不破
2025-12-07 22:00:56
5617文字
Public 空戦
 

#27




「は、薄汚え禿鷹が。群れりゃ俺を殺せるとでも?」

 聞き慣れた不愉快そうな声で言う言葉を耳にしながらも、乱暴に床に降ろされ、頭に被せられていた麻袋を取り払われた。腰の後ろで縛られた両腕に歯噛みしながらも、開けた視界に見えたフュゼの姿に、ニオはアザレア色の目を見開いた。
 うんざりした表情で項垂れた彼の左右で色の異なる眼がこちらを一瞥した。渋々でも助けに来てくれたと思って良いのだろうか?いや、フュゼは童話に描かれる白馬の王子というような人物像からはもっとも遠い位置に居るような人種だ。皇帝の保険左耳のピアスがある以上、来なければならないというだけだろうが、それでも、一抹の安堵を感じるのは少し敗北感があった。

「フュゼ!」

 コールサインも忘れて声を上げるも、フュゼは呆気なくそれを無視し、ニオの直ぐ側に立つ男に視線を戻した。

「鴉1匹殺すには贅沢な頭数さ。おまけに美人の人質までつけてやったんだ。感謝してくれていいぜ」

「ほうかい。てめえ等全員、雁首揃えて殺されに来たわけだ」

 苛立ちを隠さないフュゼが低い声で言うが、おそらく略称であろうウィルという名で呼ばれた男がそれを鼻で笑った。

「ああ、お前が化物だってのはよく知ってる。だが、軍人って立場に収まってる以上、面倒を承知で上官を見殺しには出来ねえだろ?」

 男の言葉に、フュゼが口の端を歪めて不敵に笑む。
 口ぶりから2人が旧知の仲であることは理解出来たが、フュゼがウィルと呼ぶこの男の腕章には炎の紋章が輝いており、彼がAWSに所属する傭兵であることは理解出来る。だが、その傭兵と自分の部下がどういう経緯で面識があるのかはわからない。
 しかし、今はそれに言及するような状況ではない。急いでここを離脱し、ロザリンド達と合流することが最優先だ。

「フュゼ! 急いで合流……!」

「おいおい、囚われの姫は助けて王子様でいいんだよ。お嬢さん」

 すぐ側に立つ男の声が聞こえる。男の手がこちらの髪を掴み、ぐいと引っ張った。

「うっ……!」

 髪を引っ張られる痛みに呻く最中、こちらを振り返る男のヘーゼルの目と目が合う。生気のない冷たい目に、息を呑んだ。およそ自分と同じ人間が見せるものとは思えない、退廃で塗り潰したような目。かつてここで見た、あの子供のそれと同じ目は、心臓を射抜くかのようにこちらを見下ろしていた。
 息が詰まるような感覚に襲われ、ニオは声を出すことも出来ず、髪を掴まれる痛みに表情を歪めるしかなかない。

「さあ、どうする? 黒い鳥」

 言いながら視線をフュゼに戻す男。その横顔が浮かべる笑みに油断がないことを見て取った。この男はフュゼを知っている。おそらくその実力も。どういう関係性かはわからないが、油断が許される相手でないことはわかる。

……皆殺しだ」

 言いながら、フュゼが口の片側を吊り上げるのが見えた。その言葉に、男がヘーゼルの目を細めた。髪を握る男の手に力が入り、ニオは増した痛みに小さく呻く。と、その瞬間だった。髪を支えていた力が抜ける。男が手を離したのかと思ったが、どうやらそうではない。ぐらりと揺れ動く視界の中、目の前に黒刀を振り抜いたフュゼの顔が見え、一瞬遅れて、自分の髪と同じ色の髪の束がはらはらと宙を舞うのが見えた。

……は?」

 一瞬の出来事。すぐに理解は及ばなかった。それより先にフュゼの左手に胸倉を掴まれ、ぐいと引っ張られた。浮遊感とともにフュゼが自分を担いだのだとわかったが、その視界に床に散らばった自分の髪の束を見つけ、ニオはようやく事態を理解した。

……はあ!?」

 髪が、斬られた。フュゼに、自分の髪が斬られてしまった。いや、自分を助けるための手段として的確だということは理解出来るが、斬るか?普通。恋人などでは断じてないにしろ、女性の髪を、斬るか?

「この状況で……!? やっぱりな! てめえ……!!」

 まるで反応出来なかった。予備動作もなく瞬く間に距離を詰めたフュゼの動きを目で追うことも出来なかった。男の方もそうだったのだろう、吐き捨てるように毒づいたのが聞こえた。

「予想は出来てたってか? え? レイフの野郎が相手なら、俺は動かなかったろうぜ」

 自分を担いでいるフュゼが嘲笑するように放った言葉。その中のレイフという名が自分の記憶の中にあることに気づき、ニオは驚いた。
 かつて、富裕層による貧困層への弾圧と横暴、亜人の差別の改善を訴え、メルゼブルクの各地で武力によるテロを行ったパラベラムというグループ。そのテロは大規模で無差別なものが多く、死傷者の数は夥しいものだ。そのリーダーとされている男の名が、レイフ・ボードレール。その名の人物を知っているかのようなフュゼの言葉に声を上げるも、言葉になるより先に男が口を開いた。

「ああ、此処での生き方を教わったんだ。そんな相手に油断はしねえだろう。だが同じ男に学んだのは俺も同じだ」

 ウィルと呼ばれる男が言う。同じ男に学んだ?この2人、本当にいったいどういう関係なのだ?旧知の仲だとしかわからない。しかし、2人の口振りからはそれ以上のなにかがあるように聞こえる。
 と、それを考える間もなく、周囲の傭兵達が動き始める。が、誰よりも速く動いたのはフュゼだった。銃声が響く一瞬前にがくりと腰を落としたかと思えば、横っ飛びに駆け出して数多の弾丸をやり過ごすと、テーブルを蹴り倒してその陰を駆け抜ける。

「殺せ!」

 銃声の向こうでウィルという男の声が響く。しかし、フュゼは留まることなく、行く手を塞ぐ傭兵を蹴り飛ばしつつ、そのごと窓を蹴破った。空中に躍り出る身体、やってくる浮遊感の中、遠雷のように銃声が響いた。割れたガラスの破片に赤い飛沫が飛ぶ。それを目にした瞬間、自分を抱えているフュゼがぐらりとバランスを崩したのがわかった。

「狙撃……!?」

 落下を始める中、辛うじてそうわかった言葉が口をついて出た。ガラスの破片と血が宙を舞う。あまりの速度で回転する思考回路に考えが纏まらない。そうしている間にもフュゼの舌打ちが聞こえ、腰に回された彼の左腕に力が込められたのがわかったが、なにを言う間もなく、ニオは力の限り投げ飛ばされた。

「フュゼ!? フュゼ!!」

 足場のない中で投げ飛ばされ、落下の軌道が変わるに留まるも、確実に離れていく彼の名を呼ぶ。その瞬間、上方から飛来した弾丸が数発、彼の身体を抉るのが見えた。