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yoshi_R_K
2026-01-15 14:53:08
10359文字
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類司
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類司短編
何も起こらない日常の類司さんを書きたくなりました
ちょっとずつ追加していきたい
1
2
3
それを知らない
「ストップ」
類の鋭い声に、ステージ上で動いていた寧々と司の動きが止まる。演技をしていた表情は素の表情に戻って、すぐに司の顔が悔しそうに歪む。自分が止められた原因がわかっている顔だった。
「悪い」
「
……
うん」
ぼそりと謝罪の言葉が吐き出される。それは相手役をしていた寧々に向けられたものだったが、その悔しそうな顔に頷くしか出来ないようだった。
彼がどこに躓いているのかはわかっているからこそ、寧々も下手に慰めの言葉もかけられないのだ。役者としての矜持は類に比べれば二人の強い。
座っていた状態から立ち上がり、司は顔を上げて声を張り上げる。
「もう一度、」
「待って。一旦休憩にしよう」
「だが
……
」
「わたしも、一回休憩したい。このシーンの心情をもう少し考えたいの」
向上心が高く、挑戦を続けようとするのは司の良いところだ。しかし今のまま闇雲に演技を続けたところで得るものは少ないだろう。
止める言葉に食い下がろうとするも、すぐに寧々が声を上げる。まだ立ち稽古を始めたばかりで役を掴み切れていないのは寧々も同じだ。流石の司も引き下がるしかなく、小さく息を吐いた。
少し張り詰めた空気の中、裏でカウントをしていたえむがひょっこりと袖から顔を出す。
「じゃああたし飲み物買ってくるね!みんなもいる?」
「あ、ならわたしも一緒に行く。少し歩きたいから」
「ほんとっ!?じゃあ寧々ちゃんいこ!」
よほど嬉しかったのか、えむはぴょんぴょんと飛び跳ねて寧々へと抱きつく。いつもながら急なハグに驚きはしつつも満更でもなさそうな寧々に思わず頬が緩む。
律儀にこちらへも確認をしてから楽しそうに走って行くえむたちを見送って、司が大きく溜息をついた。
「まったく。元気だな」
「フフ、そうだね」
腰に手を当てながら呆れたように零すその目は柔らかく、彼も類と同じように微笑ましいと思っているのだろう。
二人の背中が見えなくなって、司は舞台袖に置いてあった台本を手に取りステージの縁に腰掛ける。先ほど稽古をしていたシーンのページを開いて、顎に手を当てながら考えているようだった。しかし眉間に寄っている皺を見るに、あまり芳しくはないようだ。
「君が今詰まっているところだけど」
「
……
わかってる。役が掴み切れていないんだ」
台本へ向き合っている司の隣に座りそう声を掛けると、食い気味に返答される。先ほど演技を止めた時も似たような反応だったから、きっと彼の中で躓いている理由もはっきりしているのだろう。
司は自分とはかけ離れた役を掴むのに少し時間がかかる。確かに彼は己に経験がないものに対しての理解は少し乏しい面がある。それでも自分の経験と折り合わせてものにしていく姿は尊敬の念に堪えないが、それまでの過程で苦しんでいるのを見るのはどうにも心苦しい。
「もしよければ、どういうところで悩んでいるのか教えてくれないかな」
ぴくり、と司の肩が揺れる。台本へ向けられた視線はそのままに、眉間に皺が寄ったのが見えた。相談するかしないか逡巡しているのだろう。
ややあって小さく息を吸う音が聞こえたと思ったら、すっと司の右手が台本の上をなぞった。
「恋がよくわからない」
弱々しい声が台本へ吸い込まれていく。落とされた声は彼が思い悩む時に出てくる、普段はあまり聞かない声色だ。
今回司が演じるのは恋に振り回されて悩む男の役だ。普段自分たちが選ぶことのない題材ではあったが、たまには変わった演目をしたいという司の言葉に全員頷いた。
しかしやはり普段演じることのない感情だからか、理解に難航しているようだ。
「ふむ。例えばどこがわからないのかな」
「そうだな
……
。この、『君が他の男を見ているのが気に食わない』というシーンがあるだろう」
「うん。男の独占欲が滲むシーンだね」
「何故こいつは周りを排除することばかり考えて自分を見てもらおうとする努力をせんのだ!彼女に見てほしいのであればまず己を磨くところからではないか!?」
ばっと顔を上げた司は、まるで理解が出来ないとでも言いたげに叫ぶ。力強いその声は至近距離で聞くと耳に悪く、頭の奥で耳鳴りがした。
あまりにも司らしい言葉に、どうにも口角が上がる。綺麗に装飾された恋物語しか知らないのか、それとも彼が恋をしてもこの純粋な気持ちを持ち続けられるのか、胸の内でそわりと好奇心が揺れた。
ともあれ今は彼の役への理解を深めるところだ。一度咳払いをしてから司へと向き直る。
「そうだねぇ。司くんは自分だけを見てほしいと思ったことはないのかい?」
「ないな」
きっぱりとした返答に、そうだよねぇなんて返事を返す。司は注目されることが好きで、常から自分を見ろと主張はしているが、その中に独占欲のようなものは含まれていない。それは近くで見ていてよくわかる。
その上で特定の誰かに見ていて欲しい、という感情もあまり見えないから、役の男への感情移入が出来ていないのだろう。
「
……
その、司くん」
「ん、なんだ?」
「少々配慮に欠けることを言ってもいいかな」
ふと思いついたことを口に出しそうになって、慌てて確認の言葉を出す。
思い出したのは、彼の家庭環境のことだ。妹の咲希が病気がちで寂しい気持ちを抱えてきた過去のある彼は、きっと自分をもっと見て欲しいと思ったことだってあるのではないだろうか。その経験があれば、きっと今回の役の感情には落とし込みやすいだろう。
しかし他人の家庭環境について口を挟むのは些か踏み込みすぎだとも思う。司の役作りの方法を今後も続けていくのであれば、彼の人生を切り売りしていくことになる。けれどそれを今行って良いのかは迷うところだ。
類が迷っていることに気がついたのだろう、司はぱちりと目を瞬かせてから、会得がいったように頷く。
「気を遣わなくていいぞ、類。そうだな、確かに両親にオレを見て欲しいと思ったことはあったかも知れない」
結局類が口に出すより先に察した司が口を開く。こういう時ばっかり察しの良い司は、尻込みする類から言葉を奪ってしまった。
言わせてしまったことに反省をするが、それも見越してか口を挟む隙もくれずに続ける。
「だが両親に自分を見てほしいと思うよりも、オレが一人でいることに咲希や両親が悲しんでいる方が嫌だったな」
「なるほど。君らしいね」
ここで謝るのは言葉にして伝えてくれた司を侮辱するにも等しい。だからそれは言わず、今は演技の糧にすることだけを考えようと彼の言葉を咀嚼する。
目立ちたがり屋で自分に自信があり、悩むことがあっても後ろ向きになることはない。そして何より相手の笑顔を優先することが出来る人だ。つくづく、今回の役とはかけ離れた存在である。
もしも司がこの役と同じ状況になったら、潔く身を引くのだろうか。
「役のオーディションにしても、他人に役を取られたとして君は自分の実力不足だけを嘆くのだろうしね」
「うん?まあ、そうだな
……
。ふむ、役か」
何か思うところがあったのか、類の言葉に頷いてから目を閉じる。むむむ、なんて唸る姿はあまりピンとは来てはいないだろうが。
少しして、司は息を吐いて首を横に振る。
「
……
いや駄目だ。ショーに対する気持ちを恋として落とし込めないかと思ったが、やはりどうにも重ならんな」
「そうかい。確かにショーへの想いと重なれば掴めるものはありそうだけれどね」
ショーへ向ける想いは他の感情に比べて一等飛びぬけている。それは類も司も変わらないだろう。
恋心はどうしてか人間の感情の中でもかなり激しさを伴う感情であることが多い。以前ショーでも他人と交わることの出来なかった自分のことを片思いだと表現したように、ショーに対する激情は恋にも通ずるものではあると思っている。
けれど司にとってのショーへの想いと、台本に書かれている情動はうまく重ねられないようだ。
さてここで自分が彼のために役に立てることはあるだろうか。きっと司ならどうにかして役を理解し深めてくれることだろうけど、出来ることならその手助けをしたいと思う。それはショーの完成度を上げるためでもあるし、友人として彼の助けになりたいという気持ちもある。だが根底には、そんな純粋な想いとは違う感情があるのも、また事実だった。
「全く
……
。振り向かせたいのであれば相応の努力をするべきだというのに」
司は再び台本へ視線を落とし、その台詞とひとつひとつなぞっている。この男の気持ちがわからないのは、ショーにとってはマイナスになり得るものだが、類個人としては嬉しく感じてしまうものだ。
きっと、自分を見てほしいと思っているのに、尻込みしてしまう類の気持ちも彼にはわかりはしないだろう。
「『私は君を愛しているというのに、どうして君は私を見てくれない』」
「類?」
突然立ち上がり台詞を言い始めた類に困惑した声が向けられる。まあそうだろうなと思いながら、続けて台詞を読む。
「『ああ憎い。君がその瞳に映すすべてが憎い。私を映さないのに、どうしてその男を映すのだ』」
このシーンは想い人に恋心を告げることすら出来ていない男が、卑屈になって彼女の視界に入るすべてを憎む場面だ。彼女には他に想い人がいるわけでもなく、男も想いを告げていないのだから見てもらえるわけがないというのに、見てもらえないと駄々を捏ねるのだ。
臆病だというのに傲慢で自分勝手。確かに司には掴みづらい役だろう。どちらかと言えば類に近い役なのだ。
「僕なりの解釈で演じてみたけど、どうかな」
ぱ、と表情を笑顔に戻して司へと振り向く。類の解釈をそのまま語って聞かせるよりこちらの方が良いと思っての行動だったが、当の司はこちらを見上げてぽかんと口を開いている。
類の演技が見慣れないわけでもないのに、どうしてそんなに驚いているのかわからず首を傾げた。
「司くん?」
「えっ、あ、ああ、すまん。ありがとう、類。何か掴めそうだ」
「そう、それならよかったけど
……
」
明らかに動揺している様子に、今の演技に何かおかしなところでもあっただろうかと思案する。流石に司への想いに気付かれたとは思えないが、何か邪な気持ちが滲んでしまっていただろうか。
司は口を開いては閉じ、あーとかうーとか唸り声をあげている。聞きたいことがあるが聞いていいものか悩んでいる、そんな様子だ。
しばし思案して、一度深呼吸をするとこちらへ向き直った。
「類は、恋をしているのか」
彼の口から出た問いに、思わず息をのんだ。気付かれても仕方がないとは思っていたが、司はあまり気にしないと思っていた。もしくは、触らないでいてくれると期待していたのかも知れない。
なんて答えるのが正解なのだろう。ここで嘘を吐きたくはないが、素直に答えるのも何か違う気がしてそっと息を吐く。
「
…………
そうかもね」
「そう、か
……
」
曖昧な返答に、しかし司は確信を持ったようで小さく零す。正直類の恋心なんて寧々は既に知っているし、感情の機微に聡いえむにも気づかれていそうな雰囲気ではあるから、知られて困るようなものではない。恋する相手が言えないだけで。
今ここでは司が恋を理解できないのも、類が恋をしているのも些細な話で、重要なのはそれをショーに役立てることができるかどうかだ。自分たちはどこまで行ってもショーバカで、どんなものでも糧にしてショーへ落とし込むのをよしとする。
だから彼が類が恋をしているのかを気にするとは思っていなかった。何か気に障ることでもあったのかと内心疑問に思いながらも、冷えた空気を温めるように意識して明るい声を出す。
「フフ。僕のプライベートがそんなに気になるのかい?」
「
……
オレは、未だ知らない感情が多すぎるな」
「そうかい?でも想像して膨らませることは出来ているだろう?」
「それもまだまだ足りていないと痛感した」
ふう、と溜息を落とした後、司は勢いよく立ち上がって片腕を上げる。
「だがそれは伸びしろがあるということだ!ハーハッハッハ!」
「おやおや、急に元気になったねぇ」
先ほどまでのしおらしさはどこへ置いてきたのか、声を上げて笑い出した司に乗っかって笑みを零す。未だ彼の悩みは晴れていないだろうが、ほんの少しやる気を鼓舞する効果ぐらいはあったようだ。
やがて戻ってきたえむと寧々が司の高笑いを聞いて、ぱちぱちと瞬きをする。
「うるさ
……
。ちょっと類、なんでこいつ笑ってるの」
「さあ、僕にもわからないな」
本当はわかっているけれど、おどけて言ってみれば寧々は追及するのを諦めたのか溜息を落として司の方へと歩み寄る。直接文句を言ってやろうということらしい。
わいわいと話している二人を見ていると、袖がくいと引かれる。目を向けると、何か言いたげに眉を下げたえむがこちらを見ていた。
「類くん」
「どうしたんだい、えむくん」
「司くんと何かあった?」
「大したことはなかったけど
……
。どうして?」
確かに多少悩んでいる節はあるが、今までも役作りで悩むことは少なくなかった。だからあまり気に留めていなかったが、えむが気になるほどには沈んでしまっているのだろうか。
「うん
……
。なんだか司くん、ぎゅぎゅぎゅってしてるから」
えむはきゅ、と唇を強く閉じて心配そうに司の方を向く。これだけ言わせるほど、彼の心は揺れ動いているのだろうか。
司の様子が変わったのは類が演技をしてから、いや恋をしているかを聞いてきたあたりだろうか。一体何故だろうと頭を捻る。
自分に出来ない演技が類に出来たから、ではないだろう。であれば、類が恋をしていることに何らかの動揺があったのかも知れない。
お互いショーに恋をしているようなものだから、人間の想い人を作って裏切られたように思った、とか。でもそれならその場で普通に言ってしまうような気もする。
他人の気持ちなんてわかるものではないなと肩を落としながら、えむへと向き直る。
「僕も少し注意してみるよ。教えてくれてありがとう」
「うんっ!司くんのことよろしくね!」
にっこりと笑って頷くえむに、類も笑顔になる。やはりみんな笑っている方がいいななんて思っていると、いつの間にかステージの上に移動したらしい司と寧々がこちらを見ていた。
「えむー!類ー!稽古を再開するぞー!」
彼らしい大きな声に笑顔を返す。えむの言うように思い悩んでいる様子は見えない。
きっとまた一人で悩んで一人で解決してしまうのだろうな、なんて考えながら彼の待つステージへと足を向けた。
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