さん
2025-12-29 09:00:00
7322文字
Public 完成
 

ジャガーのおうじさま

童話風味なファンタジーパロ|もう何でも許せる人向け|捏造しかない

デイぐだ♀webオンリー『Falling stars, Falling in Love』開催おめでとうございます!
こちらは展示作品となります。ほのぼの寄りです。



「リツカ」
「ふぁ、ふぁい」
「そろそろ慣れてくれないか」
 金髪の青年がちょっと拗ねたように紫の瞳を歪めながら、リツカを抱きしめる腕に力を込めた。仕事の邪魔はしてこないけれど、休憩のたびにこうして膝の上に抱きかかえられる。彼のぬくもり自体は正直心地いい。けど、どうしても恥ずかしくて仕方がない。
 彫りの深い精悍な顔立ち。リツカを抱えたくらいじゃよろめきもしない、たくましい体躯。見た目は割とクールな印象の彼が、隙さえあれば抱きしめたり頬をすり寄せたりと熱のこもったスキンシップを仕掛けてくるのだ。ちょっとギャップがすごすぎる。それにこういう……まるで恋人に対してするような扱いをされたことなんて、いままでの人生で一度もない。ドキドキしすぎて時間の感覚さえなくなる始末。ちゃんと仕事に戻れてるのは、時間だな、って向こうの方から解放してくれるから。それがなかったら納期をぶっちぎってしまいかねない状態のくせに、放して、なんて言おうとしたことは一度もない。
「これに慣れるなんて無理……!」
「無理じゃない。多少はリラックスしてほしい」
 無理!! 抱きしめられてドキドキしないなんて絶対に無理、慣れるわけない!
 ぼふん! と急に猫ちゃん共々謎の煙に包まれて思わず悲鳴を上げ、それが消えたらほぼ裸の美丈夫が呆然とこちらを見上げていてまた悲鳴を上げたのが五日前。呪いをかけられてあの姿になっていた、とは説明されたけど……実はまだ腑に落ちていない。それでもこのひとがカッコよくて甘えん坊なあの子であることだけは間違いなかった。だって唯一身につけていたのが、リツカがあの子に作った首輪だったから。
 つまりこの四ヶ月、ずっとそばにいてくれたのはこのひとなのだ。けれど未だに名前を知らない。呼びたいように呼んでくれ、なんて言われている。彼なりに事情があるんだろう。たぶんだけど。……それが、ちょっとだけ寂しい。
「大体なんでぎゅってするの!?」
「代替措置だ。ハグはストレスを緩和させると聞く。今のオレを撫でたところで癒されないだろう?」
 うぐ、と言葉に詰まってしまった。ドキドキはさらに激しくなる。このひとなりの思いやり。思えばこの四ヶ月間、作業が一段落するたびに思う存分撫でさせてくれたのは彼なのだ。単純にスキンシップが好きなのかと思ってたけど……それだけじゃなかった、ってことみたい。
「効きそうか?」
……わかん、ない……ずっとドキドキしてて……
 尻すぼみの言葉に小さく笑うと、彼は頬を擦り寄せてくる。ぴゃ、と変な悲鳴が漏れる。獣のときにはよくされてたし、むしろ自分からも積極的にくっつけてたのに。
……ようやくオレを好きになった、ということか?」
「し、しらない……!」
 知らない。知らないったら知らない。ドキドキが収まりそうもないくせに、抱きしめられたままでいたい理由なんて。
 至近距離で見つめてくる瞳から逃げる。と言っても、逃げられる先なんて彼の胸元だけ。ぎゅっと目を瞑って顔を伏せると、軽やかな笑い声。大きくてあったかい手がリツカの頭を撫で始めた。五日前までとは正反対だ。
「では確かめるか」
 顔を上げて、と耳元で囁かれる。唇が掠めるほど近くで。耳にかかる吐息でまた変な声が出そうになって、慌てて唇を引き結ぶ。こんなのくすぐったいだけのはずなのに、どうして。
 早く、と囁かれる。どこか甘えるような響きが加わる。とんとん、と柔らかく背中を叩かれる。それが二度、三度と繰り返される。……上げるまで続けるつもりみたい。こっそり深呼吸。ちいさく呻きながらも、伏せていた顔をのろのろと上げた。
 ――途端に、やわらかいものに唇をふさがれた。
 やんわりと唇を食まれる。堪えたはずの変な声が漏れ出る。恥ずかしい……! ちゅう、と柔らかく吸われた途端、はじめて味わう甘く淡い感覚がはじけて消えた。なに、これ? いまのすき、もういっかい……と思ったところで、あっさり唇が離れていく。
………………
「ん……もっと、か?」
 深く考える余裕もなく頷いていた。唇同士をぬるりと擦れあわせるようなくちづけ。軽く吸われるたび、ちゅ、ちゅ、と無性に恥ずかしくなるような音が立つ。ぬる、と気まぐれに舌でなぞられる。彼のシャツを握りしめたところで下唇が強く吸われた。ぴくりと背が震える。……すき。これもすき。もういっかい。けれど彼はまたあっさりと離れていく。
 ……いや。だめ。まだだめ。
 もういっかい。
 気づけば自分から唇を押しつけていた。彼の真似をして軽く吸っただけのつもりが、じゅる、とみっともない音が立った。お手本みたいにやんわりと唇が食まれる。ちゅう、と吸われる。そのたびにちいさく跳ねる体を落ち着けるかのように、おおきな手のひらがリツカの背を撫でおろしていた。
……相思相愛、ということでいいな」
 とろけるようなくちづけのあと、どこか勝ち誇ったみたいに笑われた。確かに言うとおりなんだけど、なんだか妙に悔しい。負け惜しみのひとつくらいは言いたくなって、リツカはむすりと唇を尖らせた。
……なまえも教えてくれないようなひとなんて、好きも嫌いも――
「名前……そうだな、もう問題ないか」
 さほど迷う様子もなく、彼は軽く頷いて見せる。…………? のらりくらりと躱してきたくせに、こんな簡単に……
「デイビット」
 …………はい?
「デイビット・ゼム・ヴォイドだ。まぁ、聞き覚えくらいはあるんじゃないか」
……デっ……!? は、へ……デイビットぉ!?」
 聞き覚えがあるなんてレベルじゃない。確か三ヶ月ちょっと前。獣だった彼を会わせたときにカドックが教えてくれた、偉いひと絡みの厄介事。地方視察に向かう途中、服だけ残して忽然と消えた第七王子。行方不明になってる王子の名前が、確か――
 わなわなと震えながら口を開いてみるものの、びっくりしすぎて言葉が出てきてくれない。無意味に口をぱくぱくさせるリツカを愉快そうに眺めてから、デイビットはおもむろにリツカの左手を取る。薬指の付け根にそっとキスが落とされた。
「王宮とこの家、どちらで暮らしたい?」
「そんな重大な選択委ねないでくれます!?」
 反射的にそう返してしまってから、はたと気づく。薬指へのキスといい、もしかしなくてもこれ……プロポーズの言葉なんです!? えっ!? まだ五日しか……いや実際には四ヶ月と五日だけど!
 少なくともこのひとは本気だ。人間に戻ってからの熱烈なアプローチの数々。ストレートにも程がある愛の言葉たち。獣の姿だった頃からの愛着も手伝って、たった五日でこのとおり。自分でもどうかと思うほど、あっという間に陥落してしまった。そしてリツカがすっかりデイビットのことを好きになって、別離なんて選べなくなってしまってから正体を明かした。どうあっても逃がさない、とでも告げるみたいに。
 そしてわたしはと言えば、一緒に居続けられる前提で返事をしてしまっていた。普通に考えたなら、デイビットについていくかこの家にひとりで残るかの二択だと思うはずの質問に。間髪入れずに。当然のことみたいに。頷いてしまったも同然だ。たったいま、このひとが本当は雲の上のひとなんだって聞いたばかりなのに。
「委ねるとも。どちらでも構わないんだ、オレは」
 当のデイビットは嬉しそうに口元をゆるめていた。こつりと額を合わせてくる。思わずぎゅっと目を瞑ると、またくちづけが降ってきた。
――君の隣であれば、どこであろうとも」