pinopipi
2026-01-03 08:16:31
18706文字
Public
 

君とまたダンスを

ヌヴィフリ/大遅刻のヌ誕2025/予言から3年後の時空/ヌ視点。ヌの愛が激重&少し病みかけているように感じられるので注意。両片想いのハピエンです。

フリーナがパレ・メルモニアを去って3年が過ぎ、彼女とはすっかり疎遠になってしまった。
私達は上司と部下という関係から、被後見人と後見人という関係へと変わり、今は市井へ下った彼女へ毎月経済的支援を行っている。故に、今や彼女と会える機会は月に一度の収支報告のみ。それもたった30分ほど事務的な会話を交わすのみで、彼女はいつもすぐに去ってしまう。私はそれを非常に寂しく感じていた。何も口実がなくとも彼女に会いたい、もっと話をしたいという気持ちは、私だけが抱えている一方通行な感情だ。それを彼女に伝えることなど出来やしない。
毎月会う度に彼女の変化を目の当たりにすると、何とも複雑な気持ちになる。彼女が500年に及ぶ孤独や苦痛から解放され、普通の人間として正しく歳を重ね成長していけることを喜ぶべきであるのに、今の私にはそれがどうにも難しい。少しずつ彼女が手の届かぬ遠い存在となっていくような気がして、寂しさや不安を感じてしまうのだ。まるで私だけが過去に取り残されているような感覚に戸惑い、3年経った今でも未だ完全には受け入れることが出来ていない。人ならざる私はフォンテーヌに招かれてから400年以上を掛けて人間というものを知り、己との違いを理解してきた筈であるのに、それでも未だに彼女は私と近しい性質を持つ"特別な存在"であるのだと錯覚したまま。つまり私は、彼女が人間であると知った日から予言前の残像に縋り、共に過ごした過去に思考も心も置き去りになっている状態だ。
しかしながら私が過去に囚われている一方で、今を生きる彼女の変化は目覚ましいものである。かつての彼女の身長は私の肩に届かないくらいであったが、この3年で5cm程伸び、最近は随分と目線が近くなった。予言解決直後に短く切り揃えられた髪は、また再び伸ばしているようで、今では背中が隠れる程にまで長くなった。少女のように愛らしかった顔付きはどこか大人びて、より一層美しく、色香を纏うようになった。
正直に言おう。私は、彼女が私の知らないところで変わってしまうことを恐れている。予言前までの私は、この先もずっと変わらず何百何千年も彼女と共に居るのだと、さも当然のように思っていた。だが、それがいかに甘い考えであったかをこの3年で思い知った。どうか、私を置いて行かないで欲しい。変わってゆくのならば、せめて最後まで傍に居させて欲しいと。そう、願わずにはいられない。
こうして私がようやく自覚した感情は、実に救いようのないものだった。私は、彼女ーーーフリーナを愛している。それは、我が国の民や眷属、友人等へ向けている愛とは全く性質が異なるもの。要するに、私が異性としてこの世界で唯一恋焦がれる存在が彼女である、という意味だ。
だが、気付いた時にはもう既に何もかもが手遅れだった。彼女にとって私は、孤独と苦痛に満ちた過去の象徴であるということは、決して覆ることの無い事実。顔を合わせる度、いつも彼女はどこか居心地が悪そうに気不味そうに私から目線を外していることが、その確固たる証明である。これは当然の結果だ。400年以上彼女の傍に在り続けたというのに、私は彼女の孤独も、苦痛も、その心の一片ですら何も知らずにただのうのうと過ごし、最後の審判の日まで彼女に寄り添うことが出来なかったのだから。結果的に予言は回避出来たことから、あれらは私に与えられた役の正しい立ち回りであったのかもしれないが、それとは別に個人的な感情で述べるならば間違いなく悔やんでも悔やみきれない過去である。
その一方で彼女は今、孤独や苦痛を乗り越え、これらとは縁遠い新たな世界に身を置き、明るい未来だけを見据えて前進し続けている。心の内を明かすことの出来る親しい友人を得られたのも、実に喜ばしいことだ。故に、彼女が此方を振り向くことはもう二度と無いだろう。この関係も、いつ終わってしまうか分からない希薄なものだ。私としては生涯に渡り彼女が何不自由なく幸福に生活ができるよう手厚く支援したいと考えているが、おそらく彼女はそれを望まない。安定した潤沢な収入を根拠に本人から支援の打ち切りを申し出られてしまえばそれまでである。
つまり何を言いたいのかというと、私はどうやっても彼女と共に未来を歩めるような存在にはなり得ないということだ。"彼女が人間として幸福に生きる様を離れた場所で静かに見守る"こと。それが現在の私に許された、彼女との適切な距離感である。必要以上に彼女と会うべきではないし、ましてやプライベートに干渉するなど以ての外。それは勿論、理解している。私自身、個人的な感情を表出するのは立場を弁え慎むべきなのだ。
もし万が一この恋心を悟られてしまえば、彼女は今よりも更に遠くへと離れて行ってしまうかもしれない。それだけは嫌だ。どうしても耐えられそうにない。ただでさえあと数十年ーーー残り僅かな時間しか彼女と居られないのだ。可能な限り多くの時間、彼女の輝きを見つめていたい。だからせめて、彼女を見送るその瞬間までは、この恋心も特別な愛情も、心の奥底に沈めておくと決めた。これ以上は何も望まない。月に一度会える、この現状をこれからも維持出来れば僥倖。私はただ、彼女がこの国で生を全うし、最後まで健やかで幸福に過ごせることを、何よりも願っている。