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しちろ
2026-01-03 17:44:39
28146文字
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文庫版『いつかの宝石泥棒編』サンプル
1
2
3
【三】
海の記憶を映す神秘のサファイア『青い瞳』
核の主は、名をサフォーと言ったらしい。
先ほどカイが知ったところによれば、珠魅は二通りの存在に分けられる。すなわち、戦う『騎士』と、癒す『姫』
異なる役割同士でパートナーとなり、行動を共にする。
瑠璃と真珠姫も例にもれなかった。剣士の瑠璃は騎士、真珠は呼び名通りに姫。
サフォーは姫であったらしく、戦う力を持たなかった。自分を守る騎士はもういない。自分を守って死んでしまったのだと、生前語っていたそうだ。「パートナーをもっと大事にすればよかった」とも。
――
彼女が自分の命を捨ててまで守ってくれた命だ。宝石泥棒に盗られてしまうくらいなら
……
どうか、君に持っていてほしい。
騎士のいない姫など、悪意ある者に狙われれば、殺されるしかなかった。
サンドラの予告状を受け取った彼は、ためらうことなく自らの核を外して友人に託したのだという。
友人とは、すなわち、ザル魚君。
そうすることを選んだサフォーの真意は、今となっては想像することしかできない。本音を言えば、カイは共感しにくい。カイの見たザル魚君は高慢ちきで意地悪で、とことん嫌な奴でしかなかったからだ。
けれどきっと、サフォーには違ったのだろう。大事な友だったのだ。彼になら自分の命を託してもいいと思えるくらい。自分の、そして、自分の心に生きる騎士の想いを、彼のもとになら遺してもいいと思えるくらい。
(珠魅の核って、胸から外れるものだったんだな
……
)
考えもしなかった。あんな大きな宝石、引き抜いて生きていられるはずがない。
サフォーが死んで、ザル魚君は友を失い、青い瞳だけが残された。せめてそのまま、静かに時が流れればよかったのだろうけど。
サフォーの想いは無残に破られてしまった。宝石泥棒の手によって。
「あいつが、宝石泥棒サンドラ
……
」
亡霊の兜の下に垣間見えた、嫌な笑みが忘れられない。
偽警部の雰囲気や言動。違和感はあったのに、気づくことができなかった。
『サンドラの獲物は珠魅の核』『宝石泥棒は変装を得意としている』それらの肝心な情報を入手できていなかったのが悔やまれる。
しかも事件後、本物のボイド警部は憤りとともに語っていた。宝石泥棒サンドラは、珠魅の核を狙って珠魅殺しを繰り返しているのだと。であれば、珠魅である瑠璃と真珠姫にもまったく他人事ではない。
――
宝石泥棒なんて呼ぶから紛らわしいんだ。珠魅狩りとか珠魅殺しとか呼べばいいのに。
シオンはそんなことを言っていたが、一理あるかもしれない。
「すっきりしないなぁ」
カイは一人、ホテルのテラスで夕陽を眺めている。
サンドラが逃亡して、幽霊はぱったり出なくなった。正体が宝石泥棒だったのなら道理だろう。一応、幽霊事件としては解決したわけである。報酬の一環として、今夜は無料でホテルに泊めてもらえることになっていた。
「部屋、戻るかぁ
……
」
リゾートホテルから望む憧れの絶景も、とても楽しむ気分にならない。ほかのみんなはどうしているだろう。
カイが鬱々とした気分で廊下を歩いていると、反対側から瑠璃が歩いてきた。
「あ、瑠璃」
「ああ、アンタか
……
」
瑠璃はひどく疲れた顔をしている。無理もない。瑠璃が初めて見つけた仲間はすでに核だけになっていて、それも宝石泥棒に奪われてしまったのだ。
「あの、明日からのことなんだけどさ。早いうちにポルポタを離れるか、ここでもう少し情報を探すか、決めたほうがいいと思うんだけど
……
。瑠璃はどう思う?」
数日滞在して珠魅を探す予定だったが、サンドラの出現で状況が変わった。相談する必要があるだろう。
「そうだな
……
考えておく」
「う、うん
……
?」
瑠璃は歯切れの悪い返事をして、そのまま立ち去ってしまった。気のせいか、よそよそしい気がする。
「瑠璃、大丈夫かな
……
」
カイは気になっていた。
おそらく、ザル魚君からサフォーのことを聞いてからだ。瑠璃の態度がおかしいのは。
【四】
瑠璃は揺れていた。
宝石泥棒に出し抜かれ、青い瞳は盗まれた。
結果は最悪だったが、経緯はどうあれ幽霊事件を解決したことには変わりなく、支配人からはたいそう感謝された。謝礼に加えて客室まで提供されたが、くつろげるわけがない。宝石泥棒は当然許せなかったし、魚の態度も気に食わなかった。
しかし、もっとも彼の心を乱したのは、ザル魚君が語ったサフォーの話だった。
傷ついた孤独な珠魅と、それを助けた一人ぼっちの生き物。淋しい者同士が交流を重ね、種族の垣根を越えて仲良くなった。優しく心温まる物語だ。そこまでは。
(他種族なんか信じるからだ)
反吐が出る。
本物のボイド警部が到着したとき、ザル魚君は言ったのだ。遺産なんかもうない、と。青い瞳がヤツの遺産であったことは疑いようがなく、なんらかの手段で金儲けのために利用していたということなのだろう。
瑠璃は、サフォーが友人をどう思っていたかまでは知らない。ただ、ザル魚君の享楽ぶりを見るかぎり、核を託された側に邪な思いがなかったとは、とても思えなかった。
珠魅以外の種族は、いつもこうだった。人間は珠魅を生き物として見ていない。
瑠璃と真珠姫の旅は、珠魅狩りとの闘いの連続でもあった。
悪意ある者たちの多くは欲望をむき出しにして襲ってきたが、ときに巧妙に、本性を隠して瑠璃たちに近づいてきた。そしてかならず裏切った。人間が興味を抱くのはいつでも自分たちの核であり、瑠璃や真珠姫ではなかった。
ドミナで出会った、変わり者の二人
――
いいやつらだと思う。メキブで迷子になっていた真珠姫を無事に保護できたのは、彼らのおかげと言っていい。
カイとシオンの手助けは正直ありがたかったし、それなりに感謝もしているが、瑠璃は簡単に他人を信用できるほどお人好しでも単純でもなかった。真珠姫と二人きりなら避けていただろうポルポタに来たのだって、人間が一緒ならという打算がなかったとはいえない。
いい連中なのだ。しかし、あの二人は人間だった。
(いいや、アイツらは違う
……
そんなやつらじゃないはずだ
……
)
希望的観測が頭をもたげかけるたび、苦い経験がずしりと蓋をする。
それはたぶん、珠魅の騎士としては正解なのだ。人を信じようとして、どれだけ痛い目をみてきたか。生まれてこのかた、人間のもたらす危険にさらされて生きてきた瑠璃は、仲間を求める気持ちとともに、他種族へ対する危機意識が非常に強かった。
(宝石泥棒サンドラ
……
ふざけやがって)
もしかしたら、宝石泥棒はこちらの存在に気づいたかもしれない。人目から隠してはいたが、サンドラの目があるところで瑠璃と真珠姫の核が煌めいた。
瑠璃には守るべき存在がいる。何に変えても守り抜かねばならない者が。
彼
――
サフォーと同じになるわけにはいかなかった。
珠魅狩りに狩られるわけにも、万が一にでも
……
人間に裏切られるわけにも。
だから。
月が綺麗な夜だった。
波間をさらって陸へと吹く潮風は、夜気を孕んで少し冷たい。
「真珠? どうした」
「
……
ううん、なんでもない」
真珠姫は、瑠璃の選択に反対はしなかった。うんと、うなずいただけ。
月夜の海を背景に、ホテルのシルエットが浮かんでいる。客室の明かりはあらかた消えていて、建物そのものが眠りについているようだった。
静かだった。寄せては返す波音だけが聞こえている。とうに夜更けだ。宿に残してきた二人も、それぞれの部屋で休んでいるだろう。
そういえばカイは、珠魅の核が宝石として扱われている現実に、衝撃を受けたようだった。珠魅である瑠璃からすれば、カイの驚きようのほうが理解できないが、珠魅を知らない者にはそういうものなのだろうか。
ポルポタは海に浮かぶ街である。紺青の夜空に数多の星が瞬き、水面にゆらゆらと月が揺れている。町を行く者は他にいない。ところどころに巻貝の街灯が灯っていた。
昼とは違う貌を見せる、深夜の港町。
真珠姫を連れ、無言で歩く瑠璃は、街の出口で足を止めた。
月明かりに浮かぶ人影。彼は、瑠璃たちを待つように静かに佇んでいた。
「アンタ
……
」
月に似た色の金の髪。シオンだった。いつからいたのか、見慣れた帽子をかぶっておらず、武装を解いた彼は、夜の闇も相まって別人のように見えた。
なんとなく真珠姫を背に庇いながら、瑠璃は警戒をあらわにする。瑠璃と真珠姫の、完全に整えられた装備、旅支度。夜風を浴びに出てきただけ、などの言い訳は立つまい。
「引きとめる気か?」
「
……
べつに」
瑠璃の堅い声音に、淡々とした声が答える。バカがつくほど正直なカイと違って、口数も表情も少ないシオンは、何を考えているのか図りかねる。
「それでいいのか? って、ただそれだけ」
責めるわけではない。理由を聞くわけでもない。
シオンの単純な問いかけは、だからこそ、矛盾だらけの胸の内を見透かされているようで、瑠璃は言葉に詰まった。これだけを言いに、この少年は待っていたのか。
答えずに通りすぎかけ
――
瑠璃は立ち止まった。
「アンタは
……
証明できるのか?」
こんなことを訊いて、何になるというのだろう。遠く、潮鳴りが聞こえる。
「アンタらは珠魅に一切の悪意がないと、オマエたちの刃は決してオレたちに向けられることはないと、オマエは保証できるのか」
シオンは今、帯剣していない。訊かれたシオンは、静かに答えた。
「メキブの洞窟で、初対面のお前たちのために骨を折ったことは、証明にはならない?」
「今は真実でも心は変わる。あの時、アンタらは核の価値を知らなかった」
「カイは、珠魅の核に興味はない、と」
「話にならないな」
言葉など偽れる。振る舞いもだ。
シオンは小さく首を横に振った。
「なら、証明する方法はない。保証もできない。できることがあるとしたら、瑠璃が疑うような人間ではないことを、行動で示しつづけることだけだ。けど
――
」
瑠璃を見透かすような、夜の色の瞳。
「見てくれるやつがいなくなるのなら、それも、意味のないことかもね」
瑠璃はシオンを見られなかった。責められているように感じるのは、なぜだろう。
「真珠姫」
瑠璃の後ろで、真珠姫がピクリと動いたのが分かった。
「君も、言いたいことがあるのなら、言わないと伝わらない」
この時、真珠姫がどんな顔をしたか、瑠璃には分からない。
これ以上、シオンと話していたくなかった。
瑠璃は真珠姫の手を引くと、今度こそ、少年のもとを足早に通りすぎた。
ポルポタを出てしばらく行くと、明かりは月と星だけになった。
人里から離れ、人から離れて生きる暮らし。
なんのことはない、今まで通り。二人で旅する日々に戻っただけだ。
珠魅は特殊な種族である。長きにわたり、他種族に命を狩られ、奪われてきた。
そして、それは今の世も変わらない。そうである以上、瑠璃は考えうるあらゆるリスクを避けなければならなかった。
人間は珠魅を殺すから。人間は容易に裏切るから。
だから、人から離れることは騎士として正しい。珠魅として正しい。
自分は間違ってなどいない。
自分を正当化しようとして、いつしか自身に言い聞かせようとしていたことに、瑠璃が気づいていたかどうか。
【五】
「シオン、大変! 大変だよ!」
事件の翌朝。
顔を真っ赤にしたカイは、弾丸のような勢いでラウンジに飛びこんだ。朝のひとときを打ち破られて、窓際で新聞を読んでいたシオンが顔をしかめた。やかましい。
「瑠璃と真珠ちゃんが部屋にいなくって」
朝食の時間になっても部屋から出てこないから、呼びにいったのだ。
二人の客室は、もぬけの殻だった。どころか、ベッドが使われた形跡すらなく、荷物が綺麗さっぱり消えている。ちょっと散歩に、とかいう雰囲気ではない。
慌てふためくカイに、シオンが平然と言い放った。
「出ていった」
「は?」
「昨晩、外で会った」
カイの目が点になった。つまりコイツ、瑠璃と真珠姫が出ていく場面に出くわして、そのままさよならしたと。
「会ったなら、なんで止めてくれなかったのさ!」
「なんで止める必要があるんだ」
「はあ⁉」
「瑠璃たちが自分から出ていった。あいつが自分で決めたのなら、俺が何言ったところで仕方がない」
「そんならそれで、言ってよ、あたしに!」
その場で報告ひとつよこさないのは、いくらなんでもひどすぎる!
「言うと騒ぐだろ。現に今だって」
「だって、二人じゃ危ないでしょ! 宝石泥棒だって出るっていうのに!」
「仕方ないだろう。瑠璃はそれも承知で行ったようだから」
抑揚のない話し方で分かったような口をきくものだから、よけいにイラついた。シオンはどうだか知らないが、カイはろくな話もしないうちから、簡単に割りきれない。
さらに言い返そうとして、
「はあ
……
」
大きな溜息をついた。ここで文句を言ったところで、二人が帰ってくるわけではない。
「えらいよね、キミは」
自分で思うより嫌味っぽい言い方になってしまい、口を曲げて頬を掻いた。ケンカしたいわけではないのだ。シオンはどうやら聞き流してくれたようで、何も言わなかった。
彼の向かいの椅子を引き、腰を下ろす。海側の窓は開放されていた。
二人きりなのがどうにも気まずくて、外の景色を眺めることにする。シオンはシオンで新聞読んでるし、コッチなんか見てないけど。唇をとがらせて空を見やれば、昨日同様の澄み渡った青だった。
まもなく、朝食が運ばれてきた。新鮮野菜のサラダに厚切りベーコン、ふわふわオムレツ、海の恵みのスープ。こんな時でなければ心が躍っただろう。
「おいくつ?」
「全部」
かご盛りのパンをどっさりサーブしてもらい、片端からかじりついた。シオンは先に済ませてしまったのか、何も食べないので、なおさら気まずい。
「出ていった理由は? 聞いたの?」
パンをちぎりながら、カイが言った。目は、合わせづらい。
「聞いてない。でも、察しはつく」
シオンも新聞に視線を落としたまま、顔も上げない。
「昨日の、青い瞳」
シオンが自分の胸元を指さした。
「珠魅の核、だったろう」
――
珠魅の核!
そうと知ったときの、瑠璃と真珠姫の気持ちはいかばかりだったか。
「珠魅は大戦を経て大きく数を減らし、絶滅寸前まで追いこまれている。主因のひとつが、人間による珠魅狩りだ。核の美しさや核の魔力目当てに狙われ、命を奪われつづけた。お前も俺も人間だ。昨日の一件で、今は仲良くしていたっていつ気が変わるかもしれない、手のひら返してもおかしくないって、そう、思ったんだろうさ」
要するに信用されていないと、シオンは言いたいのだ。
ひねくれた見方だとカイは思ったが、否定はできなかった。珠魅の二人
――
はっきり言えば瑠璃から一線を引かれていることは、カイでも感じていたからだ。
「青い瞳かぁ
……
」
美しい宝石だった。いや、宝石というより、珠魅の命と呼ぶほうがより正しいだろうか。持ち主の生命自体は失われても、主の想いや力が残されたもの。
「サフォーって珠魅、どうして自分の命をザル魚君に託したんだろう。友だちだって言ってたみたいだけど、結局は財産扱いされてさ
……
」
オムレツをフォークでつつきながら、ぐちぐちこぼす。
意外なことに返事があった。
「友人だったのは本当じゃないかな」
つっけんどんなシオンが言うには、優しい言い方だった。相変わらず手元の新聞を見てはいたが。
「ザル魚君はたぶん、友人の珠魅を本当に大事に思っていた。託された青い瞳も、形見として大切に守っていくつもりだった」
「守ってないじゃん」
あのザル魚君のどこに、篤い友情が感じられたというのか。昨日だって金を振りかざして他人を見下し、色ボケして、威張りくさっていたではないか。
「サファイアを託されたとき、ザル魚君にとって青い瞳は、親友の形見に違いなかった。いつまでも大事に守ろうと思っていた。けれど、何かのきっかけで宝石が莫大な金を生むと知った瞬間、青い瞳は友の形見から金のなる木に変わってしまったんだ。人とは金に目がくらむものだから」
「あたしは、そんなことはしない! 瑠璃と真珠ちゃんは大事な友だちだよ。キミだってそうじゃないの?」
「お前〝は〟そうかもね」
「あたし〝は〟⁉」
カイはテーブルに両手をついて立ち上がっていた。
気に障る言い方だった。そりゃあ、カイが一方的に向こうを友だち認定しているだけかもしれないが、シオンにそういう物言いをされることではない。
この期に及んで手放さない新聞をはたき落としてやろうとして、カイは息を呑む。新聞の向こうから、藍色の目がこちらをじっと見つめていた。
「分からないか? 瑠璃と真珠姫は、『そういう人間』を腐るほど見てきているんだ」
〝そういう人間〟
核を宝石とみなし、獲物として狙う人間。その価値に目がくらみ、我を失う人間。
最初は親切でも、心変わりしてしまう人間。
悔しいことに、返す言葉がなかった。
それでも物言おうと試みて、言葉を見つけられず、ぺたんと腰を下ろす。
瑠璃が頑なになってしまったわけだった。おそらく、サフォーとザル魚君の関係に思うところがあったのだろう。そして、自身とカイたちの関係をそれに重ねた。
人の心は弱い。
カイの想いがいかに真摯なものであろうとも、瑠璃と真珠姫からすれば、信じるよすがなど何もないのだ。
人を信じるから裏切られる。人に心を許すから、よけいな危険に晒される。だから、彼らは人間を信じず、距離をとって生きている。そうしなければ、あの二人は、珠魅は生きていけなかったから。
カイが何も言えずにいると、シオンが言った。
「あの魚も、青い瞳を失って憑物が落ちたようだったな。魔が差したってことなのかもしれないけれど
……
。珠魅の瑠璃や真珠姫からしたら、洒落にもならないだろう」
そうなのだ。青い瞳を奪われたザル魚君は、カイですら気の毒になるくらい落ちこんでいた。サフォーの形見なのに
……
と。
どんな誘惑があろうとも、ザル魚君が変わらぬ思いを抱きつづけていられたならば、大金に笠に威張り散らすようなことはなかったのかもしれない。失ってから真実の価値と約束を思いだしたのでは、もう遅い。
瑠璃と真珠姫が背負っているものの重さが、ずしんと沁みた。人間と珠魅、決定的に違う生き物としての。
「キミ、珠魅に詳しいね
……
。だてに本ばかり読んでるわけじゃないんだ」
カイがぽつりと言った。もう、シオンに対して腹は立っていなかったが、いろんな感情がない交ぜで、少々とげのある言い方をしてしまう。昨日、騎士や姫、珠魅のしきたりについて教えてくれたのも、彼だった。
「引っかかる言い方だな。ほら、昨日の事件、もう記事になっている」
シオンが、新聞をぺらりとカイに向けた。
「あ、本当だ。〝宝石泥棒現る!〟だって」
見せられた新聞記事は、被害額の大きさにしては小さなものだった。『巧妙な変装、サンドラの犯行! ザル魚氏、巨額の被害!』
記事には事件の概要が書かれていたが、奪われたサファイアが珠魅の核であるとは、どこにも記されていなかった。珠魅自体が知られていない存在だからなのか、あるいはボイド警部の配慮かもしれない。いずれにしても、珠魅の核に資産的価値があると知る者など、一人でも少ないほうがよいだろう。
シオンはようやく新聞を折りたたんで、傍らに置いた。
「瑠璃と真珠姫が出ていったわけは、そういうことだけど
……
。カイ。お前はどう思っているんだ」
「え?」
「俺はまだ、今日の予定を聞いていない。これからどうするつもりだ」
「え、ええと
……
」
考えていなかった。というより、すっかり途方に暮れてしまっていて、それどころではなくなっていた。
(あたしは、今、何をしたいんだろう
……
)
これからも、カイは瑠璃たちに協力するつもりでいた。けれど、瑠璃と真珠姫は出ていってしまった。それは彼らが自分で決めたことで、彼らの意志に他ならない。
だが、カイがこれからどうするかは、カイが自分で選び、決めることなのだ。瑠璃に決められることではない。
自分はこれから、どうしたいのか。この状況で自分は何をするべきなのか。
しばし悩み、まもなく答えを出した。
「二人を追いかけるよ、決まってる」
瑠璃と真珠姫には彼らの事情があるだろう。気持ちが分かるなどと、彼らの苦難を知らない自分が安易に言えることでもない。
たとえすぐには信用してもらえなくても、今は構わない。もう一度会ってきちんと話がしたかった。それに、この先、瑠璃と真珠姫が宝石泥棒に狙われる可能性は十分にある。少しでもいい。彼らの力になりたかった。
なぜなら
――
。
「あたしは、二人の友だちだ」
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