※みおちゃんと、この二人
privatter.me/page/679e2d82ec0dc
・
・
・
「はっきり言って、離婚案件だからね」
「???」
「後ろには誰もいないわよ、宿六。あんたよ、あんたのこと!」
いつもと変わらぬ光景だ。ソファで分厚い本をめくっている一郎に、ビシ! と人差し指を突き付けてやる。
不思議そうな顔で自分の後ろを振り返る男に、みおは改めて名を呼んでやった。フルネームで。
「埋れ木一郎! あんた、どういうつもりなの」
「??? どうもこうも話が見えてこない。
……緑茶でいいなら僕が用意するから、少し待ってろ」
「いい。すぐ終わる!」
今週、みおのシフトは入っていない。
高校のテスト期間だからだ。それは、千年王国研究所でのバイトが決まった時から現在まで、変わらぬ約束だった。それなのにやって来た、ということは何か相談があると思われたのだろう。
かつてメフィストの城と呼ばれたキッチンに、その長身をかがめながら行こうとするから、とっさに引き留めた。
「なら聞くが、離婚案件とは?」
「
……まったく心当たりないって顔ね」
ついっと視線でソファに促され、それには素直に従った。
真新しいスプリングにまだ慣れない。この部屋に合わせた深い赤のソファは、今年になって購入されたものだ。みおが小さな頃からあった古いソファが、とうとうダメになったのは今年のはじめ。
いい加減、新調することになり、通販サイトを眺めながら眉間にシワを寄せていたメフィストが出稼ぎに行くまえに、この男はまたもやシレ~っと臨時収入を稼いできたのだ。
魔界にツテができてしまったから、探せばいくらでもあるらしい。ただし、かなり面倒な案件が多いので、あまり触れたくないと言っていた。
――それでも、よそに自分の悪魔を働かせにいくことに比べたら、速攻でこの悪魔の祖父に連絡を取ってしまうのだ。
「だいたい、僕がどれだけメフィストの婚約者にふさわしいか
……君も知ってるだろ」
「
――そうね。嫌になるほど聞いたわ」
耳にタコができる、というヤツだ。
ようやく二人が『お付き合い』というものを始めたのは、去年の冬。メフィストの左の薬指にはめられた指輪は、その小さな手にいまもキラキラと主張している。
メフィストの両親への報告までは、順調だった。
メフィストの父親、ピンクのニット帽の悪魔は、お祝いの赤飯をふるまいながら目を真っ赤にしてたけれど。
問題はメフィストのおじいちゃん。
みおがまだ会ったことがない悪魔大公さまだ。
前の悪魔くん
――真吾さんの頃は人間界にも顔を出していたらしい。慢性的に深刻な腰の痛みを抱えながらも、やんちゃなプリンスだった息子、メフィスト2世といっしょに。
相当可愛かったのだと思う。そして人間好きな白悪魔の中でも特に、メフィストといういきものは『埋れ木』の人間に弱いと、みおは思っている。真吾の第一使徒として、いまだに杖をふるう2世も。人間界にも、他人との関係にも不慣れだった、あの一郎のもとに何度も通っていたメフィストも。
――たぶん、メフィスト老もだ。
だから溺愛している息子と、その息子と添い遂げる覚悟をもった埋れ木エツ子さんの間に生まれた孫を溺愛するのは、当然だ。しかも可愛がってる息子にそっくりで、息子と同じくらい
……ちょっとチョロい。めちゃくちゃ心配だろう。
『おじいちゃん。急にごめんね。おれ、悪魔くんと付き合うことになった』
そう孫に告げられたメフィスト老は、怒るでもなく焦るでもなく、淡々と一郎に確認したらしい。
『
――それは、メフィスト家の秘蔵っ子と、婚姻を結びたい
……ということで合っているか?』
もちろん同行していた一郎は強く頷いた。
そうして、メフィスト老はすこしだけ考えるそぶりを見せ、落ち着いた声で言ったのだ。
『いま、俺のもとに魔界の依頼が数件入っている』
それらすべて解決できたら、
3世の男になることを認めてやってもいい、と
『一件目は古城の清掃。火竜からだ。竜のやつらに手に負えない収集癖があるのは知っているだろ? これは息子にも頼んだモノなんだが「
――オヤジ、俺の主婦力は埋れ木でしか通用しない。勘弁しろ」とすげなく断られた』
『二件目は、俺の古い知り合いだ。北のダークエルフに騙し取られた遺品を取り返してほしいと憤慨している。なかなか目に余るようにもなってきた。だがこのダークエルフは妻の親族の知り合いでな、手荒なマネはしたくない』
『
――最後に三件目だな、3世を娶るつもりでいる悪魔公爵の長男と話をつけて来い。ブネと言えばわかるだろ? そこの2世にあたる。こいつは力が安定しない幼少期、犬にしか擬態できなくてな。魔力の相性がいい俺の領地で一時期匿っていた。そのころ3世と出会っている。今は人間にもグリフォンにもなれるが
……当時は深刻だった。3世はいまと同じで面倒見がよくてなぁ。自分よりも小さな犬の姿をしたブネを連れ回していたし、暴走して屋敷を半壊させた時も、巨大化したブネをいつもと変わらぬ声で𠮟りつけ「おれが、落っこちちゃうと思ったんだろ? やさしいブネはおじいちゃんに謝れる?」などと俺のところまで手をひいて、いっしょに謝罪に来た。そこからメロメロだ』
3世を手に入れるなら、これぐらいやってみせろ、と。
自分にきていた魔界の面倒ごとを一郎に投げたのだ。
『
……3世、おまえの悪魔くんを二、三か月ほど借りるぞ? それ以上は待てん』
そう言ってド派手な車で一郎を連行し、メフィストを研究所に留守番させたのだ。
言っては何だが、あんなにあんなに美味しくないメフィストの紅茶を飲まされたのは、後にも先にもあの時だけだ。
・
・
・
「
――そうね、メフィストのおじいちゃんのムチャぶりを、一か月もかけずに片づけてきたのは、すごいと思うわ」
「確かに面倒だったが、難問ではなかったな。メフィストを初めてデートに誘ったときの方がずっと難しかった」
「デートだけじゃないでしょ、あんた
……すきって言うのにどんっっだけカラぶってたのよ」
「でも、ちゃんと告げることができた。これは君に感謝している。とても」
「
……それは
……もういいよ。私もうれしいし、さ」
対面するソファで、やわらかく向けられた目線がくすぐったい。
みおが大きくなったからだけじゃない。この男が合わせるようになったからだ。
「~~~~じゃなくてッ!」
「???」
あぶない。いい雰囲気に流されるところだった。
メフィスト老からの難問をこなした一郎は『聞いたか? 3世さまの婿殿は、なんでも解決してくれるらしい!』『あのメフィスト老さまが認めたってよ』とあちらでも評判らしい。本人も『さすが3世さまの婿殿!』と言われ続け、まんざらでもなさそうだ。だから研究所には人間界だけじゃなくって、魔界からの依頼もくるようになっている。この新品のソファもそこからの臨時収入だ。
「あ~~~~もう! はっきり言うね? 毎週、毎週、毎週
……なんっで! このクソ忙しい月末にまで、真吾さんちにメフィスト連れ回してんの、あんた!」
「?? 連れ回してはいない。ぼくの実家にちょっと顔を出しているだけだ」
「それ! ちょっとじゃないって言ってんの! メフィスト困ってるじゃん」
「
……メフィストが?
……そう言ったのか」
ソファに沈めていた長身がぐんっと前のめりになる。瞬きすらしていない。
自分の悪魔のことになるといつもこうだ。小さなころから変わらない、みおの好きな光景。
「言ってはない
……けど、見てたら分かるもん」
「
……そうか、」
実際、そんなことは言われていない。
数年前の一郎ならば、『なんだ。本人が言ってないのなら、君の言い分は唯の言いがかりだな』だとか屁理屈をぬかしていただろう。聞き返してきた一郎の声は、淡々としたものだったが、語尾がすこしだけ掠れている。焦っている証拠だ。すこしだけ胸が痛い。
『離婚案件だ!』なんて、おおげさだったかもしれない。メフィストは困惑はしていたが、そもそも真吾のことを尊敬しているし、やさしい伯父さんでもある。
これは、みおのお節介だ。分かっている。
「
……ごめん。離婚案件は、言い過ぎた
――でもね、宿六。毎回、毎回ッやったら難しい話をしてるアンタたちのそばでメフィストは紅茶いれたり、真吾さんや他の使徒さん達からもらったお菓子食べたりしてるだけって。掃除するとこも、もうないんだよ
……って。手持無沙汰で困ってるよ」
――これは本当だ。
『伯父さんのところに悪魔くんが行くのはいいんだけど、おれのこともいっつも連れてくんだよなぁ』って。ふたりだと気まずいのかな? って思ったけど、前はそんなこと気にしてなかったのに
……と、メフィストは首をかしげていた。
みおの顔を見るなり黄色いエプロンをくるんっと身に着けて『これ、サシペレレさんから! マテ茶だよ。みおちゃんも好きな味だと思う』と、本場の茶葉をふるまいながら。
真吾さんのもとで肩を並べ、ともに戦った同期とそっくりの息子が、見えない学校に頻繁に来ているのだ。多忙とは言え十二使徒さんたちだって、嬉しいのだろう。おかげで研究所のおやつ棚が、各国各地の多種多様なもので埋め尽くされている。それには非常に助かっているようだったが。
「
――なるほど。メフィストは働き者だからな
……気を使わせたか。そこは善処しよう」
「え? うん
……考えてくれるならいい、けど
……ごめん。やっぱ聞いていい? 何でわざわざ真吾さんだってクソ忙しい時に、メフィストつれて実家に行ってんの、あんた」
こうなったら直に聞いた方がいい。
千年に一人と言われる頭脳を持っているが、特にじぶんの悪魔に関することとなると、おかしな方向に使われてしまうことがある。たぶん今回もそのケースだ。みおだって、この二人を小さなころからずっと近くで見てきたのだ。
「?? 人間は忙しいと、かわいいものを見たくなるだろ」
「え? うん、そう
……かな?」
犬猫動画や、赤ちゃん。あの手の動画に流行り廃りはない。
みおだって、どうすることもできない寂しい夜、暗い部屋のすみっこでチュウ助を抱きしめたことがある。
「それならメフィストが最適だろう?」
「ん?」
「僕にだってその手の知識はあった。だが身をもって知ったのは、あの魔界での一か月だ。メフィスト老の課題をこなしている間、僕は一人だったわけだが、決まった時間のスマホでの連絡だけは許されていた。一言、二言でももちろん救われたが
……みお、知ってるか? メフィストは、僕がお願いすると何でもしてくれる。どんなに忙しくても写真を送ってくれたし、僕のシャツを着ているモノをお願いしたら、それすらも
……だ。正直ものすごく仕事がはかどった。僕はあのとき実感した」
「え、うん
…………うん?」
口調が早い。ちょっと聞きたくないことまで知ってしまった気がする。この男、止まらない。
「
義父さんは、僕が知る人間でもっとも忙しい」
「うん」
「これは事実だ。メフィストも常に心配している。たとえそれが望んでやっていることでも疲弊はするだろ? こっちの研究所の依頼も手伝ってもらっているしな
……だから、僕のメフィストを見せてやってもいい、と思った」
「あー
……うん」
――あ、だめだこのひと。
じぶんの悪魔が、この世でいちばんかわいいと思ってる。
知ってる。こうなってしまうとダメだ。二人とも変にガンコなところがあるし、実際、真吾さんが喜んでいるのは事実だろう。
「
……分かった、宿六。ねぇ、それじゃあもっと真吾さんが元気になること教えてあげる」
「???」
・
・
・
――次の週末。
息子と同様に分厚い本が積み重なった机のうえで、寝落ちしかけていた真吾は固まっていた。
その隙間から見える、すこし怒ったような三つの顔に。
「おにいちゃん!」
「悪魔くん
……!」
「真吾伯父さん!」
――もお!また寝てないでしょ? と頬をふくらませる妹。
――オレ、納期終わったから書類手伝えるぜ? と口調があの頃になってしまってるメフィスト2世。
――ホットケーキ人数ぶん焼いてきますね? とエプロンをぴょこぴょこ結んでる甥っ子。
この世で最もかわいい顔みっつに囲まれた真吾が「え、え、え?」と戸惑ってしまったのは仕方ない。
「盆と正月とクリスマスだ
……」
そう呟いたところで、甥っ子がホイップクリームを乗せた焼きたてのホットケーキなんて運んでくる。
きょう、誕生日だったっけ? そうして
――
「ほら、悪魔くんも!」
かわいい悪魔に手をひかれ、そっぽをむきながら登場した息子に、
真吾はいちばんの笑顔をこぼしたのだった。
・
・
・
(かわいいは正義! を四十路にして知る真吾くんのはなし)
・
・
・
まだまだ!つづく!
https://privatter.me/page/6a003cafe1cda
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.