ろころころ
2025-11-27 03:46:34
4129文字
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安寧キャンセル界隈





呼吸の音が、鬱陶しい。

凍てつく冬の空気と、夜の街のやかましいネオンは張り詰めた神経を逆撫でする。通り行く人々の匂いが鼻につき、対して食べてもいないはずなのに胃の奥から込み上げてくるものがあった。

「うぇ……げほっ、……はっ、はー………………ふふ、あははっ、……はははははは!」

嗚呼、無様で笑える!
本当に!!!

やはり、彼女なんかに干渉を許すべきではなかった。『守り人』としての体裁を保つ為だけに他者から"弱み"と認識出来るものを探し出し、掘り返した上で自分が助けてやると手を差し伸べる。詐欺師も驚くほど、悪質な人助け。

実に滑稽と思ってはいたが……嗚呼、やはり。自分に矛先が向くとそれはそれで不愉快なものだ。

『ガラルの守護者』とは言うが、結局彼女もその弟もただのポケモンに過ぎないとリグは身をもって知っている。守護者なんて建前。なんなら、人の精神を保たせるためにでっち上げた宗教の神みたいなものかもしれない。

嗚呼、本当に笑えてくる。
嘘かもしれないただの肩書きを信じ続けた彼女も、その偽物を信じる民も、そんなでっち上げに尻尾を捕まれた無様な自分も。


ふと、胸元の電子端末がバイブを鳴らしていることに気づく。
画面を見れば、先程話題に出たゴーストの名前。

ああそういえば。今日はお菓子を持ち寄ってゲームをするとか言っていたか?
リグを誘ってくるのはフロウだけでは無い。例えば彼の救助隊のメンバーである少女達や、それこそ恋人のツヴァイもだ。

彼の傍が心地が悪いかと言われれば、嘘になるだろう。

彼はどこぞの守り人もどきと異なり無駄な詮索はして来ないし、協力を仰げば協力してくれるが必ず後に報酬を要求してくる。
これを持って、リグは得体の知れない善意とかいうファンタジーな存在から来た協力では無いのだと安心することが出来る。

……そういえば先程、キスがどうとか言っていた。ツヴァイが見たのは先程述べた通り、あくまで解毒の処置なのだが、実際はキスよりもハードルの高いことにだって巻き込まれている。無論、フロウもリグも自発的では無いし、どちらかといえば被害者だが。

しかし、そういう行為であれど嫌がらないところは、お互いに絆されていると言えるのかもしれない。きっとツヴァイとフロウのような関係性にはなれないが、少なくとも彼らはリグのことを大切に思っているだろう。
そう信じることが出来るのは、形はどうあれ今まで築き上げた"信頼"なのだろう。

だからこそ。リグはフロウにツヴァイや、他にも大切な人々が彼を囲んでいて、良かったとすら思うのだ。

それこそフロウの周りにいるのがリグ1人だけだったら、リグが死んだ時、彼はひとりぼっちになって悲しむだろう。リグが今まで恋仲を避けてきたのは、主にそれが理由だ。

いつ、どこで死ぬかわからない。
自分を愛してくれた人を一人でこの残酷な世界に置いて行けるほど、リグだって残忍じゃないのだ。死ぬ時はきっと、心配事も全て忘れたいものだろう。



電子端末の画面を見る。
バイブ音は止んだが、メールの通知が複数。

………あーあ、可哀想なフロウさん。私みたいな奴のこと気にかけて、時間も労力も全部無駄になっちゃうんです」

リグは、ケラケラと笑った。
この島で、こんなに心の底から笑ったのは、初めてかもしれない。

「可哀想なフロウさん!あはは!ほんとうに可哀想!そんなんだからフェイクさんにも執着されて、フェルマータさんのことだって忘れられなくて私みたいな悪いトカゲに目をつけられちゃうんですよ」

お人好しって大変ですね!
私は優しい人間になんかなりたくないです。
優しい人は、損ばかりなので。

ああ、実に馬鹿馬鹿しいとさえ──────


リグは電子端末の画面を操作する。
着信拒否。

そして今度は、見慣れた番号へ掛ける。



「──────ああ、シャモ。ガラルに行きます。はい、今からですよ。ええそうです。ええ…………ふふふ、お待ちしてます」



ピ、と軽い音を鳴らして電話を切る。
リグは軽いステップで暗闇の中へと姿を消した。


Fin.