ほしのまなつ
2024-12-30 20:14:58
4301文字
Public :一郎×3世短編
 

🥞🎩3️⃣/忘れもの、ほんとにない?

数年後。
高校生みおちゃんとふたり

#令悪いちさんのお題より https://sites.google.com/view/1x3daily/
「忘れもの、ほんとにない?」





これは、恋のはなしである。





「メフィストー! もらいもんだけどお茶っぱ、いる?」
「いる! みおちゃん、いつもありがと!」
「うちは飲まないやつだから、ママがよければ~って」
「助かるよ。あ! うちももらいものだけど、クッキー食べてく? ほっとくと悪魔くんがぜんぶ食べちゃうから……
「いる!!」

わたしのバイト先には、悪魔がいる。

『チョコクッキーだから、セイロンティーのヌワラエリアで。みおちゃん、しぶみのある紅茶すきだよね』などと、手早く黄色いエプロンをつけているが、正真正銘ほんものの悪魔だ。
それも上級悪魔のたぐいらしい。何なら奥には一万年にひとりの天才もいる。
ついでにココアのおかわりを頼んで『今日はもうおしまい!』と叱られているが、これも正真正銘ほんものの天才だ。

半分悪魔で、半分にんげん。

自分と違ういきものなんだなって自覚したのは、彼の背を越してしまったあたりからだ。
ちいさな頃からずっといる悪魔は、すこしも変わらない。

「ねぇ、ここで宿題やっていい?」
「散らかってていいなら……
家にいるより集中できるんだもん、と言うとメフィストは眉を、へにょっとさげて笑いながら、本まみれの机をゆずってくれた。
シュンシュンと台所から聞こえてくる、お湯を沸かすやかんの音。
台座が床にぶつかる、こつんっとした音。
台座は、みおのティーカップを紅茶棚から取りだすためだ。
メフィストの身体にあっていない台所は不都合なことが多く、そのぶん色んな音がする。
小さなころから雑多な音のなかにいた方が、安心して集中できた。

「あ、れ……? うそ。ノート、わすれたかも……

しまった。
友人から戻ってきたのを机に入れたままだ。
特待生の枠で入学した高校は、提出物ひとつひとつが命取りだ。

「えっいまから学校もどるの?」
「うん、暗くなる前に」

うっすらと暗くなってきてはいるが、夕方の五時まえだ。
まだ残っている先生もいるだろう。そこまで遠くはない。
だがエプロンをはずしたメフィストの眉間には、ぎゅっとシワがよってしまっていた。

――悪魔くん、みおちゃんについてって」
「え、大丈夫だよ、まだ明るいし」
「だめ。すぐ暗くなるよ。ほら、悪魔くん!」
……君は?」
「さっき連絡があった調査依頼の日程くみ直しと、きょうの依頼者のメールの返信。あと今月の経費計上! 悪魔くんが代わりにやってくれるならおれがいくけど?」
……ホットケーキを焼いて待っていてくれ」





――ねぇ宿六。わたし、本当に一人で大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないから、ぼくが一緒なんだろ」
「運動会、見てたじゃん。わたしめちゃめちゃ早かったでしょ??」

保護者含めた三名までが許された、中学校の運動会。
けっきょく二人は三年間、みおの学校行事を皆勤賞だ。

『ママはおばあちゃんを呼びたくて、なのにパパがパパのおばあちゃんに先に連絡しちゃってさぁ』
『うちは弟とかぶっちゃったから、リレーだけ見にくるって』

友人やまわりのクラスメイトのそんな会話に、みおはいつもなんて答えたら正解なのか、わからないままでいる。
こうした行事のとき、保護者席のいちばんうしろで、細い身体をさらにちいさくしたさなえは、みおの好物をぎゅっとつめたお弁当といっしょに座っていた。
相変わらず若くて綺麗だとか、ひとりであの映画館を切り盛りしていて偉いだとか。
しずかに微笑んでみおを待つさなえに向けられる視線や言葉に、素直に「うん!」と返せていたのは小学生までだ。

仕事いそがしいし、来なくても大丈夫だよ? と言ってもさなえはいつもと変わらぬ笑顔で、お弁当は何がいいか聞いてくる。
そうしてみおは、もうそれほど自分には必要のない、タコの形をしたウィンナーをぽつぽつとリクエストするのだ。
中学になってはじめての運動会も、そのお弁当を母といちばん後ろの席で食べるのだと思っていた。

「あのチーズが入ったハンバーグ、一週間前から2世と練習していたらしい」
「そうだったの? 得意料理です! みたいな顔して、ママにも薦めてたからてっきり」
「おかげで僕の昼食が三日連続ハンバーグだった」
「宿六用に、ホットケーキも焼いてきてたじゃん?」

さなえのウィンナーと、みおがさなえといっしょに朝から握った大きなおにぎり。
まえに一度だけすきだとこぼしたことがある、自分でも忘れていたチーズハンバーグ。
それから、ラップにくるまれたホットケーキが山盛り。
ちぐはぐのお弁当と、いつもと同じ二人組に、みおはいっしゅん固まってしまった。
ふたりだけじゃない運動会は、はじめてだった。

保護者席で明らかに浮いているふたりは、『誰?』『みおちゃんの知り合い?』とちょっと騒ぎになって、すこしだけ返答にこまったのを覚えている。
こういう時、抜け目のないあの悪魔は自分たちの仕事ことを宣伝すると思っていたのに。
悪魔は……メフィストは『お世話になってる、大事な子だよ』と生真面目に答えていた。

『お世話になっているひとの』じゃない。
お世話になってる、だいじな子、って。

クラスメイトには『どういうこと??』『あ! 知ってるかも……映画館のうえにいるひと?』と余計に騒がれてしまったけれど、みおはそれがなんだかすごく、うれしかったのを覚えている。

「わたし今のクラスでもいちばん早いんだよ。ヘンなやつに遭ったって、逃げ切ってやる」
……それは大丈夫だと言わない。君が不審者に遭遇した時点で大事件だ」

――きみは、
ぼくたちの大事な子だ。

半袖にマフラーをまいた変わらぬ姿で、一郎はあたりまえのように呟く。
Tシャツだけで出て行こうとするから、メフィストがあわててマフラーを巻いていた。
じぶんの首をぬっと差し出し、素直にマフラーを待つ姿は、寒い時期の恒例だ。
そもそも真冬にこの格好でいること自体おかしい。
悪魔と、ソレとともに生きるひとだ。ふとした瞬間、みおは痛感する。
Tシャツのうえに建前のように丁寧にまかれた黄色いマフラーはどこかズレていて、だけどこの男にぴったりだと思った。

「宿六、ほんとはメフィストもいっしょに連れ出したかったんでしょ」
……なぜそう思う」
「分かるよ。紅茶いれてるときはわらってたけど、ず~~っと書類とにらめっこしてた。さむいけどさ、夜になる直前の空気ってきもちいいよね」

歩幅も肩の位置もぜんぜんちがう。
黒づくめの正装をした悪魔と、半袖の天才。
なにかをブツブツしゃべっている一郎をみあげながら、その隣をあるく悪魔の姿を、みおはもう数えきれないほど見てきた。

「メフィストは、宿六のだいじ、でしょ?」

よくできた従業員で従兄弟で、じぶんの悪魔。
それにぜんぶ『大事な』がつくのだ。

「おかしいよね、あれだけ気配りできるのに。じぶんのことになると鈍くなっちゃうの」

だいすきな人が、大事にされているのも。
だいすきな人が、大事なものをだいじにするのも。

みていると安心する。
ふたりが、ふたりでいることが、みおは好きだ。

みおが道をふみ外したり、だれかを困らせるような子どもにならなかったのは”みおちゃんが”がんばってるからだ、って。
ふたりはすごく怒りながら、すごく真剣に言っていた。

『ちいさい子ほっぽったまま何年もねぇ』『心配なのよ?』と、
みおが生まれてから数回しかあったことがない親戚がしゃべるだけしゃべって帰ったあとだ。
いつものことだった。
みおの大人びた言動に『まだ小さいのに。”そうなっちゃった”のね』と。
丁寧な口調で、みおの耳の奥にざらついたモノを残して――

めずらしくそれが、顔にでていたのだろう。

なにかあった? とメフィストにきかれても笑って言えたし、ほんのすこし吐き出すつもりだった。
それなのに。みおが思ってる数百倍メフィストは怒ったし、一郎もしかめっつらをしていた。

なにもわかってない人間の、
ばかばかしいセリフだ、って。

うちには、とてもたいせつなものが欠けている。
それは、誰かに言われるまでもなく、みお自身がよく知っている。
欠けてしまったものがとても大切だったからこそ、ほかのもので簡単にとりつくろうことができない。

――それでも。
たとえば保護者席のいちばんうしろで、ちぐはぐなお弁当をほこらしげに頬張るような思い出が、みおにはある。

足が速いのを褒める人が母以外にいて、
足が速くたって心配してくるのだ。

「宿六さぁ、こないだ『悪魔に求婚のしきたりはあるのか?』って聞いてたでしょ? あれ、”なんか変わった調べものしてるなぁ”としか思ってないよ。ぜったい」
……知ってる」
「お花買って渡しただけでも宿六にしちゃ偉いけど、まったく伝わってないと思う」
「よろこんでいた」

あ、だめだ。
メフィストがよろんでいた、で満足しちゃってる。

――ねぇ。先月、助けた大学生。紅茶専門店でバイトしてるって言ってた大男、覚えてる? なんか気になってるのが入荷されたって、週末にメフィストさそってたよ。
花もいいけど引き出しの指輪、はやく渡しちゃった方がいいんじゃない?」
「っ!!!」

わかりやすく目が泳いだのを、みおは見逃さない。
この天才が、家事を終えてソファでねちゃってた悪魔の薬指を慎重に測っていたのも。
メフィストが触らない研究所の引き出しに、綺麗な小箱が半年ほど居座ったままなのも。
できるアルバイト従業員のみおは、しっているのだ。

だいじなものを、
だいじにする。

だいじなものが、
だいじにされている。

みおはそれをただ、ずっと、ずっと見ていたい。

「あ! ”きみと将来について話したい”もだめだよ。研究所の経営のはなしになっちゃう」
……善処する」

――ちなみに。

翌日『千年王国研究所の今後について』生真面目に朝まで語ってしまったヨレヨレのふたりを見るはめになるのだけれど。
ちいさな悪魔の薬指をみて、みおはようやく力強いガッツポーズをキめるのだった。

これはふたりの、恋の話である!





なんとつづく!
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