でがらし
2025-12-30 17:39:40
5430文字
Public 【吸死】みっぴき・他CPなど
 

【ウスミラ】夜明けまで君と踊ろう

2022年3月20日吸死男女CPオンリーイベント「キミとダンシングトゥナイト」展示で載せた作品です。シンヨコダンスパーティーで繰り広げられる男女それぞれの物語(ウスミラ編)です。1ページ目はドラウス視点のパーティー前日談、2ページ目がミラ視点の本編になります。
他のCPなども合わせた形で本にしました。7割はWEBでの再禄です。
https://degarashi2525.booth.pm/items/4771831
初出:2022年3月18日



―――ここか、会場は。
 仕事を終わらせ、新横浜に降り立つことができたのは丑三つ時。そんな夜本番の時刻であるのに吸血鬼はもちろん、沢山の人間たちが広い公園にひしめき合っていて、想定以上の賑やかさに少し驚きながら会場をふらふらと歩く。連休の中日だからか、人間たちも夜更かしを楽しんでいるのだろうか。
「もし時間があったら来てほしい」とドラウスに誘われたシンヨコダンスパーティーなる祝宴。一週間前に連絡を貰った時は仕事があるからと誘いを断ってしまったが、案外早く仕事が終わったおかげで夜明けまでに新横浜に辿り着くことができた。吸血鬼も人間も、ダンピールも混ざり合って和気藹々と踊り騒いでいる空間は新鮮で……二百年前には想像もできない光景だ。

 ドラルクとドラウスはこの祭が終わるまで参加していると言っていたから、きっと会場には居るはずだ。もう一度蝙蝠になって上空から探そうかと思いながら歩いていると……いた。人混みでも目立つピンと立った大きな襟付きマントに、影と混ざり合うような細身のシルエット。数か月ぶりに見る愛しい息子の名を呼ぶ。

「ドラルク」
 私の声に気づき振り向いたドラルクは驚いた表情を見せながらこちらに駆けだし、芝生の小石につまずいて転んで……死んだ。

「ドラルク、大丈夫か?」
「あ、あはは……びっくりしましたよ、お父様からは来れないと聞いていたので……
息子は塵から即座に復活し、苦笑いを浮かべながら私を見下ろす。
「まったく、お母様もスマホをもっと使ってください!連絡してくれないと会えるものも会えないじゃないですか」
 しまった。以前散々怒られたのにまた連絡をするのを忘れていた。すまない、と頭を下げるとドラルクは腕を組みながら嘆息を漏らす。
「まあ……いいですよ、こうして会うことが出来たんですから。お母様は今来たところですか?」
「ああ。ドラウスは一緒じゃないのか?」
「あー……その……お父様は迷子になってます、ちょうど探していたところで……
相変わらず夫はこういう人混みに慣れていないらしい。


「ああ、ドラルク居たか!!」
「『居たか』じゃないでしょう!迷子になったのはお父様だ、まったくもう……
「うぅ……すまないドラルク、楽しくってつい……って、ミラさん!?」
ほどなくして食事スペースで見つかったドラウスは、私が居ることに驚いたらしく持っていた紙皿を落としかけたが、すぐに満面の笑みへと変わっていく。
「嬉しいなぁ、来てくれたのかミラさん!今日会えるとは思っていなかったから……そうだ、ミラさんお腹空いていないかい?これ、ドラルクが作ったそうだよ!」
そう言ってドラウスは私に紙皿に乗せたサンドイッチを差し出してきた。シンプルな食パンからに挟まれた赤いジャムからは、鉄とイチゴの甘い香りがふわりと漂っている。
「ドラルクが……?」
……宜しければどうぞ、お母様」
少し照れた様子のドラルクをちらりと見つつ、ブラッドジャムサンドを手に取り一口かじる。甘酸っぱさと微かな血液の味が口に広がると、懐かしい思い出がじわりと脳裏に蘇る。まだ一族がトランシルヴァニアで暮らしていた頃、僅かな時間を縫って三人で向かった、一度きりの真夜中のピクニック。丘の上に広がるエーデルワイスの花畑の中、私が作ったブラッドジャムサンドを頬張って笑顔を見せる幼いドラルクと、優しい眼差しで見守るドラウスの姿。

「どうだい、ミラさん?」
……美味しい」
「だよねぇ、ミラさんが作るものよりはちょっぴり甘味が強いけれど、これもまた美味しい!凄いなぁドラルクは!!」
「そんなに大声で褒めないでください、恥ずかしい……あ」
砂交じりの手で顔を覆っていたドラルクのジャケットから着信音が聴こえてくる。慣れた手つきでスマートフォンを操作して電話を始めたドラルクは、電話の相手に相槌を打ちながら次第に顔が綻んでいく。そんなドラルクの新しい表情を見ながらもう一口サンドイッチをかじると、先ほどよりも微かに強い酸味が舌を走る。
「やれやれ。ロナルド君達から呼び出されましたので、私はこれで」
「もう行ってしまうのか?……そうだ、ドラルクの友人たちに挨拶でも」
そう言いかけると、こちらに近寄ったドラルクが小声でそっと耳打ちしてくる。
「偶には夫婦水入らずな時間を過ごしてください……お父様、さっきまでお母様に会いたがってメソメソしてたんですから」
 そう言って息子の視線の先を見ると、ドラウスと目が合う。私に会えて嬉しくて仕方ないといった様子で、狼の姿だったら千切れてしまいそうなほどに尻尾を振っているのだろう。確かにドラウスとこうして過ごすのも随分と久々だ。視線を戻すと、広場の向こう側にいる同居人とその仲間を見つけたらしくドラルクはもう足早に歩き始めていた。
「ではお父様お母様、また後程!……やあ、お疲れ様ロナルド君!」
「お疲れ様、じゃねぇよどこをほっつき歩いていたんだ!」
「ウワァすぐ手を出さないでゴリルド君……!」


 ドラルクの後ろ姿を見送ると、会場の熱気に混じって冷たい風が吹き抜けていく。
……いい街だな、ここは」
「ああ……ドラルクがあんなに人に囲まれて、その中心で笑っている。君も私も、息子が幸せに過ごせるように守ってきたけれど、もうその必要はないのかもしれない」
……
「寂しいかい?」
……寂しくない、といえば嘘になる。いつの間にあんなに大きくなってしまったのだ、ずっと子供だと思っていたのに」
 ドラルクを攫ってしまった時のことを思い出す。この新横浜の街に暮らすようになったと知り、新年会で楽しそうに過ごしている写真を見たあの時、息子が大人になってしまったことを思い知った。息子のために、この世界のためにと思って仕事に打ち込んでいた時間は、家族と過ごすかけがえのないひと時と引き換えだった。そしてそれは、今から取り戻せるものでもない。……たとえドラルク自身を子供にしても、私の求めていた時間は手に入らなかった。今更それを望むこと自体が間違いだったのだろう。息子にも怒られてしまったし、もう急に連れ出そうとは思っていない。それでも、この心に空いた小さな穴をどうやって埋めればいいのか分からない。


……ミラさんが頑張ったおかげだ」
沈黙を破ったのは夫の静かで力強い言葉だった。そっと私の肩を抱きながら、ドラウスはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「ドラルクが生まれてから、ずっと休む間も無く働いて……確かに幾らか時間を犠牲にしたのかもしれないけれど、こうやって人間と吸血鬼が争わず手を取り合える世界を作ったのはミラさんだ。本当にすごいことだ、私じゃ決してできなかった。……それにずっと離れ離れだったわけじゃない。ドラルクと一緒にピクニックに行ったりしたじゃないか。ちゃんと覚えているよ、私も、ドラルクも。だって、さっきのブラッドジャムサンドはミラさんのをお手本にしたって言ってたんだから」
ドラウスの顔を見上げる。白髪であること以外は二百年前と全く変わらない、柔らかな表情をしている。
……だからありがとう、ミラさん。今まで頑張ってくれて。それから、今日ここに来てくれて。君に見せたかったんだ。ドラルクが幸せに生きている、この街の光景を」
「私こそ……ありがとう、ドラウス。君がドラルクをいつも守って、慈しんでくれたから、今のドラルクが居るんだと思う」
「ミラさん……
じわりと涙を浮かべたドラウスは、直ぐにマントで顔を覆ってしまった。しばらく目元を擦っていたが、やがてこちらに向き直りもう一度笑顔を見せる。
「昔の時間を取り戻すことは出来なくても、今思い出を積み重ねることは出来る。だから……
 そう言ってドラウスはおもむろにひざまずく。その姿は数百年前のプロポーズの光景によく似ていた。
「どうしたんだ、ドラウス?」
「えっと、その……今日はダンスパーティーだから……
コホン、と咳払いをしたドラウスは私の手を取り、そっと口付ける。

「Shall we dance、ミラさん?」

 真剣な眼差しに呆気に取られていると、ドラウスの顔がどんどん崩れていく。
「あっ、えっと、ほら覚えてる?昔ミラさんとアメリカで見たミュージカル!最近原作の本を見返していて、それで……うわごめん急に恥ずかしくなってきた……忘れてください……
私の手をパッと離し、呻きながら顔を覆うドラウスをそっと抱きしめる。……胸に広がる温かさを、言葉と態度で、伝えなくては。
「踊ろう、ドラウス。私も君と踊りたい」

―――どうかドラルクと、私たちと、この街の幸せがいつまでも続きますように。