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記憶なし墨燃が雄っパブで働いてる話

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 あんな事があったからもう来ないだろうと思っていた。
 指名が掛かった途端、墨燃はポケットに忍ばせていたハンカチを握り締め慌てて席へと駆け出した。
「来てくれたんですね!」
……うん」
「あんな事があったから、もう愛想を尽かされた
かと……
 ホッと胸を撫で下ろしながら告げると、楚晩寧は先日の事を思い出したのか僅かに頬を赤らめた。
……仕事が忙しかったんだ」
「そっか……あ、ハンカチ返そうとずっと持ってたんですけど、くちゃくちゃになっちゃって
 墨燃はポケットから海棠花の刺繍が入ったハンカチを取り出すと身体を寄せ楚晩寧の耳元で囁いた。
「あの後、このハンカチでヌいたんです」
「ゴホッ
 丁度ドリンクを煽っていた楚晩寧は突如投下された爆弾に思わず咽せ込んだ。瞳を見開きながら受け取ったハンカチを見つめるとわなわなと震え出した。
「あ、ちゃんと洗ってあるので大丈夫ですよ?」
「当然だ!」
 恥知らず!と詰る楚晩寧の声を聴きながら墨燃は密着するように身体を寄せる。どうにもこの美しい男が気になってやまないのだ。
 今日はどんなセクハラーーいや、サービスをしようかと画策していると、墨燃から少し腰を引いて逃げた楚晩寧が自身のカバンから一冊の求人情報誌を取り出した。
「もっとマシな仕事を見つけろ」
「え?俺、今職場で他の仕事幹旋されてる?」
 ぱちりと瞳を瞬くと、真剣な表情で求人情報誌を突きつけてくる男が可笑しくて仕方がなかった。
 ガチ恋で迫って来る子は過去にはいたが、転職を迫って来る男は初めてだった。
「でも俺、今住むところもなくて金もないんですよ
ね」
……今はどこに」
「ここで寝泊まりしたり、友達の家を転々と
 墨燃は暗に濁したが友達とは引っ掛けたワンナ
イト相手の事である。
 墨然の言葉を聞いた楚晩寧は眉を吊り上げ、薄い唇を引き結ぶと意を結したように「私の家に来ればいい」と宣った。
「え?」
 墨燃はキョトンと目を丸くした。
 やけに好感度が高いとは思っていたものの、ただの通っている雄っパブ店員にここまでするだろ
うか。
……そうやっていつも男を誘ってるの?」
「ふざけるな!」
「冗談!冗談だって!」
 激昂する楚晩寧を宥めながら墨燃は思案した。
 楚晩寧のテリトリー、非常に興味がある。常住するかは置いておいて、ついて行ってみるのもありかもしれない。あわよくば喰らいたい。
「晩寧がいいなら……今日でもいいの?」
「き、今日は無理だ」
 突然顔色を悪くした楚晩寧はサッと顔を背け何かを考え込んでいた。部屋に何か見られたらまずいものでもあるのだろうか。
「なら、連絡先交換してよ」
「あ、ああ………
 こっそりと連絡先を交換した後、その日は慌ただしく帰っていった。悪戯は出来なかったが、次のお楽しみが出来て墨燃はうっそりと微笑んだ。
………
 慌てて帰宅した楚晩寧は、バクバクと高鳴る心臓を宥めながら熱い頬へ手を当てた。
 今世でも苦労をしている様子の墨燃を見ていられず、勢いで咄嗟に言った言葉に記憶の無い彼が承諾するとは思ってもみなかった。
 墨燃が、この部屋に、来る。
 ドキドキと弾む心臓を押さえつけながら、リビングの灯りをつけると、周り一面に散乱した本と畳まれずに散らかした衣服が散乱している光景が照らされた。
…………
 楚晩寧は汚部屋を見渡しながら溜息をついた。
 人を招き入れる前にこれをどうにかしなくては
ならなかった。
 ふとポケットに入れたハンカチを思い出し取り出すと、墨燃がずっとポケットに入れていたため少し皺がついていた。
 楚晩寧は吸い寄せられる様にそのハンカチを鼻にあてるとスゥと深く息を吸い込んだ。
 自身のものとは違う若い男の匂いがした。墨燃
の匂いと彼がこのハンカチを使って自慰をしたという事実が楚晩寧の興奮を煽り、ぞくぞくと背筋が粟立った。
 とろりと潤んだ瞳を閉じ、墨燃の香りに浸るとまるで彼に包まれている様に感じられる。
「墨燃・・・・・」
 前世で馴染みのある香りが楚晩寧の心を満たし、同時に彼に抱かれ慣れた記憶が今の楚晩寧の興奮を掻き立てる。そろりと兆し始めた下半身に手を伸ばすと、楚晩寧はハンカチに顔を埋め深く息を吸った。
 掃除をし始めるのはもう少し後になりそうだ。

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