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史加
2025-11-26 23:38:11
8013文字
Public
原神(ルカキリ)
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餞別
ルカキリ/ファルカとの別れの際に宝石を渡すフリンズの話
1
2
※キャラクターの死表現あり
※notハピエン。何でも許せる方向け
※2ページ目は蛇足です。1ページ目の終わりで満足した方は2ページ目に進まないことをお勧めします
旧いものは定期的に手入れをしなければ、あっという間にその価値や輝きをなくしてしまう。古銭も、宝石も、ランプも、みなひとしく手をかける必要のあるものだ。
報告書を細やかに綴るのはあまり進まぬ手だが、収集品たちを愛でるのは不得意ではない。さすがに壊れたランプの修理となると専門家に頼む必要があるけれど、曇りの目立つ硝子を拭いたり、溜まったほこりを払ったりする程度のことは自力で出来る。むしろそうやってランプの手入れをしたり、ケースに入れて保管している古銭や宝石を取り出して状態が変わっていないかを確かめたりする静寂の時間は貴重だ。古物に刻まれた歴史に思いを馳せている間は、美酒が臓腑に染み入るように心が安らぎ、魂が満ち足りてゆく。長き時を生きるもの特有の感性なのかもしれないが、そうすることで得られる安寧のひとときに、フリンズは生活の楽しみを見出していた。
今宵も収集品を机の上に並べて、そのひとつひとつを確かめる。先代氷神であるツァーリ・ベールイの即位していた時代に鋳造された記念コインに、同時代につくられた紅玉のネックレス、璃月で採掘された夜泊石をあしらったカフスボタン。蝋燭のほのかな火に照らされたそれらはみなどこか古ぼけていて、鈍く輝くものばかりだが、ひとつだけ鮮やかにきらめくものがあった。
銀の台座はいっぺんの曇りもなく、嵌め込まれた深い青紫色の宝石は、夜空を切り取って閉じ込めたような輝きを放っている。タンザナイトと呼ばれるその宝石の名は、フリンズの感覚でいうと比較的最近になって耳にするようになったものだ。
新品と呼んで差し支えのない精巧で美しいブローチは、先日ワイルドハントに襲われているところを助けたナタの商人からお礼にと贈られたものである。生み出されたばかりでまだなんの歴史も持たないそれはただ綺麗なだけの装飾品に過ぎず、けれどあまり馴染みのない宝石の輝きに惹かれるものがあって、素直に受け取ってしまった。だがこうしていざ他のコレクションと並べてみると、歴史を持たぬそれはどうにも浮いて見えてしまう。つまり持て余しているといえる。
厚意で贈られたものを質に出すのは憚られるし、出したとてたいした額にはならない。だが「一介の商人を助けたライトキーパーの手に渡った」という薄っぺらい歴史しか持たぬまま手元で眠らせておくのは、どうにも惜しい気がする。せっかく広大な夜の輝きを秘める美しい品なのだ。より多くの歴史を刻めば価値が増し、フリンズを魅了する一品となるだろう。
ならば、フリンズではない他の誰かの手に渡るべきだ。そう考えて、脳裡に別の青が浮かぶ。
「
……
このくらいなら、願っても許されるでしょうか」
極寒の冬にも慣れた身に、まだ雪の降らぬナド・クライの、ひんやりとした深夜の空気が冷たく感じられた。
寂しさを願いで満たすなど、叶わなかったときの反動を考えるとあまり賢い選択とは言えない。だが元々叶わぬと分かっているものから生まれる寂しさを、叶うかも分からぬ願いで埋めるのなら諦めはつきやすい。それに、ひとの手を渡り歴史を刻んだ旧いものたちは、それをより強く求める者の手中に収まる運命にある。
もしもそれが再びフリンズの手元に戻ってきたのなら、それは
――
……
それは。
「
……
我ながら、愚かしいですね」
目を伏せて、霧がかる未来を想った。
我欲は炎のようだ。人間はときに己のうちから生じたその炎に焼かれて自滅する。蒼炎を核とするフリンズでさえも、もしかしたら呑まれてしまうのかもしれない。あるいはそれが「人間らしい」ことの証左になり得るのだろうか。
ああ、ほんとうに愚かしい。
嘆くように呟いて、フリンズは伏せていたまぶたをゆっくりと持ち上げる。そうしてきらきらと真っ直ぐに光ってみせるだけのブローチを慎重に持ち上げると、収集品を入れているケースとは別の、小さな箱にそっとしまった。
その日のナシャタウンは普段よりもおおいに賑わい混雑していた。長きに渡りナド・クライに駐在していた西風騎士団が、ついにモンドへと帰る日がやって来たためである。
決して短いとは言えぬ日々の中で、ナシャタウンに住む多くの者が彼らと浅からぬ縁を結んできた。ゆえにこの辺境に位置する無法の街に、長く世話になった礼を伝える者、知人との別れを惜しむ者、帰路の安全を祈り見送る者、再会の約束を交わす者など、今日は類を見ないほどに大勢の人間が集まっている。辺りを見回せばそこかしこで騎士と人々が言葉や握手を交わしていて、なんとも珍しい光景が広がっていた。
とりわけ人間に囲まれているのは、やはり西風騎士団の大団長であるファルカだ。フラッグシップの飲み仲間から北の大陸情報網で関わったと思われる人々まで、あらゆる人間が彼の元を訪れ、一言二言言葉を交わしては去っていく。船の出立までに全員と会話し終えるのかあやしいほどの人気ぶりと言えるだろう。
とはいえ、騎士団の乗る船は民間人の乗る定期便ではないので、多少出港に遅れが生じたとて大きな問題にはならない。時が経つにつれ、知人との別れを済ませた騎士がひとり、またひとりと船に乗り、出立の準備をして、乗船口や甲板でファルカが挨拶を終えるのを大人しく待つ姿が見られるようになる。大団長の人望の厚さと人柄をよく理解し、尊敬している部下たちだ。彼が心残りなくこの地を発てるよう自分の役目に従事する姿は統率が取れていて立派だった。
ファルカに声をかける人々もすっかり減り、残り数人となったところで、フリンズは近付くことにする。彼を相手に通りすがりを装うような回りくどい真似をする必要はない。向こうもフリンズが待っているのに気付いていたようで、潮風になびく夜色の訪れにさして驚いた様子もなく、軽く手を上げて気さくに応じた。
「すまん、待たせたな」
「今日は急ぎの仕事もありませんし構いませんよ。それに、ナド・クライの有事に力を貸してくださった友人が故郷へ帰る日だというのに、見送らないのは失礼な話でしょう」
「相変わらずそういうところは律儀だな。けど、会えて嬉しいよ」
春の空を思わせる蒼のひとみが緩んで、にかっと曇りのない笑みを浮かべる。そちらこそ相変わらず愛嬌のあるひとですね、とは、口が裂けたとしても声には出さない。代わりに口元にうすく笑みをのせてフリンズは応えた。
あまり時間を取らせるつもりはないし、まだあと二人、具体的にいうと同じ窮地をともにした旅人とその相棒である少女が、ファルカに別れと再会を祈る言葉を告げようと少し離れたところで待っている。頬を撫でる風はひんやりと冷たく、これから長い航海に出るファルカをあまり引き留めるのも憚られた。いくら頑強な男といっても所詮は人間だ。晴れ晴れしい故郷への凱旋だというのに、風邪でもひいて格好のつかない姿を晒すだなんてこともしたくないだろう。
ランプに灯る炎の力をほんの少しだけ強くすると、潮風の冷たさが和らぐ。一瞬ファルカの視線が蒼炎へと向けられた。風を操る人間はそういうところも鋭い。しかしフリンズがほんのりと笑みを深めれば、彼は言及しなかった。
「まだ旅人さんの番が残っていますし、あまり部下の皆さんを待たせてもいけませんから、手短に済ませるとしましょう。今までお世話になりました」
「こっちこそ、色々と世話になったな。立場は違えども、人々の平和な暮らしを守るという点において、ナド・クライのライトキーパーと俺たちが目指すものは一緒だった。協力出来てよかったよ」
「僕のようなライトキーパーでもお役に立てたのなら光栄です」
ファルカの言葉は耳あたりの良いものであるが、かと言って過大評価であるとも、社交辞令であるとも思わせない真っ直ぐさがある。実際、それは本人にとって嘘偽りのない本心であるのだろう。ため息の出るほどに陽光の似合う男だ。
どうかこの先もそのままで在ってほしいし、生きた伝説と呼ばれる彼の物語が何十年も先になってフリンズの耳にまで届いてほしい。そんな願いを宿すものを懐から取り出して、ファルカへと差し出す。
「ささやかですが餞別の品を用意しました。受け取っていただけますか」
手のひらの上に収まる大きさの箱を見るなり、ファルカは目を丸くした。
「おっと、わざわざそこまで気を遣わなくてもよかったんだぞ?」
やわらかなベロアに覆われたケースが装飾品を入れるものであることは、誰が見たってわかるだろう。フリンズが古銭や宝石を集めていることも、そのために身銭を切っていることも、何度かともにした酒の席で話しているから彼は知っている。だから意外に思ったか、気を遣わせてしまったと思ったに違いない。
善良な男をからかって反応を見るのは面白いが、騙して罪悪感じみた想いを抱かせるのはフリンズの本意ではなかった。それに餞別として選んだ品そのものについては別に隠す必要もないからと口を開く。
「本当にたいしたものではありませんよ。むしろ新しく購入したのではなく、人からいただいたものをあなたに託そうとしているので、こういう場面での餞別としては相応しくないかもしれません。ですが、あなたに持っていて欲しいと思ったのも事実です」
「人から? ならなおのことお前が持っていたほうがいいだろう。まさかこの短い間に、古銭や宝石を集める趣味をやめたってわけでもないよな」
「おや、お忘れですか? 僕は古銭や宝石そのものではなく、そこに刻まれた歴史に興味があるんです」
ここに来て存外食い付いてくるファルカに、やむを得ないかとフリンズは小箱を開けて中身を見せる。夜空を切り取ったような深い藍色の宝石をはめ込んだシルバーのブローチが、陽の光を受けてきらりと輝いた。
「先日、ナタから訪れた商人を魔物から助けた際にいただいたのですが、タンザナイトと呼ばれる宝石を加工して作られたばかりのこのブローチに刻まれている歴史はそう多くありません。つまり正直に言ってしまうと、僕のコレクションに加えるには物足りない品なんです」
「確かにほぼ新品だな。タンザナイト、なんてあんまり聞いたことのない石だが」
「ここ最近見つかったばかりの宝石ですからね。もし興味がありましたらモンドに戻ってから調べてみてください。僕がここで語り始めてしまうと、皆さんを待ちくたびれさせてしまいますから」
これ以上会話を長引かせてはいけないと判断して、フリンズは柔和な微笑みを浮かべる。丁寧に箱を閉じてファルカへ改めて差し出すと、蒼眼がじっとフリンズを見つめた。
やはり、美しい色をしていると思う。冬よりうまれた妖精には馴染みのないあたたかな春の空はきっと、ファルカの目のような色をしているのだろうとも。
彼の故郷であるモンドへ行けば、その真偽を確かめられるのだろうか。いつかライトキーパーとしての責務が落ち着き、ナド・クライを長く離れてもいいと思える日が来たらそうしてもいいのかもしれない。
そんなことを思いながらフリンズがじっとファルカを見つめ返していると、不意に蒼碧が緩んだ。うれしそうでありながら、どこかさびしそうな、彼にしては珍しい、はっきりとしない笑みだった。
武骨な騎士の手が、フリンズの手から餞別を受け取る。
「ありがとな。大事にする」
「ええ、そうしてください。そう高くないものですし、無くしたり壊したりしたからと言って責める気もありませんが、色々と使える場面はあるでしょうから」
なんの変哲もなければ、フリンズの炎のひとかけらすら分け与えていない宝石は、逆を言えばあらゆる力を秘め、蓄えるための触媒として利用することが出来る。多くの勇士を率いて戦場に立つ者として、あらゆる加護を宝石に宿し身に着けておいたり、悪しき力を宝石に肩代わりさせたりと、使い道はいくらでもあるだろう。
そうして「北風騎士ファルカ」の伝説を、歴史を多く刻み、重みを増したこの宝石がいつか未来で、その物語を再びフリンズに語って聞かせてくれたのなら。あるいは彼に寄り添ったブローチの物語が、春風に運ばれてフリンズのいる冬の地まで届いたら。
それはきっと素晴らしく美しくて
――
そして、フリンズの知らない「
寂
いと
しさ」を教えてくれるものになる。
「それではファルカさん、どうかお元気で」
「ああ。お前も元気でな」
ありふれた別れの言葉を紡ぎ、フリンズは身を退いて旅人たちに最後の番を譲った。
モンドでの再会を祈り言葉を交わす彼らのやり取りを遠巻きに眺めながら、澄み切ったナド・クライの風が彼らを凍えさせないようにと、灯火を静かに燃やし続ける。
雲ひとつない晴天はどこまでも穏やかで、この離別と選択は正しいものであると、そう物語っているようだった。
ナド・クライへの大遠征を終えてモンドに帰還してから、北風騎士の胸には勲章のほかに、銀のブローチが飾られるようになった。凍てつく冬の夜を切り取ったような美しい宝石をはめ込んだそれには何の力も宿っておらず、また、魔女や神が空っぽの宝石に加護を分け与えることを提案しても、騎士は首を縦に振らなかったという。なんでも、この宝石にはこの世に存在するありとあらゆる力よりもはるかに尊いものが宿っているのだといい、それを守ろうとすることこそが自らの力になるのだと言って譲らなかったらしい。
宝石は騎士の生き様を記憶し続けた。血なまぐさい戦場で、きらびやかな社交場で、あるいはごくありふれた他愛のない日常で、常に騎士とともに在り、その歩みに寄り添い続けた。陽の光の下では深く澄んだ青色に、灯火の下では夜の帳を彷彿とさせる紫色に見えるそれは、まるで妖精のように神秘的で、悪しきものを寄せ付けぬ輝きを放っていた。
邪を払い除ける雄々しき北風。自由の国に昇る太陽。国を、あるいは民を守り、自らが救った人々に愛された英雄が眠りにつくその瞬間までともに在ったブローチだが、彼の死後、葬式を執り行う際に棺に入れられるものとばかり思われていたそれは、忽然と姿を消した。
その行方は今もなお知られておらず、人知れず彼とともに大地に還ったとも、あるいはその英雄譚を語り継ぐため彼の友人から他者の手に渡ったとも言われている。
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