、君たちが見ているものとほぼ同じ映像が届いていると思う」

真っ先に飛び込んだ沖田が戦っている間に、良い死角まで移動した武市が一撃入れようと試みるが。
沖田と同じように、肉を切るには至らない。
逆に雷獣の鋭い爪が彼の腹部をかすって、三本の傷を付け。
雨に濡れた白い肌へ、赤く血が にじむ。

「武市さん!」

マスターが心配そうに呼ぶ。

「かすり傷だ」

武市は平然と一言、返事をする。
彼は霊衣をすぐ編み直してしまった。

沖田はそんな武市を尻目 しりめに、彼の作った隙を逃さず、後ろへ回り込んで攻撃する。
しかし、それは尾を叩きつけられて失敗した。
背後から攻撃されたことがよほど嫌だったのか、猫に似た威嚇音 いかくおんが獣の喉かられ。
雷撃が放たれ、光が空をく。

「なかなか忌々しい鬱陶 うっとおしさですね、あの長い尾」

武市がいる付近まで雷撃を かわして移動し、沖田はぼやく。

「尾の長い猫は化けるといいますけど」
「私が後ろから気を引こう、君はその間に正面から」
……わかりました」

武市と沖田は、即興で簡単な打ち合わせをし、互いに敵を挟んで反対側へとすぐに移動する。
二人とも、少人数の共闘と街路での戦闘には慣れている。

……先生?」

そこで、通信のダ・ヴィンチを含む、その場にいる誰とも違う男の声が。
雨音にかき消されそうな小ささで響いた。

何故か、目の前の獣が苦しげにうずくまる。

「おっ、具合でも悪いんですかね、チャーンス!」
「待て」

武市の制止に、一瞬。
マスターの指示じゃないし。
と無視したい気持ちが湧きつつ、思い直して。
先程までの殺気がなんだったのかという切り替えをみせ、 ふく つらで沖田は言う。

「なんで止めるんですか」

武市は、制止しておきながら、もはや沖田のことは視界の外という様子で呟く。

「まさか」

声は、どうやら目の前の獣の口から放たれている。

「先生はないごておいの事ば……

独特の訛りがある男性の声で、雷獣は しゃべっている。
沖田は、ちょっと面白いですね、だからといって殺すことには変わりないですけど、というような雰囲気で。
さして珍しくもなさそうに言う。

「人の言葉をしゃべるんですか、この魔獣」
「その声……

武市は、これまでで最も表情を あらわにし。
正に驚愕 きょうがくしているという表現がふさわしい様子だ。

「おいを……

雨に濡れながら、人斬り二人は獣を挟んで立ち尽くす。
武市が叫んだ。

「その声は、我が義弟ではないか! 田中君、 きみなのか!?」

感情的な叫びと共に、その足が一歩、踏み出す。

「せんせぇ……?」

呆けたような声で、また獣が『先生』と言う。

「ちょっと、武市さん。相手は化生 けしょう、妖怪変化ですよ! 詐術 さじゅつかもしれません」

沖田が最もな事を言った。

「いや、彼は……田中君だ。田中新兵衛、私の、義弟」

だが、武市は呆然と、しかし確信に満ちた声で述べる。

「本当に……先生、です、か」

獣が武市のほうに向き直り、その姿をまじまじと見ている。

「田中君、何故そのような姿に……

武市がふらりと、雨の中もう一歩、踏み出した。
その時だった。

「あああああぁぁああぁあああああ゙あ゙あ゙!!」

え声のような慟哭 どうこくが、雨音をして響き渡った。

「ぁあああ゙! おいは、おいは……ッ! 先生を喰らうなんて、恐ろしかこつ!」

叫ぶと、獣は身を ひるがえし。
軽々と跳躍 ちょうやくし、禁裏内へ入ってしまった。

「あっ、逃げた! 追いかけましょう!」

沖田は何の躊躇いもなく、塀を越えて追いかけようとする。

「何を、今は行幸なさっているとはいえ、その内は禁裏だぞ。許可なく塀を乗り越えて賊のように入ろうだと!?」

武市が度し難いというように拒否を口にした。
沖田は。

「武市さん、難しいようでしたら下がっていて大丈夫ですよ。私がやりますから。知り合い斬るって、できない人が多いみたいですし」

パクチーって苦手な人が多いですよね、とでもいうようにそう口にすると。
軽く塀を飛び越え、御所へ入ってしまった。

「そのような訳には……!」

武市は躊躇っている。
その武市を放って、マスターとマシュは動いた。

「追いかけよう、マシュ、お願い」
「はい、先輩!」

マシュがマスターを抱え、塀を越える構えをみせる。

「武市さん、ここに残ります?」

乗り越える手前で、マシュに横抱きされたマスターは武市に声をかけた。

「ッ……!」

そこで、武市は覚悟を決めたようで。
マスターたちに続き塀を越えた。
しかし、塀を越え、雑草を踏みしだいて着地したところで、思わぬ方向から待ったがかかった。

「ちょっとタンマ! 先ほどのエネミーはこちらが不用意に近づいたら、また身を隠して襲ってくるだろう。最悪、寝ぐらを移してしまうかもしれない。魔力パターンは判別できたから居場所は管制室で追跡できる、こっちが不意を襲う形がいい。ただ分析するのに少し時間が欲しいかな、ほんの二十分で大丈夫」

ダ・ヴィンチの一言で、先行して走り出してしまった沖田にマスターがストップをかける。

「沖田さん、こっちに戻って!」
「えー! なんですかぁ、一気に行ったほうが良いですよ」
「まあまあ」
「調子狂いますね」

沖田は渋々戻ってくる。
マスターは武市の様子が気になり、大丈夫かと声をかけた。

「大丈夫だ、多少、冷静になった。私としたことが、我を忘れて動揺するなど、らしくもないな」
「大切なんですね」
「勤王の士たる私にとっては当然だ、この日本を尊き国たらしめるのは……
「そうではなく、田中さんの事です。田中新兵衛」

田中新兵衛は大切な人か?
そういう内容を暗に問われた事は理解したが。
武市はそれに、そうだとも、ちがうとも答えられなかった。
武市は、長く心の内を探し、どうにもちぐはぐな答えしか見繕 つくろえなかった。

「大切……そうか。そうだったのかもしれないな」
「そんな、だったのかもしれない、とか言っちゃう感じなんですか?」

沖田が遠慮なく、あっけらかんと会話に参加する。

「生きていた頃のあのかたと、武市さん、何かあったのですか」

マシュが遠慮がちに尋ねる。
マスターもそれには興味があった。
SAITAMAの事で、二人の間にただならぬ何かがあるのでは、と思っていても。
マスターは、ほぼ彼らの別れ際しか知らず。
天逆神が言ったことだが、新兵衛が武市から捨て駒にされたらしい事、新兵衛は武市を恨んでいた事。
新兵衛自身が、以蔵や坂本に嫉妬していたと言ってから、武市を逃した事などしか知らない。
その後、今まで名前を以蔵の口から聞かない生前人物の事を、あまりつっこんで尋ねる事も はばかられたため。
結局、何も知らないといっていい、とマスターは思っている。

「話しにくいことかもしれないですが、今回の件には関係あるかもしれないので、宜しければお聞かせ願いたいです」

マスターはそろりと、なるべく丁寧に催促してみた。

武市は少し悩む様子を見せた後。
さらりと、あまり表情も動かさず、簡素に説明を始めた。
生前の己が所業、事実は事実である、死した後まで隠す気が武市にはない。
気立が良く、聡いが平凡な現代日本人のマスター。
関係性の構築がまだ希薄な他人の聞き手というのは。
時に、悩みを抱えてその重さに喘ぐ者の口を驚くほど軽くさせる。

薩州の立場を悪くする必要があり、信頼して預けられていた刀を使い、彼を おとしめた事。
暗殺仕事をさせていた事は確かだが、以蔵にさせた無関係の暗殺に、わざと捕まるよう証拠品を残させた事。
彼には黙ってやった事だが、おそらく察しの良い彼は最期の時に何があったか理解しただろう事。
武市の主観で振り分けられた内容だったが、 おおむねそのような事を、正に説明するというのが相応しい様子で彼は語った。
長州から新兵衛を使う提案があったことを述べるのは、ただの言い訳であり、言う必要がないと判断した武市はその事実を削った。
また、勝海舟と龍馬の繋がり、彼らと接近する以蔵の振る舞い、姉小路の思想転換で暗殺が起きた成り行きなどを武市はこの場で語らない。

「そんな……

マシュが、悲痛な表情をする。

「何なんですか、それって」

沖田は、低く怒りを込めた声音で言った。

彼女にしてはとても珍しかったが、マスターには沖田が何を いきどおっているのか、この時点で何となくわかった。
彼女は、マスターと同程度だがSAITAMAのことは知っている。

「残酷な現実であっても、ありのままを話す事が誠意です。誠です。真実を隠し、遠ざける事は優しさでもなんでもありません」

沖田はその声音、そのままで。

「彼は死ぬ覚悟なんてとっくにできていたんでしょ」

思わずというように、一気に言う。

「『私の為に死んでくれ』と一言頼めば、貴方のために彼は喜んで死んだし、それがきっと幸せだったのに。どうしてそうしてあげなかったんですか。彼は貴方のこと、恨んでますよ。死にかたに未練があるんです」

何故そういう話になるのか、わからない様子で、マシュは沖田の名を呼ぶ。

「沖田さん」
「そうか、そうだったのかもしれないな……

武市は、内心が伺えない綺麗な顔で、ただの相槌 あいずちのように述べた。
マシュは、そこで思わずといった風に反論した。

「死ねと頼むなんて、非道すぎます。それは、伝えずにいるほうがまだ……というかそもそも作戦が非人道的です! 沖田さんのいう事は、私は違うと……

カルデアの備品扱いであった彼女からすれば、なんとも健全な情緒 じょうちょの育ち方を裏付ける一言だった。
しかし、沖田は、今度はマシュに反論を返す。

「いいえ、違いません! マシュの常識とは違うでしょうけれど。己の忠義に じゅんじ、できれば華々しく戦って散る。それが武士の ほまれというものです。死ぬ事は当たり前なんですよ」

武市は、沖田の真名を知った際に得た知識と彼女の感情から、憤りの意味を察したらしい。

「君は、病死だと召喚された私の知識にはあるが、やはり悔いがあるのか……
「へえ、ちょっと斬り合ったくらいで。私の無念、判るんですか?」
「君の手が、人斬りの手だからだ」

武市はそう言って、訥々 とつとつと、さらに語った。

「あの時代を私も生きた。最終的には郷里 きょうりで獄に囚われたが。獄中でみる間に体力が落ちて行った。おそらく釈放 しゃくほうされるだろうと思っていた私は、国のために刃を握って死ぬまで死ねないと思った。それでも仲間の拷問される様が辛く、どうせなら私が早く代わりに絞め殺されればいいとすら思った。まかり間違っても、せめて腹を見事に切りたいと願った。ともかく不名誉な打首での死を上回るかもしれないほど、床の上で死ぬのは御免 ごめんだと思ったのだ」

武市は、はっきりと宣言した。

「畳の上で平穏に死を迎えるのは、恥だ」

沖田は、人を刺し貫く時のような殺気を帯びた視線のまま、武市をさらに問い詰める。

「なんでそこまでわかっていて事情を話さなかったんですか、頼まなかったんですか……
……私は」

そこで、武市は、本当に寂しそうな笑みを浮かべた。

「私は、彼ならば分かってくれると信用した。だが、それはただ言葉を惜しんだだけで。田中君の心を真に考えてはいなかったのかもしれないな。そのくせ、彼の命を思うままにしていいと考えるほどの傲慢 ごうまんは抱いていた」

そこまで聞いて、誰も何といったらいいか答えかねた。
小雨になった雨だけが、四人の上に降り注いで。
音を立てていた。

「お取り込み中すまないけど、先ほどの仮称『雷獣』の解析結果が出たよ」

全てを聞いていただろうに、特に躊躇いもなくダ・ヴィンチは沈黙を破る。

「亡霊は土地や物に染み付いた死者の記憶が、形を持って彷徨 さまようものだ。それが、御所に落ちた雷のエネルギーを受け、増幅され。歳へた野良猫か何かの魂を核に形をなし魔獣になったものだろう」

続けて、ダ・ヴィンチは説明した。

「もともとそういう魔が生まれやすい土地柄なんだろうね。さらに今は聖杯の欠片と言える魔力の濃さで、半端な召喚をされたサーヴァントのような振る舞いもしている。確かに、霊核と言える部分にサーヴァント田中新兵衛と近似する反応がある。シャドウサーヴァント、と言ってもいいかもしれない」
「じゃあ、武市さんは田中さんの連鎖召喚……むしろ、カウンターかもしれないね」

マスターが考えを述べた。
ダ・ヴィンチはそれを肯定しつつ、続ける。

「怪物と化して人を喰い、 ちまたの噂になる事は、おそらく相当な苦しみを伴う存在の仕方だろう。解放してあげたほうがいい」