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ゆめゆめお忘れなきよう
モリア様とモブの話二編。二つともバッドエンド。
表題はお借りしたタイトルです。
1
2
3
一人の男が暴力の雨に打たれ、じっと
蹲
うずくま
っている。前と横、背後から打たれても身を固くして男は揺らがない。声すら出さない気配に暴力を振るうゾンビ達の方が音を上げそうになった。次第に打つ手が緩やかになり、ある方向を気にして視線を投げる。ゾンビ達が窺う先、そこには支配者のモリアが静かに佇んでいた。
「
…
キシシシ、バカだな。今喋らないと後悔するぜ?」
モリアは請われた視線に応じて言葉を投げた。ゾンビ達がその声で一度止まる。男だけがゆっくりと動いて頭を上げた。無数の殴打で赤黒くなった男の顔には、一転して冷たく保たれた箇所があった。乱れた髪の間から覗く両目がじっと見据えている。侮蔑を湛えて光るその両目は冷え切って、モリアを見下していた。
声以上に有り有りと伝わる眼光を受け、モリアの目が弓を引くようにスゥと細められた。
「あーぁ、めんどくせぇ。
……
てめェら、下がってろ」
モリアが気怠げに声を出す。そしてゾンビ達が一同に身を引いた途端、男の足元に落ちる静かな影が突如大きく湧き立った。影は瞬きの間に真上へ背を伸ばして動く。驚いて目を見開く男の顔すらも一息に遮断する。ほんの数秒で、今まで形も無かった黒い箱がズシリと鎮座した。
全ての面が物々しい影の箱はひたすら無機質だった。すると、モリアと対峙している一面からガン! と叩く音が鳴った。鉄に似た硬質な音は一度鳴ると、間隔を空けて二、三度と鳴りだした。男が拳や脚を使い箱の内部を叩いているらしい。叩く間隔は徐々に短くなった。最初の大きく響いた音から威力が弱まり、手当り次第という風に叩く音が鳴る。中で焦っている男の様子がまざまざと感じる響きだった。それを聞くとモリアの口の端は釣り上がった。そしてゆったりと腕組みをして、箱を眺める姿勢を取った。
「ッおい! 出してくれ!」
「ハッ、情けねぇ。それが人にお願いする態度かよ」
焦りで尖った声を出す男にモリアは似た調子で突っぱねた。箱の中では焦燥がどんどん募り、男が苦し紛れに壁を叩いた。忙しなさそうに歩く足音が立つ。不意にそれは地面を這うような音に変わった。何かを確かめるようにしてズリズリと這う音は、箱の角に辿り着いて引っ掻く音も響かせた。その音だけでモリアには箱内の様子が容易く想像できた。
男が何とか箱の隙間を見つけようとしている。脱出できないかと、四つん這いで手探りをして。顔には汗を流して、真っ暗な中で、一縷の望みがあると思っている。
モリアは堪らず笑った。哀れな男の姿を実際に見たかのように、鼻で笑ってみせる。箱の能力を解いてやる素振りは一切無かった。
「わ、分かった! 降参する
……
! お前の言うことは何でも訊く! だ、だから
…
、頼む
……
ッ、お願いします! 出してくれッ!!」
男から真摯に訴えかける声が出た。箱内で立ち上がったらしく、声はハッキリと大きいものだった。しかし言葉の節々が全て震えていた。浅い呼吸音も混ざってひっ迫した男の限界は、もはや戦慄することで保たれていた。
「ア? 今さらそんな大声出されてもなァ
……
キシシ、今までの黙りはどうした? ほら、得意なんだろ。もっと根性見せてみろ」
箱からは悲痛な空気がひしひしと伝わり溢れている。それを触るようにしてモリアの手が
蠢
うごめ
く。勿体ぶった声が喋り終わると、ヒラヒラと揺れていた手がひるがえった。その瞬間、黒い箱がひと回り小さく縮んだ。そして間髪入れずに中の男から悲鳴が上がった。箱は男の背丈と同程度に縮み、天井が男の頭に擦れ合ったのだ。
モリアの非情な振る舞いに男はなりふり構わず叫んだ。許してくれ、助けて、と乞い願う声は盛大に震えて湿り、泣きじゃくる叫びが大きく上がった。モリアはただうるさそうに顔を顰めた。箱に背を向けて怠そうに寝転がる。時おり手を気まぐれに振った。そうすると黒い箱は縮んでいく。男はその度に悲鳴を上げた。
男は叫び続けた。何度か箱が縮むと助けを求める言葉が、意味を成さない音に成り果てた。箱の大きさは男の背丈を下回り、膝をつく体勢にならざるを得ない。膝をついてもその矢先に手をつく体勢にされてしまう。四方から迫る真っ黒の壁に容赦など無かった。助かる術は一切無いと身をもって理解した男は獣のように叫んだ。男に寄り添うのは傍を取り囲む影だけだった。箱の中を満たすそれが鼻先にもう差し迫っているのか、それとも今まさに背中から押し潰してくるのか。己の体さえも確認できない暗闇の中では死の影がハッキリと見えた。そして無尽にも思えるその影は、恐怖によって男のことを強く抱いて離さない。男はただすら生き物の本能で死に抗い、喉が張り裂ける勢いで叫び続けた。
そんな精一杯の命の叫びはモリアの耳は雑音として済ませた。モリアは叫び声が弱く小さくなっても、一度として背後を振り返ることはしなかった。
「ご主人様、コイツは生きてんですかね?」
「オイオイ、あのとてつもない声聞こえなかったのか? コイツがまだ生きてるなら腐れやべーよ」
黒い箱の中身を見下ろしてゾンビ達が呑気そうに尋ねた。箱は無言になってからようやく解除され、中の男は泡を吹いて倒れた姿になっていた。汗や涙に塗れ変わり果てた男は濡れねずみのようで、ゾンビが軽く小突いても反応は何も無かった。
「どっちでもいいだろ。おれァもう飽きた。さっさとコレ片付けとけ」
どうでも良い。心底からそう思っている顔つきでモリアはゾンビへ命令をして後を去った。去っていく最中も男へ一瞥すらくれなかった。ゾンビ達は命じられたままに動く。倒れる男の腕を遠慮なく掴んで引きずった。ズルズルと、重い荷物と化した男は運ばれるのみだった。男の濡れた痕は残り、それが綺麗な四角を型どっていた。
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