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yoshi_R_K
2026-01-15 14:53:08
10359文字
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類司
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類司短編
何も起こらない日常の類司さんを書きたくなりました
ちょっとずつ追加していきたい
1
2
3
幸せの色
「幸福の色は何色だと思う?」
二人きり、他に誰もいない教室で、そんな言葉がぽろりと零れ落ちた。
一つの机に向かい合わせて広げていたノートを見ていた司は、その声に応じて顔を上げるとぱちりと瞬いた。
「色?」
「そう、色」
短く問いかけてきた彼の言葉に、そのまま返すとまん丸の目はそのままに首がぐぐと横に傾く。あ、これ、ぴんと来ていない顔だな。
まあ確かに抽象的な話ではある。下手したら幸せとは何か、を問いかけるより難しい話かも知れない。いや、どっちもどっちだとは思うけれど。
「自分語りになってしまうのだけれどね。僕は最近まで世界はどこか色彩を欠いているように見えていたんだ」
「ああ、そういう話か」
「そういう話だよ」
ようやく得心がいった、というように頷いた司を視界に入れながら、類もぼんやりと思考を巡らせる。なんとなく思いついたから言ってみただけだったのだけれど、口に出してみれば司の答えが気になって仕方がない。そもそも司自身に興味が尽きないのだから、彼の考える幸福というものを一片でも垣間見たい気持ちがふつふつと沸いてきているようだ。
司は持っていたシャーペンのキャップを顎に当てながら、ふむなんてそれらしく声を出す。
「確かに、物語などでも幸福を感じると世界が色鮮やかに見えるなどという描写はよく見るな」
「だろう?僕も、まさか己で体験するとは思わなかったよ」
「つまり類は、色鮮やかになった世界で、一等幸せを感じる色があるということなのか?」
「うーん、ちょっと違うな。世界が急に色に溢れたものだから、目が慣れていなくてどの色が幸せなのかよくわかっていないんだ」
言いながら、少し声が弾む。どうしても楽しくなってしまうのは、一見くだらないかも知れない問答に真剣に付き合ってくれるからだろう。
顎に手を当ててじっと考え込んでいた司は、しかしすぐに答えは出なかったようで唸るように呟く。
「幸福の色か
……
」
「フフ。なんだか、そういうタイトルの戯曲とかありそうだよね」
「探せばあるんじゃないか?」
言いながらも机の上に置いてあるスマホへ手は伸ばさない。むむむ、と眉を寄せながら類の言葉を真剣に考えていてくれる。
そういうところがひどく嬉しいのだと、彼は気づいているだろうか。
ふと脳の引き出しにある知識を思い出して、そういえばと口を開く。
「一般的に幸福の色と定義されているのは、青色だそうだよ」
「そうなのか?」
「幸福と平和の象徴だって」
「ふむ。そういえば、白い鳩が平和の象徴と聞いたことはあるな。ならば青空ということか」
「そうかもしれないね」
晴天というものは、一般的にはいい天気と言われるものだろう。確かに晴れているとワンダーステージのような野外ステージでのショーはやりやすいし、以前行っていた路上パフォーマンスもそういう日を狙っていた。
けれどテレビのアナウンサーが敢えていい天気だなんて言わないように、それが好ましいと思わない場合もある。
屋上から見る雲一つない青空がひどく息苦しいだなんて、司は経験があるだろうか。
そんな詮無いことを思い出していると、司は何かを思い出したように顎から手を外して指を立てる。
「青空か。幸福の色とは真逆になるが、えむは夕暮れが苦手だったな。寂しくなると」
「ああ。確かに真逆だけれど、でも考え方は近いね。えむくんにとっての寂しい色は夕暮れ色なんだろう」
「ならばえむにとっての幸福の色は、もしかしたら青色かも知れんな」
「そうだねぇ。でもえむくんは感情豊かだから、青色以外にも幸福の色はあるかもね」
脳内に元気な桃色が跳ねる。喜怒哀楽がはっきりしていて感受性も人より高い彼女の世界はどれだけカラフルなのだろう。
それを想像して口元を緩ませていると、ぱちりとひとつ瞬いた瞳がすっとこちらを見据えた。
「お前も、そうなんじゃないのか」
「うん?」
「色とりどりの世界で何が幸福の色かわからないと言っていただろう。その色彩ひとつひとつが、すべて幸福の色なのではないか?」
一瞬言葉を飲み込むことが出来ず、目の前の司を見る。
「ああ、それは考えもしなかったな」
目の前に広がる司の色に、思わず目を細める。彼はいつ見ても眩しくて目に痛いのに、不思議と目が離せない。
色に溢れた世界が少し目に痛いな、なんて思うことがあってもそれが嫌にならないのもきっと同じ理由なのだろう。なるほど、これが幸福の色なのかも知れない。
一つ息を吐いて机に頬杖をつき、再び彼の黄金色の瞳を見つめる。強い意志の篭ったそれは、何度見ても綺麗だ。
「じゃあ、司くんにとっての幸福の色って何?」
「む。オレにとってのか」
「そう。君にとっての」
意外そうにこちらを見つめる司にゆるりと頬が持ち上がる。こんな取り留めのないことを真面目に考えて問答してくれる、それだけで胸が暖かかった。
眉を寄せて真剣に考えてくれている様がどうにも嬉しくてじっとその顔を見ていると、彼はこちらを見て一瞬目を見開いた。
「
…………
金色」
「ん?」
「ああいや、なんでもない。確かに、問われてみると難しいかも知れんと思ってな」
ぽそりと呟かれた言葉に首を傾げると、司は取り繕うように口を開いて、すっと視線を逸らす。もしかしたらずっと彼の瞳を見続けていたことが不快だったのかも知れない。
悪いことをしたな、なんて思いながら視線を机の上に落とすと、とつとつと人差し指で机を叩く彼の手が見えた。
「オレにとっての幸福は、まず咲希が元気でいることだし、その次にショーで皆を笑顔にすることだ。だから、色で表すのは難しいな」
目を伏せたまま口元に小さく笑みを浮かべながら答える。確かに彼にとっての幸せはいつでも家族、特に妹が常に根強く関わっている。
類とて両親のことは好きではあるし、家族仲も良好な方だと思う。けれど司のように己の幸せに家族がいるということはない。
幸せの形が違うのだなんて当たり前のことだと言うのに、どうしてか残念な気持ちが胸の奥で燻っていた。どうしてこんな風に思うのかもわからず、適当に相槌を打とうとしたところで司が顔を上げた。
口元には変わらず笑みを浮かべて、しかしどこか照れたように肩を竦めた。
「でも、そうだな。今窓から見える色は、幸福の色かも知れん」
「
……
そうなの?」
「お前と話していると時間を忘れて、気付けば太陽が傾いていて窓から差し込む色が橙色になるだろう?そんな色をたまに愛おしく感じてしまうときがある」
目を細めながら窓の外へ視線を向けるその横顔に、一瞬息が止まる。もし類が画家であったなら、今見えているこの光景をキャンバスへ描き殴っていたかも知れない。
詰めていた息をどうにか吐きだして、動揺を隠すように司へと向き直る。いつも通りにと思った声は、少しだけ震えていた。
「それは、僕との時間を幸福だと思ってくれていると、勘違いしてもいいのかな」
「何故勘違いなんだ。馬鹿め」
ふは、と彼にしては控えめな笑い声が漏れる。静かに笑みを湛えるその表情は、まるで愛おしいものを見つめているようでなんだか落ち着かない。
「お前との時間は幸福に決まっているだろう」
「そう。うん、そうか。ありがとう」
「はは。なんだそれ」
まっすぐな言葉が恥ずかしくて思わず下を向く。顔が熱いから、もしかしたら赤くなっているかも知れない。夕日にあてられたのだと誤魔化せないだろうか。
司は机に頬杖をついて、再び窓の外へ顔を向ける。どこか寂しげな表情をしながら、声は穏やかだ。
「ずっと話していたいと思っていても、空が夕暮れになると時間を思い出してしまうから、確かに寂しいとは思う。だが、そんな色になるまで夢中になれる時間は、やはり幸せだろうな」
それに釣られて類も窓の外へと顔を向ける。夕焼けの色濃い橙は、どこか司の瞳に似ているような気がして確かに綺麗だと思った。
「フフ。困ったな。幸福の色がどんどん増えてしまう」
「いいことではないか。幸福など、どれだけ多くても良いのだからな」
自信満々に胸を張って言う司に、そうだねなんて返事をする。
司と出会ってから、本当に様々な幸福を感じている。もしも彼に出会えなかったらまだ色のない世界で生きていたのかも知れないと思うと、想像するだけでおっかない。
類の世界で一番色鮮やかに見えるのは司の色だなんて言ってみたら、どんな反応をするのだろうか。君と見るから幸福なんだよなんて、言えやしない言葉を喉の奥に飲み込んだ。
「そろそろ帰ろうか」
「
……
そうだな」
声を掛ければ、窓へ向けていた顔をこちらに向けてへにょりと眉を下げる。まだ帰りたくない、そんな表情に胸が温かくなる。司も、類との時間を名残惜しんでくれるのだ。
「そんな顔しなくても、明日もあるだろう」
「まあ、そうなんだがな」
「何かやり残したことでもあるのかい?」
しかし聞き分けが良い司がこうも腰が重いのは珍しい。常であればぐずる類を引っ張っていくのは司の方である。
何か理由があるのかと首を傾げれば、彼はあー、と口籠りながら頭をかいた。
「大した理由じゃないんだがな。その、もう少し幸福の色を見ていたかっただけなんだ」
「フフ。そんなに夕焼けが気に入ったのかい」
「いや
……
」
迷うように口を閉ざしながら、司はじっとこちらの顔を見る。何か変な顔でもしていただろうか。こちらの目を覗き込んでいるようで、その夕焼けに似た瞳に類のぼんやりとした顔が映っていた。
一体何なのだろうと思いながらも見つめ返していれば、ガタリと音を立てながら司が椅子から立ち上がった。
「
……
帰るぞ!」
「ええ、ちょっと。何なんだい」
「満足した。そろそろ帰らねば夕飯の時間になってしまうからな」
言いながら、鞄を持ってこちらの腕を握って早く来いとばかりに引っ張ってくる。帰ろうとしなかったのはそちらだというのに、全く横暴である。
けれどその強引さも嫌いになれないのだ。溜息を吐きながらも握られた腕の体温を感じて顔が緩む。
ふと廊下の途中で足を止めた司がこちらを振り向いた。少し見上げるように視線を合わせ、どこか緊張したような堅い声を落とす。
「今度、類の幸福の色も聞かせてくれ」
「
……
もちろん」
そう答えれば、司は心底嬉しそうに笑って再び歩き出した。一体何が彼を喜ばせたのかわからないまま、類もその背中を追った。
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