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2025-12-29 09:00:00
7322文字
Public 完成
 

ジャガーのおうじさま

童話風味なファンタジーパロ|もう何でも許せる人向け|捏造しかない

デイぐだ♀webオンリー『Falling stars, Falling in Love』開催おめでとうございます!
こちらは展示作品となります。ほのぼの寄りです。

 一週間前、猫……みたいな生き物を拾った。
 顔の雰囲気は猫に似ているけど、頭も体もとても大きい。毛並みは短くてまだら模様。なんと呼べばいいかわからなくて、結局『猫ちゃん』と呼んでいる。野良にしては身綺麗で、撫でたり抱きついたりしても威嚇されないくらいヒト慣れしている。けれど眼光の鋭さは野生のそれに近い。
 隣町からの帰り道、森に差しかかった辺りでぐったり気を失っていたのを見つけたのだ。少し怖かったけど放ってもおけなかった。仕入れたばかりの布地を幾重にも重ねて、引きずるように連れ帰った。厚手の毛布にくるんでしばらくしたら目を覚ましたし、水と食べ物を与えたらすぐに元気になった。森に帰そうとはしたけれど、余程うちが気に入ったのかどうしても外に出てくれない。説得のしようもないし、しょうがないよね! この子自身が残りたがってるもんね! とお世話を続けている。実は結構嬉しい。ひとり暮らしじゃなくなるのは本当に久しぶりだから。
「ねぇ猫ちゃん、わたしちょっと出かけてくるね! いい子でお留守番、よろしくね」
…………ゥ」
 呼びかけると一応返事らしき鳴き声が返ってくる。眉間の辺りをくすぐるように撫でると、ふん、と不満そうに鼻を鳴らした。そんな反応の割に避けたり払いのけたりはしない。やっぱり元は誰かのペットだったり? 飼い主を探した方がいいのかな……けど、その割には不安そうな素振りも外を気にする様子も全然ない。
 外出の主目的は素材の買い足し。もうじき冬がやって来る。冬物を新調しようと訪れるひとも増えてくる。ちょっといい防寒着に使う皮革の調達が第一目標だ。それから、この子の首輪の材料も。付け襟に蝶ネクタイみたいな、男の子の正装っぽいデザインがいいかなと考えている。あと忘れちゃいけないのはこの子のごはん。もちろんお肉なんだけど、煮たり焼いたりしたものの方が好きみたい。それなりの量が必要で、正直リツカの食事よりお金がかかっている。今年の冬は宣伝にも力を入れないとだ。
「帰ったらきみの首輪を作ってあげるからね」
……ウゥ」
 当然だけど、にゃあ、とは鳴かない。鳴き声というよりは唸り声、可愛いというよりは逞しいって感じだ。今度は頭を撫でてあげてから、いってきます、なんて言ってみる。お気に入りのストールを巻きつけて家を出た。お昼の時間までには帰れるはず。
 石畳を鳴らして歩いていると、銀髪の青年がこちらに向かって手を振るのが見えた。リツカはぱちぱちと目を瞬く。
「カドック……? おはよ、こんな時間に街にいるの、珍しいね」
「おはよう。厄介事が持ち込まれたんだよ……しばらく狩りは休業だ」
「え、今年はコートいらない感じ……?」
「そんな顔するな。要るに決まってるだろ」
 カドックがしょうがない奴、みたいな笑い方をした。それからちょっと表情を引き締めると、少しだけ声を潜める。
「しばらく森に近づかない方がいい。中央の偉そうな連中に妙な因縁をつけられるのは嫌だろ?」
「厄介事って偉いひと関係……?」
…………物資の調達程度なら代行してやれる。必要なら声をかけてくれ」
 ここでは話せないような重大事なんだと、珍しく言葉を濁す様子で察した。幼馴染の厚意と忠告はありがたく受け取ることにして、リツカは話題を変えることにする。新しい同居人の話題に。
「実はわたし、これくらいの……えっと、猫? 拾ったんだよね!」
……猫じゃないんだろ、それ……
 これくらい、とジェスチャーで示したリツカに、カドックが深々とため息をついた。にこにこと笑ってごまかす。ここじゃきちんと話せないけど、一応知っておいてほしいって意思表示。カドックの厄介事とおんなじだ。向こうも察してくれたのか、詮索はしないことにしてくれたみたい。カドックならあの子がどんな生き物か知ってたりするかな。よくわからないけど由緒正しい猟師の家系? らしいし。
 いつ頃あの子に会ってもらおう、なんて思案しつつ、リツカはカドックに手を振って歩き出した。


 いってきます、と律儀にも己に告げてからリツカは出ていった。鍵もかけずに。
 ふん、と鼻を鳴らして誰にともなく不満を表明し、椅子に掛けられていたケープをくわえて引っ張る。ずるずると引き摺る。侵入者があれば即座に飛びかかれる位置へと雑に広げ、その上に伏せて待機する。不用心だと忠告しようにも、この喉は思うように動かない。故に己が対処するよりない。幸いにもこの肉体にはそれが可能だ。
 リツカは単に外出を知らせただけのつもりだろうが、確かに留守を任されたのだ。食事に、寝床にと世話になっている以上、ぼんやりと寝こけている訳にはいかない。信条に悖る。首輪を作ってあげる、などと語りかけられ内心は複雑だが、リツカが誂えるものであれば興味がなくもない。何より純然たる親愛から放たれた言葉だ。リツカが己に向ける情はひどく心地良い。こんなにも精神が満ち足りたことは、これまでなかった。不測の事態の只中だというのに。
 この自分へと唐突に呪いをかけた、花と白とを纏った魔性に告げられた言葉を思い出す。運命のヒトのくちづけが解呪の唯一の方法だ、と深紅の瞳に無邪気な笑みを湛えていた。未知の獣に変化させられ、合わなくなった服の中からどうにか抜け出し、朦朧としたまま見知らぬ森を彷徨うこと半日。いつの間にやら気絶した己をこの家に連れ込んだのが、リツカだった。
 認めよう。
 確かに彼女は、リツカはオレの運命だ。
 継承権は下から数えた方が早いとはいえ、一応は王子であることに変わりはない。面倒もしがらみも多すぎる。持ち込まれる縁談や令嬢たちのアプローチにしても、王家との繋がりを求める家側の野心が透けている。リツカにはそれがない。この家で初めて目を覚ました時には心から安堵したようにへなへなと座り込み、よかった、と幾度も噛み締めるように呟いていた。打算も裏表もない好意を実感できたのは子供の時分以来のように思う。それをこの五日間、毎日のように浴びているのだ。絆されないはずがなかった。
 だがそれも、この体が獣に変じているために過ぎない。
 元の姿に戻ったなら、このような緩い空気など成立しなくなる。そういうものだ。ただ一時の夢に過ぎない。
 夢とは醒めるもの。醒めればたちまち霧散し、二度と現れることのないもの。
 どうせ長くは続かない。ペット同然の認識であるからには当然だろうが、リツカの感情表現は些か過剰だ。何かにつけて抱きつき、頭や顔を撫で回し、気まぐれに頬を擦り寄せる。寝台に引き込まれそうになった時は流石に抵抗した。この爪では眠っている間にリツカの肌を傷つけかねない。不服そうに尖らせた唇でおやすみと紡ぐのを、複雑な思いで見つめていた。
 淡く、甘い夢。己を撫でるリツカの手のひらは心地良い。か弱い少女に愛玩される身へと堕とされた屈辱を棚上げできる程度には。

 彼女からの親愛の証を手に入れたとき、この淡い夢は終わるのだ。