すだ
2025-12-21 15:21:43
8909文字
Public 婿スバカグ
 

いざ、尋常に

舞手カグヤと婿スバル寄りの学パロスバカグ。交際前。カグヤを避け続けていたら、剣道場で竹刀を手に彼女と向かい合っていたスバルのお話。おまけでカグヤ視点もあります。#スバカグ

 どうしてこんなことに。スバルは天を仰いだ。
「随分と余裕があるようですね。ですが、今日こそは一本取ってみせます!」
 防具に身を包み、面を持った幼馴染が勇ましく宣言する。
 そう、防具を身につけている。今、スバルとカグヤはムラサメ家にある剣道場で互いに向き合っていた。
 こちらの剣道場には幼い頃から通っている。師範の息子であるムラサメとは先輩後輩の間柄だ。ムラサメは二年前に高校を卒業し、今は体育大学で学びながら剣の道を邁進している。
 カグヤを避け続けたのは失敗だったなあ……。スバルに会えなくなると家まで押しかけてきて、くっついてくるような子だったのをすっかり忘れていた。大きくなりすっかり優等生として振る舞っているカグヤに、子供っぽいところが残っているとは思わなかった。先程までのことを思い出し、スバルは嘆息した。


「はあーーー……
 長いため息を吐くと、スマホをいじっていたクサツが顔を上げた。
「どうしたんスかスバルくん。ため息なんて吐いて」
……今日も告白されてた」
「ああ、幼馴染ちゃんのことっスか。すごいっスねー、今日で五日連続でしたっけ?」
「六日連続だよ」
 すかさず訂正すると、よく覚えてるっスね! と感心したように返された。
 彼の幼馴染であるカグヤが入学してきて二ヶ月が経とうとしている。入学当初はおそろしく綺麗な子が入ってきたと学校中で噂になった。
 カグヤが可愛いのは近所でも有名だったが、ここまで大騒ぎにならなかったのは彼女が中学は女子校に通っていたからだ。
「私もスバルと同じ高校に行きたいです」
 受験シーズン真っ只中、カグヤが突然そう言い出した。中高一貫の女子校であれば、血に飢えた狼みたいな輩はいないからと安心していたスバルにとって青天の霹靂だった。理由を聞いても教えてくれず、トップの成績でスバルと同じ高校に入学したカグヤは、新入生代表として挨拶を行った。全校生徒の前で凛と背筋を伸ばし、涼やかなよく通る声で言葉を述べた女生徒の噂は瞬く間に広まり、教室には彼女目当ての野次馬が押し寄せた。同じく女子校から入学してきた友達が守ってくれたようだが、本人からその話を聞き、スバルは気が気ではなかった。
 更にカグヤがスバルとは幼馴染であると公言して回っているため、仲を取り持ってくれないかと声をかけられることが増え、うんざりしている。誰が好き好んで恋敵を増やしたいと思うのか。笑顔で本人の自主性に任せてるから、と言うと口元を引きつらせながら諦めてくれるのでそこは助かっているが。
 更に更に悪いことに、カグヤは人目を気にせずスバルに会いに来る。上級生のクラスに乗り込んでくる下級生は目立つから、ますます注目を浴び、彼女の虜になる人間が増えていく。勘弁して欲しい。
 そのため最近のスバルはカグヤを避けがちになっていた。休み時間になるとさっさと教室からいなくなり、授業が始まる頃に戻る。放課後は幸い帰宅部なので、すぐ下校する。
 カグヤに会えないのは辛いが、会いに来てもいないと分かれば諦めてくれないだろうか。スバルのクラスに来るのをやめてくれさえすればいいのだ。
 先日剣道場の稽古で顔を合わせたら、恨めしそうに「スバルのばか」とひと言呟かれたきり、そっぽを向かれてしまった。辛い。
「なるほどねー。自分は可愛い幼馴染とろくに仲を深められていないのに、命知らずの連中が毎日のように突撃していくんだもん、不安になるよねー」
「ちょっとひなさん、人の話を盗み聞きしないでくれる?」
「隣で大声で話されたら嫌でも聞こえるよ。それにカグヤちゃんのことを話してたら、なおさらだってば」
 そうなのだ。スバルの隣に座る女生徒――ひなはカグヤの友人でもある。
「大体何でオレのところに来るんだろ。いい加減幼馴染にべったりなのは卒業しないといけないと思うんだけどな……
 ついこぼれた言葉に、両隣の友人たちは呆れたように顔を見合わせた。
「スバルくんて相っ当鈍いよね……
「そうっスねえ……
「ええ? どういうこと?」
「知らなーい」
 問い詰めようと口を開きかけたそのとき、軽やかな足音が聞こえてきた。
「ひなさん、まさか」
「うん、そのまさか」
 ごめんね? と言いながらひなが差し出したのは自分のスマホ。そこには、
『SHR終わったよー。スバルくんはひきとめとくからすぐおいで』
 のメッセージ。
「スバル!」
 透き通った声が教室に響き渡った。残っていた全員の視線が入り口に集まる。その正体が噂の女生徒だと分かった途端、ざわめきが起こった。スバルもちらと入り口を見遣る。夏服に身を包んだ幼馴染がそこにいた。夏らしい明るい色調がよく似合っている。半袖から惜しげもなくさらされた白い二の腕が眩しい。だが今は、感想を脳内で述べている場合ではない。
「今日こそは付き合ってもらいますからね!」
 付き合う!? 衝撃発言にざわめきが増す。
 スバルは鞄を手に取ると窓へと駆け出した。
「ちょっとスバルくん! ここ二階!」
 そのままひらりと窓から飛び降りる。
「クサツさん! 靴おねがい!」
「へっ!? 了解っス!」
「逃しません!」
「ってカグヤちゃん! だからここ二階だってばー! もー!」
 ひなの絶叫が教室にこだました。
「どうして逃げるんですか!」
 さすがカグヤだ。全力で逃げても引き離されずついてくる。
 小さい頃からコツを掴むのが上手くて、剣道でも神楽舞でも、すぐにスバルに追いついていた。いくら努力しても同じく努力家なカグヤにはすぐに追いつかれてしまう。何度やめようと思ったことか。
 それでもやめなかったのは、いつかカグヤに並び立てる程の人間になりたいと思っていたから。今は無理でも、いつか彼女の隣に立つのに相応しい相手になりたいと、がむしゃらにやってきた。お陰で成績は学年で十位以内には入れているし、剣道と舞も注意されることが減ってきた。
 世間の人は充分だと言うかもしれない。だが、まだ足りない。そう思ってしまうのは、それだけカグヤを大切に思っているからなのだろう。
 スバルを選ぶことで、カグヤの人生が曇って欲しくないと。納得がいくまでは、この想いは秘めるしかないのだと。
「クサツさん!」
「スバルくん……
 昇降口で待っているクサツに声をかけると、クサツがこちらを振り返った。心なしかいつも元気な友人の声に力がないような気がする。受け取った靴を急いで履きながら、嫌な予感が頭をかすめた。
 もしや罠、と思ったときには手遅れだった。背後から伸びてきた手に羽交い締めにされる。
「フブキさん離して!」
「ごめんなさい、スバルくん。でもボクは風紀委員として、風紀を乱す人を見逃すわけにはいかないんです!」
「ありがとう、フブキくん。風紀委員長としてお礼を言わせてもらうの」
「ひなさん、悪役みたいな登場やめてくれる?」
 フブキの後ろから現れた黒幕に声をかけると、ひなは胸を張って答えた。
「問答無用だよ! 二階から飛び降りるなんて危険な行為、お天道様が許しても、このひなが許しません!」
「この間時代劇にハマってるって言ってたっスね」
「とにかく、ダメなものはダメ! カグヤちゃんも! いくら友達でも規則は規則。後できっちり処分は受けてね」
「はい」
 覚悟していたのだろう、ゆっくり歩いてきたカグヤは大人しく頷いた。
「うん、よろしく。じゃあ明日の昼休みに職員室へ来てね。解散!」
「え」
「分かりました。行きましょう、スバル」
「じゃあね、ふたりともー」
「さようならー」
「また明日っスー」
 いつの間にか靴を履き替えていたカグヤにしっかりと腕を掴まれ、そのまま連れていかれる。噂の新入生と手を繋いでいる姿は大層目立つ。離して欲しいとお願いしても、「嫌です」の一点張り。これは完全に怒っている。今までの行動を振り返り、無理もないと反省した。カグヤの姿を見かけるたび会わないようにしていたので仕方ないだろう。時代劇にハマっているひなではないが、大人しくお縄につこう。
 そうして剣道場へ辿り着き、気がつけばこうして向かい合っているというわけだ。どこか思い詰めた表情で面を手にしたカグヤが、スバルへ話しかけた。
「こうして一緒に稽古をするのは久しぶりですね」
「あ、ああ。そうだね」
「最近はスバルに全然勝てなくなって悔しいです。ですが今日こそは一本取ってみせます。……もし、私が一本取れたら」
 言葉を切り、こちらを見つめる瞳がかすかに揺れる。
「私があなたから一本取れたら、話を聞いてくれますか?」
 そういえば、ここ最近は話すら聞いていなかった。カグヤの人気に気後れし、学校の外で会ってもろくに会話が続かなかった気がする。カグヤにふさわしい人間になるまでは、なんて格好つけているくせに、目の前で泣きそうになっている女の子ひとり安心させられないなんて、とんだお笑い種だ。
 こんな顔をされるくらいなら、逃げ回るのはもうやめよう。心に決め面をかぶった。
「分かった。今まで向き合ってこなくてごめん」
 謝罪の言葉に、カグヤの口元が綻んだ。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、こんな情けない幼馴染を見捨てないでくれてありがとう」
「情けなくなんてないですし、見捨てることは絶対にしませんよ」
「手加減はしない」
「望むところです!」
 カグヤが面をかぶり、互いに竹刀を向けるとムラサメが道場へ入ってきた。
「待たせたな。ふたりとも、準備は良いか?」
「いつでも」
「はい」
「それでは、はじめ!」

 
「一本!」
 小手に一撃を受け竹刀を取り落としたカグヤが素早く拾い直す。
「まだまだ!」
 徐々に彼女の気迫に押されるようになってきた。元々争いごとが苦手な性分なので、鍛錬のためとはいえ誰かと試合をするのは苦手だ。稽古は好きだが、昇段試験や対外試合では勝ちきれないことがそれなりにあった。加えて相手はカグヤである。万が一怪我をさせてしまってはどうしよう、と少しためらってしまう。そのたび、手を抜かれることを誰よりも嫌うカグヤに怒られるので、相手をするときは怪我をさせないようにしつつ手加減しないよう気を遣う。自分でも何と器用なことかと呆れてしまう。
 小手を狙われすんでのところで払う。疲れてきているはずなのに、段々動作のキレが良くなってきている気がするのは何故だろう。踏み込みがより大胆になってきた。それでいて身のこなしは全く雑になっていない。恐ろしさを感じ、身震いした。
 大体、どうしてここまでスバルから一本取ることにこだわるのか。何か願掛けでもしているのだろうか。
 いつかの昼休み、たまたま出くわしてしまった見知らぬ生徒からカグヤへの告白の瞬間を思い出す。逃げようにも次の授業は視聴覚室で行われるため、この道を通らないといけない。こんなところで告白しないでくれと心中で毒づきながら、せめて距離を取ろうと歩き出した足は、カグヤの言葉で止まってしまった。
「お気持ちはありがたいですが、お断りします。私にはすでに、心に決めた方がいますので」
 失恋した、と思った。いつも一緒で、どこへ行くにもついてきた小さくて可愛いカグヤはもういない。スバルとは違う環境に身を置くうち、きっと大切な人を見つけてしまったのだ。目の前が真っ暗になる感覚に頭を押さえる。気がつくとカグヤたちはいなくなっていた。少し遅刻だ、と憂鬱な気分で視聴覚室へと向かった。
 だからこそ、どうしてスバルに構うのかが分からない。心に決めた人のところへ行けばいいのに。
 キミはいつもそうだ。どんなに笑いかけてくれても、オレのことをただの幼馴染だと思っているくせに。振り回すのはやめてくれ!
 動揺が足に出た。後ろへ引いた足に重心が乗り切らず体がわずかに傾ぐ。まずい、と思ったときには眼前に紺の道着が迫っていた。
「面!」
 張りのあるかけ声と共に、ムラサメの手が上がる。
「面あり、一本!」
「やった! やりました!」
 飛び跳ねるカグヤの前で膝をつく。呼吸を整えようと下を向くと、汗が床にぱたぱたとしみを作った。
「参った」
「散々一本取っていた人間が何を言うんです」
 文句を言いながらも声色は明るい。スバルに勝てたことがよほど嬉しかったのだろう。
 面を取ると鞄の横に置いてあったタオルで汗を拭った。
「約束だから話を聞くよ。聞かせて」
「はい」
 面を脱ぎ、手拭いを外したカグヤが頭を振る。きらきらと輝く銀色の髪に、つい見惚れてしまう。
 上気した頬のまま、幼馴染が真っ直ぐこちらを見据えた。
「スバル、好きです! 結婚を前提にお付き合いして下さい!」
「は……。え? ……ええ!?」
 空耳だろうか。好き、とか結婚、とかお付き合い、とか聞こえた気がする。
「な、なんでけっこん?」
「だって、スバルは今度のお誕生日で成人するじゃないですか! 高校卒業したら、すぐ結婚しちゃうかもしれませんし……。だから一本取れたら告白するって決めていました」
「しないしない! 予定もない!」
「そうなのですか?」
 ぶんぶんと首を縦に振ると、良かった、と愛らしい笑顔を見せてくれた。可愛い。いや、そうではなく。
「カグヤ殿は本懐を遂げたのだな。今宵は赤飯だろうか」
 横で話を聞いていたムラサメが真剣な表情で話しかけてきた。すっかり存在を忘れていたスバルは何も言えず固まっている。
「まだ返事をもらっていません」
「そうであったな。席を外すゆえ、結果が分かったら教えてくれ」
「ありがとうございます、ムラサメ先輩」
 ふたりの間で話は進められ、ムラサメが退出するとカグヤがこちらに向き直る。
 茜色に染まり始めた道場の中、いつも真っ直ぐな紅藤色の瞳だけが煌めく。
「返事を聞かせてください」
 ここまで言われてしまったら、もうこれ以上誤魔化すことはできない。目を閉じ深呼吸すると、居住まいを正しカグヤを見返した。
「ずっと、キミのことが好きだった。オレと付き合ってください」
 大きく見開かれた後、細められた瞳から、透明な雫が頬を伝った。
――はい!」
 涙を拭ってやろうと手を伸ばすと、受け入れるため目を閉じたカグヤが急に後ずさった。
「ダメです!」
「へっ?」
 顔を真っ赤にしながらカグヤがあわあわと手を動かす。
「私、今汗をいっぱいかいてて、その、汗臭いので」
 ダメです! と言い残し胴着のまま脱兎の如く駆け去った。
「ムラサメ先輩! お家から戻ったらお赤飯いただきますのでよろしくお願いします!」
「おお、承知した。汗を流してくるといい」
 母屋に向かって声を張り上げたカグヤが正門を飛び出して行くのが見える。自宅で風呂に入るのだろう。
「風呂……
 慌てて首を振り、深く考えないようにしてスバルも立ち上がった。
 母屋へ入りムラサメのところへ行くと、米を研いでいる最中だった。
「お主も汗をかいただろう。思い合う女子おなご夕餉ゆうげを共にするなら身綺麗にしたいのではないか? 風呂は沸いているから入ってくるといい」
「ありがとうございます、ムラサメ先輩」
 半ば呆けながら脱衣所で乱雑に服を脱ぎ、お風呂をお借りしているのだと思い直して服を畳み、浴室で体を洗うと湯舟に入る。先程のカグヤの告白が頭に蘇り、頭まで湯に浸かった。
 好き。あのカグヤが、オレのことを好きだと言った。
 あの日カグヤが言っていた「心に決めた方」が自分のことだったなんて。
 今になって実感がわいてきて、思わず身をよじってしまう。
「うああ……
 突如浴室のドアが叩かれて、半身ほど浴槽から飛び上がった。
「ぅわー!!」
「む、すまぬスバル殿。驚かせてしまったか。追加のたおるを置いておく、良ければ使ってくれ」
「あ、ありがとうございます……
 淡々と用事を済ませたムラサメの気配が遠ざかっていくのを感じながら、スバルは深呼吸した。
 動揺し過ぎだ、落ち着け。これから両想いになったカグヤと(ムラサメ先輩と)夕飯を食べるのだ。挙動不審にならないようにまずは落ち着け。
 いつもの通り、ムラサメの作る赤飯は絶品だった。


 剣道場からの帰り道。街灯の灯りの中、ゆっくりと歩く。
「私が告白しなかったら、いつしてくれたんですか?」
「んぐ」
 突然投げかけられた衝撃の質問に変な声が出る。
「ええと……隣にいても恥ずかしくない人間になってからと思ってたから、五年か……十年後……?」
「随分と気の長い話ですね。その間に私が他の方とお付き合いしたらどうするつもりだったんです?」
「それは……諦める、しか」
「諦められたと思いますか?」
「思いません」
「ふふ、良かった。そんなに簡単に諦めてもらっては困ります」
 それに、と恋人になった少女がこちらを見上げ笑う。
「私は最初から、スバルのことしか見ていませんよ。恋だと気付くずっと前から」
 全く敵わない。
 今回は先手を打たれたが、プロポーズは自分からしたいな、とまだ交際が始まったばかりだというのに諸々全てをすっ飛ばして考える。
 そして十年後、その望みは叶えられることとなる。