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史加
2025-11-26 23:38:11
8013文字
Public
原神(ルカキリ)
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餞別
ルカキリ/ファルカとの別れの際に宝石を渡すフリンズの話
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2
――
石には記憶が宿る。
路傍に転がる石も、歳月を経て地表に露呈した鉱石も、河川に運ばれ旅をした砂礫も、多かれ少なかれこの世界で起きた出来事を記憶しているものだ。特に人間の強い感情に触れた石に焼き付いている記憶は鮮やかであることが多く、意識せずとも視えてしまうことがある。
ゆえに顔馴染みの骨董商が顔を赤くし、興奮した様子で伝説級の品を手に入れたのだと息巻きそれを見せてきたとき。
ほぼ同じタイミングで、港よりやって来たひとりの旅行者が通りすがりにその宝石を見て、望月のひとみを丸くするのを見たとき。
「店主殿。この品は彼に無償で譲ってやるといいだろう。それの価値は岩王帝君の血肉ではかっていいものではないからな」
石の記憶を覗き見てしまった男は、そう口添えをしていた。
「へっ
……
? ですが鍾離先生、これはかのモンドで北風騎士と謳われた英雄が身に着けていた貴重品かもしれず
……
」
「ふむ
……
実を言うと、その石自体の市場価値はそう高いものではない。それよりもはるかに高く売れる鉱石を採掘出来る場所を昨日見つけてな。貴殿はこの璃月で最も腕の立つ加工職人だ。だからぜひ真っ先に伝えようと思い、今日ここに足を運んだのだが」
困惑する様子の店主に鍾離がひそめた声でささやくと、途端に現金な商人の目の色が変わる。
「なっ、そ、それならそうと早く言ってくださいよ! このブローチはそこのお兄さんに渡しますんで!」
そう声を上げた店主は、小箱に収めたブローチを立ち尽くす青年へと押し付けるように渡し、期待に満ちた目で鍾離を見つめた。
その視線を受け止めながらも、鍾離は突如ブローチを渡されて茫然とする旅行者を見遣り、微笑む。
「余計なことをしてしまっただろうか」
「
……
い、いえ。しかし、その
……
いいのですか?」
おずおずと尋ねてくる彼に、鍾離は首肯する。
「ああ。こういった旧いものに宿る歴史にまったく興味がないと言えば嘘になるが、その価値を正しく知り、手にするにふさわしい者の元にあるべきだと俺は考えている。貴殿の様子を見るに、これを探し求めてわざわざ璃月まで足を運んだのだろう?」
「
……
ええ、ご明察です。先日風の噂で、このブローチがモンドの隣国へ渡ったと聞きました。古い宝石を扱う商人の手に渡り、相当な値をつけて売られる可能性があるとも。なのでその商人を見つけ出し、たとえいくらかかったとしても競り落とすつもりでここまで来たのです。
……
本当に、お支払いをしなくても良いのでしょうか」
他者と一線を引くような、物腰やわらかで丁寧な態度を取り繕う青年だが、そのブローチが収められた小箱を握る手は震えている。
きっと相当な覚悟でこの国を訪れたのだろう。あるいはそこに執着と呼べるような感情があるのかもしれない。
鍾離は彼とは初対面だ。しかし旧い宝石に最初に刻まれた記憶の中に、ぼんやりとだが同じ青年の姿が映っているのを視た。石の記憶が視えている時点でひとのことを言える立場ではないので、腹のうちを探り合うような品のないことをする気はない。ただ遠き冬国の辺境より訪れた旅人に、勝手に大切な記憶を視てしまったお詫びの意味も込めてひとつお節介を焼こうと口を開く。
「このために貯めたモラがあるのなら、璃月の美酒を味わうのに使うといい。それでも気が済まないのなら、そうだな
……
年長者の助言に耳を傾けてくれるだろうか」
「はあ
……
あなたが年長者、ですか?
……
いえ、それを訊くのはあまり行儀が良いとは言えませんね。いいでしょう」
一瞬ジト目になって鍾離を見た青年だが、すぐに居住まいを正した。物分かりが良くて何よりだと思いながら、数多の民の暮らしを見届け、人間の秘める可能性と力強さを彼よりもはるかによく知っている人生の先輩として鍾離は伝える。
「生涯を懸けて貫かれた人間の想いというものはかけがえのない美しさを秘める一方で、ひどく重いものだ。これから先、それを抱えて歩いていくときに、その重みに苦しむこともあるだろう。後ろ髪を引かれるような思いで振り返り、その重さを知らなかった過去を羨み、悔いる日がくるかもしれない。だがその痛みは誰からでも教われるものでもない、貴重なものだ。だから大切にするといい。
……
ああ、それと、もしこの後モンドに向かうのなら、飲兵衛詩人には気を付けることだ」
――
騎士が生涯愛した妖精の物語など、いかにもあの詩人が好みそうな題材だからな。
そう付け加えて、鍾離は待たせっぱなしにしている店主の相手をするべく踵を返した。
「
……
ありがとうございます。覚えておきますよ」
僕はそれらを知るために旅に出ることにしたのですから、とつぶやく声は震えていたが、哀れむ必要はないだろう。
これは、誰かを愛することの本当の意味を知ろうと一歩を踏み出した健気な命に対する餞別にほかならない。
願わくはその旅路が。行き着く未来が。
冷たいばかりの寂しさではなく、あたたかないとしさの寄り添うものであるように。
最古の神は、異国の妖精のために祈った。
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