eclipsis
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ゆめゆめお忘れなきよう

モリア様とモブの話二編。二つともバッドエンド。
表題はお借りしたタイトルです。

※終始モブキャラの視点
※モリア様がただ怖くてバッドエンドの話





 ――俺はいつミスをした? いや、俺がミスをするなんて有り得ない。
 配られたカードは俺が持っていたもので、着席するテーブルは至って普通のテーブルだ。向かいに座る野郎は普通じゃない背丈だが、上から手元を覗きこまれても構わない。俺はそれでも勝つ算段を織り込み済みなんだ。
 
 野郎が宣言してカードをテーブルへ出した。俺よりも強いカード。有り得ない。ギャンブルは俺の十八番だぞ、何でこんなに追い込まれてるんだ。うんと高い位置にある野郎の顔が不気味にニヤけている。背後の影すら歪んで笑って見える。切羽詰まった俺の頭がそう見せているのか?

 冷静になれ、俺は天下一のギャンブラーだ。誰にも負けたことが無い、負けのカードはイカサマで勝ちに変えてきたギャンブラー。それでこの危険な海を渡り歩いてきたんだ。
 野郎みたいな海賊は馬鹿ばっかりだった。人の命を荒っぽく揺さぶる割に勝敗や面子にこだわって、俺のイカサマはただの一つも見抜けなかった。
 今回だってそうだ。野郎は持ち前の力で俺の命を潰そうとしてきた。だから、どうせ潰しちまうつもりなら、それを賭けたカードで戦わないかと提案したんだ。負け犬が捨て鉢になった、くらいにしか野郎は思わなかったんだろう。ニヤニヤと笑って勝負に乗ってきた。でも俺は特大のナイフを突きつけた気分だった。一か八かの勝負、ギャンブルは俺の生き様で、絶対に負けない唯一の武器なんだ。

 過去が走馬灯みたいに頭の中で流れる。一瞬のそれは俺に多少の落ち着きをくれた。けど吟味する手持ちのカードはブタしかなかった。仕方なくそいつを出す。賭けたチップが野郎の元へ行ってしまった。大丈夫、まだ希望はある。取り返せる。取り返せる、はず。
 野郎の番だ。デカい手から続く尖った指がカードを選んでいる。蜘蛛みたいに動いて気持ち悪い。こんな不吉なものにカードの運がついてるはずがない。大丈夫、次は弱いカードが来る。俺は自分のカードを握りしめた。そうしないと心が痩せ細る気分だった。

 野郎が笑いながら宣言をした。手からカードが放たれる。――強いカード。それも一番強くて、見事なほど揃ったカード!

 汗がどっと出て瞬く間に冷えていく。自分の手持ちは理解している。カードを持つ手が震え始めた。痩せ細るなんてもんじゃない。息がどんどん上擦って、心臓がやかましく鳴り喚いた。何か糸口を! 諦めたくない! 頭が切れ切れに思考する。こんなの嘘だ! 間違いだ! 野郎のイカサマだ! いや、俺が、この俺が! イカサマを見抜けないなんて事あるか。じゃあ、そうしたら――

「テメェの負けだな。そのまま固まってても良いが、結果は何も変わらねェぞ。ご苦労さん」

 野郎はごく自然な口調で喋った。気怠げに首をひねって、くだらない遊びが終わったような気配すらある。デカい手がテーブルのチップを全て引き寄せていった。
 修羅場で始まったギャンブルだったから、チップはそこら辺に転がっていたよく分からない骨片を代わりにしていた。野郎が手をぞんざいに振り払った。ゲームが終了して、チップは骨片のクズへ戻ったんだ。こんなガラクタで一体何を支払う? テーブルから落ちていくそれらを呆然としながら見て思った。でも俺は自分の命を、賭けてしまった。その支払いは、勝敗は――

「キシシシッ、可哀そうに……マヌケなペテン師よ、挑む相手を間違えたなァ? 勝敗は最初から決まってたんだ。このおれ様を目の前にした瞬間、テメェの負けは、決まってたのさ」

 野郎はわざとらしく丁寧に喋った。引っ掻くような独特の高い声色が俺の頭にじっくり刺さる。『間違えた』『負け』その言葉たちが嫌でも響いて、俺の身体に重く伸しかかってきた。喉が張り付くほど乾いているのに、唾ひとつ飲みこめない。身体がもう言うことを聞かない。『負け』が俺の身体中を隙間なく埋めて縛っている。

……さぁ、お喋りするのも終いだ。『負け』の代償を、支払ってもらおうか」

 不意に視界が暗くなる。野郎のデカい手が俺の頭上から迫ってきていた。身体はさっきから動かない。黒い手袋をした手が俺のことを捕まえた。人形を持つみたいに掴む。尖った固い爪が身体中に食いこんで、俺は小さな呻き声を出すことが出来た。野郎の手中だと、その姿や顔がよく見えるようになる。異様な縫い目のある肌、鋭い牙が覗く口、背後で笑っている真っ黒な影。――見間違いじゃなかったんだ。野郎は悪魔で、俺を騙して、化け物の影が笑っていて。

「ッい、嫌だ!! 死にたくない!! お願いだッ、助けてく――

 極まった恐怖が飛び出すようにして口が動いた。恐ろし過ぎて泣き叫んだのに、何かを引き剥がす音が大きく響き始めて俺の悲鳴をかき消していった。
 
 俺の身体からベリベリと、命を引き剥がしている音が響いている。