保科
2025-12-06 01:25:40
2944文字
Public スタレ
 

金織の会計担当について

外側、金織の三人の話 セイレンスさんが地味に苦労する話
アグライアさんの「セファリアが来てくれるかどうか、最初は確信がありませんでした」からこういう認識なのかな〜とか考えた話

「なあ、金のマスよ。ワタシは本当にこれを覚えねばならないのか?」
「当然でしょう。そもそも、この工房で働いているのに覚えていない時点でおかしいと思いなさい。……次に、そこの引き出しにある帳簿に、日時と名前と金額を書きます。この時必ずお客様に名前が合っているかを確認するように」
「むう……
口を尖らせたセイレンスは、不満があることを主張しながらもアグライアの指示に粛々と従った。貴女にも、いい加減受付業務を覚えてもらわねばなりません、という店主の鶴の一声により、セイレンスは時期外れの研修に参加させられていた。
「面倒だな……適当にその場で金をかっぱらっておけばいいじゃないか」
「いい訳がないでしょう……
やれ「こんな事は時間の無駄では?」「必要性が無いだろう」と教えられること全てにブツブツ反論するセイレンスの反骨精神はどこから芽生えているのか。何度目かも分からない溜息で憂鬱さを吐き出すアグライアに、帳簿のページをめくるセイレンスは、それにだな、と重ねた。
「そもそも、ネコザメといううってつけな人材がいるのにワタシは不要だろうに」
「言い訳ばかりが達者ですね。あの子とて、休みを取らないわけではありません。貴女にも代理で立っていただきたい事はあります――それに」
不意に言葉を切ったアグライアの不自然さに、セイレンスは帳簿から顔を上げ――その、どこか苦々しそうな表情に、思わず瞬いた。
……あの子は、いずれここを去るでしょうから」
………そうなのか?」
寝耳に水だった。これまで、サフェルにそんな素振りを感じたことはなかったが。セイレンスの気の抜けた相づちに、アグライアははっとしたように冷静さを取り戻すと、ええ、と軽く頷いた。
「ですから、貴女にももう少し仕事を覚えてもらわねばならないのですよ」
……善処はするが……
……なあ、ネコザメが出奔するというのは、キミが彼女から聞いたのか」
信じられない、という心で重ねて確認すれば、アグライアは、……それは、と言葉を濁す。
……確かに、直接、というわけではありませんが……ただ、彼女が旅支度を進めているのは知っています。
元より、彼女は私が無理に誘った身の上です。いずれこのような時が再び訪れることは、承知していましたとも」
………そう、か」
その言葉にぼんやりとした違和感は持ったものの。セイレンスにはそれ以上言及することはかなわず、ただ相槌を打つにとどめた。……真面目に取り組まないと、ネチネチ言われまくる小言が恐ろしいとも言えた。


数刻後。まあこのあたりでいいでしょう、という言葉で解散を告げられ、居住区のリビングによろよろと戻ったセイレンスに、珈琲を傾けながら寛いでいた女性があ、と声を上げた。
――セイレンスお姉ちゃん、お疲れ様!いやあ、ライアの熱血指導でご愁傷サマだね?」
「む、……ネコザメか……
にやにや、底意地の悪そうな笑みを浮かべるサフェルがそう労うのに、セイレンスはその顔を思わずじっと眺めた――リラックスしたように立てられた頭上の耳が、黙り込んだままのセイレンスの方に向けられる。
……何、黙りこくってさ、どうかした?」
「なあ、ネコザメよ。オマエは本当に、旅に行く予定があるのか?」
「へ、どうしたの藪から棒に。……バトっちにでも聞いた?
まあね〜、そろそろどっか出かけたいな〜と思ってるんで、行き先選定中って所かにゃ」
……そうか……
アグライアの話は真実らしい――あんな面倒な業務が日常になるのか、と思うと暗澹たる気持ちになったセイレンスを見て、サフェルが不思議そうにする。
……なんかあたしが出かけると不都合ある感じなの、お姉ちゃん」
「うん。キミの代わりの業務をワタシがやることになりそうでな。金勘定は苦手だ……
「あー、そっか……それはごめんね?
でもお金数えてんのって結構楽しくない?」
「いや、楽器を弾いているほうがよほど楽しい」
「そりゃ誰だって労働より趣味が好きだよ」
当然でしょ、と肩をすくめるサフェルに、セイレンスはそうかもな、と呟きつつ。
「何より、キミがいないと寂しくなる」
――思わず口にした本心に、サフェルが瞬いた。馴染みの姉の珍しい側面に、口元を緩めて、んふ、と笑いをこぼしつつ。
「何々。お姉ちゃんってば、すっごいしんみりするじゃん。
そんな一生の別れみたいな……大袈裟だなあ、別に一月くらいで戻るし」
「ん?」
「え?」
ぱちり、疑問を浮かべる2人の視線が交錯する。きょとんとしたセイレンスに、サフェルは思わず首を傾げる。
……認識違うの?」
「ああ。……ここを去るんじゃなかったのか?なんだ、そうじゃないなら安心したよ」
「待った、何その悪い冗談。お姉ちゃん本当に誰から聞いたのそれ……
「金のマスだが」
ぶつくさ呟きながら珈琲を口にしたサフェルが、――告げられた名前にそのままむせ返った。
「げほっ、げほ、………は!?」
「おい、大丈夫か?服が汚れるとあの子がうるさいぞ」
「いやそれはそうなんだけど!」
焦りつつも見に染みた習慣故か。手早く手近なふきんで辺りの片付けを終えると、サフェルは切羽詰まった様子でセイレンスに駆け寄った。その肩をつかんで問いかける。
――ライアから聞いた!?何を!?」
「うん?ああ、その……無理に誘ったキミだから、いずれここを去るための支度をしてると」
「全部違う!」
半ば悲鳴のような声を上げるサフェルに、さしものセイレンスも驚いて目を丸くする。
「あ、あたしが行きたいのは確かに旅だけど、それは長期休暇でってこと!放浪に行くわけじゃない!去る気なんて全然ない!」
「ああ……カイザーも時折報酬で配下の者たちに休みを取らせていたな。そういうものか」
氷解した違和感に、なるほど、と一人納得するセイレンスの前で、えええ、とサフェルは堪らず頭を抱え出す。――何せ、訳が分からない。
「なんでライアの中でそんな勘違いになってんの!?……なんで!?」
「ふむ、不思議だな……ここは本人に聞いてみると良いんじゃないか」
「聞くって……
「ほら」
視線を向けた先の廊下からパタパタと足音がして、自室に戻っていたアグライアが心配げに顔を覗かせる。辺りを見回して目に入った『セイレンスに詰め寄るサフェル』という構図に、ああ、と何かを察したようにため息をついた。
「大声が聞こえましたが、何事で――セイレンス、また貴女が何かやらかしたのですか……。ですからセファリアに迷惑をかけるなと」
「いやキミだが」
……、はい?」
水を向けられたアグライアが、ぽかんとした様子で声を上げる。そんな彼女に、セイレンスの袖を掴みつつ、俯いたサフェルが神妙に問いかける。
「ねえ、裁縫女さ、……あたしに金織辞めて欲しいの?」
――何故ですか!?そのような、訳が……セイレンス、これはどういう事態か、説明を……!」
「え、ワタシなのか?」
――どうしたことか二人の間に挟まりつつ。
いつの間にやら、面倒なことに巻き込まれていたようだ、と、セイレンスは何故そうなったのか分からない自身の境遇を不思議に思って腕を組む。