ろころころ
2025-12-15 19:59:30
4046文字
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お船の上で警察に喧嘩を売るあぐちゃんの話

お船貰った次の年のクリスマス時空


豪華客船そう聞くと、多くの人は"高級ホテルのような船"を想像するだろう。


アグニスだってそうだった。アグニスは稼ぎが悪い訳では無いがそれはもう浪費が凄いので、稼いでも使うの繰り返しで生きてきた。そんなアグニスにとって日々の贅沢に回せるお金というのは無かったし、仮に給与日で手元にお金があったとしても、それを贅沢よりもギャンブルに回すのが彼だった。

だから、その贅沢そのものを渡されたアグニスは流石に困惑した。彼がそれを買えるくらいにお金を持っているのは知っていたが、それをまさか自分に使ってくるとは。しかも、こんな形で。肝が据わっており図々しいことで名が知れているアグニスも、海の上に浮かぶ巨大なそれを見せられた時は、流石に呆然と見上げる他なかった。

──────そう、ミランはアグニスにこの船を送ってきた。




…………いや、やっぱりおかしいだろ」

安物の小舟と違い、ほとんど揺れることの無い部屋は、地上のホテルと同じように快適に過ごすことが出来る。
白くてふかふかなベッドは毎日、アグニスが部屋を離れている間に新しいシーツへと変えられている。アメニティや飲み物、お菓子の補充までそれらは高級ホテルの如く完璧に行われているのだから、アグニスの私生活が堕落していくのも時間の問題であった。

こうなってくると、もうエオスには戻りたくない。今まで受け持っていたような仕事もやる気が出ない。この船にいれば安全で、衣食住全てが整っており、大好きなギャンブルもいくらだって出来る。最高の世界。まるで天国だ。
この船をアグニスに与えた彼のことを考えれば水上に浮かびアグニスの意思では箱から出ることすら叶わない。まるでアグニスを捕らえて置くための方舟だ。だとしても、アグニスにとってはこの楽園を手放すのも惜しかったのだ。別に外に出たいといえば港まで連れて行ってくれるのだし。通信も取りたい放題。特に不便はしていないので、余計にそう感じるのかもしれないが。

そんなこんなで、閉じ篭っているとどうしても現実の時間感覚を忘れがちになってしまう。
アグニスが気晴らしに故郷のイッシュに降りた時辺りは既に『クリスマス』の楽しげな雰囲気を漂わせていた。ベルの音が奏る賛美歌、デカデカと街を彩るのは綺麗なケーキの広告。

例の船でアグニスが暮らすようになってから、一年経つことになるのかと。
ふとそんなことを考える。

去年の彼は『サンタさん』だとか馬鹿なことをほざきながら、脈絡も無いプレゼントをばらまいていたが。今年もまた、なにかしでかすつもりなのか。
正直言って、彼のことはアグニスもよくわからない。彼に追われていると知り、警戒のために彼について調べ回ったことはある。しかし、それで出てくるのは彼の職柄と経歴のみ。彼が何を思っているかなんて知る術もない。
けれども、彼が同僚のキュワワーに配慮したり、弟を守るべく奮闘しているのだってアグニスは知っているのだ。アグニスに対して囁く愛も恐らく嘘では無い。それがわかっていたからこそ、アグニスは彼のことが余計に理解できないのだが。アグニスに対して愛情を抱く悪趣味なヤツなんて、この世界を探しても彼くらいだろうとさえ思うのだ。

つまり、アグニスは別に彼のことを信用していないわけじゃなかったし、彼のことを"悪人"だと思ったこともなかった。毎度クソみたいな理由をつけて襲いかかってくるのは死んで欲しいと思っているが。それでも、彼にこんな高額なものを与えられた以上は微妙に抗いにくい。アグニスにだって、それくらいの良心はあった。良心と言うよりは常識かもしれないが。


ということで、クリスマスのオーナメント以外は変わらぬイッシュの街並みの中で、ふとアクセサリーショップに立ち寄った時に目に付いたピアス。これを彼の舌にぶっ刺してやろうと思うのだ。

黒と赤のグラデがかかったシンプルなデザインのそれは、自分の毛並みの色に似ていると思う。
彼、ミランの舌に着いている銀色の舌ピアス。あれの正体をアグニスは知っている。あれの中には記憶を消す薬が仕込まれており、例えば敵組織に捕獲された時……その薬を飲み、記憶を消して組織の情報を喋らぬようにさせるのだ。つまり、あのピアスはミランが警察の中でも重要な情報を持つエージェントであり、同時に組織への絶対服従の証でもあるのだ。首に付いていない首輪のようなものなのだ。

さて、既に前科しかないアグニスとしては、警察という組織が気に食わなかった。ただでさえアグニスを追い回してくる上に増してや自分たちは部下に薬を仕込んむだなんて非人道的な仕打ちを許しているとは。それならアグニス達が違法の薬を持ち運んでようがとやかく言える筋合いは無いはずだ。そんな自分達の罪を棚に上げて、正義面して民衆の同意を集めながら『犯罪者』を裁くなんて、忌々しいにも程がある。

だからアグニスは、奴らの大切なエージェント様の首輪をぶっちぎって、犯罪者の与えた"証"にすり替えてやろうと思ったのだ。


──────小さな黒い箱の中で、アグニスの"証”がきらりと光を帯びる。

これから先に起こるであろうことを想像してほくそ笑んだアグニスは、ご機嫌に方舟へと大人しく帰還した。