usagipai
2025-12-23 22:17:58
4619文字
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ねここさん宛

うちよそ小説

チャルスウ

クリスマス当日――
チャルとスウロは、久方ぶりの時間を確かめ合うように、ゆっくりとデートを楽しんでいた。

この世界に「クリスマス」という概念は存在しない。
けれど、スウロからその風習を聞かされたチャルは、半ば強引に予定をこじ開け、この日を空けたのだった。

いつもの装いとは違い、もこもことした防寒具を色違いで身にまとい、肩を並べながら広大なシンフォニアの街を歩いていく。
吐く息は白く、指先は少し冷たい。それでも、隣にいる温もりがそれを忘れさせてくれた。

チャルはここしばらく、ヴァネッサの手伝いに追われていた。
時間が合わず、顔を合わせることすらままならない日々が続いていたため、こうして並んで歩くのも、思った以上に久しぶりだった。

……なんだか、変な感じだな」

不意にそう零せば、スウロが小さく笑う。
その何気ない反応ひとつひとつが、胸の奥を静かに満たしていく。

二人は各街を巡りながら、屋台や店先で目についた美味しいものを分け合い、気まぐれに足を止めては、他愛もない話に花を咲かせた。
目的も急ぎもない、ただ“一緒にいるため”だけの時間。

それはきっと、この世界にクリスマスがなくとも――
確かに――特別な一日だった。

ディナーを終え、満ち足りた余韻を抱えたまま歩いていると、楽しい時間もそろそろ終わりに近づいていることを、どこかで悟ってしまう。
名残惜しさを誤魔化すように歩調を緩めた、その時だった。

「最後に、寄りたいところがあるんだ」

そう言って、チャルは不意にスウロの手を取る。
引っ張られるままについて行きながら、スウロは小首を傾げた。

「どこへ行くんですか、です?」

「ふふ……それは秘密」

それ以上は何も語らず、ただ楽しげに微笑むだけ。
問い詰める間もなく、スウロはその背中に導かれていった。

街明かりを離れ、二人は深い深い森の中へと足を踏み入れる。
木々は高く、月明かりすら遮るほどに生い茂り、足元を照らすのはわずかな光だけだった。
静寂の中、枯葉を踏みしめる音と、互いの呼吸だけがやけに鮮明に響く。

どれほど歩いただろうか。
やがて森がふっと開け、その奥に、静かに佇む建物が姿を現した。

――神殿。

チャルの職場であり、神々が集う神聖な領域。
夜の闇に沈むその厳かな姿を前に、スウロは思わず息を呑んだ。

ここがチャルの「最後に寄りたい場所」だった。

なぜこんな場所に?
そんな疑問が頭をよぎるものの、問いかける間もなく、チャルは迷いのない足取りで神殿の中へと進んでいく。
その背中を見つめながら、スウロは引かれるまま、広大な大理石の廊下を歩いていった。

天井高くまで伸びる柱、足音だけが反響する静寂。
空気は冷たく、ひんやりと肌を撫でるのに――
繋がれた手の温もりだけは、変わらずそこにあった。

階段を下り、さらに奥へ。
光の届かない地下深く、深くへと導かれていく。

やがて、チャルは静かに立ち止まった。

そこは、世界の理から切り離されたような異空間。

――オルキアと呼ばれる宝石のが眠る部屋だった

「ここは……

スウロは、この場所を知っているわけではない。
それでも足を踏み入れた瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなる感覚に包まれた。
まるで誰かに優しく撫でられているような――安らぎ。

けれど次の瞬間、今度は胸を締め付けるような、ひどく切ない感情が流れ込んでくる。
喜びと悲しみ、愛しさと喪失。
相反する感情が一気に押し寄せ、思わず息を詰めた。

「そうか……君には、少し影響があるみたいだね」

チャルはスウロの表情を見て、静かにそう告げる。

「この場所はね、いろんな感情が入り浸って、混じり合っている場所なんだ。
もし君の中にも宝石があるなら……ちょっと触れてしまったのかもしれない」

「大丈夫ですよ……です」

そう言って微笑もうとするスウロに、チャルは小さく息を零す。

……ふふ。無理しなくていいよ。
長時間ここにいるつもりはないんだ。少しだけ……お話に付き合ってほしくてね」

「お話……ですか?」

「うん」

チャルは周囲を見渡し、どこか懐かしむように目を細めた。

「綺麗だよね、この場所。
もちろん、“綺麗”だけじゃないけれど……

静かに言葉を選びながら、続ける。

「この世界にある、喜びも、悲しみも、怒りも、愛も……
そういう“色んなもの”を含めて、すべてが混じり合った空間

その声は穏やかで、けれどどこか大切なものに触れようとする響きを帯びていた。

……どうして、ここに?」

スウロの問いに、チャルは一瞬だけ視線を落とし、そして静かに息を整える。

「スウロ君に……一つ、決意表明ってやつをね。
伝えておきたくてさ」

言葉を探すように、少し間を置いてから続ける。

「君がこの世界に来る前からの話なんだけど……
俺は別に、この世界を救いたいとか、守りたいとか……そういう大それたことを、思ったことがないんだ」

自嘲気味に、肩をすくめる。

「だって、俺は学者だよ?
神だの世界だのって言われても……正直、興味の向く先はそこじゃない」

淡々とした口調。
けれど、その奥にある“本音”だけは、はっきりと伝わってくる。

「英雄でも、守護者でもない。
世界のために命を懸けるなんて……そんな柄じゃないし、そう在りたいとも思ってなかった」

その告白は、格好良さとは程遠い。
けれど、だからこそ――この場所で語られる意味を、確かに持っていた。

……でも、どうしてだろうね」

チャルは小さく息を吐き、スウロの方へ視線を向ける。

「君をいろんな場所に連れて行くたびに……
『あれが好きだ』とか、『これが好きだ』とか……
君がこの世界で、次々と宝物を見つけていくのを見ていたら」

言葉を区切るたび、想いが少しずつ溢れていく。

「気づいたら、俺もこの世界を……ほんの少し、好きになれていた。
そして――守りたい、なんて思ってしまったんだ」

「チャルさん……?」

呼びかける声は小さく、戸惑いを含んでいる。

チャルは、逃げずにその視線を受け止めた。

「これから、この世界は戦争に入る」

静かな宣告だった。
だが、その一言は、空気ごと切り裂くほどに重い。

「そして俺は……その戦争に、参加することになった」

学者としてではなく。
英雄でもなく。
それでも、自ら選び取った“立場”として。

「あの……

スウロが言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。

「何をしているッッ!! そこで!!!」

背後から響いた怒号が、空気を切り裂く。
静謐に満ちていた異空間は、一瞬で現実へと引き戻された。

「あ、バレた」

あまりにも軽い一言に、思わずスウロは目を瞬かせる。
どうやら――不法侵入だったらしい。

普段は完璧で理知的なチャルだが、時折こうして大胆な一面を覗かせる。
この場所の入室許可も、おそらく取っていないのだろう。

「チャルさん……もしかして、です?」

「ふふ。最近、君も俺のことがよく分かってきたね」

そう言って、チャルはスウロの手を強く引いた。

「さぁ、走ろう。
“あれ”に見つかると、さすがに不味いからね」

逃げるように、闇の中を駆け出す。
足音が重なり、息が切れ、世界が後ろへ流れていく。

それでも――
繋がれた手だけは、決して離れなかった。

冷たい空気の中で、チャルの手は確かに温かく、力強い。
その温もりが、さきほど告げられた言葉すべてを、無言のまま肯定しているようだった。

戦争が始まる。
世界は変わる。
それでも――この手を引く選択だけは、迷いではなかったのだと。

スウロは、その背中を見つめながら、ただ黙って走り続けた。

――その夜の余韻を、胸に深く刻みながら。