しちろ
2026-01-03 17:44:39
28146文字
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文庫版『いつかの宝石泥棒編』サンプル



波間に眠る追憶



  【一】

「仲間を探してるんだ」
 少しだけ打ち解けた瑠璃は、こう言った。
 人によく似た姿の彼らは、珠魅という種族なのだという。美しい宝石が人の手に触れることのないまま長い歳月を経て命を宿したものといわれ、心臓の代わりに核と呼ばれる宝石を胸に抱く。
 瑠璃は、宵を思わせる紺碧に金を散りばめたラピスラズリ。
 真珠姫は、真昼の月にも似た、まろやかな白の真珠を核に持っていた。
 無事に再会を果たした瑠璃と真珠姫は、ドミナに滞在を決めたらしい。
 迷子騒動後、カイにせっつかれた瑠璃は、ドミナでお詫び行脚をさせられた。人の良い住民らは謝罪を受け入れてくれたが、それはそれとして、それなりに流行っていたアマンダ&パロット亭から客が減ったのは、やたら立派な剣を抱えて居座る瑠璃が一因だと思う。彼は、愛用の曲刀と別に一振りの長剣を持っており、肌身離さず持ち歩いていたが、カイは抜いたところは見たことがない。
 せめて普通にしていてほしいと、カイが諫めると、
「これはオレの大事な物なんだ」
 そういうことじゃない。
 瑠璃のせいで淋しくなった居酒屋で、一同はテーブルを囲んでいた。
「おねえさま、お弟子さんができたそうですね」
「うん。町外れで、姉弟でイタズラしてるところを見かけて」
「それで、お弟子さんに? すごいなあ」
「そんなことないよ。小さな子でほっとけなかったから。お父さんとお母さんが亡くなって、帰る家もないって言うし」
「そうだったんですね……。その子たちきっと、おねえさまにであえて、よかったとおもうわ」
 明るい性格のカイと人懐こい真珠姫は、出会ったその日の帰り道ですっかり仲良くなっていた。真珠姫の連れである瑠璃は、あまりいい顔をしていない。
「お待たせしました……どうぞ」
「わあ、すごーい! レイチェル、ありがと!」
 給仕のレイチェルが、料理を運んできてくれる。カボチャグラタンにはじまり、カボチャのサラダ、ポタージュ、ソテーにプリン。きわめつけに丸ごとカボチャのケーキ。前菜からメイン、デザートまで、見事なまでのカボチャ尽くしである。
「わあ、カボチャがたくさん」
「町外れがカボチャだらけになっててさ。せっかくだからカボチャ狩りしようと思ってこのヒト誘ったんだけど、全然来ないし」
「カボチャは嫌いなんで」
 シオンは頬杖ついたまま、料理に手もつけない。瑠璃は少々苦手なのか量に引いているのか、胸焼けしそうだと胃のあたりを押さえている。
「もったいないなぁ。あまくておいしいのに。わたし、カボチャだいすき」
「おいしいよね、カボチャ。町の人たち、こうなればいっそのこと全部取って食ってやるってさ。ドミナの新名物になるかも」
「商魂逞しい町だな。これがガキの仕業だってんだから、すごいのか迷惑なのか……
 瑠璃はあきれている。
 実はこれこそ、カイの弟子たちの仕業であった。正確には、カイがカボチャ事件を解決したところで弟子となっている。
 事件概要。世界征服を目論む双子の魔法使いにより、ドミナの町外れは巨大カボチャに支配された。悪の支配者を打ち倒し、ドミナをカボチャ地獄から救ったのが救世主カイである。……なんて説明するとバカバカしいことこの上ないのだが、要は、帰る家をなくした子どもたちがしでかした人騒がせないたずらだった。
 カイの腕前と度量に感服した双子は、弟子入りを志願。カイはそれを認め、行くあてのない彼らを迎え入れることにしたのだった。
「ところで弟子って何を教える気だ。アンタ、魔法使えるのか?」
「ううん、ちっとも」
 再度、瑠璃はあきれた。よくそれで受け入れる気になったものだ。
 しかし、カイはやる気満々である。
「魔法は無理だけど、体力強化メニューは作ったよ。大魔法使いを目指すにも、身体が資本だからね!」
 カイ渾身の弟子育成プランは、戦い慣れた瑠璃でもげんなりする代物だった。力や体力強化にはなりそうだが……大魔法使い志願を大武闘家に育てあげる気だろうか。
 カイはお手製の肉体改造計画を懐にしまうと、瑠璃と真珠姫に向き直る。
「で、本題だけど。どこを探せばいいかな」
 珠魅の仲間探しである。
 仲間を探していると打ち明けた瑠璃は、カイが協力すると言うと、なぜか渋った。彼が煮えきらない理由はカイには分からないのだが、悩んだ末に瑠璃は、迷子騒動のとき同様申し出を受け入れた。助かるよ、と。
「瑠璃、仲間のいるあてとかあるの? 場所でも噂でも」
「いいや。オレも真珠も、自分たち以外の珠魅に会ったことはないんだ」
「そうなんだ。でも、世界のどこかにはいると」
「ああ。オレはそう思っている」
「うーん……
 これは困った。思っていた以上に難航しそうだ。
「情報収集が先だな。オレたちはこの辺りのことは詳しくないが、アンタらはどうだ?」
「情報……
 少し考えて、カイが言った。
「人と情報が集まりそうな場所っていうと……港町、とか?」


  【二】

 港町ポルポタは、風光明媚なリゾート地である。巨大な貝殻を建物に用いた街並みは明るく活気があり、青空と潮風が海の景色を彩る。お洒落なレストランに華やかなショッピングモール、星の砂のリゾートビーチ。それらを目当てに観光客や船の乗組員が多く訪れ、客目当ての料理人や商売人がまた集い、町はどこもかしこも賑わっていた。
 やはりここなら、情報収集にうってつけ。そう思ったのだが。
「ストーカーの次は幽霊騒動かぁ」
 珠魅の情報を期待して訪れたポルポタは、あろうことか、幽霊の噂でもちきりだった。リゾートホテルに出るらしい。
「ドミナにしろ、ポルポタにしろ、なんでこのパターンなのかなぁ」
「アンタはどうして、そんな目でオレを見るんだ」
 ストーカー当人に言われることではない。
 集めた情報の中には、十日前に近海で沈没した帝国船の話もあったが、分かりやすく刺激的な怪談の方が人々にはウケが良いらしい。
 あげくの果てに、
 ──もう耐えられん! あんたら、幽霊に強いやつ知らないか!
 なんの因果か、幽霊騒動の解決を引き受けることになった一行である。
「おい。オレは、仲間を探してると言ったんだが」
「あたしだってユーレイなんか探したくないよ!」
 何を隠そう、カイはこの手の話題が大の苦手だ。ポルポタの幽霊にしても、知らんふりができればよかったのだが、実際に見てしまった以上そうはいかない。
 ホテルで噂の幽霊と遭遇してしまい、受付のモティさんの悲鳴をかき消す勢いで絶叫したカイだったが、同行者にまったく動じなかった連中が三人もいたのがたぶん悪かった。さらには。
 ──わあ~、ユーレイさんはじめてみました~。
 とか、真珠姫が喜んだのが、最高に悪かった。
 異変なら警察へと断るもホテル側はとっくに通報済みで、「幽霊なんかいない」とけんもほろろだったらしい。藁にもすがるモティさんに押しきられてしまったわけだ。
「今のところ、幽霊も帝国船もたいした情報はないな。さっきのトーマってやつも、情報を探している側のようだし」
 トーマとは、岬で出会った帝国兵である。はるばる帝国本国から沈没船の調査に来ているそうだが、こちらも有力な情報が得られず、難儀しているようだった。
「沈没船……幽霊……
「時期が同じようだし、そういうことなんじゃないか。幽霊はいいから珠魅を探そうぜ」
「やめてよ、瑠璃ぃ……
 沈没事故自体は気の毒だが、集めた情報を総合すると、たいへんうらめしい話になりそうなので、あまり考えたくない。
「そうだ、うらめしいといえば、さっきの魚! 思いだしても腹が立つ!」
「ああ……さっきの、魚のアイツな」
 瑠璃がカイ以上にイヤそうな顔になる。
 それは、ホテルの入り口で遭遇した謎の生命体。まさしく謎としかいいようのない――ザルと魚が合体して足がにょきっと生えた、マナの女神が生命を創造する際に気まぐれを起こしたか、なんか間違えたんだろうとしか思えない、珍妙な生き物だった。
 おまけに、だ。
「なんなノねん、このビンボー人」
 そいつはめちゃくちゃ性格が悪かった。
「そこにいると邪魔なノねん。ビンボーがうつるノねん。あっち行って、なノねん」
 しっしっし、と猫の子を追い払うかのようにあしらわれて、平然としていられるほどカイは温厚ではない。一発かましてやろうか、こんちくしょー。
「おい、カイ。腹が立つのは分かるが、やめておけ」
「なんなノねん。目つきの悪い男は嫌いなノねん。そっちのふわふわのかわいい女の子だけは来てもいいノねん」
……シメる」
「瑠璃、この町、警察いるらしいから、警察!」
 抜刀しかかった瑠璃をカイが押しとどめたその隙に、魚はホテルへ逃げこんだ。
 大金持ちのそいつ――ザル魚君と呼ばれているらしい――は、客にも従業員にも逃げられたホテルにはありがたい存在のようで、ロビーからモティさんの猫なで声が聞こえてきた。貸し切りのラウンジでは今ごろ、五万ルクをポンと支払ったザル魚君が踊り子のダンスを独り占めしていることだろう。

 調査を進めながらポルポタハーバーに来たところで、意外な人物に出くわした。
「あれ、ボイド警部じゃん」
「おや、カイ君」
 鹿撃ち帽をかぶり、くたびれたコートを引きずった、中年のネズミの獣人。くわえパイプとランド中に響く大きな声が特徴で、ドミナを拠点に事件を追って走りまわっている。カイとは顔なじみで、事件やトラブルに首をつっこみがちなカイは、ドミナの警察やボイド警部とは何かと縁――悪い意味ではなく――があった。
「警部、事件だよ、幽霊事件。警察の出番だよ」
「なんじゃ、チミまでそんなくだらんことを言っとるのかね。警察はそんな暇じゃないわい。サンドラの予告状が届いてな」
「サンドラ?」
「知らんかね? 手練れの宝石泥棒じゃ。奴は犯行の前にかならず予告状を出す。今回、届いたのはこれじゃ。『青い瞳をいただく』」
 物騒な話である。
 警部が示したカードには、流麗な文字で『青い瞳をいただきます』との文言と、サンドラのサインが書かれてあった。
「しゃれたことするね~。漫画の怪盗みたい」
「感心するところじゃないわい。子どもだましの漫画と違って、れっきとした犯罪者じゃ。まったく警察をなめおって」
 ボイド警部は憎々しげに吐き捨てて、予告状をしまいこむ。口ぶりからするに、幾度となく煮え湯を飲まされているようだ。
「というわけじゃ。チミたち、青い瞳の人物を知らないかね?」
 カイ、瑠璃、シオンが互いを指さした。全員、色合いは異なるが青い目だ。
「チミたちはポルポタに来たばかりじゃろう。この予告状が届くより前にいた人物じゃ」
 そうは言われても、他人の目の色などいちいち見ていない。
 カイが記憶を探っていると、真珠姫が恥ずかしそうに口を開いた。
「あのう……さっきの、トーマさんって兵隊さんはどうかしら。青かった気がするの」
「ううん、言われてみればそうだったかも? よく見てるね、真珠ちゃん」
 兵国兵の兜は目元まで覆う形状で、一目では判りづらい。感心しきりのカイに、真珠姫が頬を赤らめた。ほわほわしているようで、その実、人をよく見ているらしい。
 仕事熱心なボイド警部は「調べてみる」と言い残し、トーマのもとへ走っていった。
「ネズミはああ言ってるが、予告状をよこしたのは宝石泥棒なんだろう? そんな単純に青い目のやつを狙うか? 嫌な予感がする」
 瑠璃の反応は冷ややかだ。
「ネズミじゃないよ。ボイド警部。瑠璃、名前くらい覚えてよ」
「知るか。警察なんざ、あてにならん」
「はあ、そうですか」
 瑠璃は警察など信用していないらしい。というより、彼は多くの人間に敵意を向けがちで、たとえ警戒に及ばぬ相手であっても、一歩も二歩も距離を置いている感がある。今も瑠璃と真珠姫は大ぶりのスカーフで核を隠しており、そうしていると見目麗しい人間の男女にしか見えない。
 カイは三人目の仲間にも訊いてみた。
「シオン、キミはなんか気づいた?」
「知らないよ。モティさんに押しきられて請け負ったのはお前だろ」
「はいはいそうですね、キミはそういう人ですよ」
 このパーティの男どもは、どいつもこいつも。
 カイは嫌になってきた。幽霊にしろ船にしろ魚にしろ、何を探っても珠魅から遠ざかるばかりで、瑠璃は機嫌が悪いし、シオンは我関せずだし、真珠姫だけが心のオアシスだ。宝石泥棒の件だけは現実的だが、そちらも情報が少なすぎた。
「あーっ、もう! ちまちまちまちま、分かんないことばっかりじゃん! 面倒くさいこと、全部一発で分かればいいのに!」
「あるぜ、そういうの」
「へ?」
 場違いに陽気な声に振り返れば、陸で骨休め中の海賊ペンギンだった。海賊といっても、彼らの一団はカタギや商船を襲うタチの悪いやつではなく、お宝探しに明け暮れて海の漢の生き様と浪漫を追うタイプのやつである。
「あんたら、さっきから声でかいんだよ。いやでも聞こえるぜ」
「ご、ごめん」
 頭を下げるカイの後ろから、瑠璃が訊ねる。
「ペンギン、どういうことだ? 知りたいことがなんでも見えるというのか?」
「ああ、それね。ザル魚って知ってるかい? 最近、友だちからすごい遺産を相続したそうでさ。急に羽振りがよくなったんだけど」
「それってもしかしなくても、ザルに乗ってて、いばりくさってる変な魚?」
「そうそう。前はあんな感じじゃなかったけどね」
 あんな珍生物、間違えようがない。
「嘘か本当か知らんけど、海での出来事ならなんでも見通せる、とか。トーマっていう帝国兵も、この話を聞いてどこかへ走ってったぜ」
 にわかには信じがたい話である。
 だが、ペンギンの次の言葉で、瑠璃と真珠姫の顔色が変わった。
「おれも一度だけ見せてもらったことがあるんだ。こんなに大きな青い宝石だった」
「青い宝石? それ、もしかして」
 宝石泥棒の狙いと、重なるのではないのか。……後方で表情を凍てつかせた珠魅たちに、あいにくカイは気がつかなかったのだけれど。
 ――大切な友達から預かった、大事なものなノねん。
 ザル魚君が見せてくれた宝物を、人の好い海賊たちは口々に褒めそやしたという。こりゃたいしたもんだ、これひとつで大金持ちだな、など。
 一行は顔を見合わせた。ザル魚君に会う必要がありそうだ。

 ホテルのラウンジでは、ザル魚君が踊り子のルヴァーンシュに熱をあげていた。高級トロピカルジュースをたしなみながら、情熱のダンスにとろけた視線を送っている。壇上のルヴァーンシュはさすがプロで、黙々と舞を披露していたが、覆面からのぞく瞳には隠しきれない嫌悪感がにじんでいた。
 内心、うええ……と思いつつ、カイはザル魚君に近づいた。
「なんなノねん。ここはボクの貸し切りなノねん。ビンボー人が雁首揃えてずかずか入ってきていい場所じゃないノねん」
「ごめんね。モティさんの許可はとってるんだけど」
 ムカッと来るのをこらえて、にこやかに話しかける。モティさんは上客の機嫌を損ねる真似はしたくなかったようだが、事件の調査と言うとしぶしぶ承諾してくれた。
「ザル魚君。キミの持ってる宝石を見せてほしいんだ。もしかしたら宝石泥棒に」
「イヤなノねん」
 狙われているかも、とまでは言わせてくれない。
 カイは、ぷいとそっぽを向いたザル魚君の正面に回りこんだ。
「ちゃんと聞いてよ。キミの身が危ないかもしれないんだよ」
「知らないノねん。 ひとを不安にさせるようなこと、無責任に言わないでほしいノねん」
「嘘じゃないって。そこをなんとか」
「はぁん……
 ザル魚君が見下すような顔になる。
「それがお願いする態度なノねん? 人にものを頼むときは、なんていうノねん」
 ザル魚君、頼むから一発殴らせ……。違った。
 カイは無心で念じた。腹を立てては相手の思うつぼである。我慢だ、我慢。
「お願い……します、ザル魚君」
「様」
「ザル魚……様」
「お願いしますザル魚様」
 ザル魚君は重ねて要求してくる。ちくしょう、話を聞いてくれと言ってるだけなのに。
「オネガイシマスザル魚サマ」
「オネガイシマスザル魚サマ」
 ザルに乗った魚相手に、棒の少女とラピスの騎士が壊れた蓄音機よろしく「オネガイシマスザルザカナサマ」と繰り返し斉唱させられている、なんだ、この光景。
 ザル魚君は満足げにうなずくと、傍観していたシオンを偉そうに顎で指した。
 性格的に言いそうにない……とカイが案じたら。
「お願いします、ザル魚様♡」
 めっちゃいい笑顔で言いやがった。お前にプライドはないのか。
 小憎らしい連中に一通り言わせたところで、ザル魚君はいやらしい目で真珠姫を見た。
「おねがいします……ザル魚、さま?」
 なんとも思ってなさそうな真珠姫。瑠璃が「くっ」と目頭を押さえている。
「見せて、くれるかな?」
「やだ」
 ぶち。カイと瑠璃の血管が切れた。
「殴る! 絶対殴る! 捻り潰してタタキにする! 止めるなシオン、あたしはやる!」
「斬る! もう許さん、たたっ斬る! 三枚におろして昆布締めにする! 許せ真珠、オマエの仇はオレが取る!」
「ちょっといいかね、警察だが」
「うわぁぁ!」
 カイは、口から心臓が飛び出るかと思った。やめてよ、なんちゅうタイミング。
「まだしてないよ、未遂だよ!」
「なんの話じゃ」
 バクバクする心臓をなだめながら、バタバタと両手を振る。ラウンジにのっそり姿を見せたのは、ボイド警部。続いて、もう一人。
「トーマさん?」
 先ほど会った、沈没船の調査をしている帝国兵だった。青い瞳関連でボイド警部が会いにいったはずだが、そのまま一緒になったのか。
「また邪魔者なノねん? 断りもなしに、勝手に入ってこないでなノね」
「急にすまない。俺はトーマ。沈んだ帝国船の調査をしている。あなたが海の出来事に精通していると聞いたんだ。何か情報を知らないだろうか」
「帝国兵? いきなりなんなノねん。なれなれしくしないで、なノねん」
 ザル魚君はやはり、他人の話を聞く気などないらしい。どうしたものか。
 困ったカイだが、瑠璃はオレの知ったことかと言わんばかりだし、真珠姫はカイ以上に弱り顔だし、シオンは言うまでもない。
「君、君、聞くところによれば、とんでもない大金持ちだそうですな!」
「ん?」
 思いがけなかった朗らかな声かけに、カイは驚きとともにそちらを見た。
 とても世辞など言いそうにない人物――ボイド警部だった。日ごろの堅物イメージはどこへやら、にこにこ顔の警部は「いやはや、その若さでたいしたものですな」などとへりくだった態度でおだてあげている。
「なんでも、ものすごい財産を相続したとか? 本官はしがない公僕の身、それほど素晴らしいものならば、ぜひお目にかかりたいものですが……。おっといけない。こんな差し出がましいこと、本官のような庶民が言ってはいけませんな」
 効果はてきめんだった。ザル魚君はすっかりいい気分になって、「どうしよっかな~」などとゆるんだ顔で言いはじめている。
 ボイド警部は、態度を軟化させたザル魚君に足音を立てずに近づくと、上機嫌の魚眼を魅入るようにのぞきこんだ。
「青い瞳っていうんでしょう? 海で起きた出来事を映し出す、不思議な宝石……
 カイはあっと声をあげそうになった。やはり、ザル魚君のお宝が青い瞳だったのだ。しかし、警部は青い瞳の人物を探していたはずだが、思い違いに気づいたのだろうか?
「その宝石見せてくれ! ひょっとしたら、船が沈没した原因が判るかもしれない! 弟が乗っていたんだ、頼む!」
 このトーマの懇願で、カイは初めて知った。任務の域を越えて、彼が調査に必死になっていた理由。彼はただの勤勉な兵士ではなかったのだ。
「ねえ、トーマさんには見せてあげてよ。お願いします、ザル魚君」
「やだ」
 この魚は……
 本気で槍を取りかけたカイだったが、見かねたルヴァーンシュがいち早く、助け舟を出してくれた。
「私も見たいわ、青い瞳」
「いいよ♪」
 この瞬間、カイの殺意は最高潮に達した。
 それはさておき、ようやくその気になってくれたザル魚君は、ついにお腹のザルからそれを取り出した。
「これなノねん」
「すごぉい!」
 この時ばかりは、ルヴァーンシュの歓声は、演技や営業ではなかったのだろう。
 それは人の拳ほどもある、深海を思わせる青色の、美しいサファイアだった。
 人目にさらされた青い瞳は、意志あるもののように自ら煌めき、スカーフに隠された瑠璃と真珠姫の胸元がきらりと光った。
「珠魅の核!」
「なんだって⁉」
 サファイアの内部が、波打つ水面のようにゆらゆらと揺らめいた。極上のサファイアブルーは深さを増し、次第に海の様相を呈しはじめる。
 青い瞳が見せる、波間に眠る追憶。魔力が宿るサファイアは、海に眠るすべての記憶を映し出す。それはたとえば、誰も知らない、海に消えた悲劇。
 すべてを知る青い瞳は、哀れな帝国兵たちがセイレーンの歌声に心奪われて、船もろとも海に飲みこまれていく一部始終を映しだしていた。
「そうか……海の魔女に……
 トーマが深くうなだれる。
 抵抗らしい抵抗もできず、眠るように沈んでいった帝国船。弟の死の真相を知った心中は、察するにあまりある。痛ましい真実に、ラウンジがしんと静まりかえった。
……ワタセ〟
……え?」
 気のせいだろうか。何か聞こえた気がする。
「誰か、なにか……
 言った? と訊くことは、できなかった。
 ちょうど明かりの陰になる、ラウンジ角の薄暗がりに、それは立っていた。
「ぎゃああああああ!」
「いやああああああ!」
 黄泉の国からか、あるいは海底から舞い戻ったか。くすんだ金色の鎧を身にまとう、骸骨の亡霊。ぽっかり空いた眼窩に眼球はなく、かわりに虚ろな炎が宿っている。
〝我々ノ、死ノ真相……青イ瞳ヲ……ワタセ……!〟
「帝国の亡霊か!」
「まさか、お前は……そんな……
 瑠璃が真珠姫を庇い、トーマは言葉を失い、茫然と立ちつくす。
 恐怖に耐えきれなくなったカイが、ガタガタ震えながらシオンの陰に隠れた。
 ルヴァーンシュは涙目でへたりこみ、ザル魚君は金縛りにあったかのように硬直して動けなくなった。
〝ワタセ……! ワタセ、ワタセ……!〟
 眼窩の炎を燃え上がらせて、亡霊がザル魚君を容赦なく追いつめる。
「あ、あげるノねん! だから祟らないでナノねん!」
 恐怖に駆られたザル魚君が、震える手で青い瞳を差し出した。亡霊はそれをむんずとひっつかみ、一目散に〝走って〟逃げだした。
「おい、キサマ!」
 瑠璃が追って捕らえようとするが、亡霊はひらりとかわす。あの世の者とは思えない、洗練された動き。黄金の兜の下で、亡霊が不敵に笑んだように、カイには見えた。
 亡霊は窓の向こうへ姿を消し、それと入れ替わるように、ラウンジの外から別な人物が飛び込んできた。
「警察だ! ザル魚君、チミが相続した遺産について聞きたいのだが!」
「えっ? ボイド警部?」
 彼はここにいたはずだ。ザル魚君に青い瞳を出させたのは警部なのだから。
 ザル魚君が、両のひれをばたつかせて泣き叫ぶ。
「アンタ、見てたノねん! 遺産なんてもうないノねん!」
「もうない? どういうことだね」
 どうも話がかみあわない。警部は事情が呑みこめていないようだ。
「警部。ずっと、ここにいましたよね?」
「わしが? ここに?」
 トーマが訊いても、警部は首を傾げている。
 カイたちは顔を見合わせた。すると、自分たちが警部だと思っていたのは……
 してやられた。警部の説明で〝宝石泥棒サンドラは変装の達人である〟ことを知らされ、その変装でまんまとだまされたと気づいたのは、この直後である。